美形の正体は?
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嗅ぎ覚えのない不思議な香りと、誰かに抱きしめられている感触で、私意識が浮上して目が覚めた。と同時に、目を開けてしまったことをものすごく後悔しました。だって、ドアップですよ!ドアップ!!大事なことなので二回言いました。しかも、見知らぬ男の人………オマケに、大変見目麗しゅうございます。はい……
むむむむ。なんか、一、乙女として負けてる感がありますっ。ひしひしと伝わってきます。
全国の乙女の皆さま、申しわけありませんでした!!
このやり場のない敗北感はどうしたらいいでしょうか?誰か教えてくださーい!!………というか、抱きしめられてる力の強さと、筋肉質な腕の感触がなければ、女の人と間違っていたかもです。
さて、一通りの脳内ツッコミが終了しましたので、次の行動に移りたいと思います。え?次の行動なんてあるのかって?そりゃ、ありますとも!だって、乙女ですもん。たとえ、乙女らしからぬ貧相な胸と身体つきといえども、乙女ですもん。それでは、息を吸って、吐いて。せぇのーー
「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
叫びますよね。ハイ。人生初の本気叫び。略して、ホンさけ………語呂悪いですね。スミマセン。あー!しまった!ここは可愛らしく“きゃぁぁぁぁぁぁ”の方がよかったかも。今更だけど。
とりあえず、私の叫び声で、隣で眠っていた(?)男の人も目が覚めたみたいです。当たり前か。あんな叫び声を耳元で叫ばれたら、いくらなんでも起きるね。
しかしまぁ、寝乱れ姿が絵になる絵になる。額があったら、そのまま飾れるよ。金賞もんだね。
「………………誰?」
あ〜、その質問は、私のことですかな?そーですよね。そーとしか考えられないですもんね。よく考えたら私、叫ぶだけ叫んで名乗っていませんでしたね。それじゃ、改めまして。私は…………って、いやいやいや!!その台詞は、私の方ですからっ!!
なにか言おうとして口をパクパクしているうちに、騒ぎを聞きつけた人たちが次々にこの狭い部屋に流れ込んできましたよ!ひーー!!なんか、刀とか持っている人とかいるんですけど!?もしかして私、殺されちゃう!?もしかしなくても、そうだったりさちゃう!?私の人生ここで終了!?神サマァーーヘルプミー!!
「お前たち、下がりなさい」
まさに、鶴の一声。みんな不満そうだけど、どっかに散っていくよ。よくわからないけど、ひとまず殺されずにすんでよかったぁ〜。ありがとう、知らない男の人!!って、感動している場合じゃなーい!!
とりあえず、電気つけよう、電気。こんなに暗くちゃ、何がなんだかんからないもんね。うん、ナイス判断。
「あ、あの!!電気つけてもらえますか?」
「………電気?」
あれれ?ものっすごく怪訝そうな顔をされてしました。電気って、どこの家庭にも普通に引いているのでは?
「『電気』と言うのは、どんな代物なんだい?」
えええーー!!まさかの事態です。会話が成り立ちません。この人は、日頃からどんな生活をしているのでしょうか?
「確かに夜明けまでは、まだ時間があるみたいだね。灯りを持ってこさせよう。………相模、灯りを持ってきてくれないかな?」
相模と呼ばれた人が、部屋にある蝋燭みたいのに火をつけてくれたので、なんとか部屋全体を把握することができました。
ぐるっと見回してみると、既視感がありました。なにかでこんな部屋を見たことがあります。なんだっけ?確か、高校の授業でーーー思い出しました。資料集です。歴史の授業で見た資料集の中に、こんな部屋が載っていました。解説欄に、貴族の邸だとかなんとかて………ん?平安?
「君のその格好は………」
優雅に座り直している男の人が、気まずそうに視線をそらします。私の格好?なにか変でしょうか?私が通っている高校の制服です。今更だけど、昨日は疲れすぎて、制服脱がないでベッドに直行したんだっけ。シワになってないよね?
