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身代わり戦争  作者: {出見塩}
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1:4 『瓦と桜』

 東――ヒグッドゥラ代国に建つ城の裏。

 石垣や塀に囲まれた莫大な空間は、10代から20代に渡る無数の少年少女でごった返していた。


 皆の向く正面には、特徴的な椅子と巨大なモニターが設置されていた。

 晴天から降りかかる朝日の光は眩しいが、特殊な技術が施されているモニターの画面は皆にはっきりと見えるようになっている。


 その下。

 赤い絨毯の敷かれた壇の上に鎮座する椅子――スロウンは、全てガラスで作られているように見える。

 歪な形をしている上に光を反射するため、一目で見てもすぐに椅子であると認識しないだろう。

 太陽の光が当たり、白く輝いている。


 城の外にある数々の建物が主に“ワ風建築”だったことや、サクラの木が点在していたことを考えると、元の東の国を入念に再現しようとしているのが伝わった。

 この莫大な空間にもサクラの木が幾つか見えている。


 わざわざ元の国を再現する必要は、皇帝ではないから分からない。

 嗜みのために多大な費用を使っていてもおかしくはないのだろう。


 「――説明は以上! あとは『怪火(かいか)』の皆に任せたからね!この国を勝利へ導けないものなら、容赦しないよー?」


 モニターに映っていたミアファウマ皇帝――豪奢な冠と着物を身に纏った背丈の低い幼女がそう言うと、ぷつりと画面が大陸全体の地図を映した画面に切り替わった。


 ヒグッドゥラ国の『下層民』――主に危険地帯での狩猟を強いられる者達は数多のグループに分けられており、その中でもトップに立つのが『怪火』だ。

 30人程の強者が集う『怪火』は『下層』の中で最も地位が高く、ミアファウマ皇帝との接触も皆無ではない。


 金髪に黒目の、18歳の悠然とした少女――ニーシャも刀の使者として『怪火』に所属しており、その中でも導く側に付く程の実力を持っている。

 『怪火』の内外関わらず、ニーシャを敬う者は沢山いる。


 ニーシャは『怪火』の皆が集っていると推測される、群衆の前の方へと進む。

 人の密度は高いが、周りがニーシャに気付くと歩くスペースを分け与えてくれた。


 「――なぁニーシャ、これでやっと皇帝の下にいられるんじゃねぇの?」


 スロウンの前に辿り着くと、案の定、『怪火』のメンバーが数人集まっていた。

 その中で最初に話しかけられたのは、とある双子の内の一人、空色の髪と目をした少女――メイだった。

 耳がないにも関わらず、周りが聞こえていることがメイの特徴と言える。


 そんな彼女が、尊敬の意を抱きつつも友好的に接してくれるのは、ニーシャにとっても好ましく感じるものである。


 「そうさね。誇り高き『怪火』も遂に『上層』の方々の前に立てるかも知れないわ」


 身代わり戦争を勝利――即ち『完全制圧』を成し遂げられれば『上層』への昇格権を与えられると聞かされた。

 殆どの者は、命の安全が保障される場所へ移動できる、程度に思っている筈だが、『怪火』のメンバーが『上層』へ移動するとなると、皇帝側近の地位を得られたとしてもおかしくないのだ。

