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再会

 

気づけば夜はさらに深さを増し、空の月は高くまで昇っていた。

しまった、長居しすぎたな。

腕時計にちらりと目をやると、22という数字が目に入る。いくら冬に比べて明るいとはいえ、さすがにそろそろ帰らなくては。


冬弥は立ち上がると手早く袋にゴミをまとめ、ズボンをはたいて土埃を落とした。

 

行きに通ってきた参道は真っ暗で先が見えず、肩を竦めたまま急いでそこを通り抜ける。

やや上がった息のまま、木陰に止めていた自転車へとたどり着いた。


 鍵を回し、足をペダルにかけ、力いっぱい踏み込もうとした瞬間、冬弥の足が止まる。


奥になにかが、いる。


目をこすりもう一度暗がりを見る。間違いない、やはり何かがいる。ここからではうすぼんやりとした黒い影にしか見えないがそれは確かにそこにたたずんでいた。

 

 猫か、それともお祭りで迷子になった子どもだろうか。いや、どちらにしても随分と大きい気がするし、声ひとつ上げないのはおかしい。

 

冬弥は自転車を降り、ゆっくりと暗がりへと向かった。今すぐに自転車に飛び乗り、帰る方がいいとわかってはいた。

しかし、理由は全く分からないが、なぜだか行かなくては行けない気がしたのだ。

 

 近づくと、やはり見間違えではなく、何かが立っている。やっぱり帰ろうか。

冬弥は立ち止まり、しばし考えこむ。そして、再びそろりと歩き出した。

 

 「……と……や」


 ふいに、懐かしい声がした。柔らかく、丸みを帯びたその声音。

 

 「はる、ま……?」


 林の木の陰から一人の人間が顔を出す。

背の高い、細身ながらも程良く筋肉がついているその体。わずかな風に揺れる淡い色の短い髪。


くりくりと丸い、淡い栗色の瞳に、胸元に揺れる自分と同じ制服のネクタイ。

忘れるはずもない、その姿は。


「久しぶり、冬弥。会いたかった」


 紛うことなき大切な幼なじみ、芽吹春真そのものだった。


 


冬弥はごしごしと目が腫れるほどに自分の目をこする。しかし、目の前の彼は消えることもなくただ目を細めていた。

 

「はるま……? ほん、とうに春真なのか……?」

 

そんなはず、ない。だって彼は死んだのだ。

あの、寒い冬の日に。だからきっとこれも都合のよい幻覚だろう。

冬弥は背を向け、自転車の方へと足を向けた。追いかけてきた青年がぱしっとその腕をつかむ。


「待てって! 冬弥、俺だよ春真だよ」


「そんなわけない! だって春真は死んだんだ、俺は見たし、棺に花だって入れた。誰だか知らないけどからかってるだけだってなら怒るぞ」


 思わず叫んでいた。狐か幽霊かその類だろうが、春真の姿だけはかたって騙ってほしくなかった。

急に大きな声を出したせいで喉がひりひりと痛む。

 

しかし、目の前の彼は困ったように笑うだけだった。


「まあ、そりゃ信じらんないよな。俺だって信じられないもんな」


 春真に似た彼は制服のポケットに手を入れた。

かさりと音がして。出てきたのは灰色の紙の欠片。


「さっき見てた手紙あったろ? それ貸してくれるか?」


 手紙?もしかして、石段で見てたあの手紙のことだろうか。その前に、なんでこいつが手紙のことを知っているんだろうか。


「すぐ返すからさ、お願い」


 その言い方が春真にあまりにも似ていて。

冬弥は渋々ながらに鞄からファイルに挟んだ手紙を取り出すと、彼へと差し出した。

血で貼り付いていたのを剥がした手紙は、若干端が欠けていた。

 

 さんきゅ。そう言って彼は持っていた紙の欠片と、受け取った手紙を並べる。

ぴったりと寄り添うように、パズルのピースがはまるように、ちぎれた端が組み合わさった。


「ほらな? これで、信じてくれるか?」


 冬弥は頷こうとして、やめる。まだ、これだけでは足りない。


 つかつかと青年に歩み寄り、その顔をじっと見据える。冬弥はゆっくりと息を吸って吐くと、目の前の彼へと尋ねた。


「お前、名前は? どこの学校? 部活は何をしていた?」


 冬弥の言葉に春真は困ったように笑って頭を搔いた。


まただ。


彼はこういう時、必ず頭を搔く癖があった。


「相変わらず警戒心つよいなぁ冬弥は。わかったよ。名前は芽吹春真。星蘭高校の2……いや、もう3年か? 部活は陸上部」


「……幼稚園は?俺と出会ったのは…………いつだった?」


「ああ。幼稚園は星空幼稚園。お前と出会ったのは……幼稚園の年少のときだったな。鬼ごっこを遠くから見てたお前に声をかけたのが最初だったと思う」


 冬弥は目を見開く。全て、正解だった。

なら、この人は本当に……。いや、でも、まさか。

くらり、と景色がゆがんだ。ふっと力が抜けそうになり、冬弥は慌てて足に力を入れる。


春真、なのだろう。青年が自分の肩を抱くのを感じながら、冬弥はあの恐ろしい日のことを思い返す。

 