「女人がそんなに足を出してはいけない」
はぁ、左様ですか。別に普通なんだけどな、このくらいのスカート丈。ちなみに、膝上十センチ。校則で決まってるんだ。
「それに、見かけない着物だね。どうして、この邸をいるのかな?」
どうしてと言われても………それは、私が聞きたいんですが。
「………わかりません」
「はい?」
「目が覚めたら、ここで眠っていたんです。ここは、どこなんですか!?どうして、ここに私がいるんですか!?」
自分の置かれた状況を理解すると、一気に不安が込み上げてきました。鼻の奧がつんとして、涙も流れてくるし。ここって、ティッシュとかないのかなぁ。ああ、もうだめ。鼻水まで出てきちゃった。この状況は、乙女としてどうなんだろう。知らない男の人の前で大泣きするって、乙女失格なのでは?
顔を上げれなくて俯いていれば、少し厚めの紙が頬に押し付けられる。
「使ってください」
「じゅびまぜん………」
ええい、もう自棄だ。鼻もかんでる。紙だからいいよね?ちーん。
「すみせんでした。一番不安なのはあなたでしたね」
優しい声音に顔を上げようとして、諦めました。私の顔、涙と鼻水で悲惨極まりないままだから。
「落ち着いたら、状況を整理しようか。このままでは、なにも解決しないからね」
コクリと頷いて、ほんのちょっぴり顔を上げてみる。一瞬、視線が合うと、優しく微笑んでくれて、今度は別の意味で、顔が上げられなくなりました。
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んーと………あれですね。結局、ここは平安時代だったっていうことですね。鳴くよウグイス平安京ってヤツです。
あれからしばらく経って、さっきの結論に至ります。
色々と私から尋ねて質問に答えてもらったり、逆に質問に答えているうちに夜が明けました。
今は、事態を飲み込むべく、絶賛理性と格闘中です。どうしてかは、聞かないでください。
「ーーーと言うことは、君は『未来から来た人』?」
「その解釈で間違っていないと思います」
この人の話が本当なら、私は千年以上前から来たことになります。つまり、マンガとかでよく見られる『タイムスリップ』をしたってわけなんです。にわかに、信じがたいけど。
「こんな話は、絵巻物語の中だけだと思っていたよ」
私も、ついさっきそう思ってました!!以心伝心ですね、私たち。
しかし、口元を扇で隠しながらおおらかに笑う姿、本当に優美ですね。絵になりますよ。
まじまじと男の人を観察していると、男の人は、なにかを納得したように口を開きます。
「そう言えば、名乗り忘れていたね」
おお!そう言えばそうでした!!まだ、名前を伺っていませんね。
「私は、吉平。安倍晴明が父、安倍吉平だよ」
………え?
い、今、安倍晴明って言いましたか?言いましたよね!?安倍晴明って言ったら、現代でもよく小説とかの題材にされることが多い、稀代の大陰陽師ではないですか!!そのご子息って………えええーーーー!!
「その様子だと、父上のことは知っているみたいだね」
「あ、はい。稀代の大陰陽師と謳われてて、その………天孤と人との間に生まれた………」
言いにくいです!!非常に!!なんの拷問ですか、これ………。
「今は一旦、父上のことは置いといて。君の呼び名を考えなくてはいけないね」
置いとかれちゃってますよ、晴明さん!置いとかれてますよ、お父さん!!
「呼び名、ですか?別に必要ないですし、名前でいいですよ。私はーーー」
名前を言おうとしたら、閉じた扇でやんわりと口をふさがれてしまいました。なんでしょうか?
