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過ぎた冬の日のこと

あれは約1年前、雪の舞う寒い冬の日のこと。


 がらんとした高校の校舎の陰にふたりの生徒が立っていた。立ち並ぶビル群すら霞む銀世界に、白く曇った息が流れていく。


 片方の男子生徒は黒い髪に感情が読めないほど深い黒の瞳。もう一人は淡い茶色の髪にくりくりとよく動く栗色の瞳。黒髪の生徒はその深い黒の瞳をわずかに揺らしている。


「それで、冬弥。話したいことって?」


 冬弥は、その言葉に肩を跳ねさせた。きゅ、とカバンの持ち手を握り視線をさ迷わせている。


 茶髪の生徒が怪訝そうに彼を見つめると、冬弥は小さく、深く、深呼吸をした。


 どうしたの、そう言いたげな顔で茶髪の生徒は首を傾げた。

 音のない世界の中、ふたりの息の音だけが聞こえる。まるで、ふたりだけ世界に取り残されたみたいだ。

 

「……えっと……来てくれてありがとう、春真。えっと……話ってのはその……。」


 冬弥は1度そこで言葉を切った。不安に揺れる瞳が、春真の茶色い目を捉える。冬弥はしばらく黙っていた。見かねた春真はそっと頷き先を促す。


 冬弥は自身の胸元をくしゃりと握った。手が震えている。1度大きく息を吸うと、意を決したかのようにきゅっと口を引き結んだ。


 冷たい風にマフラーを揺らしながら、冬弥は再び話し始めた。


「実は、春真に伝えたいことがあって……。その、言う前に伝えとくけど、もし聞いてみて、迷惑だなとか思ったら、その場で帰っていいから。」


「えっ、いや、帰らないと思うけど……。まぁお前が言うなら分かった。それで?」


 冬弥は地面へと目を落とす。口をはくはく、と何度か動かし、そして上目遣いに春真を見つめる。色素の薄い瞳に、黒い瞳がぽつんと映り込んでいる。

冬弥は、視線を逸らしながらも言葉を続けた。


「えっと……。……は、春真、お前のことが、すきだ。他人想いで、いつも優しい春真が好きだ。俺と一緒にゲームしてる時は全力で戦って……カフェでは甘いものを食べて幸せそうにしていて。そんな感情豊かで、明るくて、いつだって眩しいくらいのお前がすき。

 だから、そのもし、迷惑じゃなければ……だけど……。

俺と、付き合って……くれませんか」


 そう、絞り出すように、しかし一気に告げられた言葉。

 春真が目を瞬かせて冬弥は見れば、彼は酷く苦しそうな表情で、マフラーの先を握りしめていた。


 冬弥は小さく息を吸うと、肩にかけていた鞄から封筒を取り出した。

 ジッパーのついた小さな袋に入ったそれを、突然の告白に戸惑っている春真へと差し出す。その指先は緊張と寒さからか、かたかたと小刻みに震えていた。


 春真は、手を伸ばしおずおずといった様子で手紙を受け取った。受け取った手紙から目を離さず、春真は戸惑いがちに尋ねた。


「冬弥……これって……」


「手紙……というか、ラブレターってやつだよ……。いま言ったのもそうだけど、それだけじゃ、足りなくて……。その、要らなかったら突っ返してくれていい、から……」


「いや、大丈夫。ありがとな」


 春真は手を軽く掲げると、今度は手の中の手紙へと目を落とした。


 薄灰色の封筒の真ん中には角張った字で芽吹春真(めぶき はるま)と自分の名前が、隅には時折乱れた筆跡で木枯冬弥(こがれ とうや)と記されていた。


「俺のことがすきって……え、本当に俺、なんだよな……?」


「うん」


 呟くように言った言葉に、冬弥が小さく返事をする。彼はまるで断罪を待つ罪人かのように、背を丸めて体を小さくしていた。

その視線に欠片ほどの期待と、押しつぶされそうな不安が混じっているのを感じ、春真はこの場で手紙を読むことにする。


 紙どうしが擦れ合う音に、冬弥がゆっくりと顔を上げる。春真が手紙を開けているのを見ると、ゆっくりと目尻を下げた。


 しかし冬弥は、何も言わなかった。否、薄く口を開き本当は何か言おうとしたのだろうが、何も思いつかなかったらしい。やがて諦めたように地面へと視線を落とした。


 春真は俯いてしまった冬弥のつむじを見つめた。ひゅう、と北風が2人の間を駆け抜けていく。



封筒の中からは、2つ折りにした手紙が出てきた。折り合わせた隅がややずれているのは、冬弥が不器用ながらも一生懸命に折り合わせたからなのだろう。


 封筒と同じ、薄い灰色の便箋。引かれたライン8割ほどが文字で埋められている。 


 手紙を開くと、罫線いっぱいに書かれた文章に目を滑らせる。


『春真へ――

 急にこんな手紙を出してごめん。実はずっと言おうと思っていて……でも、嫌われたら怖いから言えなかった。

 小学生の時、俺に話しかけてくれてありがとう。いつも明るくて優しくて、俺が先生に怒られてた時も庇ってくれた、そんな春真がすきだ。(中略)

