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言代の鬼  作者: 東雲
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四方比良坂学園

 

四方比良坂学園。

 

ここは多くの著名人を輩出しているため、名門校と呼ばれている。

 

その所為か自然と家柄の良い者が集まったが、決してそれで決められているわけではない。

 

学力による選定基準は非常に高く、それに及ばなければ例えどんな家柄の者であろうとふるい落とす。

 

奨学金制度もあるため、割と多種多様な人物が集まるのだ。

 

そんな中、まことしやかに語られている、特殊な入学条件があるという。

 

その条件に当てはまる者は、学力が選定基準に及ばずとも入学できるというのだ。

 

だがそれは噂の域を出ず、都市伝説、あるいは学園七不思議のようなものとして、細々と伝わっていたのだった。

 

 

 

 

   ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

式が終わり、それぞれの教室に向かい、担任の紹介。

クラスメートの自己紹介は明日に持ち越すことになり、明日から必要なものなどの説明を受けて、その日は解散となった。

 

教室から出る生徒に釣られて廊下に出たものの、琴葉はすぐにひしめき合う人の波に呑まれた。

 

そこまで小さいわけではない琴葉だが、今日は入学式ということもあって保護者の姿もある。

押され流されと、琴葉は足を進めるしかなかった。

 

人の流れは外に出るために昇降口に向かっているが、このままでは靴に履き替える暇もなく外に押し出されてしまうと、琴葉は流れから抜け出そうと横に足を向けた。 

が、多勢に無勢。努力虚しく琴葉はまた流された。

 

そんな時、ひやりと冷たい手が琴葉の腕を掴んだ。

 

一瞬びくりとした琴葉だったが、その手が馴染みのあるものとわかって体の力を抜いた。

 

それを察してか、冷たい手は琴葉を引っ張ると人の波を掻き分けて流れを抜け出した。

 

人通りの少ない別の廊下で立ち止まり、掴まれていた腕が解放されると、琴葉は深呼吸をした。

 

やっとまともに呼吸ができた気がするとほっと安堵して、琴葉は引っ張り出してくれた冷たい手の持ち主に顔を向けた。

 

「……助かりました、リツさん。ありがとうございました。」

 

ぺこりと律儀に頭を下げる琴葉を、冷たい手の持ち主である六花はため息をつきながら見た。

 

「……はぁ。人の波が引いてから出るとか考えなかったわけ?」

 

「う……。私もそうしようと思ったんですけど、一歩出たら……。」

 

だんだんと語尾が小さくなるにつれて、琴葉は肩を落として小さくなる。

 

まったくと、六花は琴葉を見つめため息の大きさをなるべく抑え吐き出した。

 

人の波が引くまで待とうと、六花は人の少なくなった教室で暇を持て余していた。

そんな時に、人の波に流される琴葉を発見したのだ。

 

今日何回ため息ついただろうとぼんやり思いながら、六花は腰を上げて琴葉を救出すべく廊下に出たのだった。

 

「まぁ、慣れたけどさこういうのも。」

 

「うう、すみません。」

 

六花の何気ない呟きも、今の琴葉にとって嫌味として届いてしまう。

 

しゅんと小さくなる琴葉を見つめていた六花は、無言で手を伸ばした。

 

「……わっ、えっ?」

 

ずっと俯いていた琴葉は前触れもなく頭に触れた六花を視線を上げて見た。

 

「髪、ぐしゃぐしゃ。」

 

言葉少なに、六花は琴葉の人に揉まれて乱れた髪を手櫛で梳いてやった。

 

艶やかでまっすぐな琴葉の黒髪は、乱れていても一度手櫛を通せば元に戻る。

 

「……別に、怒ってるわけじゃない。」

 

「え?」

 

「だから、『すみません』じゃない。」

 

そう言われてきょとんとした琴葉だったが、言葉の意味を考えて少し押し黙る。

 

そしてひらめいたという表情で六花を見上げた。

 

「ありがとうございます、ですか?」

 

「正解。」

 

仕上げとばかりに、六花は琴葉の頭をぽんと叩いて手を話した。

 

「琴葉のどんくささは今に始まったことじゃないから、謝罪なんてそれこそ今更。だったら感謝される方が、お互いいくらか報われると俺は思う。」

 

