婚約破棄と同時に王位についた公爵令嬢グリジットの華麗なる逃避行
「公爵令嬢グリジット! お前との婚約を破棄する!」
「何故ですのぉ!?」
わたくしの拳が婚約破棄を申し出た王子の腹に命中する。
「グホォ! そんなんだからだよぉぉぉ!!!」
体をくの字に折り曲げながら王子が叫ぶ。
そこはわたくしの魔王討伐パーティ。
その栄誉ある場所でわたくしは婚約破棄を告げられた。
わたくしはこんなに国に尽くしたのに!
この微妙な似非王子様とも、我慢して、満足して、差し上げたのに!
この仕打ちは何なんですの!?
わたくしはわたくしを取り押さえようとする衛兵たちを全員昏倒させる。
「王様? この落とし前はどうつけてくださるんですの?」
「こ、ここまでするとは思っていなかったんじゃーーー!!!」
わたくしはその王冠をむしり取ると宣言する。
「ならばわたくしがこの国の王。異存はありませんわよね?」
そしてわたくしはこの国の王として君臨することになりました。
めでたしめでたし。
「さあ、バカ王子! 聞いていましたわよねぇ!? あなたはこの国から追放です! 荷物をまとめて国外追放です!!!」
「神よ!!! お許しください!!!」
跪き、神に許しを請うその姿のなんと哀れな事。
その涙に免じて追撃する事だけは許してあげましょう。
涙を流してその場を後にする王子の姿にわたくしは慈悲をかける。
こんな慈悲深いわたくしにこのような仕打ちだなんて。何を考えているのやら。泣いて謝ってきたら許して差し上げないこともありませんわ。
「オーホッホッホ!!!」
♢
「なんという事をしてくれたんじゃーーー!!!」
そこには涙にくれるお父様の姿。
王として公爵家に凱旋したわたくしになんという態度ですの?
「だってあのバカ王子が悪いんですもの! 魔王討伐の功績者にこのような仕打ち! 許せる訳ないではありませんの!?」
「それでなんで王座を奪うんじゃーーー!!!」
「どうせわたくしの物でしょう? 王太子妃よりも拍が付くでしょう?」
「付き過ぎじゃ!!! ワシはなんといって顔を出せばいいんじゃ!!!」
「今や王族は王を追われた盟主家でしょう? 国の執政はこのまま任せていますが、この国の王族は我々だけですのよ?」
「はぁ。盟主家の方々には足を向けて眠れんぞ。いいかグリジット。お前は王だ。お前一代だ。君臨しても統治はするな。わかったな?」
「なぜわたくしだけですの!?」
「お前が死んだら王位をお返しするからだよ!!!」
「そんな!? 魔王を討伐したわが家が王族になれないと仰るの!?」
「そうだよ!!! お前のせいだよ!!! 盟主家の方々の恩情に感謝しろよ!!!」
「被害者はわたくしですのに!?」
「いいから何もしてくれるなよグリジット。王として君臨するのだ。そして婿を探して、フツーーーーーに、フツーーーーーに、普通の令嬢のように慎ましく嫋やかな女としての人生を歩むのだ」
「お父様? それは今の時代許されるべき生き方ではありませんわ!」
「お前の生き方の方が許されんわーーー!!!」
「わかりました。わたくしも婿を迎えたら大人しく落ち着きます。ですから一代限りの王族として婿探しの旅に出たいと思います」
「よく言ったわグリジット。それでこそ我が娘」
そこに現れたのはわたくしの母。
「お母様!!!」
「いいですかグリジット。真実の愛を探すのです。本当にあなたが愛する人。本当にあなたが好きな人。あなたが本当に他者を愛した時、この家の門は開くでしょう。それまでは帰ってくることを許しません」
「わかりましたわお母様! わたくしはこの国の王として必ず立派なお婿を探してまいります!」
「グリジット。決して自分を欺いてはいけません。あなたがあなた自身に問いかけるのです。あなたが愛する人を。さあ、あなた、グリジットの旅立ちの準備を」
「流石わが妻だ。君だけだ。僕をいつも導いてくれるのは・・・!」
感極まってお母様と抱き合い泣き出すお父様。それにはわたくしももらい泣き。
このような姿をわたくしも見せつけなければ!
