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接待交際費にこれほどの予算を割いている場合ですか?〜経理部の守護神、経費削減同盟を組む〜

作者: 逢月 悠希
掲載日:2026/11/06

お世話になっております。

以前投稿した、こちらの話の続編です。よろしくお願いいたします。


https://ncode.syosetu.com/n4667mt/

 ——遥か昔より、この国を脅かしてきた瘴気問題。


 それを解決するために、聖女である中原(なかはら)綾香(あやか)と勇者である沢城(さわしろ)琢磨(たくま)が異世界より召喚された。


 元の世界で『経理部の守護神』と呼ばれていた彼らは聞いた。

 『馬車での移動は経費に含まれていますか』と——そして、あまりにも杜撰(ずさん)な計画を立てていたせいで大臣たちはボッコボコにされた。


 そんなことは知らんと言わんばかりに、国は絢爛豪華なパーティーを開いた。

 聖女と勇者の英気を養うための……要は、ご(・)機(・)嫌(・)取(・)り(・)をするための歓迎パーティーだ。


 それは、国王と齢8歳になったばかりの王子も参加する、一大イベント。

 国に残された記録を見ると、聖女と勇者は調子に乗って大騒ぎをしたり、異世界のパーティーに好奇心をむき出しにしたり、あっても照れ臭そうに笑ったりと、様々な反応を見せたそうだ。


 そう、基本的には。基本的には、好意的に受け止められてきた。

 歴代の聖女と勇者は皆、この宴を楽しんでくれていた。

 だからこそ『パーティーは可能な限り盛大にやれ』という指示書が残されていた。


 ……が、開幕早々に雲行きは怪しくなった。

 国王が高台に上がった時点で、当代の聖女と勇者の反応はおかしかった。


「集まってくれた皆の衆! 礼を言うぞ! 今宵は聖女アヤカ殿と勇者タクマ殿がこの世界においで下さっためでたき日だ! 皆、大いに盛り上がってくれ! 案ずるでない、無礼講だ!」


 そして——国王が続けた言葉から、すべてが始まった。


「聖女殿、勇者殿! 貴殿らの活躍により、この国は豊かになるはずだ! 何か言いたいことや望むものがあれば、遠慮なく言いたまえ!」


 それを聞いた綾香は「失礼ながら」と前置きし、口を開いた。


「国王陛下は、この国の現状をどのようにお考えで?」


「は? 危機的状況だと、思っているが……」


「では、何故このようなパーティーを?」


「それは勿論! 貴殿らの英気を養うためだ!」


「英気を養う? 失礼ながら、これだけの規模のパーティーを開くだけの資金は、どの予算から支出されているのでしょうか?」


「……。それ、は……」


 国王は顔を真っ青にしている大臣を手招いた。

 それを見て、綾香は深々とため息を吐き出す。


「資金状況を把握されていないのですか? ……まあ、仕方がないでしょう。国王陛下ですからね」


「そ、そうだな!」


 仕方がない。

 そうだ、仕方がないのだと国王は目の前に吊るされた蜘蛛の糸にしがみつく。


 ……が、


「普通は、何らかの問題が起きていないかどうかの確認を率先して行うべき立場だと思いますが。聖女と勇者の召喚は重要事項と聞いております。それならば、必要資金の確認を怠ってはならないかと」


「……」


「まあ……この国においては、仕方がないことでしょう。信じられないことに、その手の文化が無かったのでしょうから。理解できませんね」


 その蜘蛛の糸はとんでもない速度で切れた。

 否、存在すらしていなかった。


「きっと、この国には汚職が広まっていることでしょう。残念ですが、きちんと調査することをお勧めします」


 綾香はくい、と眼鏡の縁を上げる。

 失礼極まりない発言だが、国王は綾香たちに「無礼講だ」と言ってしまっただけでなく、この国においては余程のことが無ければ国王よりも聖女と勇者の方が立場が上という慣習がある。


 そして、彼女が言っていることは間違っていない。

 それどころか「汚職が蔓延っている」という発言を聞いて震え上がった貴族が何名もいた。


 後に、綾香(と琢磨)に叱られた大臣たちは彼らの顔をしっかりと覚え、わずか1週間後に全員分の証拠を揃え、摘発した。

 その結果、経理部の守護神たちに「お見事です。やればできるじゃないですか」、「仕事が早いですね。今後も頼みますよ」と褒めてもらえたことで、彼らは真摯(しんし)に自らの職務に励むようになったという。


 ——という話は置いておくとして、綾香の追撃はまだまだ止まらなかった。


「国王陛下は疑問に思われなかったのですか? これだけの規模のパーティーをする意味を。私はこの世界の通貨単位も、通貨価値も分かりません。そのため想像にはなるのですが恐らく、このパーティーの開催資金を使えば村が1つか2つは丸々救われたのではありませんか? 違いますか?」


