表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

赫蒼黃ノカエリカタ 夏のホラー2023

作者: 菊葉 真琴

 夏の暑さがまだ残る、そんな頃のお話。


「いやー、今日も長引いちまったな合奏」


「本当だよ、顧問の松田ときたらサックスの入りが

0.3秒遅い!とか言ってるうちに30分くらい過ぎたし。そんなに入り遅かったか?」


「いや、普通にちょうど良かったと思うけど…」


「だよな」


吹奏楽コンクール一週間前を控えていた俺たちは、最後の仕上げとして朝から練習をして、帰るのは日が傾き薄暗くなり始めている夜の7時頃だった。


帰る方向が同じなのでいつも隣にいるコイツ、宗介と帰っている。因みに俺はトランペット、宗介はトロンボーンを担当している。

合奏中も、席が隣なので部活中も常につるんでいる感じだ。


「でもよぉ、涼太ぶっちゃけどう思う?今年の面子」


「不安……ではあるな。ていうかうちの吹部、毎年銀賞だろ」


「だよなあ。最後にゴールド金賞取ったのは10年前ときた!これが終わったら俺らもう引退だもんな、あーあ、一度でいいから取りたかったなぁ」


「もしそうなったら、今の倍は練習量増えると思うけど。ついでに松田の合奏も倍に……」


「ちがいねぇ」


ゲラゲラと大笑いする宗介。

こんなふうに愚痴を言いながら帰るのが俺たちの日常だ。

そして今日も同じ。

そのはずだった。

次の角を曲がれば宗介の家が左手に見える……

はずなのだが、そこには先程通った交差点が広がっていた。俺たちはその交差点の手前の歩道に立っていた。目の前の信号は赤だ。


「あれ……さっき通んなかったか?さっきの曲がり角、俺んちのとこだよな」


「だよな。どういうことだ?」


「まじかよ、ちょっと面白いからストーリーあげとこ」


「何やってんだよ」


そう言って宗介はスマホの画面を開こうとした。


「……スマホ点かねえ」


「充電切れかよ」


「いや、部活中ずっと充電してたからそれはない。

帰る時も充電90%はあったし……壊れたか?」


お前の方は?そう聞かれ、俺もスマホを開いてみたが、宗介と同じ状態になっていた。ずっと画面が暗いままで、ボタンを押しても画面をタップしても何も反応がない。


「俺の方もだめだ、充電さっき見たら70%はあったけどな……」


「とりあえず帰るか。なんかネットでトラブルが起きたのかもしれないし」


そうこうしているうちに、目の前の信号は青に変わっていたので信号を渡った。ここは視覚障害者のための音響信号機が設けられていて、今も鳴っているのだが俺はふと違和感を感じた。


