オタク選手権代表は女の子
俺は基本的に、何事も適当にやる。やりたくない事は適当にやるし、途中で投げ出すことだってある。
だが、やりたいことには全神経を集中させる。嫌なことからは簡単に逃げるくせに、好きなことには、周りが見えないほどにハマるのだ。
で、気づくと俺は、苦しみがあふれてる現実世界と違い、楽しいことばかりのゲームやアニメにどっぷりハマり、今もこうしてオタクサイトのチャットで盛り上がっている。
そして、今日は特に盛り上がり、ついにこのサイトのメンバーでのオフ会が決まった。(次の日には、そのサイトのトップページにオフ会についての記事がアップされていた)今チャットをやっているのは、七人。多分、いざオフ会となると、三、四人しか来ない気がするので、ささやかなオフ会となるだろう。
ちなみに、明日からは春休みだ。といっても春休みは短く、すぐに始業式が始まり俺は二年生になる。だが、期待や不安などはない。中学の時もそうだった。二年生に上がる時ってのは、クラス替えは確かに不安だが、それ以外に何か負の感情や斬新な感情はあまり芽生えてこないのだ。
三日後のオフ会当日、俺は待ち合わせ場所の大通り公園にいた。
札幌の春はまだ肌寒く、桜なんか咲いちゃいない。
キョロキョロと”それっぽい人”を探す。オタクやオフ会をしている人たちは、それなりのオーラがあり、見ただけでわかるのだ。
……しかし見つからない。ぜんぜん見つからない。それっぽい人たちはどこにも見当たらない。
「ねぇ、君」
前からイケメンがてくてくやって来た。はて、カツアゲでもされるのだろうか。
「あのさ、君もしかして、松島修哉君?」
驚いた。俺に話しかけてきてなおかつ名前を知っているというこは、このイケメンがオフ会メンバーの一人か。
本名は、オフ会メンバー同士で教えあっていたのだ。まぁ、教えあっていたのは全員ではないが。
「ハンドルネームは、”モリ”だよ。わかるだろ?」
「森崎……大介か?」
「そう、正解! 結構話したことあるよな!」
森崎は、ワックスで逆立てた髪をいじりながら、そう言った。
いやいや、なんでお前がオタクなんだよ。確かにイケメンのオタクがいてもなんらおかしくはないが、こいつはカッコよすぎる。だが遊んでる感じはしない。顔色は少し白く、どちらかというと爽やか系だ。今すぐススキノあたりでナンパすれば、必ず成功するだろう。
「なんか、緊張するな。……お前、結構イカした服きてんのな」
そう、確かに俺はオタクだが、外見にはちゃんと気を使っている。ただでさえ趣味が一般的ではないのだ。せめて外見だけはと思い、髪や服は、ファッション雑誌などで研究している。
「森崎こそ、イケメンだし、マジでびびったよ」
「なんでビビるんだよ。オタクだからってイケメンとかイケメンじゃないとか、関係ないだろ」
言葉は冷静だが、実の所、緊張して心臓がバクバクしている。ネットで知り合った人と出会うというのは、とても不思議な感覚に陥る。好奇心がむき出しになる感じだ。
「ところで松島。他にメンバーはいないのか? 松島は、かなりキョロキョロしてたからすぐにわかったんだけどさ」
「それっぽいの見当たらないんだよな。」
目印になるようなもんでも決めておけばよかったなと、後悔した。
ふと、キョロキョロしている女が目に入った。噴水あたりで、やたら遠くを見ている。
……まさか、ねぇ?
俺は半信半疑ながらも、声をかけようとしたが、無理だった。知らない女に話しかけるほどの勇気は、持ち合わせていない。
「なぁ森崎。あのキョロってる女、もしかしたら」
「それは俺も思ってた。ちと、話しかけようぜ」
森崎はスタスタと女に近づいていく。俺も慌てて森崎の後を追う。
「すみません。えっと……好きなキャラクターは?」
こいつ、いきなり何を言い出す!
「そうですねぇ。昨日の深夜二時に始まったあのアニメの主人公かなぁ」
……ビンゴ?
「あの、もしかして二人は、オフ会の?」
「あ、はいそうです。俺、ハンドルネームがモリ。森崎大介」
森崎が俺をチラリと見る。つられて女も俺を見る。
「あ、俺は松島修哉。えっと、よろしく」
「こちらこそ。私は稲緒真里菜です」
嘘だろ。マジかよ。まさか、女が参加していたなんて!