♢
わたくしは馬車に揺られて逃避行。婿を探すために王、わたくし自らが隠れて愛の逃避行ですわ。
「それであなたはなんなのですの? わたくしの逃避行のお相手が務まるとお思いかしら?」
わたくしの相席には我が家お抱えの騎士ガイルが居る。
「滅相もない。私達はあなたの監視役です。行く先々で起こるトラブルを未然に解決。グリジット様のお婿様を選別する役目を仰せつかっています」
「身も蓋もありません事!? もう少し言葉を選ぶことはできませんの?」
「それをやったらグリジット様は見破られるでしょう? 嘘を吐いて暴れられるのはトラブルです。私達はそれも回避しなければならないんですよ」
「まるで猛獣扱いではなくて?」
「理解が早くて助かります。そこは王子様の管轄でしたからね」
「あのバカ王子に肩入れするの!?」
「流石に悪いのは王子様でしょう。ですが同情の余地はありです。彼の献身は我々皆知っていましたから。彼を責められる人間は・・・グリジット様以外にはいないでしょう」
「あの悪徳ボンクラバカ王子の何処に献身がありましたの? 退屈で面白みのない男。わたくしが彼に合わせていたのでしょう? 見る目がありませんわね騎士ガイル」
「いえいえ。彼は言うなれば猛獣に捧げられた生贄でしたからね。その役割を全うなされ、魔王を打ち倒した。此度の婚約破棄を誰が責められましょうか」
「魔王を打ち倒したのはわたくしでしょう!? あの王子は着いてきただけじゃありませんの!」
「グリジット様に付いて回ってお世話をする。それがどれほど尊い行為だった事か。あれに比べれば、私共はグリジット様の手綱に引き回される哀れなぼろ衣です」
「わたくしは良かれと思って暴れていたのです! 事実、被害などほとんどなく魔王を打ち倒したでしょう!」
「はい。魔王の被害はほとんどありませんでした。グリジット様は流石でございます。
グリジット様。我々にはかの王子のような事は出来かねますのでご容赦くださいね」
「誰もあなた達に婿になれなどとは言いませんわ。・・・なぜ男ばかりなんですの? わたくしに近場で済ませろとでもお父様から言われているのかしら?」
「被害を防ぐためですよグリジット様。この檻の中にグリジット様以外の女性を入れるのは少々酷です」
「わたくしがそんなことをすると?」
「はい。既にグリジット様を女王と呼んだメイドを吹き飛ばしていたではありませんか」
「わたくしは王なのです! それにあのメイドは明らかに悪意を持っていましたわ。ああいうのは一発入れるのが確実なのですよ?
騎士ガイル、女人の世界に男が口を出さないでもらえますかしら?」
「勿論ですよ。私の判断の正しさに身の引き締まる思いです」
ふぅ。この男も退屈極まりありませんわ。
これは早く同行者を見つけないと。
♢
わたくしたちは次の街に着いた。
「騎士ガイル。ここでわたくしが商売を始めるというのはどうでしょう」
「グリジット様。王は商人にはなれません」
「では冒険者ギルドはどうですか?」
「グリジット様。王は冒険者になれません」
「それでは何もできないではありませんの! 冒険譚もなく恋愛が成就しますの!?」
「フツーーーーはそうなんです。普通の方はそんな冒険譚などなくても愛し合えるのですよ」
「そんなもの恋愛ではございませんわ!」
「グリジット様は王として婿を探しておられるのですよ? 王命として好みの男性を見初めて、それから恋愛を育まれればよろしいではありませんか。
いいですかグリジット様? 婿を決めてから冒険譚です。順番を間違えてはいけませんよ」
「そんな事許されますの!? お父様とお母様の顔に泥を塗るつもり!?」
「国王父と国王母の顔には拭えないような泥はもう被せていらっしゃるでしょう?」
「なんですの? その国王父と国王母というのは?」
「一代限りの国王の父と母という意味です。コレ以上の泥を被せないで差し上げてください。国王母は強いお方ですが、国王父は泣いておられましたよ」