「……なあ、この音なんかちょっと変じゃないか?」


「そうか?あ、変といえばここの横断歩道やけに長いなーって前から思ってたんだよ。田舎町だし交通量も多くないのに」


言われてみればそうな気がする。周りだって住宅街ばかりなのになぜこんなにも長い横断歩道を設けたのか。


「……確かに音変だな。なんかちょっと低い気がする」


不意に宗介が口を開いた。


「だろ?半音……くらいか、あっちょっと下がった」


「おいおい、どんどん下がってきてないか?何なんだよコレ」


最終的には壊れた楽器のような外れた音が辺りにこだまし、突然その音がピタリと止んだ。


「気持ち悪……ほら涼太、早く渡っちまおう!」


「お、おう」


そろそろ赤になってしまう。そう思い、ふと歩行者信号を見上げると、赤い信号の光が黄色に変わっていた。


「おい!宗介、黄色!」


「は?黄色?」


俺が指を差す方向に目を向けた宗介は暫くは理解できていないようだった。


「歩行者信号に黄色なんてないよな?」


「当たり前だろ」


後ろを振り返って見ると濃い霧のようなものが漂っており、向こうが全く見えなくなっていた。ぼんやりとだけ、歩行者信号が赤く光っているのが分かる。


「あっち側は赤信号だ。戻った方がいいんじゃないか?」


なんとなく嫌な予感がした俺は、黄色信号の方へ向かって歩いている宗介を呼び止めようとした。

だが宗介の様子がおかしい。


「おい、大丈夫か宗介」


「涼太……ちょっとこっち来てくれ、なんか体がすげー力で引っ張られてんだよっ!」


とっさに宗介の腕を引っ張ったが、確かにものすごい力だ。暫く粘ったが、その努力も虚しくズルズルと自分ごと引きずられ、黄色い歩行者信号の歩道へ投げ出されてしまった。


「痛ってえーっ、何なんだよ!」


「良かった、宗介無事か」


「擦り傷ぐらいで済んだからまあ、無事だわ」


膝に着いた土埃を払いながら立ち上がり、辺りを見渡すといつもと変わらない住宅街が広がっていたが、どこか違うような気がする。うっすらと霧が出ていて遠くが見づらい。


「……なんか変だな」


不意に俺がこぼすと、宗介も同じように思っていたようだ。


「俺らの街なようで、なんか違うような……ひょっとして異世界召喚でもされた?」


「ふざけてないで、周りを調べるぞ。もしかしたら人がいるかもしれないし」


「分かったよ」


暫く宛もなく歩いてみたが、車はおろか人っ子1人も見当たらない。

信号機は普通に機能しているみたいだが、時々歩行者信号が黄色の横断歩道も見かけた。

確実に此処は現実の世界ではないだろう。


「どうする、完全に現実世界じゃないぞここ」


「やっぱり?どうやって戻るんだよ!?」


段々と焦ってきていた宗介だが、遂にパニックになってしまったらしい。


「落ち着けって、こっちに来れたってことは出られる方法があるはずだ」


「どうやるんだよ!?」


「それを今考えてんだろ」


感情的になってしまってはいけない。そう分かっていても、段々と俺自身も焦ってきていた。


『オヤ、人間ノコガ迷イコンデイルゾ』


後ろから声がしてぱっと振り向くと子供が2人立っていた。背丈的に5,6歳くらいだろうか。紺の布地に大きな白いユリの花の紋様が施された着物を着ていて、年齢に見合わないいで立ちだ。

