生まれ落ちて
ファンタジーが書きたかったでござる―
ブジュは浅黒い肌と、黒髪の持ち主だった。
ブジュは特別な男の子ではない。どこの農村にもいる、変わりばえのしない、鼻垂らしてキュウリをかじるただのガキだ。
いつもぼーと空ばかり見ている。変わり者といえば変わり者だが、家の畑仕事も嫌がらず手伝うし、言葉少ないが、嫌われる理由もなく、好かれる理由もなく、迫害される理由もなく、取り立てて話題になることもない、ただのガキだった。
四歳の時流行り病で右耳の聴力を失い、左頬に痣があるが、同じころに生まれたガキたちは皆この流行り病にかかってどこかしらに痣があったし、片耳の聴力を失っている子供はザラにいたし、視力を失ったり、皮膚がブジュよりもひどく爛れ、醜い顔になっている者も多くいたから、ブジュは村でそれほど目立つ存在ではなかった。
ブジュには友達がいた。ミーアとライラ、二人は二歳違いの姉妹で、ミーアが姉でレイラが妹だった。ブジュが11歳の時、ミーアが13歳で、ライラはブジュと同じ11歳だった。三人はとても仲が良かった。それもそのはずで、ミーヤライラは金髪で、肌の色が白く、体が大きく、発育が早く、ナーガ人の特徴を受け継いだ子どもで、村では迫害され、友達はブジュ以外いなかったのだ。
ミーアとライラの母親は浅黒い肌と黒髪を持ったシチ人で、父親も同じであった。ではなぜ子どもたちだけナーガ人の特徴を有したのか? それは簡単な話だ。10年前に集結した第二次皇帝戦争時に、ブジュ達が住む村はナーガ人の国、リシャ皇国に占領されており、ミーアとライラの母親はナーガ人の兵士に凌辱されるだけ凌辱され、子を孕まされ、ミーアを産み、また孕まされ、ライラを産まされたからだ。
リシャ皇国占領下時代、シチ人は犬猫のように扱われ、犯され、奪われ、あらゆる屈辱を受けた。
女は孕まされ、男たちは鞭打たれ、唾吐かれ、働かされ、殺された。
シチ人の英雄、勇者ゲッタイトの活躍により、シチ帝国はリシャ皇国の支配から解放された。その時最初に行われたのは、金髪で白い肌を持つ、ナーガ人に孕まされ産まされた子どもたちを殺すことだった。
元々貧しい農村では、ナーガ人の血を引く子どもを食べさせるだけの余裕なんて元々なく、殺すか、奴隷商に売っていくばくかの金に換えた。どこの村でも金髪は嫌がられ、白い肌は嫌がられ、殺しても誰からも文句は出ず、家畜以下の扱いを受け、奴隷以下の扱いを受けていた。
しかし、ブジュが暮らしている村では、ミーアとライラを殺さなかった。
それは、流行り病のおかげである。
戦争が終わった翌年の冬、村の子どもや老人は、ほとんど流行り病に侵されていた。皮膚がグジグジと爛れ、高熱が出て、二週間もすると死ぬ。老人はいい、死んでも口減らしになるだけだ。でも子どもは困る。労働力だし、この先畑を守っていく人材だし、自分達が働けなくなったとき、畑を耕してくれる、将来の保険だ。殺すわけにはいかない。
村の子どもたちがみな病にかかる中、ミーアとライラだけ病にかからなかった。それどころか、ライラの近くに住んでいた、接触があった子供や老人は、病にかかっても軽く、三日もすれば全快する者もいたほどだった。
村で唯一魔法を使える呪術師のサンザお婆は、占いにより、ミーアとライラの体液を飲むと病が治ると告げた。
その占いのとおり、ミーアとライラの唾液や血液を口にした人間は死なずに、病を乗り越え、回復に向かっていった。
流行り病がいつ村を襲うか分からない。この世界では、病は悪霊の仕業だと思われており、悪霊を追い払ったミーアとライラを殺すわけにはいかず、そのまま生かしておくことになったのだ。
なぜミーアとライラの体液を口にすると流行り病が治ったのか?
それは二人の遺伝的欠陥にある。
ミーアとライラは遺伝により、ナーガ人の特色をよく残していた。ナーガ人は赤血球に遺伝的欠陥があり、これにより高地など低酸素の場所での活動は制限されるが、今回の流行り病のように、赤血球に細かなバクテリアが寄生する疾患には罹患しないという特徴がある。
この遺伝的欠陥はRNA転写ウィルスによるもので、血液感染をおこす。そのため、ミーアとライラの体液(特に血液)に触れた人間はウィルス感染し、流行り病を克服したのだった。
そんな理由で二人は村で唯一金髪と白い肌を持つナーガ人の特徴を持った子どもで、二人は支配されていた時代を知る大人たちからは忌み嫌われ、子どもたちからは仲間外れにされ、自分の親からも毛嫌いされ、いつもぼーと空ばかり見ているブジュだけが彼女たち姉妹が近づいても、追い払わないし嫌な顔をしないので、武中の近くが彼女たちの聖域となり、姉妹はいつもブジュと共にいた。
なぜブジュがいつも空ばかり見ていたのか? なぜブジュはみんなが毛嫌いするナーガ人の特徴を持ったミーアとライラを嫌がらず傍においていたのか? それはブジュが異世界からの転生者で、21世紀の日本で、三十六年の人生を過ごした前世の記憶を有していたからだ。
「貧しいな」
いつもブジュはそれだけを思っていた。
「憎しみは連鎖するモノだな」
ミーアとライラを見て、いつも考えていた。
「空はどこの世界でも青いな」
そんなことを思いながら、いつも空を見上げていた。
ブジュは前世の記憶を持ちながら転生し農家の三男として産まれた。前世で死ぬときは別段たいしたことがあったわけじゃない。トラックに轢かれそうな幼女を助けたわけじゃないし、神に請われてこの世界にやってきたわけでもない。ただ、病によって死んで、気がついたら母親の産道からこの世界に生れ落ちていただけだ。
言葉も違い、風習も違う。信仰も違い、文化レベルは中世ヨーロッパほど。他者と比べ、何か才能があるわけでもない。チートも転生ボーナスもなく、この世界に生れ落ちた。
ブジュ6歳の時、初めて畑仕事を手伝うこととなり、麦の種を畑に、投げまく父と母と兄たちを見て、
「種の頭を上にして、等間隔で土に埋めるといいですよ」
と、余計なことをいい、父親に力いっぱい殴られた。
ブジュが7歳のなり、芽が出ている麦を踏んで歩いて、家族全員に木の棒で血尿が出るまで叩かれた。
畑につなぐ水路を作る時、畑より低い場所から水を引こうと側溝を掘る父と兄たちを見て、農業用の溜池を作る案を出し、最後に残っていた乳歯が全て吹き飛ぶほど殴られて、ブジュは一切前世での知識を他人に伝えることをやめた。
ただただ非効率な農作業を手伝い、空いた時間はミーアとライラにはさまれ空を見ていた。
ブジュが変わり者としての地位を確立した11歳の年、村を襲ったのは90日以上にわたる干ばつだっ
た。
この干ばつが、ブジュの人生を決めたといっていいのかもしれない。
愚者として生きるの人生を。