「……」


 国王は、黙るしかなかった。

 この国の国王は、生真面目で民を大切にする名君と呼ばれていた。……ゆえに、自分が許せなかったのだ。


 国王が黙り込んだのを見て、琢磨は幼い王子に語り掛けた。


「失礼ながら殿下。国家資金の動かし方に関しては、お父上や大臣の方々を反面教師にすることをお勧めいたします」


「反面教師?」


「相手の悪い行いを真似しないようにする、ということです。それだけで、上手くいくことも多いのですよ」


「分かりました!」


「良いお返事ですね。はっきり言わせていただきますが、少なくとも、今の彼らはまるでお話しにならないので」


「はい!」


 8歳の王子に、余計なことを吹き込まれてしまった——。


 だが、琢磨も間違っていない。

 国の運営に問題があったことは事実だからだ。

 これから正していくことで、王子に正しい『国家運営』を学んでもらう必要があるだろう。


 国王は静かに息を吐き出し、綾香と琢磨を見た。


「……いつか、私はそなたたちから正しき教えを乞いたい」


 彼の言葉に、パーティー会場は酷くざわついた。

 一国の王が、堂々と転移者に「教えを乞いたい」と口にする。これには賛否が分かれた。


 綾香と琢磨は顔を見合わせ、自身の胸に右手を当てる。


「承知いたしました。これから1ヶ月あるという訓練の間、もしくは旅が終わってからになってしまうかもしれませんが……私どもにできることなら、何なりと。喜んで、この国の力になりましょう」


「すべては、この国のため。呼ばれたからには、全力を尽くします。……ただ、一切手抜きはいたしませんので、お覚悟ください」


 国王の発言に否定的な感情を抱いていた人間は、ふたりの発言を聞いて意見を変えた。

 何故なら、聖女と勇者が必ずしも真摯に働いてくれるとは限らないという情報を持っていたからだ。


 「この国のために働きます」と、この場で大真面目に宣言するほどの覚悟を持つふたりが現れたことに対する感動の方が大きかったのだ。


 ……とはいえ、綾香と琢磨は元々生真面目だが、金銭が関わる部分においては病(・)的(・)な(・)ま(・)で(・)に(・)神経質だ。


 琢磨は眼鏡の縁をくいと上げた。


「つきましては、明日。旅の計画の見直しを行う予定です。お許しくださいませ」


「……は?」


「旅に出てから直していたのでは間に合いませんので。できれば、綾香さんにもご参加いただきたく」


 そう言って、琢磨は綾香に手を差し出す。

 握手を求めているのだ。


 綾香はニコリと微笑んだ。


「喜んで。ご教示、よろしくお願いします」


 彼女は琢磨の手を取り、固い握手を交わす。

 これが「共に国を救いましょう」の握手であれば、会場は大いに湧き上がったことだろう。


 しかし、残念ながら。

 ——残念ながら、これはただ経(・)費(・)削(・)減(・)同(・)盟(・)を結んだだけである。


 真面目そうなふたりなら国もちゃんと救ってくれそうではある。

 綾香にいたっては既に聖女の力の片鱗(へんりん)を見せていると召喚士たちから聞いている。

 きっと琢磨も剣を持たせれば、一瞬で力を発揮してくれるだろう。


 ……が、そこにいたるまでに自分たちは一体どんな目に遭うのだろう。

 大臣たちは、おもむろに胃薬を服用した。



 *



 何だかんだで、その後のパーティーは平和に進んだ。

 ……というより、綾香と琢磨が諦めたのだ。


『はあ……用意してしまったものを今からキャンセルすることはできないでしょうからね。取り消せるものは取り消して欲しいところではありますが』


『残念ながら、このタイミングではキャンセル料は100%で間違いないでしょう。誰かが『今の国の状況で、接待交際費にこれほどの予算を割いている場合ですか?』と疑問を呈していれば、こうはならなかっただろうに』


『悲しい話ですね。情けないです。誰も、それに気づかないだなんて』


 ——大臣たちは、胃薬を服用した。間違いなく『飲みすぎ』である。


 とはいえ(若干不機嫌な様子ではあったが)綾香も琢磨も食事に手をつけ始めたので、大臣たちは安心していた。


 最初こそ妙な空気になってしまったが、パーティーは盛り上がりつつあった。

 オーケストラが壮大な音楽を奏でる中、綾香が「料理長を呼んでください」と言った。


 やってきた料理長の顔を見て、綾香は柔らかく微笑む。


「大変美味しいですね。こちらは、何の食材を使っているのですか?」


 そんな彼女の様子を見て、大臣たちはガッツポーズをした。


(でかしたぞ、料理長!!)