「……嬉しい言葉のはずなのに、なんというか……。」

 

ちくりちくりと悪意のない針が胸に刺さるのを感じる琴葉である。

 

とにかくと、琴葉が改めて六花に感謝の言葉を述べた直後、明るい声が二人にかけられた。

 

「やぁ、ぴかぴかの一年生。友達は百人できたかな?」

 

二人して顔を見合わせてから、声のした方を見た。

 

そこには、だらしなくない程度に制服を着崩し、天然なのかくるくると黒髪を遊ばせ、へにゃりと笑う生徒がいた。

 

琴葉はぱっと顔を輝かせた。

 

「雅さ……、じゃなくて、烏丸先輩!」

 

「やほー琴ちゃん。でも無理して名字で呼ばなくてもいいよー。」

 

「いえっ、ここの生徒になった以上そんなわけには……。」

 

「相変わらず琴ちゃん固ーい。ちょっとは柔らかく考えようよー。」

 

烏丸雅はどこか悲しそうな表情をして琴葉を見つめた。

 

「えっ、えっと……。それじゃあ、雅先輩……。」

 

「うーん、まぁいっか。『先輩』ってのもぐっとくるし。ね、雪ちゃん。」

 

「……俺に振らないでください。あと『雪ちゃん』って呼び方止めてください。」

 

向けられたにっこりとした雅の笑みを、六花は冷たく突き返した。

 

すると雅は胸を押さえてわざとらしく弱々しい声を上げる。

 

「相変わらず氷のように冷たい対応……!雅お兄ちゃんは悲しいよ、雪ちゃん……!」

 

「…………。」

 

ずいぶん悲壮感をたっぷりな言いようだが、たっぷり過ぎて胡散臭さが漂っている。

事実、呼び方を変える気のない確固たる意志が胡散臭さの中に見える。

 

これ以上直すように言っても無駄で、そして面倒臭いと判断した六花は口を閉ざした。

その代わり、それこそ氷のような冷たい目で雅を見据えた。

あくまで納得はしていないという意思表示である。

 

その冷たい視線の意味をわかっていながらも、雅はへらへらと笑っていた。

 

「あ、あの、雅先輩。」

 

「ん?なーに琴ちゃん。」

 

胸の前で手を組み、どこか落ち着かない様子で琴葉が声をかけると雅はにこりと笑みを返す。

 

「あの、兄様は……。」

 

琴葉のその言葉だけで、雅は言わんとしていることを察した。

 

「あぁ、マコちゃん?今は先生に捕まってる。」

 

「そう言えば、今日は入学式だから在校生は生徒会の人くらいしかいないと聞いていたんですが。」

 

「私もそう聞いていたので、兄様が壇上に上がられたのを見て驚きました。兄様と雅先輩は、生徒会ではありませんよね?」

 

六花と琴葉の問いに、雅は頷いた。

 

「琴ちゃんの言う通り生徒会に所属してないよ。面倒だし、僕もマコちゃんもそんな気まったくないし。」

 

「それでは、なぜ……。」

 

首を傾ける琴葉に雅は大仰にため息をついてみせた。

 

「僕達にその気はなくても、生徒会の方がねぇ。もう熱烈過ぎて参っちゃって。」

 

「勧誘されてるんですか。」

 

「もてる男は辛いよねぇ。」

 

結局にへらと笑う雅に六花は呆れの目を向けた。

 

対して琴葉は声を弾ませる。

 

「すごいです!生徒会から勧誘されるということは、それだけお二人の能力が認められているんですね!」

 

「そうそう、僕達すごいの。でも能力があるからやらなきゃいけないってのは、ね。」

 

「あっ。そう、ですよね。本人がやりたくないのに勧めるのは、迷惑ですよね……。」

 

しゅんと肩を落としてから、琴葉は喜んでしまってすみませんと頭を下げた。

 

その姿を見た雅は柔らかく笑って、琴葉に歩み寄ると腰をかがめて顔を覗き込んだ。

 

「謝んなくていーの。生徒会に勧誘されたことじゃなくて、勧誘されるだけの能力があることを琴ちゃんは喜んでくれたんでしょ?」

 

「でも……。」

 

「けど、そうやって謝ってくれる素直な琴ちゃん大好き。生徒会も琴ちゃんみたいに素直に引いてくれればいいのにねぇ。」

 