 あの、凍てつくような寒い日に白装束で送り出した彼。添えられた白いチェーリップにうずまる、生気の失せた青い頬の冷たさは記憶に新しい。


涙が枯れるほどに泣いて、もう何も出なくなって。

彼がいなくなってからの毎日は、心を埋め尽くす後悔から始まる日々だった。


「春真、本当に…………お前、なんだな?」


「ああ。なんか確かに冬弥の言うとおり死んだはずだったんだけどさ。気づいたらここにいてな。そしたら冬弥が参道にいるのが見えたから、たぶんこっち来るかなと思って待ってたというか……うおっ?!」


「おかえり、おかえり、春真……会いたかった」


 春真は飛び込んできた幼なじみを力強く抱き寄せた。

ふわり、と柔らかい手つきでその黒い髪を撫でる。懐かしい感触だった。


猫っ毛で、くたりと柔らかい手触りは昔から変わっていない。すんすん、とすすり泣きながら胸に顔を埋めているのを見ると、思わず抱きしめてしまいそうになる。


「ただいま、冬弥」


 力がこもった手をそのままに、春真はそれだけを呟いた。

 冬弥の腕時計は二十三時を指している。

 ああそうか、こっちの世界は時間が進むんだっけか。そろそろさすがに帰らないとか。


「もうだいぶ遅いしさ。今日のところは帰ろう。また明日でも明後日でも話そうぜ、冬弥」


「うん。でも春真、急に家に帰って大丈夫なのか? だってほら、お前って……」


「あーー。まあ、大丈夫だろ、なんかそんな気がする」


「そんな気って……」


「ま、だめだったら泊まらせてよ。冬弥の母さんが起きる前には帰るからさ」


「……わかった。じゃあその時はメッセージちょうだい」


「りょーかい。じゃ、帰るか。夜遅いし送ってくよ」


 俺、今日は自転車だけど、と春真に告げればそれがどうかしたのかとばかりにきょとんとされた。


 まさか走るつもりなのか、と聞けばそのつもりだけど、と返され冬弥は目を覆う。

黄泉の国から帰ってきたばかりだろうに相変わらずの体力馬鹿だ。


「なんだ、別に乗ってくれていいって」


「ばか。生き返った?ばかりなのにさすがにそんな無茶させられないよ。今日はゆっくり帰りたい気分だったし押してく」


「そうか? ならいいけど」


 靴ひもを結びなおしていた春真が小走りで近寄ってきた。途端にふわ、と漂う爽やかな香り。


香水をつけているわけでもないのに、いったいどこからそんな香りがしているのか。

すん、と鼻をならすも特に出所はわからなかった。


「なあ冬弥、明日空いてる?」


「空いてるよ。どっか行くの?」


「いや? 久しぶりにお前んちでゆっくりしようかと思って」


 春真は身をかがめて冬弥の顔を覗き込んだ。夜を映した栗色の瞳はいつもよりも色が深い。

真夜中だとこんな風に見えるんだ、そんな場違いな考えが冬弥の頭をよぎる。


「……やっぱだめか? せっかくだしゲームでもしようかと思ったんだけど。あ、3年だし勉強が先か?」


 春真の声が聞こえて、冬弥は我に返る。いいよ、と返した声がひっくり返った。春真の顔にぱあっと降り注ぐ陽の光のような笑顔が広がる。

 

 踏み込んだ自転車のペダルの重みと、耳に届く心地の良い、懐かしい声。


 夢だったらどうしようか、ふとそんな思いが胸に広がる。ベッドに入って、目をつぶったら、全てが消えてしまうのではないだろうか。


 冬弥はそっと境内を振り返る。そして、この神社におわすらしい神様へと願った。

 次こそ二人で幸せな時間を過ごしたい。もう二度と、冷たくなった彼を見たくない。

 

だから。


明日も明後日もその次の日も、この日々が続きますように、と。


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