水槽の歌
水槽の中に 水は入っていないんだ
ある時 疲れ切った僕は
家の近くで君を見つけた
自分の世話も出来ない僕が
何が出来るわけもない
だけど連れて帰った
目も合わせない 小さな君をね
暗い部屋に灯りをつける
君は逃げて水槽に入った
そこが良いの?と尋ねたね
君は目を合わせずに
少し頷いたのが
僕らの 最初の会話だった
夜になると 暗い部屋に光の帯が
君が見上げる部屋の中で
君の作る色が浮かんで泳ぐ
きっと見てきた風景だろう
いつか知った温かさなんだろう
穏やかな光の帯は 郷愁と望み
君の願いが 暗い部屋を彩った
それが君の力なのか
幻以上の力だよ
夜明けの前 ほどけるように光は消えた
毎日 君と過ごした
仕事帰りに土産も買った
自分に自信もない僕が
口を利かない君を世話する
だけどそれは嬉しい
目を合わせるだけの君がね
僕を必要としているみたいで
暗い部屋の灯りは小さめ
君が水槽で安心するから
一歩も外に出ないけど
水槽は君の世界だし
君がそれで良いのなら
僕の側に居るなら 気にならなかった
真夜中の 暗い部屋に渡る光
君と僕の部屋の中で
君の作る色が楽し気に泳ぐ
僕の記憶も重なって
二人の視線も重なって
整う光の帯が作る
共演と憧れが 何夜も希望に染められた
これが君の力なんだ
幻以上の力だよ
夜明けの前 ほどけるように光は消えた
ある日 君は話しかけた
初めて聞いた声は
『消えたい』だった
自分に自信がない僕が
消えたい君と向かい合う
でも僕は知っていた
君を助けられることを
君が僕を必要としていて
僕はもう 自信がない以前じゃないことを
このまま溺れて消えたい
過去が離れない
苦しくて変えられない
君は初めて 僕に頼った
どんなに忘れたくても
引き剝がせない瘡蓋が膿を流す
毎日 忘れようとしても
踏まれ続けた過去が邪魔する
『このまま溺れて消えたい』
頑張らなければ 溺れて消えるかな?と
君は涙を頬に伝わせた
僕は教えた
水槽に 水は入っていないんだ
ずっと 水の圧力が自分の場所と
君は思い込んでいたんだね
水槽は空っぽだった
僕は一度も 水を入れたことなかったよ
君は溺れないし
息を止めても 僕がいるから消さない
水はなかったよ
空っぽの水槽から 君が見上げる
目を合わせて 声を通わせて
僕は二度目 君に手を差し伸べた
最初の日に 君を手の平に乗せた以来だ
君はやっと水槽から出て
僕の部屋の夕方は 光の帯に包まれた
過去を これから一緒に作れば良いよ
その内 持込の過去より
二人の過去が増えるだろう
それはきっと 君が憧れて僕が望んだ
温かくて 安心で
笑っていられる柔らかい過去だらけ
自信のない僕は 君がいれば大丈夫だし
消えたい君は 僕がいれば生きていたいし
これが君の力なんだ
幻以上の力だよ
いつも伝えた誉め言葉
君は初めて微笑んで
それがあなたの力なんだね
幻以上の力だよ
僕のことも褒めた
夜明けの続きに 光の帯は朝陽になった