ルーファス編
ルーファス編なのに、シルヴィーの長男が……
ルーファス編
俺は日課の剣の稽古を終えて、王宮にある部屋に戻ろうとした。
もう30を超えて随分経つが、いまだ嫁はいない。と、いうか嫁をもらう暇が無かった。
「ルーファス、ちょうど良かった。来月、ラスティックに視察に行く。護衛、頼むよ」
外交官になったジェフリーの執務室に引っ張り込まれ、当然の様に言う。
「ジェフリー、俺は陛下の護衛であって、お前専属の用心棒じゃないんだぞ」
銀髪に水色の瞳で、そこいらの淑女より麗しいくせして押しが強い幼馴染のせいで、俺は万年暇なしだ。
「シオンも一緒に行くのに、君は行かないつもりか?」
シオン。シルヴィーの長男で、今年13歳になる。去年、ラリマー家の養子になった子だ。
銀髪に赤紫の瞳をした美少年だが、口の悪さはジェフリー並みだ。
「ジェフリー父様。ルーファスおじ様はまだユーリ様の事を気にしているんですよ、父様と違って繊細だから」
まだ13歳だが、既にジェフリーの仕事を手伝っているから、血は争えない。
「外交官が繊細だったら、国が他国に食い潰される」
「だから、お前は他国の外交官から猛獣、と呼ばれている」
「願ったりだな。この容姿で侮られる事が多かったから、な」
美貌の外交官をつまみ食いしようとした他国のご婦人や、本気でジェフリーの妻になりたがっている令嬢達が、完膚なきまで叩き潰される所を何度も見ていた。
それなのに外交問題にならないのは、ジェフリーの手腕の賜物だ。
本来なら宰相になる家柄だが、ジェフリーは宰相よりも外交官が向いていたらしく、宰相位は従兄弟に譲り、自分はあっちこっちに飛び回っていた。
お陰でジェフリーの護衛をする俺もあっちこっちに引っ張り回されていた。
「ルーファスおじ様、僕も公爵になるよりジェフリー父様みたいに外交官になるのが夢なので、この選択に不満は無いんです」
シオンが嬉しそうに笑う。
確かにシオンは外交官に向いている。
頭の回転が速い上、物腰は優しげだ。
「そうか。ならば良い」
ジェフリーもシルヴィーの息子を養子に出来たから、少しはいまだに引き摺っている失恋の痛みが癒えたのかもしれない。
シルヴィーの婚約が決まった時、俺とジェフリーは失恋した。
やけ酒でベロベロになり、次の日ベッドでお互いの顔を見た時は、顔から火が出るほど恥ずかしかった。
当然、何も無かったが、あの一件で俺は踏ん切りがついた。
付いたのだが、ジェフリーは拗らせている。
どんな美女を見ても
「シルヴィーの方が所作も美しいし、頭もいい。やはり女性ならシルヴィーが一番だな」
と、言い寄ってくる本人の前で言う。
シルヴィーを知っている者なら問題は無いが、知らない他国の人だと面倒この上ない。
説明しなきゃならないのかよ、と思っていると必ず
「だが、人として見るなら、ルーファスが一番だな。ルーファス、嫁に来い」
と、男の俺に向かって、とんでもない事を言うんだ。
「俺の方がガタイもでかいし、嫁はありえないだろ」
なんて事をしょっ中言い合っているせいか、俺は令嬢との縁は皆無になった。
「ルーファスおじ様、ジェフリー父様の嫁に来ないの?」
頭の痛い思い出に、ため息が漏れそうになった時、シオンがとんでもない事を言った。
「シオン……」
「恋愛は、必ず男女の間でしかしなきゃならない訳じゃないです」
シオン?突然どうした?
「ルーファスおじ様を見てると、物凄く焦ったいんです。ジェフリー父様を好きなのに、やれ、男だから、やれ、ガタイがいいからって逃げてばかりじゃ無いですか」
に、逃げ?
「気が付いてないんですか?ジェフリー父様が女の人に囲まれてる時なんて、ルーファスおじ様の目、物凄く怖いのに」
い、いや……。警護対象への接近に警戒しているだけ……。
「そのうち、ジェフリー父様に押し倒されますよ」
「お、お、押し倒すって、あいつより俺の方が力が強い……」
「甘いですね。力で、とは言ってませんよ。ま、既成事実で即婚約、は出来なくてもジェフリー父様なら事実婚に持ち込むでしょうね」
お前、本当に13?
俺は思わず指で、シオンの歳を数えちまったよ。
「シオン、よく言った。と、いう訳で来月の視察はハネムーンも兼ねるから覚悟しろよ」
覚悟って、覚悟って何?
あたふたする俺を横目に、シオンが部屋から出て行こうとする。
「シオン……」
「大人の時間に、子供は邪魔でしょ。ジェフリー父様、僕、母さんのところに寄ってから帰ります。あぁ、今夜は帰らなくても心配しませんから、ごゆっくり」
「流石、俺の息子。シルヴィーによろしくな」
パタン、とドアが無情にも閉められた。
「ジェフリー、冗談だよ、な」
「ルーファス、俺がなんでシルヴィーの名前を頻繁に口にするか解ってるか?」
「失恋しても、シルヴィーに惚れて……」
「違う。そう言ってれば、男好きの阿呆に言い寄られないからだ」
ジェフリーの言葉に、俺の頭の中がハテナだらけになる。
「シルヴィーは最高にいい女だ。だから、俺がお前を好きだ、と言っても男好きの阿呆には同好の士、って思われない」
「お前、男の方が好きなのか?」
「アホ。俺はお前だけが好きであって、男なら誰でもいい訳じゃ無い」
顔を赤くしながら上目遣いで睨まれると、こっちの理性がヤバい。
「やけ酒して、肩掴んでくだ巻いたって、お前は優しく受け止めてくれた」
ジェフリーの言葉に頷く。俺も同じ痛みを抱いていたから。
「あの時から俺は、お前に側にいて欲しい、と思った」
俺もお前の側が心地良い、と思ってる。
「ルーファス、お前が……好きだ」
潤む水色の瞳から目が離せない。
「俺も……」
唇が重なり、ソファにもつれる様に倒れ込む。
俺の理性は、どうやらペラペラの紙より薄いらしい。
「ルーファスおじ様って、流されやすいよな」
「敏腕外交官の口に勝てる訳、無いわよ」
母さんが呆れた顔で俺を見るけど、俺としては満足だ。
これで、ジェフリー父様がルーファスおじ様に色目使う女達への牽制に走らなくて済むし、俺はゆっくり勉強が出来る。
「ルーファスがジェフリーの嫁か。祝いの品でも贈るか」
「殿下、ルーファスに殺されたいのですか?そうなら止めませんが」
母さんが入れたお茶を飲みながら、ウィリアム殿下が言うとイザベル王太子妃殿下がクスッと笑う。
明日はルーファスおじ様がきっと拗ねて、ジェフリー父様があわあわしてるだろう。
良い所の息子になれた。
満足げに笑う俺の頭を母さんはペシっと叩き、小さく笑った。
シオン君が……。