「むやみに、相手に名乗ってはいけない。本当の名前を教えていいのは、結婚した相手だけなんだよ」
むむ、そうですか。なんとまぁ、めんどくさい。私のいた現代では考えられない常識ですね。
そう言えば平安時代って、女の人は男の人に顔を見せちゃいけないとか、歌を詠んで相手に求婚するとか色々と面倒な決まりごとが多いんだっけ。授業で習ったことがこんなときに役に立つなんて、人生なにが起きるかわかりません。
「それに、君がいつ帰れるのはわからないのだろう?なら、ここで女房として働けばいい。幸い、私が今、器量のよい未来から来た女房を探しているんだ」
つまりは、私のことですよね?未来から来た女房なんて、私以外にいませんよ。いても困りますけど。あ、もう一つ。器量はよくないです。むしろ狭いです。買いかぶりすぎです。
「雇ってもらえるのは嬉しいです。だけど、正直言って、器量なんてよくないですよ?歌も詠めないですし………」
三十一文字に想いを託してーーーなんて、ロマンの欠片もない現代っ子の私には、到底無理な話と言うヤツで。
「歌の詠み方は、私が直接指南しょう。他になにか得意なことはあるのかな?」
「一様、お裁縫と料理くらいは………」
料理は小学生のころからお母さんに、いつお嫁に行ってもいいようにとがっつり仕込まれて、いつの間にかお母さんより上達してしまいました。いやはや、子供の吸収力って末恐ろしいですよね。今では、和洋折衷どれでも来い!!な感じです。
「それくらい得意なことがあるなら、大丈夫だよ。あとのことは、他の女房を世話役としとて君にーーー白雪桜につけよう。そうだな………松枝あたりが面倒見がいいからよさそうかな」
なんか引っかかることがあるけど、慌てて低心低頭。だってこれからは、この人が私の上司になるんだもん。この時代で『上司』なんて変だけど。
とりあえず、なんて呼ぼうかな。安倍さん?いやそれだと、私の中のイメージに合わないから却下。吉平さん………は、馴れ馴れしいか。なまじ、ご本人さまはお釈迦様も裸足で逃げ出すくらいの美形さまでいらっしゃるから、フツー過ぎる呼び名だとかえって呼びづらいのよね。
それじゃ、やっぱりここは、美形キャラの定番だけど『さま』付けにしようかな。うん、そうしようかな。よろしくお願いします、吉平さま。よっしゃ!!しっくりくりる!
………ん?
なにか私は、とんでもなく重要なことをスルーした気がします。もう一度、さっきの会話を脳内再生してみましょう。
ーーーそれくらい得意なことがあるなら、大丈夫だよ。あとのことは、他の女房を世話役として君にーーー白雪桜につけよう………ーーー
………『白雪桜』?
私の聞き間違いじゃなかったら『白雪桜』って、呼ばれました。誰でこざんすか、その人。話の流れ的に、私の呼び名なんでしょうけど。
「………あのー」
思いっきり胡乱な眼差しで、吉平さまを見上げてみます。
「なにかな?」
「『白雪桜』って………」
ごにょごによごによ………
「ああ、君の女房名だよ。白雪のような白い肌に、その淡い桜色の唇がよく映えているからね。君にぴったりの名だ」
「………」
はーい、確信しました!しましたとも!!吉平さまは、天然にです。天然の女ったらしです。だって、天然じゃなきゃ、こんな死ぬほど恥ずかしい台詞を、素で言えないと思います!それとも、この時代の人は、みんなこんな感じ名のかな?
どっちにしろ、彼氏いない歴=年齢の私にしてみれば、未知の生命体に出会った感じですよ、吉平さま!!たった一言で、心臓が爆発します。恋愛に慣れた女の人なら、頬を染めて「あら、いやだわ。うふふふ」みたいなことを言うんだろうけど、私には無理です!刺激が強すぎます!!
気恥ずかしくなって俯いていると、どこからともなく味噌汁の良い香りが漂ってきました。
そう言えば、朝から色々ありすぎてすっかり失念していましたが、今朝からなにも食べていませんでした。まぁ、それどころではなかったんですが。
一度、意識するとダメですね。今にも、お腹が鳴りそうです。
「遅くなってしまったけど、朝餉にしよう」
「はい!!」
元気よく返事をすると、吉平さまは少し驚いたよう顔をして、次いですぐに優しく微笑う。
私は、目の前に並べられたお膳の中を覗いてみました。
葉物のおひたしに、青がっぱ。干物の焼き魚に、野菜たっぷりの味噌汁、炊きたてほかほかの白いご飯。お塩加減もちょうどよくて、箸が止まりません。ほんと、日本に生まれてよかった!