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 愚者×転生   作者: 大間九郎
6/7

三人丸まり、眠った

プンプンする負け戦臭でござるー



 シチ帝国の帝都【ドラム】にあるロックロード公爵家のタウンハウスの中で、一人の女性が死病に犯され、死をまっていた。

 純白の広いベッドに横たわる中年の女性の名前は、ベルル・ゲッタイト・ログ・ロックロードという。シチ帝国の英雄、勇者ゲッタイトの正妻であり、現皇帝マラガ6世の母と同じくする妹である。


 ベルルは元々王族であったが、勇者ゲッタイトが預言者イイダスに天啓を告げられた後すぐに下嫁され、ロックロード公爵となる。

 勇者ゲッタイトとの間に一人の娘をもうけ、その娘は当時子どものいなかったマラガ6世の養子として王族入りしている。

 

 娘の名はユリタイト、今、ベルルの手を取り、涙を流している黒髪長身の女がそれだ。歳は16、シチ人にしては肌の色が白く、体格がよく、周りにいる男たちより頭一つ大きい。


「母上、死なないでください」ユリタイトは母ベルルの手を取り、涙を流す。


 ベルルはユリタイトのほうを見ず、天井を見上げ、聞き取れないほど小さな声で何かをいっている。


 ユリタイトがベルルの口に耳を近づけ言葉を拾う。


「もり、が、みず、」


 そうベルルは何度も何度もつぶやいている。


 ユリタイトは母ベルルが、何を見ているのか分かっていた。

母ベルルが森というなら、その森は父である勇者ゲッタイトと過ごした街【ウテナ】の森である。母ベルルが水というなら、その水は【ウテナ】にある湖、ウテナ湖の水のことである。

ベルルは死をむかえるに当たり、最後に、最愛の夫、勇者ゲッタイトと過ごした思い出も日々を反芻していた。



 ベルルは夫であり英雄である勇者ゲッタイトと、ともに過ごした時間は数年しかない。

 従軍していく勇者ゲッタイトを追って、第二次皇帝戦争最前線の地【ウテナ】ですごした数年だけだ。そこでベルルは自分を身ごもり、勇者ゲッタイトは身重のベルルを気遣い、【ウテナ】から帝都【ドラム】に居を移させている。


 それ以来、ベルルと、夫である勇者ゲッタイトは共に暮らしていない。


 勇者ゲッタイトに新しい妻ができたことも関係しているし、娘であるユリタイトが王マラガ6世の養子になったことで、子どもを人質に取られたと思った勇者ゲッタイトが、王族を毛嫌いして、帝都【ドラム】に近づかなくなったのも原因だ。


 

「ユリタイト様、これ以上は、」そういうと、ユリタイトの横に立っているイイダス教の司祭が、ベルルに癒しの魔法をかける。ベルルは深い眠りに落ちていき、浅い寝息を立て始める。

 ユリタイトは最後に母ベルルの頬にキスをすると立ち上がり、司祭に、「母はあとどれくらいか?」ときく。司祭は「癒しの魔法で命を取り留めているだけです。あと一ヶ月は持ちますまい」と答える。



 ユリタイトは唇をかむ。



 大好きな母が死ぬ、死は誰にでも訪れるが、母は満足な人生であったろうか?


 愛しい夫と数年しか過ごせず、娘である自分も、物心つく前には、養子として皇帝の元にいってしまっていた。

 


 それに、自分は今、王位継承権第一位ではない。


 ユリタイトを養子に迎えた後、皇帝マラガ6世は側室との間に嫡男をもうけていた。16歳になるユリタイトの6つ年下、ルクルース第一王子。シチ帝国の王位継承権は男子優先なので、今ユリタイトの王位継承権は第二位となる。

 

 皇帝になるならと、自分を手放した母ベルルに申し訳が立たない。

 

 しかし、ここで弟ルクルース第一王子を蹴落とし、王位継承権第一位を手に入れるために動くことは、国が荒れるので、行いたくない。


私は母ベルルに、安らかな死すら提供できない。

 ユリタイトはもう一度強く唇をかむ。

 