 ヒグッドゥラ帝国の発展に貢献し、名誉の海に浸る未来が想像できる。


 スロウンの前に他の『怪火』のメンバーも数人集まり、今後の方針などを軽く話し合う中で、自然といつもリーダーの役割を果たしているニーシャが事の上に立っていた。


 「――ニーシャ様。先導の意思表示のために。早速。スロウンに座られてはいかがかと」


 互いに事態を理解し合う程度に話がまとまった後、たどたどしい口調で言ったのは、双子の内のもう一人。

 紫紺の髪を持ち、両目を白い包帯で隠した少女――ミイだった。

 視界を防いでいるにも関わらず、周りが見えていることがミイの特徴と言える。


 「そうさね。それが分かりやすいわ」


 ニーシャは、この代国を仕切る役目が自分に降りると早々に予期していた。

 戦術における実力と統率力を認められて、数年前からこの地位に立っている。

 『怪火』のメンバーを中心に東の代国をまとめていくことになるが、それを俯瞰するのがニーシャだ。


 スロウンに座ると、皆が神々しいものを見るかのような目を向けてきた。

 光の椅子に座る女神――そんな図ができたのだろう。

 屹立する城の上に我が代国の旗が昇った。


     ◇   ◇   ◇


 南――ミネクァウラ代国。


 他数人に声を掛けた後、スョロは一度宅へ戻り、自力で入手した食料――既に畑で成っていた小松葉を食した。

 集合時間まで少し体を休め、日が殆ど沈んだ頃に宅を出発する。

 向かう先は城だ。


 宵闇に包まれ、閑静とした道を歩くが、平穏とした雰囲気はそこにはなかった。


 「――――」


 道端に転がる男の遺体を見つけた。

 確認すると、空虚を見詰める目の周りには醜い痣が広がっており、唇には新鮮の血が滲んでいた。

 酷い量の暴力を受けたと見られる。

 頬を叩くが反応はない。

 死んでいる。


 これは十中八九、敵による殺害などではない。


 (味方打ちが深刻化している、か。……どうにかしないと本当に戦わずして負けてしまいそうだな)


 僅かに焦燥の募る自分を冷静にさせ、正面を向き直り遺体を後にする。


 城に近づくにつれ、騒然とした雰囲気を肌で感じるようになる。

 無人だった道にも、スョロと同じ方向に進む人が現れ始めていた。


 城の前にある広場に辿り着くと、多くの者が城内へとなだれ込んでいく光景があった。

 悲嘆や憤怒、焦燥を顔に滲ませて駆け込む者、喧騒を聞き付けて入っていく者と沢山いた。

 城の中から、罵声か怨嗟とも分からない夥しい量の声が外に漏れていて、一帯は混沌の様相を呈していた。


 「城の前を集合場所にしていたのだが、この様では難しいな」


 「――あっ、ソロ! 名前ソロだったよね?」


 と、不意に自分の名を呼ぶ声が聞こえた。

 向くと、茶髪のポニーテール少女――ミリユがスョロへ手を振りながら駆け足で近づいてくる。

 集合を計画していたシアラグループの内の一人だ。

 誰とも会えない予感がしていたが、彼女はいたようだ。


 「も~、ウチ一人ぼっちで退屈してたわ~」


 「……シアラやトギトウは一緒にいないのか?」


 「トギトウ? アイツなら騒ぎを聞きつけて中に入っていったよ」


 城の方を顎でしゃくりながら言うミリユは、不快そうだった。


 「そしたらシアラも、『見てくるからあなたはここにいなさい』って言われてさ~! ナメてるよね? ウチを誰だと思ってるのよ~!」


 またも、城の中にいるであろう人物に向かって憤慨するミリユ。

 話し相手がいない状態を好まない性格なのだろうか。


 「オレがいない間に色々と起きたようだな。……声を掛けた人達も集まっていないし、何も想定通りに行っていない」


 「う~ん、ウチもちょっと誘ってみたけど、誰も来てないわ~。シアラの言ってた小さなグループも結束できないなんて……もうウチら、終わってるよね~」


 項垂れて、憂い気に言うミリユ。

 先の見えない虚しい空気が流れた。


 「……オレも行ってくる」


 「ん? 行ってくるって、城に? ね~、ソロくんはここにいてよ~。ウチ、一人で寂しいのよ~? 女の子をこんなところに一人で置いていくことなんてできないよね~? って、お前‼ 話聞いてんの⁉ は~⁉」


 妖艶な相貌で請うてくるミリユを後に、スョロは城へと赴いた。


 正門を抜け、他数人と共に広い回廊を進み、スロウンの大広間に辿り着く。

 そこは、テュスラ皇帝が皆を集めて話した時よりも多くの人が集まっているように見え、その混雑さは度を越していた。

 叫喚が錯綜し、皆静かにしていても窮屈に感じるのに、今は一人一人が平然を完全に失っている。


 「出てこい、テュスラ‼」

 「帰らせろ、不届き者が‼」

 「ここにいたら死んでしまう‼」


 我が国の皇帝に対する罵倒のようだ。

 殆どの者が、正面のモニターに向かって叫んでいる。

 「助けて、神様、助けて……」と、中には頭を抱えて絶望の声を漏らす者もいる。

 テュスラ皇帝から何らかの反応を望んでいるようだが、残念ながら彼が皆に顔を見せる気配は一向にない。


 大画面に映るのは、四つの代国の位置を記した未知の大陸の地図――南以外の三国は、印の色が変わっていた。

 西は緑、東は赤、北は青に。

 そして南は、白のままだ。

 ミネクァウラ代国が後れを取っていることを、如実に表していた。


 「国を収束する指導者もいない。食料は早々に底を突くことが目に見えていて、仲間内で殺害が発生するまでに至った。死は必然と言えるこの状況下で、冷静になれと言う方が無理があると思うのだが……」