 美味しい料理が、綾香の機嫌を直してくれた。

 この時は……そう、思っていた。


「この一皿を作るためにいくら掛かっていますか? 原価で教えてください」


 ——この発言が、出るまでは。


 綾香はこれでもかと、これでもかと食材の価格を料理長から聞き出す。

 料理長は料理長で、嘘を教えると大惨事になると理解していた。ゆえに、素直に喋る。


 残念ながら、彼は責任を持って仕事ができる料理長だった。

 料理長でありながら、仕入れ値を把握しているタイプの料理長だった。


 そうして料理長が解放された後。

 綾香は琢磨の方へと向き直った。


「少なくとも食料に関しては私の感覚で申し訳ありませんが、2020年頃の物価で判断するのがよろしいかと。もちろん手に入りやすい、手に入りにくい食材が日本とは異なる可能性が高いので、ブレはあると思いますが」


「それは税込みか? 税抜きか? 卸値(おろしね)か?」


「卸値ではなく、店頭販売価格基準で判断してください。税に関しては物によります。例えば、こちらのニンジンに関しては税抜き価格で判断した方がよろしいかと。しかし、それ以外は税込み価格基準にした方が誤差が少なくなると思います」


「念のため聞くが、適用するのは軽減税率で構わないか?」


「はい。8%でお願いします」


 ああ、これは料理を褒めるのではなく通(・)貨(・)の(・)価(・)値(・)を知りたかっただけだなと、関係者たちは絶望した。

 もう彼らが通貨の価値を知らないのをいいことに誤魔化す、という手は封じられたも同然だ。


 ……もっとも、最初からその手が通用するとは思っていなかったが。


 綾香の言葉に対し、琢磨はしばらく考えて苦笑した。


「すまない、俺は料理が苦手だ。綾香さんは食材に詳しいのか?」


「ほどほどです。趣味のようなものですが」


「……機会があれば、作っていただきたいところだな」


「是非」


 周囲は、ざわつく。

 「これは恋愛フラグが立つかもしれない!」と。

 ふたりが仲睦まじく愛を育んでくれれば、少しは自分たちへの当たりが良くなるかもしれな——


「貴族基準の価値観ではブレが生じますから、実際に庶民感覚で再現したものを食べていただくのが早いですからね。実際に私は困っております。察していただいて助かります」


「こちらこそ、話が早くて助かる」


 ……知ってた。

 既に精神的に追い詰められ散らかしている大臣たちは、胃薬を服用した。


 その姿を見ていた国王は、彼らに休暇を与えようと決意した。

 だから「聖女と勇者が旅立つまで頑張ってくれ」と心の中で頭を下げた。


 そして容赦なく、綾香は琢磨との会議を進めていく。


「この世界の通貨単位は『ジス』。現時点では、日本円との価値の差はそれほど大きくないのではないかと考えております。しかし、まだ判断材料が足りません」


 綾香はすっと手のひらを上に向け、皿の中の人参を示した。

 優雅な所作で、丁寧な言葉で、にこやかに。


「こちらの人参は300ジスだそうです」


 ……物価の話を、し始めた。


「なるほどな」


「ただし貴族に振る舞うものですので、間違いなく良いものを使っているかと。ひとまず金時人参であると仮定すると、1本あたり300円程度になります。牛肉は松阪牛、鶏肉は名古屋コーチンと仮定しました。すると、この一皿でどれだけ低く見積もっても1,500円程度になると推測できます。総額は……考えたくないですね、愚かな金額になりそうなので」


「そうだな。参加者の移動費がどこから出ているのかも気になってくるからな。考えているとキリがない」


「はい」


 もちろん国費から出ている。

 考えないでくれてありがとう、と大臣たちは思った。


「しかし、私の判断はあくまでも『仮定』に基づくもの。牛肉よりも鶏肉の方が手に入りにくく、価格が高い可能性もあります。このように、基準値にブレが生じております。日本円とのギャップが本当に少ないかどうかは、この時点では判断しかねます」


「ふむ……やはり庶民感覚で考えたいところだな。俗に言う『平民の生活』を知っている者はいないだろうか?」


 ——いっそ、逃げない方が良いような気がしてきた。


 すべてを諦めた大臣たちは、何かを言われるよりも早く下積みをしていた平民の料理人を奥から連れてきた。

 すると「助かります」、「気が利くな」と礼を言われた。少しだけ笑顔を見せてもくれた。

 ふたりはこんな顔をしてくれるのかと、少し嬉しくなった。


 しかし、明日は地獄確定なのだ。自分たちは吊るし上げになるのだ。

 少しの嬉しさなんて、秒で消し飛ぶ。さてさて、1日で終わるかなー?

 もう、どうにでもなーれ。


 大臣たちは開き直って、胃薬を服用した。

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