「最後の時を【ウテナ】で迎えてもらう。それしかないな」



 ユリタイトはそう呟き、母ベルルの屋敷を出て、王宮に向かう。母の思い出の場所を奪還するべく、戦争をおこすために。






 ブジュは金板鎧を身につけた兵士を筆頭に進む列の中ほどで、親指を銜え、自分の魔法で作る水を、誰にも分からないように飲んでいた。

 

 戦地までの移動が始まり、各々がもってきていた手持ちの食料は三日で尽きた。

 金板鎧の兵士たちは、行く先々の村で農夫を集め兵士にし、兵站として春にまくはずの麦を徴収していくが、徴兵した農夫たちには一切食料を与えず、水すら与えなかった。

 夜になるとまだ冷え込み体調を崩す者が続出した。喉が渇き沼や水たまりの水を飲んだ者たちは腹を下し衰弱した。

 それでも移動は続き、徴兵された農夫たちは面白いように死んでいった。


 もうブジュ達は10日間歩き続けている。



 ブジュの家族は兄二人がともに従軍していた。父は40歳を過ぎていると言い張り、それを村長も認めたため、従軍することはなかった。

 あと、ミーアとライラの父親は35歳ほどなので従軍していた。


 ブジュは魔法で出す水でのどを潤し、夜は温水の水玉を出し、それをイノシシの膀胱で作った小さな水飲みに移し、懐に入れて暖をとった。


 もってきた肩掛けカバンの中には、冬のあいだに狩った獣の肉が、干し肉として入っているので、それを誰にも気がつかれないように、小さくちぎり飲みこんだ。


 いつ終わるか分からない従軍の中、誰かに食料を分け与えるわけにはいかないし、分け与えたいと思える人間がいなかった。


 そんな中、ミーアとライラの父親が死んだ。一番上の兄は義理の父親にあたる男を見捨て、その服を追いはぎのように剥ぎ、寒い夜の毛布代わりにした。

 

 たまりかねて逃げ出そうとした者もいたが、すぐに周りの農夫に取り押さえられ殺された。


 脱走兵が出た村は連帯責任で罰が下る。

 逃げるくらいなら死ね。そういうことなのだ。


 殺される脱走兵を見て、ブジュは逃げるのをあきらめた。確かに数人なら殺して逃げることもできるが、今いる農夫全員を殺して逃げることはできない。


 誰も喋らずに歩き、金板鎧の男が止まれば、みんな座り込み寝る。

 徴兵された四分の一は死に、それ以外の人間はガリガリに痩せ、病人のようだ。

 戦えるものは一人としておらず、戦力にはならない。

 それでも従軍は続き、村を出てから13日目、徴兵されてきたブジュ達は、本隊と合流した。


 

 



「まだ兵は集まらないのか!」


 黄金色に輝く金板鎧に身を包んだユリタイトはそう叫ぶと、手に持っていた指揮杓を机に叩きつける。

 その音が、指揮官を集めた本陣天幕の中に響き渡る。


 皇帝に直訴し、【ウテナ】奪還の兵を起こしてから二十日が過ぎていた。帝都【ドラム】から七日の距離にある森の前で、ユリタイト直属の第三近衛隊200人、皇帝より貸し出された帝国第二大隊300人は一週間以上待ちぼうけを食わされていた。

 

 今回ユリタイトが奪還を狙う【ウテナ】はリシャ皇国との国境から馬車で半日ほどの所にある。国境にはリシャ皇国の砦があり、随時3中隊ほどが警備に当たっている。

 1小隊が10人。

 1中隊が100人。

 1大隊が1000人。

 シチ帝国軍はそのように隊編成ができている。

 リシャ皇国もそうは変わらないはずだ。

 つまり、国境の砦には300人ほどの敵兵がいることになる。

 攻城戦は相手の三倍人数がいないと成功しないといわれている。そのうえ、今回は短期間で【ウテナ】まで進行し奪還しなければならない。時間をかけた兵糧攻めなどの方法はとれない。