稲緒は、可愛いか美人で言うなら可愛い顔(この定義は人それぞれだとは思うが)だ。結構な童顔で、その純粋な幼い顔は、俺的になかなか好印象だ。とにかく整った顔立ちで、いちいちパーツが丁寧で、耳も鼻も口も綺麗だ。特にに目は大きくて黒い。生命力みたいなのをギラギラと感じる、元気な良い瞳だ。そして目は止まることなく、キョロキョロと視線を動かして俺たちを観察している。
髪は肩にくっついている。セミロングヘアーの髪は、冷たい札幌の風でなびき、空中で波を打っている。
まさかこんな小規模のオフ会で、こんな可愛い子と会えるなんて! この斬新で、普通じゃない緊張感は、生きていてもめったに味わえないものだろう。
「えっと、私が年下みたいなんで、先輩って呼びますね」
「先輩か。結構良い響きだな」
動揺を隠すように、俺はそう言った。すると、稲緒はクスッと笑い、言った。
「知らない女の子に先輩って呼ばれると、萌えますか?」
稲緒は上目遣いでそう言った。危ない。今の台詞で軽くKOされそうになったが、ここで潰れてはいけない。俺は平静を装った。
「稲緒は面白いな」
「そうですか? 私、面白いって言われることあんまりないんで、嬉しいです」
稲緒は後ろ髪をかきあげながら、笑顔でそう言った。その笑顔なら、たいていの男なら落ちる。そして健全な青少年である俺だって、たいていの男の一人だ。
俺がこれからどうしたものかと考えていると、森崎が話し出した。
「稲緒さんは」
「真里菜でいいです」
「わかった。真里菜は、ユーパロに普段から参加してたのか?」と森崎。ユーパロとは、このオフ会の話が持ち上がったサイトの名前だ。
「はい、参加してました。といっても、掲示板だけですけどね。ハンドルネームはINAでしたよ」
言われてみれば、掲示板にそんなようなハンドルネームの人がいたような気がする。
「私、人見知りだし、現実でもネットでも、交流ってのが苦手なんです。だからネットで人と会話するなんて論外! って思ってたんですけど、あまりにもあのサイトの人たちが、私と趣味が合ってたんで、少しだけ参加してたんです。書き込みするときは、もう声が裏返りそうになるくらい、緊張して……」
少し疑問に思った。人見知りで交流が苦手でも、ネットでコミニュケーションを取っていても、なんら不思議ではないだろう。だが、さすがにオフ会となると話が別だ。何故、掲示板での雑談に参加するだけで緊張するような子が、オフ会という行事に参加したのだろうか。普通は、オフ会なんて参加しようとは思わないだろう。
「あの、私って小さいころから人と趣味が違って。小学生のころから漫画とアニメにハマッちゃって。ゲームは、あまりやらないです。そして中学生になってからコスプレにハマッちゃって、今に至るんです」
この子、おとなしい印象と丁寧な言葉遣いからして、口数は少ないのかなと思ったが、よく喋る。
森崎もそう思ったのか、真里菜に聞いた。
「真里菜、よく喋るな。そういう子、俺は好きだけどね」
「あ、すみません。つい趣味の話になると、もう周り見えなくなっちゃって」
真里菜はほっぺたをしきりに掻きだした。
「どうした?」
「あ、すみません。私、照れると頬を掻く癖があるんです。よく、指摘されます」
「可愛い癖じゃんか。ところで、コスプレするんだ?」
森崎がニコニコしながらそう言った。真里菜のコスプレか。それは、もう見るしかないだろ。
「はい。最近買ったのは、あの女子高生のアニメあるじゃないですか。あれの制服です」
ディ、ディープだな、真里菜。
「制服か! ってことは、ミニスカはいちゃったりするんだ?」
森崎がニコニコ顔をニヤケ面に変えながらそう言った。すると、真里菜はちょっと下を向き、言いにくそうにしながらも、口を開いた。
「まぁ、そうですね。太股、かなり見えちゃう衣装でした。でも、可愛いんです」
「それは見てみたいな。持ってきてないの?」
「持ってきてないです。それに、あれは恥ずかしいです」
少し疑問が浮かんだので、聞いてみた。
「でも、コスプレってさ、人に見てもらうタメの物なんじゃないのか?」
「私は、一人で着て自己満足するタイプなんです。……キモいですよね」
「キモくないキモくない。それにしても、持ってきてほしかったよ。マジで」
「じゃあ、あまり恥ずかしくないやつらな、家から持ってきてもいいです」
森崎は、しめた! という顔つに変わった。よく顔つきの変わる奴だ。可愛い女の子の住所を聞くチャンスだ。
「家、近いんだ? どこなの? 札幌だよね?」
「はい。札幌の西区に住んでます。高校は、十八軒高校です」
と、真里菜が言ったので俺と森崎も高校を名乗った。俺は明静東で、森崎は香蓮高校。
「どうでもいいですけど、生まれは夕張なんです。メロン、すっごいおいしいんですよ」
「夕張か。何回か行ったことあるよ」
実は一回しか夕張には訪れたことがないのだが、そう言っておいた。
さて、一通りファーストコンタクトでの軽い雑談は終わったかな。で、この後どうするかだ。一応オフ会の予定では、永遠にオタク話、怪しい店めぐりなどが候補に挙がっていた。
ちなみに、オフ会って普通幹事がいるものだと思うのだが、このオフ会ではいない。まぁとりあえず集まってみない? 的な軽いノリのオフ会だ。……ていうか、サイトの管理人さえ来ていない。
「真里菜、この後何したい? ずっと公園にいてもなんだから、ススキノにでも行って、それっぽい店でもいくか?」
「はい。それもいいんですけど」
「何かアテあるのか?」
「えっと……。オタク選手権に参加しましょう!」
ハトが、ゆっくりと俺の前を歩いていった。
真里菜が目を輝かせながら、オタク選手権に参加することを宣言した時は、心底驚いた。
詳しいことは真里菜がちゃんと説明してくれた。
まず、株式会社ニポポという、フィギュアを作っている会社が存在する。結構メジャーな会社で、もちろん俺も知っている。そしてニポポが春休み期間中、オタク選手権を開催するのだという。これは一応会社の宣伝になるんだろう。……多分。
オタク選手権の様子は、特設サイトで臨時画像などを頻繁に使いアップされるらしい。それがどのくらいの宣伝効果をもたらすかは知らないが。
そのオタク選手権は、ニポポの会社がある地区(北海道、青森、東京、大阪、福岡、広島)で予選が開催される。そして各地区から一人ずつ代表を決め、決勝戦を行うのだという。