雅はなでなでとまるで犬猫のように琴葉の頭を撫でた。

琴葉は嫌がることなくされるがままになっている。

 

「あー癒やされる。抱き締めていい?」

 

「よくないに決まってるでしょう。」

 

撫でていた琴葉頭から背中へと移動しようとする雅の手を、六花はべしっと勢いよく叩き落とした。

 

「ひどい雪ちゃん!知らない仲じゃないんだからなにしようと大丈夫でしょ!?」

 

「なにしようとってなにする気ですか。」

 

わざとらしく喚く雅に軽蔑の眼差しを向けて、琴葉を引き離し自分の背中へと六花は移動させた。

 

「リツさん、そんなことを言っては先輩に失礼ですよ。」

 

「琴葉、『親しき仲にも礼儀あり』。どんな仲だろうと度が過ぎればセクハラとして訴えるんだよ。」

 

「ちょっ、雪ちゃん真顔でそんなこと言わないで。本気みたいじゃん。」

 

「本気ですが何か。」

 

すぱっと切り返され、さすがの雅も引き攣った笑みしか浮かべられなかった。

 

寒々しい空気を察した琴葉は六花の後ろから出てなるべく明るい声を出した。

 

「えっと、あっ、あの、生徒会の勧誘と、お二人が今日いらっしゃるのはどう関係が?」

 

琴葉のこの場の空気を変えたいという思いを感じて、六花はため息をつきながらも口は挟まなかった。

 

それに救われた雅はほっと息をついてから話し始めた。

 

「……生徒会に勧誘されたって言ったよね。まぁ、普段は週に一回声かけられるくらいなんだけど、選挙が近づいてくるとほぼ毎日勧誘されるし、生徒や教師に僕達のこと推しまくるし……。」

 

その苦労たるや、語るにつれてだんだんと目が遠くなっていくのを見れば察せられる。

 

「た、大変ですね……。」

 

「ごしゅーしょーさまです。」

 

「ありがとー琴ちゃん。あと雪ちゃんものすごくわかりやすい棒読みだけどありがとう。」

 

乾いた笑みを浮かべるしかない雅は、ひとつため息を吐く。

 

「一応一年生の時はなんとかなったんだけど、それで生徒会は余計に燃えちゃったらしくて。今から今年の選挙が恐ろしくてねー。」

 

「それで、今回の件で何か交換条件を出したんですか?」

 

「さすが雪ちゃん、察しがいいね。」

 

ぱちんと指を鳴らして、雅は笑った。

 

「生徒会には入らないけど、助言やどうしてもって時は手伝うって、その代わりこれから一切勧誘しないって条件。」

 

「生徒会は、その条件を受け入れてくれたのですか?」

 

雅達がこれだけ辟易するほどの勧誘をしてきた生徒会が、そんな条件で引き下がってくれるだろうか。

 

そんな琴葉の疑問を、雅は一笑した。

 

「そんなの受け入れさせたに決まってるじゃない。」

 

「へ?」

 

ぽかんという形容詞がぴったりな琴葉の顔を見て雅は面白い顔と言って笑った。

雅の言葉が予想通りだったのか、六花はやっぱりと呟いてから琴葉に言った。

 

「琴葉、この人達がただやられてるわけないでしょ。」

 

やられたらやり返すはまだいい方で、やられたら三倍返しは平気でやってのける人達だと、六花は言う。

 

「ま、まさか、力をお使いに……?」

 

戸惑い気味に琴葉が雅を見上げて問えば、にっこりと無害そうな微笑みが返った。

 

「それはさすがにやり過ぎだってわかってるよ。まずは受け入れるふりして、懐に入って弱味を……。」

 

ぱふっと、六花は琴葉の両耳を塞いだ。

塞がれた琴葉はきょとんとしながらおとなしくしている。

 

「琴葉の教育上と精神衛生上よろしくないのでやめてください。」

 

「もう、雪ちゃんは過保護だなー。」

 

わかったよと雅が手をひらひらと振って言った後、多少警戒しながらも六花は琴葉の耳から手を話した。

 

「あの……?」

 

「琴ちゃんは気にしなくていーよ。」

 

にこにこと笑って言う雅に、はぁと曖昧な返事をしてから琴葉は後ろの六花を見上げた。

六花は何も言わなかったが、ぽんと琴葉の頭を軽く叩いた。

 