 ユリタイトの手駒は、第三近衛隊と帝国第二大隊の数は合わせて500人。直属の第三近衛隊は全員連れてこれたが、第二大隊は三分の一も貸してもらえなかった。


 兵が少なすぎる。


 そのためユリタイトは、近くの王家直轄領から農兵を、帝都【ドラム】では傭兵を集め、兵士の数を水増ししようとしていた。

 しかしその農兵と傭兵をそろえるのに、時間がかかってしまったのだ。


「ユリタイト様、先ほど農兵がそろいましてございます。明後日には傭兵団がこちらと合流します。どうか、お気をお鎮め下さい」そう言って、荒ぶるユリタイトの手を優しく握りしめる白金色の金板鎧に身を包んだ女、ティカティリナの言葉を聞いて、ユリタイトはフンッと鼻を鳴らすと、椅子に座りこんだ。

 その姿を見て、ユリタイトに呼び出されていた、第三近衛隊長ピクタ子爵と、帝国第二大隊第一中隊長ケルオス士爵は胸をなでおろす。

 

「明後日傭兵団がつき次第、国境砦に進軍する。用意しておけ」


 そういうと、ユリタイトは天幕を出ていく。





 

 第三近衛隊長ピクタ子爵がユリタイトを目線で見送った後、大きなため息をつき、頭を抱える。

「ケルオス殿、今日ついた農兵を見たか? 数が少ない。まともに食事や水も与えられていない。まるで死人だ。あれじゃ兵力にならん」


「急がせすぎましたな、150ほどしかいません」

 帝国第二大隊第一中隊長ケルオス士爵も、眉間にしわを寄せる。

 

「傭兵団の数は?」そうピクタ子爵がきくと、「60ほどらしいです」と、ため息交じりにケルオス士爵は答える。

 

「仕方ない、奴隷兵を使おう」

「奴隷兵? 今から用意できるのですか?」


今まで無言でいたティカティリナが、奴隷兵を提案したピクタ子爵に問う。


「なに、質を選ばなければ、近くの街から今晩中にでもとどけられよう」


「質を選ばなければ? 獣人ですか?」


ピクタ子爵はティカティリナを冷たい目で見て、「それ以外の選択肢が?」と、逆に問う。


ティカティリアは答えられなかった。



ティカティリア・デ・ブロウ、16歳。ユリタイトの乳母の娘で、乳兄弟にあたる。父親は騎士爵を持つ領地なしの宮廷貴族で、母親は平民である。

 物心ついた時からユリタイトの仕え、侍女であったが、ユリタイトは彼女に叙爵位で最高位の准男爵位を与えて貴族にしている。

 叙爵位は三位あり、一番下から一代騎士爵、世襲騎士爵、准男爵となる。

 叙爵位は名前の前に【デ】をつけ、男爵以上の爵位を持つ貴族は、名前の前に【ログ】とつける。

 つまり正式にティカティリナを呼ぶときは、「デ・ブロウ卿」となる。

 ユリタイトは王族なので家名がない。ただ、ユリタイト第一王女と呼ばれる。

 

 ティカティリナはユリタイトのことを姉妹のように感じて、好意を持っているが、母親が平民の出であるため、貴族らしい感覚以外に、平民の感覚を持ち合わせている彼女から見て、今回のユリタイトは横暴すぎた。

 


