三人並び、空を見上げ、笑う
ライラは魔法を使える少女なので、魔法少女でござるー
「ブジュ、魔法は祈りだよ。できないことをできるようにするんだ。世界の法則にはむかうんだ。並大抵のおねがいじゃ無理さね。祈るんだよブジュ、全てを擲って、得るために、祈れば、世界はあんたに魔法って形で応えてくれるんだよ」
ブジュに魔法を教えてくれたサンザお婆は、魔法は祈りだといった。
世界の法則を変えることができるのは、祈りだと、ブジュはそう解釈した。
もしこの世界で、ミーアとライラが売られ、奴隷としてむごい生き方をしなくちゃならないのがこの世界の法則なら、俺が祈りで変えよう。この世界の法則を捻じ曲げ、二人からむごい生き方を取り除こう。
自分にはそれができる。
自分は二人のためなら、祈れる。
ブジュはそう思った。
ブジュは乾きひび割れたミーアとライラの家の畑の前に立つ。
もう日も落ち、明かりは何もなく、星の光のみが血だらけのブジュを青白く照らしていた。
ブジュは右手のひらを突出し、左手で右手の手首を掴む。
頭の中で、笑っているミーアとライラの顔を思い浮かべ、その笑顔が一生続くように、イメージして、自分の中の魔力を手のひらに集める。
「ウォーター」
魔法のキーとなる言葉はなんでもいいが、ブジュは水、祈り、そして成功、その三つを連想し、サリバン女史とヘレンケラーを連想した。
言葉に意味があることを、モノには名詞があることを伝えるため、井戸水の手にかけながら、手話で『ウォーター!』と叫び続けたサリバン女史、その行動に恐れおののきながら、天啓を得たように、手に当たる水と『ウォーター』という言葉を同一のものだと理解するヘレン。
サリバン女史の言葉は祈りだと思ったし、その祈りが、名詞が存在しない、ヘレンの世界の法則を捻じ曲げ、天啓を与えたのだ。
ブジュは、サリバン女史の言葉が、祈りの言葉として、とても適切なように感じた。
ブジュが「ウォーター」と口にすると、手のひらから大人の拳ほどの水の玉が出現して、渇いた畑の上に落ち、弾けた。
ブジュがもう一度「ウォーター」と口にすると、また水の玉が現れ、畑に落ち弾ける。
ブジュは祈る。そして言葉を口にする。水の玉はそのつど現れ、畑に落ちて弾ける。
ブジュの鼻の穴から一筋、血液が零れ落ちる。
頭が割れるように痛み出す。
体全体が震えだし、締め付けられるように軋みだす。
体内魔力の枯渇だ。
魔法は体内にある魔力を触媒とし、大気中の魔素を使い発動させる。
体内魔力だけでは容量が足らず、どんな高名な魔法使いでも魔法を発動することはできない。
体内魔力が火花で、大気中の魔素がガソリンだ。
この二つにより、魔法が完成する。
体内魔力は生命維持に大きく関与しているため、触媒として魔法っを使い続けると生命活動に大きな支障をきたす。
そのことはブジュも知っている。
だが今は、祈るのだ。
祈り続けるしかないのだ。
一滴でも水を畑の土に染み込ませるため、
ミーアとライラに辛い人生が近づかせないため、
ブジュは祈り続け、手のひらから水の玉を出し続けた。
「ヴァーダー!」
「ヴォーダー!」
喉から血を吐き、それでも何度も叫んだ。
痙攣し、失神し、泡吹きぶっ倒れるまで。
ライラは毎朝畑の様子を見にいっていた。ひび割れた畑にまかれた麦の種は、芽も出さず、よく鳥についばまれていたの、その鳥を追い払うことを、朝一番の仕事としていた。
いつもと同じように、まだ涼しいうちから起きだし、畑に向かうライラ。
畑につくと、顔中の穴から血をしたたらせ、その血が渇き、ガビガビの状態で失神しぶっ倒れているブジュを発見する。
ライラは駆けより、サンザお婆に習った治療魔法をかける。
ブジュが意識を取り戻す。
ブジュを抱きかかえ、ライラはどうしてこんなところで、こんな姿で倒れていたのか問いかける。
ブジュはミーアとライラの親の畑を指さす。
そこには、いつもと少し様子が違う畑の姿があった。地面がひび割れていないのである。ライラはブジュをその場に寝かせ、畑に近づくと、指先で畑の土を撫でる。その感触はいつもより数段柔らかいモノだった。
「ブジュ!?」ライラはブジュのほうを振り向き叫ぶ。
ブジュは喋るのも億劫なので軽く手をあげ、自分がそれを行ったことを認める。
ライラはその場で泣きだし、ブジュに向かい走りより抱きついた。ライラは頭がいいから、このまま自分の家の畑から麦が収穫できないと、自分たち姉妹が売られてしまうことを理解していた。そして売られた先では、今以上に酷い生活が舞っていることを理解していた。
「ありがとうブジュ! ありがとう!ありがとう!」ライラはブジュにすがりつき泣いた。
ブジュはライラの頭を優しく撫で続けた。
翌日から夜になり、村の人間たちが寝静まると、ブジュとライラは畑にやってきて魔法で水を撒いた。
ブジュは「ウォーター」となんべんも、なんべんも唱え、祈り、ライラは魔法使用により体内魔力枯渇で傷つくブジュの体を治療魔法で癒した。
ブジュが一度に出せる水の量はそう多くはない。だから毎日水をやりに来ないと畑はまた乾いてしまう。
二人は夜になると毎日毎日畑にきて、水を撒いていた。
麦は芽を出した。
細いながらも育っていた。
殻の中には、小まいながらも、麦が育っていた。
ミーアとライラの家の畑は、ほかの畑と変わらないくらいに、麦を実らせていった。
そして秋になった。
年貢の徴収官がやってきて、刈り入れた麦の束を数え、その年の年貢を決めていく。
ミーアとライラの家も、年貢分の麦が収穫できて、徴収官に咎められることはなかった。
ブジュは村が一望できる丘の上でミーアとライラと三人並び、空を見上げていた。
俺の祈りは世界を捻じ曲げ、二人の不幸を取り去った。
ブジュはそのことがとてもうれしく、右手にミーアの肩を、左手にライラの肩を抱き、三人して笑った。
空は青空で、
三人は笑顔で、
理不尽のなかにあるが、よりひどい地獄に落ちることはなかった。
ブジュは満ち足りていた。
やり遂げたと思っていた。
しかしそれは甘い幻想でしかなかった。
三日後、ライラは売られてこの村からいなくなった。