顔には目と鼻を覆い隠すように陶器のような真っ白な面をつけている。口元だけが見えていて何とも奇妙だった。


「良かった、人だ!なあ君たち、ここがどこだが知ってるのか?」


宗介はこの2人の姿を見て奇妙に思うというより、人がいたことに安堵しているようだ。


『ドウスル、姉様』


『フム……タダコノママ帰ラレテモ面白クナイカラナ。

ヒトツ、遊ビヲシヨウ』


「はあ!?」


今にもこの子どもたちに食ってかかりそうな宗介を横目に俺はその子供に問いかける。


「ここには俺たちと同じように迷い込んでくる奴らはいるのか?」


『偶ニ、ナ。ダガ久方ブリダナ、最後ニミタノハ80年程前ダ』


「さっき『ただ帰られても面白くない』、と言ったな。

ということは、帰る方法はあるということで間違いないな?」


『ソウダ』


成程、そう簡単には帰してくれそうにないな。

俺はこの子供の条件を飲むことにした。


「それで、遊びって何をするんだ?」


『ナアニ、簡単ナ言葉遊ビサ。コレカラ言ウ言葉ニ、帰ル方法ガ隠サレテイル。頑張ッテ解イテクレ』


『姉様』


それが合図なのかは分からないが、ひと呼吸おいてから2人は同時に話しだした。


(たぎル四ツ目ガ開クトキ、迷イシ御霊ハ地ニカエル』


耀(かがよ)ウ四ツ目ガ開クトキ、迷イシ御霊ハ地ニカエル』


朧朧(ろうろう)タル四ツ目ガ開クトキ、迷イシ御霊ハ地ニカエル』


そうして2人の子供はふう、と一息をついて


『終ワリダ』


と言った。


「全く分からねえ……」


既に宗介はお手上げのようだ。


「まず3つそれぞれの最初の言葉の意味を解釈しないと」


「そこが分かんないだよ、ほかは同じだし」


「だよな……。(たぎ)るはわかるか?」


「滾るだろ?なんかこう……燃えてる感じ?」


「俺もそんな感じだ」


「んで……カガヨウ、ロウロウタル……ってどう書くんだ?」


「多分な……」


俺はリュックの中に入っているシャーペンとノートを取り出し、『耀う』、『朧朧たる』と書いた。

ちらっと子供の方を見ると、


『……正解ダ』


とちょっと不服そうに答えた。


『姉様、意外ト頭ノイイヤツガイルゾ』


『ナアニ、読メタトコロデ分カラナケレバ意味ガナイダロウ』


ごもっともだ。


「耀うってどういう意味なんだ?」


「きらきらと光っている様……なはずだ。多分漢字からもそんなニュアンスだって感じ取れるだろ?」


「ま、まあ……」


最後の『朧朧たる』……。意味は、ぼんやりとしている

様だった気がする。

割りと意味はすぐに解くことが出来た。

だが肝心なのは、どれが正解なのかだ。


これには俺も首を傾げていた。


『意味ハ分カッテモ、正解ガ分カラナイトナ』


後ろではクスクスと子供が笑っているのがちょっと腹立たしい。


滾る……耀う……朧朧たる……。


「……なあ宗介、滾るって言ったらどんな色を連想させる?」


「滾るってなんか、血が滾るぜ!とか言うし赤かな……」


そこまで言って、あっ、と声を上げる宗介。


「涼太、これって……」


「おそらく信号機の色だ」


「じゃあさ、耀うは黄色か?かがやくってきらきらしたもの、金とか黄色で表すことが多いし」


多分単純にそういうことなんだろう。

証拠に後ろの子供はまた解かれてしまった、と苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。顔は殆ど隠れているが。


「でもさ、最後の朧朧たるって青なのか?なんかこれだけしっくりこない気がする」


「俺も同じこと思ってたんだ。朧朧たるって単体で読めば(おぼろ)……。朧って青というよりは白いイメージだよな?」


「だよな、大分無理やりだけど、青白いとか連想できるんじゃね?」


「まあ……な。いや、しっくりこないな」


後ろの2人は嬉しそうだ。

降参スルカ?降参スルカ?と始終聞いてくる。


「だーっ!思いつかん、なんか逆算とかしないと駄目なのか?」


「逆算?何いってんだよ、今分かってんのは色で、赤・黄・白だろ?どうやったらそんな考えに至るんだ……」


『赤・黄・白』と『逆算』。宗介の言葉で全てが繋がった。


「宗介、お前天才だわ」


「は?なんでだよ」


「三原色だよ」


「三原色って赤・黄・青のやつだよな?」


「そう、三原色。赤・黄・青全てを重ねると何色になると思う?白だよ!逆算すれば、白から青に辿り着けるようになってたんだ。朧朧たるが青っていうのがしっくりこなかった理由はこれだったんだ」


『マサカ、ソコマデ見破ラレルトハ……』


『ダガ、ドレガ正シイノカマデハ分カルマイ、信号機ノ色ヲ表シテイルノハ間違イナイガ……』


ふっと周りの景色が歪み、住宅街だらけの光景から暗闇にぽつんぽつんと赤・黄・青それぞれの信号機が4つ向かい合わせになって、鈍い光を放っていた。

あの、言葉遊びの『四ツ目』の様に4つずつ同じ色が点いている。


『サテ……コノミッツノウチノドレカガ元ノ世界ヘ通ジテイル。ヨク考エテ選ブトイイ』


「やっぱ信号と言ったら青でしょ!

青信号しか進むことができないし、これは簡単でしょ」


「いや、待て宗介。そんなに単純なはずがない、何か法則があるはずだ」


4つの向かい合わせの赤・黄・青の信号機……。

現実世界でまず4つ全てが同時に同じ色になるはずがない。

1つを除いては。


「分かったぞ」


『分カッタノカ。ナラバ隣ノ小僧ト一緒ニ正シイト思ウ信号機ノ真ン中ニ行ッテクレ』


「行くぞ、宗介」


「お前に任せた、俺じゃさっぱり分からんからな」


そうして俺は宗介と一緒に、とある信号機の前で立ち止まった。


「……赤信号?」


宗介が不安そうに呟く。


『……何故、ソウ思ッタノダ?』


姉様のほうが俺に聞いてきた。


「常識的に考えたら普段渡り慣れてるのが青信号だから、青信号を選ぶだろうな。だけどそんなに単純な訳がない。じゃあ、来る時に渡った黄色信号か?そう思ったが、黄色は違う」


