次の日の話
本作はフィクションです。登場する地震、災害、避難行動、自衛隊・警察・行政機関などの描写はすべて創作に基づいたものであり現実の事象・組織・人物との関係はありません。
公的機関の対応を批判・揶揄する意図は一切なく、人間ドラマとしての側面を描いたものです。
7月6日(火) ゆうくんに会えました。
ゆうくんはお母さんといました。少しうらやましいです。わたしのお母さんはまだいません。しずるお兄さんは「今日つれてかえってくるから」と言ってくれましたが、ほのかちゃんはうそだよっていってました。
きのうは、ほのかちゃんとねました。ほのかちゃんはあついから近よらないで、って言ったけど、わたしはひとりでねれないので、どうしてもっていっていっしょにねてもらいました。
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未曾有の大災害から一夜開けた。最初こそ自衛隊として、と活動していたが、その内の何人かは実の親を探す為にその場で上司に退職しますと言って辞めていった。上司、歪屋さんもそいつらの考えが理解できたのか、二つ返事で受け入れてまだ所属している奴らからまた新しく隊を組み直していた。いつもは小言が多い人なのに、昨日だけは退職していく奴らに何も言わなかった。それだけが印象的だった。
今日の朝、3度目の救助に向かおうとすると、避難所にいた大人や子供が集まってきて、誰々を探してきて、こうこうこんな見た目で、こんな人だと。
「善処します」
その一言しか言えない政治家の気持ちがよく分かった。
* * *
「ここ、一人居るぞ。…だが、」
「分かった!今すぐ向かう!」
その先を言わせないように、さして離れていない距離だが声を張る。分かっているのだろう、他の場所を探していた同僚達も声を上げてそっちへ向かう。それを活気、と呼ぶには、一花も含め全員がゾンビのような顔をしていた。
「っ、むごいな、」
「言うな」
「…分かってる」
あの、世界そのものが破裂しようとしてるんじゃないかと思うくらいの地震は、新築のように見える立派な家ですらまるで飴細工のように壊してしまったらしい。
「この地区は、ほぼ全員か。
次の地区に行こう、ここは、もう…」
もうこうなってしまえば2、3人は誤差だった。だからこそ、隊員の全員が、自身の家族のいる地区の探索が回ってくるのを戦々恐々としながら待っていた。探したい、探したくない。昨日と、今日この半日で見つかった人間の大半がどうなっているのかを思い知ったからだろう。書類上【確認済み】のサインが書かれた名前は多くいるのに、車に乗っている救助対象者はその五分の一にも満たない。こんなに酷いことは無いだろう。
「静流、お前達の方はどうだった」
帰ってきた避難所で、昨日と同じように集まってきた市民は一喜一憂して、そうして去っていく。
子供達から「嘘つき」だと言われても、それを受け入れるしか無かった。大人はそう言わなかったけれど、なぜ、と聞こえるような視線を向けられるより、そう口にされる方が余程気持ちは楽だ。「ごめんなさい」と謝れるから。
上官達が話し合いをしている中、少しの休憩の合間を喫煙所で潰している一花に声がかかる。禁煙を心がけていたが、昨日からの頭痛を誤魔化すにはこれしか思い浮かばなかった。
「よう、御子柴。こっちは、…あんまりだな。
お前の方こそどうだった?」
「こっちもあんまりだな」
お互いに顔を見合わせる。御子柴の顔色は悪い、その顔色の悪さは見飽きるほどに死体を見たから、だけではないようだった。そう言えば、一花の隊とは反対方向から調査すると言っていた御子柴の隊は、御子柴の家族がいる地域も探索県内に入っているのではなかったか。
「あ゛ー、その…」
一花が、なんとも言えずに視線を逸らせば、御子柴はやめろと頭を振った。
「気を使うな、いたたまれなくなる」
「悪い」
「…だから、それやめろって」
謝る以上のことも、それ以下のことも出来やしない。一花は紛らわすように煙を吸う。御子柴も、並ぶように煙草に火を付けていた。この娯楽ももう暫くしたら出来なくなるだろう。コンビニもなにもかも機能しなくなったのだ、自衛官として取り合いを諌める側にはなれど、まさか参加する側にはなれないだろう。肩書きだけでも公務員の一花が参加したとなれば、この荒んだ世界でその職の名が地に落ちるのは火を見るよりも明らかだろう。
「別に、哀れんで欲しくて来た訳じゃねぇよ。
他にも沢山死んでんだ、
今更俺だけ悲しめねぇよ」
思っても無いこと言うんじゃねぇよ、とは言えなかった。そう言えるだけ御子柴は立派なのだろう。それを褒める程空気が読めない訳ではない一花は「そうか」と重々しく呟いてそれから黙った。
再度申し上げますが、これは妄想の産物です。
実在するなにかしらとは全く関係がありません。