決勝戦はどうやって行われるのかとか、問題はどういうものが出るのか等、色々と聞きたかったが真里菜は簡単なことしか話してくれなかった(あまりしつこく聞くと嫌われる気がした)ので、俺はオタク選手権について完璧には把握していない。
だからといって、ネットで調べることはしなかった。選手権の詳しい内容は、普通に会社のページに堅苦しく小さい文字で難しく書いてあったので、ロクに見なかった。あぁいうのは苦手だ。それは森崎も同じだったみたいだ。まぁ、真里菜に聞くだけで十分だ。
オタク選手権に参加するという話が終わったあと、俺たち三人はススキノのオタク専門店をぶらぶらして十分に楽しんだ。家につくと、夜の八時過ぎだった。
そして、俺はやらなければならないことがある。実は、”予選の予選”があるのだ。ニポポの用意した場所でテストを行い、成績上位の六組が参加できる。
この大会の面白いところのひとつは、予選は基本的に団体戦なのだ。一組(三人という決まりはあるが)で力を合わせ、予選を勝ち進む。……と真里菜に説明を受けた。
翌日試験会場に三人で行き、テストを受けたわけだが、真里菜の知識は凄まじかった。俺と森崎はというと、さっぱりであった。
真里菜の孤軍奮闘のおかげで、俺たちは見事成績三位で予選の予選を突破した。
ちなみにチーム名は”コロポックル”である。意味不明な名前なので真里菜に聞いてみると、どうやらアイヌ語で”伝説の小人”という意味らしい。
三日後、ついに予選の日だ。
俺たちはさっぽろ駅で待ち合わせることを決めていた。俺は時間は守る人間なので、約束の十時よりも三十分早くついたのだが、真里菜がちょこんと立っていた。結構背が高いので、わかりやすい。
服装は、上は黒色のチューブトップに、薄めの白いジャケットを羽織っている。で、下は黒のフレアスカートという組み合わせだ。胸元では、綺麗な銀色のネックレスが目立っている。
大きい瞳に端正な顔立ち。そしてなにより、高一離れした落ち着いた雰囲気を見ていると、きっと何を着ても似合うんだろうなと、ふと思わせた。
「真里菜」
「あ、先輩」
「いつ来た? まだ時間まで三十分あるぞ」
「年下が遅れちゃ失礼じゃないですか」
健気だ。いつまでもその純粋な心を忘れないでほしい。……などと年寄りじみたことを、心の中で呟く。
「ていうか、松島先輩が一番最初に来てくれて、嬉しいです」
心臓の鼓動が一気に早くなる。
「……なんで?」
「森崎先輩、ちょっと怖いです。でも、松島先輩は、ほんわかした雰囲気があるので、好きです」
今なら死ねる。いや、むしろ死んじゃいかん! 今が俺の人生の最高潮だ。可愛い女の子に好きです(その好きの意味がどうであれ)と言われると、とにかく嬉しくなるのが男ってもんだ。
「先輩は、高校では騒いでるキャラですか?」
真里菜は伺うような目で、そう聞いてきた。
「そうだな……。まぁ、どっちかというと、静かだと思う。だからといって、騒いで遊ぶのが嫌いってわけじゃないけど」
俺は地味グループに所属していないし、派手グループにも所属していない。中間グループに所属している。
「良かった。私、不良っぽい人あんまり好きじゃないんです。怖いっていうか……。だから、森崎先輩はちょっと苦手です」
普通なら反論しないで、高評価を俺が独り占めする所なのだが、さすがにそれは森崎が可哀想だ。そりゃあ会ってまだ間もないが、別に悪い奴ではないと思う。
「まぁ、そんなこと言うなよ。森崎は良い奴だろ。普通に接してやれよ」
「先輩優しいですね! 私、尊敬します」
「そ、尊敬ってお前な……」
むしろ評価が高まったみたいだ。
「ていうか、さっきから気になってるんだけど、その紙袋は……?」
「あぁ、これですか。一回戦の内容まだ教えてませんでしたね」
そういえば知らない。昨日、さすがに会社のサイトを見て一回戦の内容をチェックしようとしたのだが、真里菜から「先輩ひまー。遊ぼー」というメールが来て、ついメールでの雑談に夢中になり、チェックするのを忘れてしまったのだ。
真里菜と知り合った三日前から、毎日真里菜からメールが来る。それが楽しみで楽しみでしょうがない。これまで数人の女子とメールしてきたが、真里菜のメールはやっていて面白い。じゃれた感じの、可愛いメールを送ってくるのだ。
これまでの女子は、ありきたりなギャルっぽいメールしか送ってこなかったので、真里菜の可愛いメールは、とても新鮮だった。実際、ギャルっぽいキャピキャピメールよりも、一歩引いた可愛いメールの方が、もらってうれしい。
俺がぼーっとそんなことを考えているのを、小首をかしげて不思議そうに見ながらも、真里菜は話を続けた。
「一回戦は、コスプレダンスコンテストなんです。チームから一人、代表で出ることになってます」
「マジか。ってことは真里菜が踊るのか! それは楽しみだ」
「有難うございます。自信ないけど、頑張ります。先輩、応援して下さいね」
真里菜は顔を赤らめてほっぺたを掻いた。照れると、真里菜は必ず頬を掻く。
「もちろん。で、どんな衣装?」
真里菜はニコッと笑った。
「内緒です」
十時十分頃、森崎はやっと来た。
「おい森崎、遅いぞ」
「悪い。さっぽろ駅あんまり来ないから、迷った」
「さっぽろ駅来るのにどうやって迷うんだよ……」
「いや、なんていうか、俺交通機関いまいちわからなくってさ」
これを機に交通機関に詳しくなってほしいものだ。
「そういえば、真里菜。会場はどこだ? ここらへんに支社でもあんのか?」
「どうしてですか?」
「会場は会社じゃないのか」
俺がそう言うと、真里菜は笑い出した。
「先輩って天然ですか? かわいいですねー。違いますよ。近くの文化会館です」
「そうか。で、一回戦は一時からだよな。それまでどうする?」
「ていうか、なんで十時待ち合わせなんだ?」
森崎がそう言った。確かに俺も同感だ。ちょっと待ち合わせ時間が早い。
「あ、実は今日、ここら辺に喫茶店がオープンしたんです。ニコトっていう名前です。なんか、メニューが豊富で、洋菓子が沢山あるって友達が言ってたんです。私、行きたいです」
なるほど。さりげなくちゃっかりした性格のようだ。
「わかった。じゃあ、そこで時間をつぶそう。いいよな、森崎」
「いいぜ。金無いけど」
良くないだろ!
