7月14日
本作はフィクションです。登場する地震、災害、避難行動、自衛隊・警察・行政機関などの描写はすべて創作に基づいたものであり現実の事象・組織・人物との関係はありません。
公的機関の対応を批判・揶揄する意図は一切なく、人間ドラマとしての側面を描いたものです。
酷い悪夢で目が覚めた。母さんが、パフがどこか遠くへ行ってしまう夢だった。目を覚まして、それが夢でなかったことを思い出して死にたくなった。でも生きなければいけない。こんな世界だ、命なんてあるだけ有難い。
「起きたんすか、おはざっす」
なんて、考えていたことが全部吹き飛んだ。
「……、なんで、跳町くんがここに?」
「俺、一応医者の子なんで」
はてと寝起きの頭を働かせる。そういえば、『跳町』という診療所が近所にあったような?
「君、『跳町診療所』の…?」
「まぁそうっすね」
具合が悪くないか、痛むところはないか、等々それらしい質問に正直に答えながら当たり障りない世間話を挟んでいれば『簡易診療所』となったらしいこの部屋にどたばたと音が近付いてくる。
「『シカ』跳町くん!
お望みのものを持ってきたぞ!」
「ちょっと『フセー』教授、
ここ一応医療の現場なんで静かに」
氷嚢らしいそれと湿布、水やらが見えるたらいを持ってきた教授は今日も元気だ。その騒がしさは嫌いじゃないが今は頭に響く。目上の(?)人間に冷静にそう言える鹿子は凄いと他人事に思ってしまう。声につられて視線を上げた瞬間に教授と目が合ってしまい、ばっちりと目が合ってしまった。ただでさえ意気揚々としていたその視線が、鉢合わせた瞬間キラキラと輝き始めたのを見て、『視線を輝かせる』という慣用句が言い過ぎじゃないんだなぁ、なんて考えた。
「おぉ!起きたのかい静流くん!
それはよかっ、」
その言葉が途切れる。たらいから中身の詰まった氷嚢を手に取った鹿子に殴られたようだ。
「うるせーってんでしょ。
居るのは静流さんだけじゃねぇんすよ、
体調不良の人の近くで騒がねぇでください」
「え?」
鹿子が一花を向く。
「え?ってなんすか。
患者はあんただけじゃないんすよ」
一花が慌てて周りを見渡せば、等間隔に敷布団や座布団、タオルやらがベッドのように置いてあって、一花が寝ているのもそれらのうちの一つだった。そこにはちらほらと人が居てなんとなく賑わっているようだった。
「……俺、どんくらい寝てた、?」
どきどきと心臓が煩くなるのに気が付きながら一花は鹿子に問う。こんな場所があったなんて知らない、まさか、長い間寝ていたのでは。じゃあ、…母親は?
「おれ、!」
「落ち着いてください。
アンタが熱中症で倒れて1日ってとこっす。
立波さんが困ってたんで、
俺が一応って言ったらこんな広げられて…」
つまり、一花の看護ができる、一応の知識はあると鹿子が声を上げたら、圭が他の患者も連れてきてしまって、急ぎでこんな診療所が出来てしまったということだろうか。圭は行動力が高すぎるところがあるから、省エネ系の鹿子にはキツかっただろうになんとなく一花は申し訳なくなった。
「ま、アンタは単純な、でも重度の熱中症なんで。
今日1日は黙って寝ててもらって」
そうはいかないと立ち上がろうとすれば、ずきりと頭が痛んでそのまま布団へ逆戻りしてしまう。
「いいから、寝てて下さい。
子供達も心配してるんですよ」
「…」
ぐ、と歯を嚙む。
生きているかも分からない母親と、今を生きて、心配してくれている子供達を天秤にかけることは難しい。迷わず後者を取れるほど一花は優秀な人間ではない。
けれど、肩の力を抜くには充分だった。
「じゃあ、もう少し寝るわ」
気が付けばここ最近はよく眠れていなかったから。こうなればもう”やけ“だった。その母親がここに居ないというだけでうっすらと感じてしまうその現実から目を背けるために、逃げだと言われても今は受け入れるだろう。脳裏に浮かぶ母親との会話がどんどん子供達や同僚達との会話に埋め尽くされていくのを、ただ黙って受けいれた。
再度申し上げますが、これは妄想の産物です。
実在するなにかしらとは全く関係がありません