「そ・れ・は! 名誉の間違いではなくて? 一代限りとはいえ王族に名を連ねるのです! わたくしたちの名前が後世に残るのですわ!」
「残せるわけないでしょう。グリジット様がこのまま独り身であらせられれば公爵家も断絶です。王としての権力を使う事になんの負い目もございませんよ。存分に婿をお探しください。後の処理は我々が担います」
♢
次の街は男爵家の街ね。さぞかし王への接待を期待できるでしょう。
「ようこそおいで下さいましたグリジット様」
「苦しゅうないわ男爵様」
「それで何用で御座いましょうか?」
「あなた、三人の息子がいらっしゃったわよね?」
「そ、それは、すでに息子たちには婚約者がおり・・・」
「会わせてくださいません事?」
「そ、それは・・・」
「ご安心下さい男爵様。グリジット様のお眼鏡に叶う男性などそうはおりません」
「騎士ガイル。発言を許可しては御座いません事よ?」
「これが私の職務ですので」
「あなたも追放して差し上げてもよいのですよ!?」
「私の仕えるべきは国王父です。その時はグリジット様? ご自身で直訴してくださいませ」
「生意気ですわね。あの王子の真似事ですの?」
「足元にも及びませんが」
「男爵様? その五歳に満たない子供にも婚約者がいるとおっしゃるの?」
「はい! グリジット様! 生まれた時から盟友の娘との婚約を約束していました!」
「ウソ、ですわね?」
「ヒッ」
「わたくしが神に見初められ魔王を打ち倒したのはご存じのはずですわ。そんなわたくしに嘘が通用するとでも?」
「グリジット様。その情報は古くて御座います。数日前に男爵様の三男はご婚約成されています」
「騎士ガイル。その言葉に嘘はないようですわね」
「ありがとうございます王子様! やはりあなたは私達を見捨ててはいなかった!」
突然跪いてあらぬ方向に祈りを捧げる男爵様。
「どうしてそこであの男の名前が出てくるのかわかりませんが、わたくしの早とちりは認めましょう」
その後、ほかの男爵の息子たちも来たけれど、どんぐりの背比べ。テンプレ貴族男爵令息に飽き飽きしたわたくしはそこに後にした。
何よりもその時の男爵様の安堵した顔。
「残念でしたわね男爵様。爵位を上げるチャンスでしたのに」
「はい! グリジット様! 残念で御座います!」
泣いて残念がるなんて傷つきますわね。
「騎士ガイル。そんなにわたくしは魅力がなくて?」
「魅力的ですよグリジット様は。ただこの国にそぐわないだけです」
♢
「それで? この事の顛末を聞いてもよろしいのかしら?」
わたくしたちは国境線で立ち止まった。
「この旅で改めてわかりました。あなたはここには居られない。私と共に国外追放です」
「なにを仰っているの騎士ガイル」
「あなたが決めた事でしょう? 僕を国外追放に。王となったあなたが一番に発した王命だ」
「このわたくしに嘘が通用するはずが・・・! 神を味方に付けましたわねバカ王子!!!」
「その通りだよグリジット王。君は僕にここで討たれるんだ。大人しく婿を見つけられればそれで終わった話なのに。君の傲慢がこの顛末を引き寄せたんだ」
「あなたがわたくしをどうにかできるとでもお思い!?」
「そのための時間だったのさグリジット王。最後の選択だ。僕と共にこの国を出るか! 暴君としてここで討たれるか!」
「いやですわ! わたくしはこの国の為に尽くしたのに!
この国を愛しているから神の声に答えたのに!
魔王を前に、わたくしが恐怖しなかったとでも!?
それがなぜこのような結果になるというのですか!!!」
「君にこの国は狭すぎた。こんな所で終わってよかったのか?」
「いやですわ! 戦いが終わって幸せな時が来ればそれでよろしいではありませんか!?
わたくしはフツーーーーの普通の婦女子に戻るのです! それが叶わなくなった!!!