「……じゃあ、森崎先輩の分は、私が奢ります」
「おい待て真里菜。お前は奢る必要ないからな。俺が森崎に金を貸す」
「でも、先輩。喫茶店行こうって言ったの、私です」
森崎は困った顔になった。多分、森崎は俺にお金を借りるつもりなんだろう。なのに年下の女の子に奢られては、男としての立場が無くなる。
「いや、俺が貸す。いいな、真里菜?」
「わかりました。先輩、優しいですね」
森崎が、苦い顔をしながら、俺を見ていた。
喫茶店は、凄く狭かった。木を基調としていて、真ん中にドーナッツ状の木のテーブル。入り口から見て右側にカウンター。そしてずらーっと壁際に席が並んでいる。俺たちは、入り口から左側の奥の席に陣取った。
席は正方形のテーブルだ。もちろん俺と森崎が隣り合って座り、真里菜が向かい側に座る。ていうか、イケメンの森崎と座るっての、なんか嫌だなぁ。
「松島は何にする?
「アイスコーヒーかな」
「真里菜は?」
「じゃあ先輩と同じアイスコーヒーと、チーズケーキと、グレープフルーツタルトと、いちごパフェ……のSサイズ」
そんなに食べるのか、とつい口に出しそうになって、止めた。危うく一番失礼なことを言うところだった。まぁ、真里菜なりに頑張っていちごパフェはSサイズにしたらしいが。
ていうか、こんな細い体で、そんなに食べて大丈夫なのだろうか。
「じゃあ俺は紅茶とサンドイッチかな」と森崎は呟き、大きな声で店員を呼んだ。……しまった。まとめ役を森崎に渡してしまった。頼りになるところを真里菜に見せたかったのに。
オープンしたばかりで、客は多いのか、注文したものが運ばれてくるまで、少々時間がかかった。
「松島先輩は、いつからこういう趣味を持ったんですか?」
「そうだな……。中学のころから。とある漫画読んで、それからどっぷりと」
「そうなんですか。あの、ちょっと私のお話聞いてくれますか」
「もちろん」
俺はそう答えた。森崎は頷く。
「前も言ったけど、私は小学校の頃からこういう趣味持っちゃって。でも、他の子だって漫画とかアニメ好きじゃないですか。だから小さい頃は良かったんですけど、中学ってそうもいかないんです。女子って……。まぁ男子もそうかもしれませんけど、やっぱ恋愛の話ばかりになるじゃないですか。私、読む漫画の種類も凄い増えてきて、なんか現実の男子に興味無くなっていったんです」
真里菜は一息ついて、続けた。
「で、恋愛の話に全くついていけない。結局、漫画とアニメの話でしか盛り上がれない。そのギャップに皆引いちゃうんです。やっぱり、私って気持ち悪い女ですよね……」
「いや、そんなことない。……真里菜は、いつもコスプレしてるってことは、鏡で自分見てるだろう?」
「まぁ、そうですね」
「じゃあ解るだろ。お前、明らかにそこらへんの女子より全然可愛いじゃんか」
思い切って言ってみた。少しキザかもしれないが、嘘ではない。
「そんなことありません。私より可愛い子はいっぱいいます。私は、オタクで、腐女子なんです。現実の男の子を好きになれないんです。現実は嫌なことがあまりにも多すぎます。学校、嫌いなんです。なんか理不尽っていう名の海で、溺れてる感じです。必死に生きようとして頑張ってるのに、人生はあまりにも挫折したくなることが多すぎです。私、人生に負けちゃってるんです。でも、漫画は嫌なことありません。凄く楽しいんです。自分の世界に入れるんです」
「お前さ、まだ高一のくせに人生に負けたとか言うなよ」
森崎がキツイ口調でそう言った。真里菜は少しビクッと体を震わせたが、続けた。
「はい、そうなんです。中学の頃……確か二年生の後半の時期かな。森崎先輩と同じことを思いました。このまま挫折して、漫画に逃げちゃダメだと思ったんです。もともと人見知りする性格なのに、このまま二次元の世界に逃げてたら、それこそ人生に負けると思いました」
真里菜は結構、苦しんでいるんだ。なんとか救ってやりたいと思った。
「だから、私なりに頑張りました。化粧を覚えて自分を磨きました。そしたら、クラスの派手系の子たちが、可愛いって言ってくれて、友達になってくれました。で、次はやっぱ恋愛かなと、思ったんです。実際、恋愛はしてみたいと小さいころから思ってました」
「へぇ。彼氏、いるのか?」
森崎は真剣な顔でそう言った。
「彼氏いない暦イコール年齢です」
「じゃあ、良い人は身近にいるのか?」
今度は、俺がそう質問した。
「どうでしょうね。秘密です。でも、松島先輩も、その中の一人かもしれませんよ」
「マジか! そりゃ嬉しいな」
真里菜は照れているらしく、ほっぺたを掻いた。自分ではその仕草に気づいていないらしい。
「からかうのは止めて下さいね。まぁ、結局恋愛は出来ませんでした。男の子で、アドレスを聞いてくる人は何人かいたんです。でも、怖くって。結局、私のアドレス帳には、松島先輩と森崎先輩しか、男の人のアドレスありません」
なんと。そこまで男子と関わりが無いのは非常に珍しい。真里菜の可愛さを考えると、なおさらだ。
「中学の後半から、私は本当に頑張ったんです。自分磨いて、新しい趣味作ったり、怖いけどクラスの男子と話してみたり。でも、頑張って残ったのは、疲労とむなしさと、自分と気の会わない派手系の女の子の友達だけでした。なんか、おかしくないですか? 努力して興味のない趣味を持ったり……。大事なものとか、何も出来なかった。なんか、根本的に間違ってると思ったんです。なんで、こんな無理してるのかなって」
真里菜は、今やっとケーキの存在に気づいたかのように、フォークでチーズケーキを崩し、口に運んだ。
「ちょうどいい甘さですね。それで、しばらく止めてた漫画を読み出したら、やっぱり楽しいんですよね。そして、気づくと漫画のキャラクターになりきってみたくなって、コスプレに手を出しました。今は、コスプレ代稼ぐためにバイト探してます。やっぱり、無理して好きでもないことやるより、好きなことしてた方が楽しいです」
ケーキをさっさと片付け、コーヒーを飲み、次はタルトを口に運び出す。凄くおいしそうに食べ、何も喋ろうとしない。どうやら話は終わったらしい。
「それで?」
森崎が話の続きを催促した。どことなく、歯切りの悪い話の終わり方というか、くどい話だったからかもしれない。俺も、なんとなく話の真意をまだ聞いてない気がした。
「え……それでって言われても」
「続きあるんだろ」
「言わなきゃ、ダメですか」
森崎は真里菜をじーっと見つめたが、諦めてサンドイッチを口に運んだ。
そう、真里菜はまだ言っていない。今の話を聞いても、やはり真里菜は相当人見知りで、交流が苦手な子だ。なのに何故、オフ会という交流の塊みたいなものに参加し、なおかつ年上の男子とこうして話してる。それは、普通におかしい事だと思うぞ、真里菜?