 短期の電撃戦を狙っていたユリタイトは十分な兵站を用意せずここに来ている。兵たちがもう飢えだしている。


 短期間で農民兵を集めたため数が少ない、そのうえ飢えていて、戦力としては下の下だ。


 焦り過ぎたため十分な作戦概要を示さずに傭兵を集めている。そんな戦争にまともな傭兵が、まともな数集まるはずがない。


 今の天幕内でのやり取りを見ても分かる。ユリタイトは兵士を思いやる心が見えない。そのうえ武力もない。カリスマ性もない。これでは兵はついてこない。



 そのうえ、獣人。


 シチ帝国の英雄、勇者ゲッタイトですら恭順させられず、最後まで抵抗し、全ての種族が奴隷に落とされた獣人たちを兵士として使うなど常軌を逸している。



 戦争を舐めすぎだ。


 軍隊を動かすのには金がいる。人を死地に向かわせるにはカリスマ性がいる。兵を集めるには時間がいる。そんなこと、初めて戦場に来たティカティリナでもわかる。

 いや戦場にきてよりよく分かった。


 軍隊とは、大きな竜だ。何もしなくても大量に食物を消費し、常にイライラしていて、ナイーブで、癇癪持ちで、そして生み出すのは破壊だけ。


 大きな邪竜。

 ティカティリナには軍隊がそう見えた。


 ベルル様がお亡くなりになる前に、【ウテナ】を奪還したいユリタイトの気持ちもわかる。わかるが、十分な補給路なく、十分な戦力なく、十分な根回しなく戦争はできない。

 ティカティリナは、大きな真っ黒い邪竜がいつか癇癪をおこして、ユリタイトを飲みこんでしまうのではないかと心配している。



 このままいけば、そのいつかは、すぐに訪れるのではないかとすら思う。







 ブジュたちを連れてきた金板鎧を身につけた兵士たちは、

「そのへんにいろ、武器は明日支給される」

 と、言い残し、本隊の天幕の中に消えていった。

 

 残された農兵たちは今までと同じように、地面に寝転がり、眠りに落ちていった。

  


 夜、がらがらがらがらと、地面の振動で目を覚ます。

 農兵たちは地面にそのまま寝ているので、より振動を感じた。

 ブジュも目を覚まし、音のするほうを見ると、松明を赤々と灯した四頭引きの大きな馬車が三台、野営地の前に止まる。

 天幕から豪華な金板鎧を身に包み、黒いマントを羽織った男とその連れ数人が出てきて、馬車からおりてきた男に声をかけている。

 馬車からおりてきた男が、ほかの男に指示を出すと、指示を出された男が馬車の後方に回り、鍵を開け、ドアを開けた。


「おりろ獣ども!」


 カギを開けた男が怒鳴ると、馬車からぞろぞろと人間がおりてきた。


 馬車に備え付けられた松明の光に照らされ、ぞろぞろとおりてきた人間たちの姿が暗闇に浮かぶ。


「ちっ、獣人じゃねぇか!」


 横で顔をあげていた農兵がそう吐き捨てると、興味をなくしたように、自分の腕の枕に頭を落とす。


 ブジュは獣人を見るのが初めてだった。

 村にはいなかったし、ブジュは村から出たことはなかった。

 

 周りの兵士たちより頭一つは確実に高い身長。細く均整のとれた体形。頭には前世で見たラブラドルレトリバーのような、垂れ下がった大きな耳がついていて、粗末な頭貫着の裾から猫のような、ふさふさとしていない尻尾が垂れ下がっていた。

 

 それよりもブジュが衝撃を受けたのは色だ。


 獣人たちは新雪のように真っ白だった。


「アルビノ」、ブジュはそう呟く。


 確かに獣人たちは皆、アルビノのように真っ白だった。



「そこらへんに固まってろ獣ども! 命令があるまで動くな!」


 金板鎧を着た兵士が怒鳴り、獣人たちは一か所にかたまり座り込む。

 100人以上入るだろうか? よく見ると、皆裸足で、薄汚れていて、なぜ新雪のように見えたのか分からないほど灰色の汚い集団だった。


 ブジュは獣人たちを見て、おかしなことに気がつく。ここに連れてこられたってことは兵士として戦わされるために連れてこられたはずだ。なのに、獣人たちの中には女や年老いた老人、赤ん坊までいる。


 なんのために連れてこられたんだ?