長年の付き合いでわかる、六花の気にするなという意味だ。

 

二人にそう言われてしまうとそれ以上尋ねることも出来ず、琴葉は不満を少し残しながら頷いた。

 

それを確認してから、雅は大袈裟に肩を竦めてみせた。

 

「でもさー、生徒会ってばまるで仕返しみたいに早速仕事やらせるんだよ?」

 

「その仕事が、さっきの式での代表挨拶ですか。」

 

「うん。しかもマコちゃんご指名。だったら僕は仕事なしって思ったら、マコちゃんの説得任されちゃって。まぁ一応付人って肩書きがあるから、どっちにしろ一緒にいかないわけにはいかなかったけどね。」

 

雅の説明を聞いて琴葉は納得したように頷いた。

 

「そんな経緯があって、兄様が挨拶を……。でも、とても素晴らしい挨拶でした!」

 

「さすが小豊木の人だと思いました。」

 

「その言葉、後でちゃんとマコちゃんに言ってあげるといいよ。そう言ってくれる人がいるなら、僕も説得した甲斐があったよ。」

 

うんうんと頷く雅の表情にはどこか達成感が見える。

 

「そんなにてこずったんですか?」

 

「そう言うけどね雪ちゃん、すごかったんだよほんとに。なんで早々に生徒会のしなきゃならないって、渋って渋って……。」

 

そう言いながら、大変だったと表現するように雅は自分の肩を揉んだ。

 

「そこまで渋って、よく了承してくれましたね。」

 

六花の当然の問いに雅はにっこりと、否、にやりと笑って琴葉を見た。

その意がわからず琴葉は不思議そうな顔をする。

 

「まぁ長年の付き合いがあると扱いもわかるよ。入学式に行けば初々しい制服姿の琴ちゃんが見れるって言ったら……」

「雅。」 

凛とした声が、雅の言葉を遮った。

 

途端にぎくりと、雅はあからさまに肩を強張らせた。

 

ぎこちない動きで雅が振り向くと、腕を組み仁王立ちした小豊木真琴がそこにいた。

 

切れ長の目はまっすぐに雅を見つめ、いや睨んでいる。

 

「真琴兄様!」

 

そんな雅の反応とは反対に、琴葉はぱっと表情を明るくして真琴に小走りで駆け寄った。

 

引き攣っている笑顔のままの雅の肩に、六花がぽんと片手を置いた。

 

「ごしゅーしょーさまです、雅先輩。」

 

それを聞いて、六花は自分を助ける気はないのだと雅は悟った。

 

「あのっ、兄様、代表挨拶お疲れ様でした!」

 

「……あぁ。」

 

「えっと、とても素晴らしい挨拶でした!」

 

「……あぁ。」

 

琴葉が必死に言葉を紡ぐが、真琴の返事は驚くほどあっさりしている。

声音の通り表情に大した変化も見られない。

 

「……相も変わらず表情に乏しいですね、真琴先輩。」

 

「ねー。でもあれで内心すごい喜んでるの。可愛い妹分だからねぇ。」

 

「それがまったくわからない琴葉は、反応が薄い真琴先輩が気を悪くしたんじゃないかと落ち込む。……仲がいいんだか悪いんだか。」

 

こそこそと雅と六花は会話して、琴葉と真琴に生暖かい視線を送った。

その視線の先で、六花の言葉通り真琴の薄い反応に琴葉が落ち込んでいた。

 

「あ〜琴ちゃん落ち込んじゃった。あとマコちゃんは今すごく焦ってる。」

 

「……まったくわからないんですけど、なんでわかるんですか?」

 

六花から見ると真琴にこれと言った変化は見られない。

ただ肩を落として俯いてしまった琴葉を表情のない顔で見下ろしているだけだ。

 

「よく見てごらん。マコちゃんの手、わきわきしてるでしょ。」

 

「……言われてみれば、そう見えますけど。」

 

非常に微妙だ。

本当に、言われると気付く程度。

 

「『あぁまた落ち込ませてしまった。慰めるべきなんだろうか、よく雅が頭を撫でていたが俺がやっても大丈夫だろうか。嫌がられて振り落とされたら……』とかなんとか思ってるよ絶対。」

 