だが、無理に聞かないってのが優しさってもんだろうし、どちらかというと、真里菜から話してほしい。
ふと、真里菜が脅えているのに気がづいた。森崎は、どうも目つきがわるい。別に、睨んでいる訳ではないのだが。
「真里菜、大丈夫だ。森崎は全然怒ってないぞ。な?」
「やっぱり、松島先輩は優しいです」
十二時頃まで、喫茶店で雑談を続けた。店を出て、十分ほど歩き、文化会館についた。
着くと、アルバイトらしき係員が近寄ってきた。
「チームコロポックルですね?」
「はい、そうです」
テストを受けた日、顔写真を撮っていたので顔を見ただけでわかるらしい。案内されて中に入り、通路をまっすぐ進むと、いきなりでかいホールが現れた。ホールは天井から壁まで派手に装飾が施されていて、殺伐とした雰囲気は皆無であった。
真ん中は広い通路で、右側と左側には椅子が並び、奥にはステージがある。あそこで、真里菜が踊るわけだ。そしてホールには他の五組、つまり十五人が揃っていた。全員、男子だ。
十五人は俺たちを見て、目を丸くした。それはそれは、笑えてくるほどに、皆驚いた様子だった。
まぁ、あたりまえか。なにせ紅一点、しかもこんなにも可愛い稲緒真里菜がこちらにはいるんだから。驚かない方がおかしい。
他には、係員の人たちが数人いて、準備している。
「結構、広いですね」
そう真里菜が呟いた。そして予想通り、他のチームの人は、誰も話しかけてこない。いや、話しかけようとはしているのだが、どうやら勇気が出ないらしい。
まぁ、可愛い子に話かけるのに勇気がいるのは俺もわかるが、こっちにイケメンの森崎がいるのも、勇気が出ない理由のひとつだろう。
そして、すぐに係りの人たちが優しく内容を説明をしてくれた。
一回戦の内容は、一組の中から一人代表して踊る。そして順位を決めるのだが、評価する人は他ならない、”お客さん”だ。会社の人ではない。
十二時半になると、がやがやと客が入ってきた。……なんか、予想以上に大規模な大会だな、おい。こういうのに参加するのは初めてなので、いまいち予想が出来なかったのだ。
来たときは静寂を守っていた会館も、一気にわっと騒がしくなった。踊る選手は係りの人たちに案内され、ステージの奥へ連れて行かれる。
ちなみに踊らない人たちはというと……。客席の最前列で見てるだけ。おい、これは本当に団体戦なのか?
さっき俺たちを案内した係りの人が、いつのまにかステージに立っていた。会館の照明が全て消え、ステージだけがライトで照らされている。
「皆さん、今日は集まってくださり有難うございます! 進行役の白井綾です。ピッチピチの女子高生ですよー!」
なんだこのテンションマックス女は。
「今日は株式会社ニポポ主催のオタク選手権の一回戦ってことで、強烈なオタク達が集まってくださりました! ちなみに私はオタクに興味はありませーん!」
責任者、なんでこの女を雇った。……まぁ、顔で雇ったんだろうな。この白井という女は、真里菜と同じくらいに可愛い。
「ではでは、さっそく一組目の方たちに踊ってもらいます。チーム名はリバーユ。なんと、この方たちは夕張から参戦したそうです。相当暇人ですねー。では、どうぞー!」
失礼極まりない女だ。
最初のチームの男が、よくわからんコスプレ姿で踊りだした。気持ち悪かった。だが、観客は爆笑している。……まぁ、そういう見方で見れば、面白いだろうな。見ていられなかったので目を伏せ続け、最後の選手を待った。
五組目の男子が踊り終え、ついに真里菜の登場である。
「もう最後ですっ。お客さんはまだ帰っちゃダメですよー。この後、ニポポのフィギュア販売会もあるので、そちらの方も宜しくお願いしまーす。さて、最後はなんと女の子です!」
真里菜はというと、黄色いカチューシャを頭につけ、なにやら爽やかな制服姿で登場し、元気な歌に合わせてステップ踏んだりして踊りだした。異常的に可愛くて、ずっと見とれている俺がいる。
腕を大きく振ったり、くるんと回ったり、手首を振ったりと体は元気に動いてるのだが、顔は真っ赤だ。人前でコスプレをして、しかも踊るってのはやはり恥ずかしいらしい。
まぁ、結果は言うまでもなくダントツの優勝である。観客だって、真里菜の時は爆笑を止めて真剣に見つめていた。携帯で真里菜を撮っている男が何人かいたが、進行役の白井がそれにめざとく気づき、その客から携帯を奪い取り、勝手に画像を消していた。……良い奴らしい。
六組全てが踊り終わり、上位の四組が二回戦に進出した。二回戦は五日後。これで、まだまだ真里菜と一緒にいられるんだな。
翌日、俺は前行った喫茶店、ニコトにいた。何故かというと、真里菜がメールで召集をかけたからだ。
真里菜はチョコレートケーキをもぐもぐと食べ、飲み込んで言った。ちなみに、俺はコーヒーだけ注文した。
「おいしいです」
「そうか」
「先輩、何も食べないんですか」
真里菜は、コーヒーカップにそう話しかけた。
「金、あんまり無いんでね。まぁ、貯金はそこそこにあるけど」
「そうですか。じゃあ、この角の部分、食べていいですよ」
「いや、悪いよ。お前全部食え」
そう言うと、真里菜はニコッと笑った。今日はワンピース風の白色のスプリングコートを着ているのだが、もう素晴らしいほどに似合っている。
「間接キスとか気にしてるんですか? 大丈夫ですよ。角はまだ食べてませんから」
「お前、そういう事言うキャラだっけ?」
「先輩なら、素で喋れます。で、食べないんですか?」