『黄色ハ何故違ウト?』


「おそらく黄色は今いる場所だろう?例えば黄泉の国とか」


「黄泉の国って死んだ人が行くって言う……じゃ俺たち死んだのか!?」


「いや、まだ死んではいない。詳しくは黄泉の国の手前辺りだろう」


『……参ッタナ、御名答ダ。ココハ黄泉ノ国ノ手前二アルトコロダ』


『本当ノ黄泉ノ国ハ、川ヲ渡ッタ先ニアル。』


「……なんで分かったんだよ」


半ば呆れながら宗介が問う。


「この子供を見たら分かる、着物で隠れているけど腕が腐ってた。顔もおそらくな」


「えっ」


「死因は溺死かな。人間って溺死すると最初に顔が崩れ、その次に体の皮膚が取れてくるんだ。そして子供の姿ってことは、その時期に死んでいる。それから、早くにして亡くなったどもたちはすぐには黄泉の国にへは行けないんだ」


「な、なんでなんだよ」


「賽の河原、って聞いたことないか?」


「何だよそれ」


「親より早くに死んだ子供が罪を償うために、三途の川の手前の河原で石を積み上げるっていう話だよ」


「初めて聞いたわ」


「その石を積み上げるとそれを壊しに鬼がやってくるもんだから、永遠と積み終えることができずにあの世にもいけないらしい」


「なんでそんな恐ろしいこと知ってんだよ……」


「オカルト好きが生じてこうなっただけだよ」


『……話ガ少シ脱線シテシマッタガ、赤デ間違イナイノダナ?』


再確認するように姉様が聞いてきた。


「ああ、間違いない。現実世界で4つ同時に同じ色になるのは赤だけだからな」


片方の信号が赤で、反対の信号が赤に変わるときに一瞬だけ4つ同時に同じ色になるのだ。宗介は気づかなかったらしく、目を丸くしている。


『……御名答ダ、現実世界デ4ツ同時同ジ色ニナルノハ赤ダケダ。ソシテ先程ノコトダガ、確カニ私達ノ死因ハ溺死ダ。オマエタチガコノ世界ニキタトキ渡ッタ横断歩道ハ昔、川ガ流レテイタ。今ハ埋メ立テテシマッタガナ』


「マジかよ……そりゃ辛すぎるだろ」


宗介が青ざめながら言う。


「さあ、これで謎解きは終わっただろ。俺たちを元の場所に返してくれるんだよな?」


『ソウダナ、元ノ世界ニ帰ストイウ約束ダッタナ』


ふっとまた景色が変わり、今度は4つ向かい合わせの赤の信号機が2つ現れた。周りには濃い霧が立ち込めていて、よく見ると真ん中にそれぞれ石が積み上げられている。


『帰ルニハ、フタリソレゾレ別レテモラウ。真ン中ニアル石ヲ積ミ上ゲテ完成サセテクレ』


そう言うと、俺と宗介に1つずつ小さめの石を渡してきた。

冷たくて見た目より重さを感じる。


「じゃあ、俺は左の方へ行くからお前しくじるなよ?」


そう言って宗介は左の信号機の石の山の前まで歩いていった。俺も右の信号機の石の山の前まできて、横にいる宗介を見ようとしたが霧で全く見えない。


『サア、元ノ世界ニ戻ルトイイ』 


手にしている石を山の上に置いたとき、その山はガラガラと音を立てて崩れてしまった。

しまった、と思ったのは束の間、すぐにあたりが眩く光り意識が遠のいていった。


気がつくと俺は元の信号機の手前の歩道で横たわっていた。なんだかんだで元の世界に戻れたのだ。

スマホもいつも通り、電源を入れると液晶画面に時刻と曜日が表示された。


「良かった、なんとか戻れたな。石の山を崩したときにはどうなるかと思ったよ。宗介はうまく積めたか?」




「……宗介?」

 

振り返ると、宗介はいなかった。



それから3日後、宗介は学校の近くの川で溺死した状態で見つかった。

顔はぐちゃぐちゃになっていて顔だけでは誰か分からず、持ち物で判断したそうだ。

最後に宗介といたのが俺だったので警察に事情聴取をされたが、勿論あの出来事は信じてもらえず未解決となってしまった。


俺たちが渡った、あの横断歩道になる前は川だったという姉妹の話を思い出し、図書館で調べてみると本当だった。5歳の双子の女児が川遊びをしている際に溺れて亡くなってしまったようだ。その前から溺死する人たちが度々いたため、川は埋め立てられたそうだ。


もしあの時石を積み上げられていたら……俺も現実世界(こっち)には帰れていなかったかもしれない。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