 男同士だし、無理にとは全然言わないけど、よかったら俺と付き合ってくれませんか?返事待ってます。

 ――冬弥より』


 なんとなく裏返してみると、封筒には申し訳程度に、白いチューリップのシールが貼ってあった。灰色の地に咲いたチューリップはまるで雪空の下に咲くかのようで、どこか冬弥を思わせた。


春真はそのシールをそっと指先でなぞる。冬弥はこういった可愛らしいものは好きじゃなかったはずなんだけどな。もしかして、自分の好みに合わせてくれたのだろうか。


 可愛らしいシールが並ぶ棚の前でたじたじになっている冬弥を思い浮かべると、彼には申し訳ないが少し笑ってしまいそうになる。


 人見知りな面がある彼はきっと、周りに誰もいなくなった頃合を見計らって急ぎ足でシールを買ったのだろう。

 驚きのあまり、そんな脈絡もないことをつらつらと考えていると、今にも泣き出しそうな冬弥の声が聞こえた。


「……春真、無理にとは言わないけど、返事を聞かせてほしい。だめっていうならちゃんと諦めるから。」


 慌てて視線を戻すと、彼の真っ黒な瞳には薄い水の膜が張っていた。引き結んだ唇は噛み締めすぎたのか若干歯の跡がついている。


「わ、わるい……えっと、そうだな」


 春真は冬弥の手をそっと取り上げ自分の手で包み込む。普段からやや冷たいその手は、この寒さで氷のように冷え切っていた。

冬弥は眉を下げると、縋るような視線を春真へと向けた。春真は目線を逸らし、頭を掻きながら言った。


「えっと……その、少しだけ、待ってもらえたら、と思うんだけどさ……それでも大丈夫そうか?」


 ここで返答を間違えれば、冬弥はもう二度と春真の前に現れない気がした。彼とは長らく同じ時を過ごしてきたのだ、今更さようならなんて、それは嫌だった。


 だからこそ言葉を選び、慎重に伝えていったつもりだったのだが。


「そっか……。ごめん、春真。さっきの忘れて」


 肩を落とし悲しげな声音で冬弥は言った。零れ落ちた涙が白い頬を濡らしている。なぜ、と思うも束の間。自分の言葉が違う意味でとられたであろうことに気づく。


 冬弥は目を覆い、一目散に駆け出そうとする。間一髪、自分の脇を通り過ぎようとした冬弥の腕を掴み、自分の方へと強く引き寄せた。どん、と胸板にぶつかった冬弥の細い肩を両手で抱き目を合わせる。


「違うって!そういう意味じゃないから!待てって!」


「春真……だって……」


「急なことだったから、ちょっと考える時間が欲しいってだけだって!もう、すぐ早とちりすんだから」


「ご、ごめん……。俺、遠回しに断られたのかと……。だって、ほら、俺は男だし、気持ち悪いと思われたかもって……。」


「違うって。ほんとにちゃんと考えたかっただけで、冬弥が思ってるようなことは思ってないから。

 冬弥っていつもナツミと仲良くしてるみたいだったし、俺、冬弥はナツミが好きなんだと思っててさ……だから、まさか俺だと思わなくてびっくりしたというか……。」


「……ナツミとは確かに仲良いけど、それだけだよ。ナツミには彼氏がいるし。それにあの子と話してたのも春真にどうやって気持ちを伝えようかってことだし……」


「そう、だだたなか……だけどやっぱりこれってすごく大事な話だと思うから、今すぐだとえっと、あーっと……」


 春真はそこで口ごもり、えー、だとかあー、とかだとか言葉にならない呻めきを漏らす。

 冬弥は目を向けて静かに頷いて見せた。春真はほう、と胸を撫で下ろす。冬弥は申し訳なさそうに眉を下げ、ぽそりと呟く。


「……ごめん、春真、勘違いしちゃって……じゃあ、また明日」


「うん、また明日。ごめん、俺今日塾行くから先帰ってて」


「ああそっか。今日は塾の日だったっけ。じゃあ、気をつけて。…………返事、待ってるね」


 春真は微笑むと、手紙を丁寧に鞄へとしまいこんだ。そのままくるりと背を向けると、校門近くの自転車置き場へと走り出す。


 足が速い春真の背中はあっという間に小さくなっていく。その後ろ姿がすっかり見えなくなると、冬弥はマフラーを巻き直し、ゆっくりと歩き出した。


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