それはあなたのせいでしょう!?」
「君は自由を求めていた! こんな国で本当に終われたのか!? 僕と共に外に向かおう!
その時は神に誓う! グリジット! 僕はこの先永遠に君と共に居ると!」
「違う・・・! 違いますわ! わたくしはこの国を愛していますの! ここに居たいんですの! どうしてわかってくださらないの!?」
「ここはもう君にとって危険な国なんだ!」
「・・・なら守って下さればいいじゃない。そんな事も出来ませんの? バカ王子」
「・・・出来なかった。それがこの顛末さ。
ならば僕も覚悟を決めよう。グリジット王、君はここで死ぬ」
「やって見なさいバカ王子。神の力で互角だとでも思っていますの!?
その思い違いを正して差し上げますわ! お代はあなたの命です。よろしくて?」
「僕が勝ったらその命、全てもらい受けるぞグリジットォォォーーー!!!」
♢
「王国騎士ガイルが悪逆非道のグリジット王を倒したぞ!」
「あの王位を奪って各地を荒らした魔王殺しの拳の王グリジットを!?」
「ああ! 囚われていた公爵様のご令嬢も救い出したそうだ!」
「素敵! 魔王も本当は騎士ガイルが倒したんじゃない!?」
「これでこの国も安泰だ!」
♢
「本当にこれでよろしかったの?」
「ああ。僕は君に捧げられた供物だからね。まあ、ただの、王族から公爵家の輿入れだけどね」
「わたくしの事、嫌いじゃなかったの・・・?」
「嫌いだったらこんな茶番は用意しないさ。本当は君と外の世界に出たかったっていうのもあるけど、それは、断られてしまったからね」
「前から言おうと思っていたのですけれど、あなたはわかりにくいのです! 素直に魔王を倒したら僕と一緒に外に行こう、と誘ってくだされば心も動きましたのに!」
「いやあ、それは無理だね。あの時の僕がそれを言ってたら文字通り一蹴されていたよ。バカ王子と罵られてね」
「・・・はあ、バカ王子」
「そんな奴はもういないよ。ここに居るのは公爵家に輿入れした平民の騎士ガイルさ」
「それバレませんの?」
「神の力もあるけど、貴族社会では周知の事実だね。拳の王グリジットと同じさ」
「その方も、もうどこにもいないのですわね」
「ああ。グリジット。君の命は僕のものだからね。君を守る体制も整えた。もう誰にも渡さない」
「わたくしもフツーーーーの普通の婦女子に戻れるんですのね」
「お転婆が過ぎたら僕が躾けてあげるからね」
「・・・」
「おや? グリジット? これは意外な反応だね」
「わ、わたくしは、一人の、何処にでもいる、恋をする、いえ、夫を愛する、妻ですもの。それに功に報いないのは王としての在り方では御座いませんわ」
「まだ王を続けるのかい?」
「わが配下ガイル。私を討った褒美としてこの心を差し上げます。
受け取ってもらえるのでしょうね?」
「それは出来ないな」
「何故ですの!?」
「君の心は僕が既に奪った。王に戻りたければ取り返す事だね。ただ力では無理だ。まずは君が僕の心を奪わないとね。僕に敗北した王よ」
「く、屈辱ですわ! バカ王子のクセに!」
「ここからは普通の恋愛だよグリジット。僕達の戦いはこれからだ」
♢
拳の王グリジット。過去の歴史に名だけが残る王。
妻を一人も娶らず一代で王となり一代で潰えた王。
それ故にあまりにも荒唐無稽で存在を疑われた王。
「攫われた公爵令嬢も同じ名前だったの?」
「ええ。そうね」
「じゃあ、本当に魔王を打ち倒したのはその公爵令嬢そのひとだったんじゃないの!?」
「どうかしら? 拳の王は戦いで死傷者を出した事は無いけど、街は廃墟。拳の王の戦いの跡と魔王の手下の死体だけが転がっていた、という話だから。追放された王子がその人だったという話も伝わっているわ」
「へー、それで拳の王を名乗る人が後世にもいるんだね」
「本人かどうかはわからないけどね」
そして真相は闇の中へ。