「……あんな僅かな動作ひとつでよくそこまで推測できますね。」

 

感心というより呆れの思いが強い気持ちで六花は雅を横目で見た。

推測と言いながらもあながち間違ってないだろうなと、六花も雅の言葉に内心で同意しているのだが。

 

「付き合い長いからねぇ、お互い。そういうのだったら、雪ちゃんも琴ちゃんに関すればわかること多いでしょ。」

 

「琴葉は元々わかりやすいんですよ。」

 

「あー確かに。琴ちゃん顔に出ちゃうもんね。」

 

まぁそこがかわいいんだけどねーと言って、雅はいつものように力の抜けた笑みを浮かべた。

 

そして、よしと頷いた雅はまったく会話のない琴葉と真琴の元へ歩み寄った。

 

「はいはーい。人もずいぶん減ったし、そろそろ帰らない?で、みんなで夕ご飯食べよ。」

 

二人のそれぞれの肩に手を乗せて雅はそう提案した。

 

真琴は雅を一瞥しただけで何も言わない。

だが嫌な時はちゃんと言って、無言は肯定だと知っている雅は気にしない。

 

「マコちゃんは大丈夫っと。琴ちゃんと雪ちゃんは?」

 

「わ、私は大丈夫です。」

 

「俺も構いませんけど……。昼食もまだなのに夕食の話ですか?」

 

六花の言う通り、入学式も教室での説明も午前中に終わり、今はちょうど昼食時である。

 

「だって君達新入生は荷物あるから、そのまま外食って嫌でしょ。だからって部屋に戻ってまた出かけるのも嫌じゃない?入学式で疲れたでしょ?」

 

「……まぁ、そうですね。」

 

曖昧に肯定する六花は、ちらりと琴葉を見た。

実際六花自身はそこまで疲労を感じていなかったが、人見知りの琴葉はそうではないと思ったのだ。

 

「……じゃあ、昼食は自分の部屋で適当に食べます。琴葉もそうする?」

 

「あ、はい。そうします。」

 

「引っ越して一週間は経ったけど、台所は使える状況?」

 

「使えます。」

 

「材料は?」

 

「あります。」

 

「ならいい。雅先輩、話つきました。」

 

「……過保護だねぇ、雪ちゃん。」

 

ついでにお母さんみたいとも思った雅だが、言ったらまずいと第六感のようなものが働いたためそれ以上言わなかった。

 

「……行くぞ。」

 

今まで黙っていた真琴が一言そう促した。

そうして一人歩き出す真琴を琴葉が小走りで追いかけた。六花はその隣に並ぶ。

 

出遅れてしまった雅はたっ駆け出すと三人に並んだ。

 

「夕ご飯マコちゃんの部屋においでよ。で、みんなで鍋にしよう。」

 

「……もう四月だぞ。」

 

にこにこ笑う雅の提案に、真琴がほんの少しだけ眉を顰めてそう言った。

 

「確かにそうだけど、夜になればまだまだ肌寒いじゃーん。いいでしょーマコちゃーん。」

 

「…………好きにしろ。」

 

「よし、マコちゃんから部屋の許可ももらったよー。」

 

そこまで言ってないと、真琴は無表情の下で思った。

だがすでに乗り気の雅を止める気もおきず、真琴はため息ひとつに留めた。

 

「あ、あの、本当によろしいんでしょうか……。」

 

不安そうな琴葉の頭を、雅はぽんぽんと叩いた。

 

「大丈夫だって。勝手知ったる人の部屋ってね。琴ちゃんどんな鍋好き?」

 

「あ、私は特に好き嫌いはないです。」

 

「そっかそっか。じゃあなに鍋にしようかなー。」

 

「俺、辛いのだめなんでキムチ鍋は却下で。」

 

「あ、そうなんだ。じゃあ敢えての……。」

「鍋ぶっかけられたいんですか。」

 

「リツさんっ、そんなことしたら雅先輩がやけどしてしまいますよっ。」

 

「大丈夫だよこの人なら一皮剥けたって。」

 

「雪ちゃん目が本気過ぎて冗談って疑えないよ。」

 

「……さっさと行くぞ。」

 

賑やかな四人組は、人の姿がなくなった学園の廊下を歩く。

 

よく晴れた、入学式のあったある日のこと。

 


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