 さっき怒鳴っていた兵士が、獣人たちのかたまりの前に立つ。


「お前たちはこれから名誉あるシチ帝国の兵士となる! 戦果を挙げた者は奴隷からの解放と平民となる権利を与える! 死ぬ気で戦え!」


 獣人たちはその言葉に全く反応せず、ただ座っている。

 兵士も獣人たちの態度を気にせず、天幕に向かい歩いて行く。


 ブジュはいつまでも獣人たちを見ていてもしょうがないので、ごろりと寝転がり、服の下の温水を入れた水飲みを抱きしめる。


 眠りに落ちそうになっているブジュの耳に赤ん坊の泣き声が聞こえる。



「おあー!」「おあー!」「おあー!」



 この野営地にいる赤ん坊は、獣人の赤ん坊しかいない。まずいことになったなと、ブジュは思う。

 

「うるさいぞ! 早く黙らせろ!」

 天幕から怒鳴り声がきこえる。


「うるせーんだよ獣が!」

 地べたに寝転んでいた農夫からも文句が出る。


 野営の見張りをしていた兵士が松明を持ち、獣人のかたまりに近づいていく。


「早く黙らせろ!」

 そう叫ぶが、その声に驚き、赤ん坊はより泣き叫ぶ。


 赤ん坊を抱いている獣人、母親なのだろう、胸をさらけ出して乳首を赤ん坊の口に押し当てるが、栄養が足りず乳が出ていないのだろう、赤ん坊はすぐ乳首から口を放し泣き叫ぶ。

 

 兵士は怒鳴りながら、鞘から剣を抜く。

 赤ん坊の周りにいる獣人たちが、一瞬で殺気立つ。

 赤ん坊は泣き叫ぶ。

 異様な雰囲気に、農夫たちは緊張し、体を固くする。

 天幕から数人の兵士たちが出てくる。

 

 剣を抜いた兵士は苛立ち、切っ先を赤ん坊に向ける。

 獣人の母親は赤ん坊を抱きしめ、守るように蹲る。

 赤ん坊はよりいっそう泣き叫ぶ。


 兵士は剣を抜いた手前引っ込みがつかなくなり、剣を振り上げる。



「ちょっといいですか」



 そんな声がきこえ、剣を振り上げたまま兵士は振り向く。


 そこにはブジュが立っていた。



 ブジュは赤ん坊を抱きしめ蹲る獣人の前にしゃごみこみ、赤ん坊の小さな唇を、水魔法で湿らせた薬指で優しく撫でていく。

 頃合いを見て、とんとんと、薬指で優しく唇をノックする。

 赤ん坊は唇を窄める。

 ブジュは赤ん坊の口に薬指を入れ、水魔法で温水をゆっくり、少しずつ赤ん坊に飲ませる。


 抱きしめていた母親の獣人が、驚いた顔でブジュを見ている。

 周りの獣人たちも、驚いた顔で固まり、ブジュを見ている。

 ブジュは母親の懐から、自分の懐に赤ん坊を移し、抱きしめ、あやすように揺すりながら、薬指を吸わせている。


「赤ん坊をあやすのは得意なんですよ」


 ブジュが剣を振り上げた兵士にそう告げると、

「もう泣かせるんじゃないぞ!」

 と、怒鳴り、剣を鞘に納め、兵士は立ち去った。


 松明を持った兵士が立ち去ると、あたりはまた暗くなる。

 ブジュは母親に、

「水を飲ませているだけです。すこし水魔法が使えます」

 と、告げる。


「……ありがとうございます」


 母親は力なくそうブジュに告げる。


 ブジュは赤ん坊を抱いたまま、母親の横に座る。


「のど渇いてますよね、俺の親指しゃぶってください、水が出ます」


 ブジュがそういうと、母親はいったん躊躇して、それでも喉の渇きに耐えられず、赤ん坊が銜えている薬指と同じ手の親指にしゃぶりつく。


 ブジュは親指から水を少しづつ出す。


 母親は、涙を流す。ブジュの手の甲と、赤ん坊の上に涙が零れ落ちる。ブジュは何も言わず、母親も嗚咽をあげず、ただブジュは水を出し続け、母親と赤ん坊は水を飲み続けた。






 その夜、ブジュは赤ん坊を抱いたまま眠り、赤ん坊の母親はブジュと赤ん坊を抱きしめるようにして三人丸まり眠った。

 

 

 


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