蝉
真っ暗な中 ほとんど身動きも出来ない 狭い狭い空間で
僕は じっと じっと 我慢してるんだ
両足首を ぐるぐるに ぐるぐるに 固定されて
その次は 体中 ぐるぐるに ぐるぐるに
やわらかい絹が 針金のように 固くなるほど
ぐるぐるに ぐるぐるに 巻かれて
それは 肌の柔らかいところに くいこんで
僕の心まで一緒に ぎりぎり ぎりぎり 縛るんだ
そうして 何日も 何日も じっとしてると
今が 朝なのか 夜なのか
日曜日なのか 金曜日の夜なのか
お父さんとか 隣のおばあさんとか
青色はどんな色だとか 赤い血ってなんなのか
鶏の首を絞めたときの顔とか サルの脳みそとか
泡を吹きながら回る洗濯機とか
泡を吹きながらのたうつ お母さんとか
いろいろ いろいろ わかんなくなるんだ
縦も 横も まるとか さんかくとか
いろいろ いろいろ わかんなくなるんだ
いたいとか こわいとか
どこかに いなくなって わかんなくなるんだ
頭の毛をつるつるに そられて
僕の のうかすいたいが キレイって
あの おじさんは わらってた
なんだろう 忘れちゃった
僕のからだじゅう かわいい かわいいって
なでまわしたり なめたり してた
じっとしてると ひんやりした 土のにおい だけ
かすかに わかるんだ
はだかのぼくは さらさらな皮膚と
どろどろの 体液の音しか 聞こえない
また 何日も 何日も じっとしてたら
どうやって 目をあけるのか わかんなくなってきた
どうやって 息をすえばいいか わかんなくなるころ
ぼくは 狭い部屋から とりだされ
ぐるぐるの 布を はずされた
あんまり 光がまぶしくて がくがく ふるえていた
なんねんも たったのに ぼくはきつく
ぐるぐるまきにされてたから
体は こどものままで しろくて ふにゃふにゃだ
はだかのままの ぼくをみて
いいできだなあ なかなか手に入らないんだよ
みんな たいがい とちゅうで 死んでしまうしね
おじさんは 目を細めて 喜んだ
ぼくは 目のあけかたも 立ちかたも
すっかりわすれた ただ いように 白くて
不自然なかたちの体をしていることは わかる
おしっこをもらしそうだった
ぼくは おおぜいの 人の前に
鎖でつながれて なにかの光にてらされて
はだかのまんまで いろんなかたちにさせられて
いろんなことをされて ぼんやりしてた
ただ 唾液で からだが べたべたなのと
あちこちが ひどく 痛んだ
痛みのおかげで 少し 何かを 思い出しそうだったけど
ちょうど 七回目の 月を見た晩に
ぼくは おとなが たくさん 見てるまえで
また 体をさわられて 痛みをあたえられて
最後に 火をつけられて ぼくの ふにゃふにゃな
体は ちりちり もえた
あつい を 思い出した頃 僕はもう ここには いなかった
けらけら けらけら
笑い声
じゃあね さようなら