食べたいが、さすがに恥ずかしい。
「さすがにアーンはダメですよ。私そんなことしたら手ブルブル震えちゃいます」
「……で、真里菜。今日は何のようなんだ? 森崎いないし」
「あ、そうでした。えっと、前に私、夕張生まれだって言いましたよね。で、私の親が夕張でコテージ経営してるんです。それで、あの、二回戦の日まで時間ありますし、合宿といったら変かもしれませんけど、二泊ぐらい泊まっていきませんか?」
「まぁ、別に俺はいいけど」
「本当ですか! 有難うございます。もちろん、お安くしますよ」
「それは助かるよ」
泊まるのはいいのだが、やはり真里菜の発言には疑問を感じる。真里菜は自分はかなり人見知りすると前に言ってたし、言葉もかなり丁寧でおとなしい。そんな子がオフ会に参加したり、人前でコスプレダンスしたり、極め付けには男二人をコテージに呼ぶだと?
まぁ、俺と森崎が幼馴染とか、親しい関係ならわかる。だが、俺たちはまだ会ったばかりだ。どう考えても普通の行動じゃない。
それに……。
「なんで森崎を呼ばなかった?」
俺がそう言うと、真里菜はほっぺたを掻きながら、言った。
「先輩と、”二人で”喫茶店に行きたかったんです」
コテージに泊まる話をした後は、喫茶店でしばらく真里菜と話、別れた。俺は家に帰るとすぐに森崎に合宿のメールをすると、快くオーケーしてくれた。
そして翌日、俺と森崎は真里菜の親の車で夕張のコテージへと向かった。
長い時間をかけ、夕張の山奥へとついた。驚くほどすがすがしくて、気持ちの良い場所だった。
コテージはというと、喫茶ニコトと同じく木を基調としていた。
「えっと、コテージの名前はオプシヌプリっていうんです。全部で四つあります。そのうちのひとつのコテージを半額でお貸しします」
「いやぁ、真里菜最高だよ。こんなコテージを半額で貸してくれるなんて」
「森崎先輩、有難うございます」
気づくともう日は暮れていた。夕日が俺たちを歓迎している。真里菜の親はさっさと去っていった。なかなかに無愛想だ。いや、まぁ当然の態度かもしれない。可愛い娘が男二人連れてきてるんだから。しかも、自分のコテージを半額で貸すんだからな。
「早速入ってください」
入ると、中は広々としていた。真ん中に大きい木のテーブル。そして部屋の奥はテレビやソファーが置いてある。
とても開放感のある部屋で、俺は気に入った。
真里菜に薦められて俺たちは大きいテーブルを囲んだ。
「で、真里菜。合宿って何をするんだ?」
「稲緒隊長と呼んで下さい」
「……」
「冗談です。私が思うに、やっぱりニポポが製作しているフィギュアが出ているアニメの問題が、多く出ると思うんです。だから、そのアニメのことを重点に勉強しましょう」
そう真里菜が説明していると、森崎が手をあげた。
「勉強するって、どうやって?」
そう言うと、真里菜は素晴らしい笑顔になり、言った。
「昨日レンタルショップでDVD借りまくってきました。皆で見ましょう!」
三人で見る必要はないと思うぞ、真里菜。
結局、コテージでの二泊は、だらだらとして過ごした。全くもって奇妙な時間であった。まぁ確かに知識はついたが、やはり不自然だ。なぜ、真里菜は俺たちを呼んだ。別に知識をためることなんか、個人でやっても十分だったはずだ。三人で楽しみながらやるというのは、確かに頷けることだし自然なことだが、真里菜はあくまでも”交流が苦手な子”なんだから。
結局夜の十時までテレビを見ていたので、さすがに疲れた。休憩は、七時頃に食べた晩飯の時だけだった。
「そろそろ休憩しましょうか」
「そうしよう」
「あの、松島先輩は彼女とかいるんですか?」
真里菜は上目遣いで、なおかつ探るような目つきで俺を見てそう言った。もうお馴染みとなったが、またほっぺたを掻いている。
「いや、いないよ」
と俺が答えると、真里菜はついでといった感じで森崎にも聞いた。すると森崎は「今はいないよ」と言った。
「今はってことは、前はいたのか」
「最近別れたんだ」
「どういう子と付き合ってたんだ?」
俺がそう言うと、森崎は気まずそうな顔で言った。
「可愛い子だったよ。まぁ、ネットで知り合ったんだけどな」
「マジですか!」
真里菜は驚いてそう言った。だが、飴をごくんと飲み込んでしまったらしく、すぐに引きつった顔に変わった。
「マジだ。なんつーか、会う前は凄い気があって楽しかったんだ。でも、いざ会うと全然ダメ。うまく話せないんだ。会った瞬間、何かが変わっちゃった」
ふむ。
「やっぱり、恋愛っていうのは怖いですね。私、簡単に男の人と付き合うのは止めておきます。慎重に男の人と知り合っていきたいです」
そして、真里菜は最後に付け加えた。
「でも、松島先輩なら、なんか付き合っても怖くないし、一緒にいて楽しそうです」
さて、二泊の合宿を終えて、俺たちは自宅に戻り、更にネットを駆使して知識をためこんだ。
そしてネットを駆使している最中、俺はとんでもないものを見た。なんとなくオタク選手権と検索すると、オタク選手権についての掲示板が幾つか出てきたのだ。
少し心臓の鼓動を早めながら掲示板を見ていて、途中で鼓動は急激に早まった。なんと、真里菜の写真が公開されていたのだ。そして真里菜についての議論がかなり書かれていた。
ちきしょう、あのバイトの女が画像を消していたはずなのに……。いや、さすがに全部の客を見ていることは不可能か。
腹が立つ。心の底から腹が立つ。このなんともいえない怒りは、どこへもぶつければいいんだろうか!