 正面にトギトウの姿を見つけ、人垣を掻き分けて彼への接近を試みる。

 トギトウは他数人の男たちと共に、守るようにしてスロウンの前に立っている。

 壇の上から、皆に「落ち着け! 冷静になれ!」などと声掛けているが、効果は皆無に等しい。


 ここでスロウンを頑固に守る必要性は判然としないかもしれないが、彼なりの信念があるのだろう。

 愚人が椅子に座ることが、収束を本当の意味で不可能にする――といったところだろうか。


 「貴様は、我々にただ黙ってのんびりと死を待てと言っているのだぞ!」


 筋肉質な男が、トギトウの前に出て言い詰める。


 「考えろアホ。落ち着いて協力すれば死は免れると言ってんだ」


 「協力? この蟻の群衆が協力できるように見えるか?」


 男は、背後の荒れた人々を手で示して言い、続ける。


 「俺にその椅子を寄こせ。この城の上に旗を揚げ、オレがこの国を連れて全ての国を打ち倒す」


 数秒の睨み合いの後、トギトウはどこか心の準備を決めるようにして吐き出す。


 「……お前だと、この国は今度こそ滅びる」


 「貴様ならできるとでも? 貴様なら、この数の憐れな者を救えるのか?」


 挑戦的な笑みを浮かべながら男は、一歩、トギトウに近づく。


 「下がってろ。身の程を弁えない戦犯野郎は――痛い目を見るぞ」


 スロウン辺りの空気の変化に気付いた群衆の声が、前方から波が押すように怒号から騒めきへと移り変わった。


 「――おらぁ‼」


 男は警告を無視し、トギトウに殴りかかった。

 身を翻してそれを躱すと同時に、前に突き出した男の腕を掴んで胸に抱き寄せ、前方に倒す――男がトギトウの背中から壇に仰向けに落ちる。

 華麗な武術芸により、瞬く間に有利を獲得したトギトウが――腰に隠してあったダガーナイフを取り出した。

 群衆の声が、騒めきから再び叫喚に戻る。


 「国のための、犠牲と思え!」


 男に起き上がる暇も与えず、トギトウはダガーナイフを高く上げ、男の胸に深々と突き刺した。


 ――前に。


 「――ぐぉ⁉」


 手の甲に鋭い痛みを受けたかと思えば、ダガーナイフが手元から消え、ただ男の胸に倒れ込んだだけの無様な姿を呈するに終わった。

 男は自分が死んでいないことに戸惑っているのか、すぐに追撃はしなかった。

 そして彼が追撃するだけの意識を取り戻す前に、トギトウは斜め後ろ――トギトウの手元からナイフを蹴り落とした人物に向かって殴り掛かる。


 「邪魔すんじゃねぇ!――うぁ⁉」


 しかし、殴打は空振りに終わり、今度はトギトウが壇に倒れ伏した。

 筋肉質な男を殺しかけた彼が一転して、少女一人に翻弄される姿は実に滑稽に映っただろう。


 振り返り、戦慄の面持ちで相手を視認するトギトウの瞳が、驚愕に見開かれる。


 「――し、シアラ?」


 「仲間は殺さない。あなたでも、それぐらいのことは出来るでしょう?」


 シアラに殴打を投下された事実が信じられないのか、トギトウは言葉を発せず、尻餅をついたまま後ずさる。

 シアラは反対側を向き、最初に暴挙に出た男の方を見ると、彼は既にシアラから距離を取り、戦慄を瞳に滲ませながら群衆の中に混ざった。

 トギトウと共にスロウンの前に立っていた数名も、離れている。


 「――――」


 いつの間にか静寂を取り戻した皆が、一人スロウンの前に立つシアラに視線を殺到させていた。


 「……あなた達、ものすごく醜い眼をしているわよ」


 群青色の瞳で群衆を見つめ返し、シアラはそう言った。

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