俺はもちろん会社のサイトにこの掲示板のアドレスを送っておいた。これは、どうにかしないといけない!
そしてついに二回戦を迎える。二回戦は普通のクイズ形式であり、十問正解したら勝ち抜き、という形式らしい。上位四組が決勝戦へと進出する。
会場は以前と同じ文化会館だ。約束の時間に文化会館にいると、もう二人とも来ていた。……ちきしょう。
「あ、松島先輩!」
真里菜は最高級の笑顔で俺の名を呼んだ。……あの事は言わない方がいい。この笑顔が消えることになるからだ。
「遅くなった。すまん」
「全然、大丈夫ですよ。中に入りましょう」
「ちょっと、松島」
森崎が真剣な顔で俺を呼び、玄関から遠くに向かっていった。
「悪い、真里菜。先に中で待っててくれ」
「え、一人でですか?」
なるべく一人にはしたくないんだが……。
「はいはいチームコロポックルですねー!」
バイトの女、確か名前は白井綾。今回も係員として参加するらしい。
「一人で待つのは危ないから私がいっしょにいますねー。ていうか、貴方どこ高?」
「え、えっと、十八軒高校です」
「遠いね。あ、私は中央区の明静東高校なの。宜しくね」
「え?」
つい声に出た。おい、俺も明静東高校だぞ。
「おい松島!」
しかし今は偶然の出会いを堪能してる場合ではない。森崎が怒っている。
俺が森崎のところへ行こうとすると、バイト女は俺の耳元で囁いた。
「この子、ネットの掲示板に写真載ってたから、気をつけてね」
俺は駆け足で森崎のところへ近づいた。
「松島。お前知ってるか」
森崎に近づくと、いきなり小さい声でそう言ってきた。
「写真か?」
「そうだ。どうする?」
「どうするって、真里菜に言うわけにはいかないだろ。あいつ、ショック受けてぶっ倒れるぞ。それに、サイトのアドレスはちゃんと会社にメールで送っておいた。画像は、すぐに消されるだろう」
「そうじゃなくて、あいつら」
森崎が首で示した方を見ると、なにやら怪しい男の集団が目に入った。よーく見るとその集団は、玄関でバイト女と立ち話している真里菜の方をチラチラ見て、たまに指さしている。
右手に携帯を持っていて、しかもなんと、カメラモードになっている!
「画像をネットにアップした張本人か、もしくは画像見てやって来たかのどっちかだろうな」
そのアホ集団は、ついに携帯を真里菜に向けた。
「おい!」
俺はつい怒鳴った。周りにいた人の視線がいっせいに俺に集中するのがわかったが、気にしない。
「お前、今なにしようとした?」
相手は何も言わない。
すると森崎が、そいつから携帯をぶんどった。
「……これは、なんだ?」
不幸にもビンゴであった。携帯には、真里菜の写真がいくつかあった。森崎は、すぐに画像を全て消した。
だが、どうにも苛立ちは収まらない。
「撮られるの嫌なら、参加するなよ」
俺はこの発言でキレてしまった。気づくと俺は相手を殴っていた。そいつは、地面に倒れこんだ。
会館のステージ裏の控え室で、真里菜は苛立っていた。
「先輩、暴力する人だったんですか」
違う。
「どうして殴ったんですか」
写真。
「相手の人、かわいそうです」
どこが?
「私、謝りにいってきます」
なんでお前が?
「松島先輩、優しくないです」
「おい、真里菜!」
いきなり森崎が大声をあげた。
「お前な、理由もなく松島が人を殴ると思うか」
「しょせんネットで会った人なんてそんなもんなんですね。人、信じるの怖いです」
「あの……」
バイト女が部屋に入ってきた。
「もう、二回戦始まります。ステージに上がってください」
二回戦は、気まずいどころじゃない雰囲気でやりにくかった。俺たち三人は機械的にクイズに答え、ギリギリ四位になり、決勝進出を果たした。
正直言うと、俺は真里菜に言うか言わないか迷った。
もしもあの事を言えば、真里菜はショックを受けるだろう。だが、そのかわり俺になにかしら好意的な感情を持ってくれるかもしれない。だが、やはり真里菜はショックから立ち直るのに時間がかなりかかるし、心の傷はなかなか消えない。
下心がないといえば嘘になる。つくづく、人間って嫌な生き者だなと思う。
そりゃあ、真里菜みたいな子と付き合えたらどんなに良いことか。あんなに可愛い顔して、今時珍しく純粋な性格だ。
本音を言うと、俺は真里菜がいなければこんなオタク選手権なんて参加していなかっただろう。だってこんなの興味がない。だが俺はオタク選手権に参加することで、真里菜の親が経営するコテージに泊まれて、喫茶店で楽しく雑談も出来た。
俺は振られた経験があるから良くわかってる。現実はアニメみたいな恋愛は全く無い。アニメみたいな恋愛なんて、七センチ以上のクワガタよりも珍しい。
漫画やアニメでは、だいたいが下心なしの綺麗で美しい恋愛ばかりだ。でも、現実は汚い。女は平気で嘘をつく。男が喜ぶこと言う。騙しあう。心の読み合い。駆け引き。それが恋愛だ。人間らしいといえばそうかもしれない。
世の中ってのは汚いものばかりだ。そして汚いものはよく目立つ。例えば、付き合う前は超完璧女だったのに、付き合ってみるとその人の悪い所が見えてくる。いきなり悪い所が見えてくると、その悪く汚い所は強く目立つ。幻滅する。
だが、俺たち人間はそのやるせない理不尽だらけの人生の中で、何か希望を見出さないといけない。もがき苦しみながらも、生きていかないとダメなのである。
漫画とかアニメってのは、人間の理想の塊だと思う。こうなったらいいなとか、あぁいう魔法使えたら楽しいなとか、こういうアイテムがあれば人生苦しくないんだろうなとか、あぁいうシチュエーションってマジ萌えるよなとか、とにかくなんでもアリだ。それは見てて非常に楽しいものである。
俺はふと思う。なにも良い子ぶらないで、人間の汚さをモロにだして、真里菜に「お前の写真がネットで出回っている」と告げ、あいつらをぶん殴る。そしたら真里菜は、「殴るなんてひどい!」と言いながらも、やはり俺に対する好意を強めた可能性は高い。それで良かったんじゃない? だって俺が今生きているのは、汚いことであふれてる現実世界なんだ。別に漫画の世界にいるわけじゃないんだから、あくまで人間らしく……。
二回戦が終わると、俺たちは無言で解散した。もう、何もかもが終わったんだ。決勝戦は個人戦に切り替わる。もう、集まる必要は無い。そして、俺が頑張る必要も無い。
決勝戦は、見事に真里菜が優勝した。
「オタク選手権北海道代表は、女の子です!」
決勝戦の日、バイト女がステージの上でそう高々と宣言した瞬間、俺と真里菜の関係は終わったなと、思った。
「なぁ、松島」
文化会館を出ようとしたとき、森崎に話しかけられた。
「また遊ぶよな」
「あぁ、いつでも。真里菜は抜きになるが」
「……なぁ。今、真里菜さ、控え室で今後の説明受けてるんだよ。行こうぜ」
「行かない」
森崎は苦い顔をしたが、続けた。
「いいから行くんだ」
森崎は俺の腕を強くつかんで、文化会館の中へと引きずり戻した。
そして控え室の前まで行くと、森崎はサッとドアを開けて俺を中に押し込み、自分は部屋に入らずに帰ってしまった。
「先輩」
「……おめでとう
「ありがとうございます。
「なぁ、真里菜。今度、ささやかに祝杯でもあげるか?」
これが最後のチャンスだと自分に言い聞かせた。
「先輩」
真里菜は無視して話を始めた。
「私、このオタク選手権に参加したのは、そう、吹っ切るためです。自分の人見知りにはもう嫌気がさしてたんです。だから、オフ会に参加すれば何かが変わると思ったんです。本当なら、オフ会なんて怖くて参加してません」
なるほど。薄々気づいていたが、そういうことか。
「でも、他にも理由があるんです」
「なんだ?」
「決勝戦、実は東京で開催されるんです。ちょうどいいと思いました」
なにがちょうどいいと言うのだろうか。
「私、実は東京に引っ越すんです。引越しと決勝戦の日程が丁度良いし、自分の奥手な性格を吹っ切るため、そして北海道での最後の思い出を作るために、この大会に参加したんです。夕張のコテージに泊まったのも、そうです。私は夕張で生まれたので、やはり東京に行く前に、生まれ故郷で何か思い出がほしかったんです」
なんだ、真里菜も俺と同じように、オタク選手権なんてどうでも良かったんじゃないか。
なんともバカバカしい話だ。俺は真里菜と一緒にいたいがために参加した。そしてこのオタク選手権が終わったあとも親しくしていれば、付き合えるかもしれないという下心を持っていた。
なのに、真里菜はというと、オタク選手権は吹っ切るためと、北海道での思い出作りだったのだ。意味がわからん。俺はいったい何をやっていたんだ。
俺は、何も得ることは出来なかった。だが、真里菜は今回のことで自分の性格を少しでも変えられたかもしれない。そして思い出も作れた。そして、なにより「オタク選手権代表」という真里菜にとって最高の称号を得たのだ。
そして真里菜は”信じてた男が実は暴力をする野蛮な男だった”という嫌な思い出を、一生持ち続けるのだ。
「私はオフ会が怖かったんです。でも、松島先輩は凄く優しくて、自然に接することができました。森崎先輩は、どうも好きにはなれませんでした。凄く信じてたんです。男の人をここまで信じれたのは初めてです。なのに、松島先輩はすぐに裏切りました。暴力する人は大嫌いです。信じている人に裏切られるほど嫌なことはありません」
あまりにも急すぎないか。出会いがオフ会で始まって、結構気があって、これからずっと友達でいられると思っていた。もしかしたら友達以上の存在になるかもしれないとも思っていた。
だが、俺が人を殴ったことにより、一瞬で真里菜は俺を嫌いになった。そして、北海道から出て行った。
俺はこの春休み、いったい何をしていたんだ? 真里菜はあっという間に友達から他人になってしまった。
……いや、実際、人間関係なんてそんなものかもしれない。だって、真里菜とは出会ってから一ヶ月も経っていないのだから。いくら俺が真里菜に好意を持っていても、真里菜からしてみれば「深いところまではよく知らないけど、結構気の合う男の人」ぐらいの存在でしかないんだろう。
「私、そろそろ帰りますね」
真里菜は控え室のドアの前に立ち、ゆっくりとドアノブをひねった。その時、真里菜は振り返って俺を見た。そして、何か言いたそうにしてしばらく立ち止まっていたが、しばらくすると、部屋から出て行き、ドアを閉めた。
最後に見た真里菜の姿を、俺はよく覚えている。
そう、部屋から出て行く瞬間、真里菜はほっぺたをしきりに掻いていた……。
読んでくれた方、ありがとうございます。
HP
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