一方その頃、夫氏は。
同居している夫も、当然に濃厚接触者となり、一定期間自宅待機が必要になった。
といっても、初期のように保健所から「ハイあなたは濃厚接種者、ハイあなたは濃厚接種者じゃない」と個別に指定されるわけではない。厚生労働省のガイドラインに従って、同居家族であれば原則的に濃厚接触者と見なされるようだ。
濃厚接触者の隔離期間は、同ガイドラインによると、感染者と最後に接触した日の翌日起算で七日間。その間に症状が出なければ、陰性確認なしで解放となる。
同居家族の場合は、「感染者と最後に接触した日」を「家庭内で感染対策を取った日」に読み替える。つまり、クリーンな状況で七日間症状が出なければOK。無症状感染であっても、それだけ期間を置けば他人に伝染す危険性がなくなるということだろう。
3月1日(火)に私の陽性が判明してから、遅ればせながら対策を取った。陰性だろうと高を括っていたが、こんなことなら発熱の時点で手を打っておくべきだったと反省。
夫は、3月2日(水)から起算して8日(火)までが隔離期間となった。復帰日は私と同じ9日(水)である。さっそく会社に連絡して休みの手続きを取っていたが、ほぼほぼノーチェックで承認された私と違い、運用が厳格で閉口していたようだ。
ちなみに、厚労省および自治体のガイドラインによると、家庭内の感染対策とは「日常生活を送る上で可能な範囲での、マスク着用、手洗い・手指消毒の実施、物資等の共有を避ける、消毒等の実施などの対策」を想定しているとのこと。「保健所の指示に基づく対策の実施や、濃厚接触者とならないよう厳格に隔離等を行うこと」までを求めるものではないと記載されていた。
何か、こう、「いうても同居してたら完全隔離なんて無理やろ……できる範囲でええで……」という諦めを感じる。
とはいえ、家族に高齢者や基礎疾患のある方がいれば、そう適当にもできないだろう。心配な方は宿泊施設での療養をお勧めする。
我が家でも、マスクの着用、こまめな消毒、タオルや食器の共用を止める、ゴミ箱を分ける、直接の接触を避ける、などの対策を取った。本当にこれで十分なのか甚だ疑問ではあったが、二人暮らしのマンションで日常生活を継続するには精一杯のラインだった。
八日間のクローズドサークル・ライフにおいて、夫氏、存分に主夫力を発揮してくれた。
彼は通勤時間が長く、残業も多いため、平日の家事はほぼ私がこなしているのだけれど、掃除と土日の炊事は受け持ってくれている。台所仕事に慣れていることに加え、私よりもきれい好きなくらいだった。真面目な話、家事に本腰を入れられたら敵わないかもしれない。
軽症とはいえ、ウイルス飛散を防ぐためあまり動けない私にかわって、一日三食の食事作りと、掃除、風呂の準備まで務めてくれた。洗濯だけは(ベランダに出たかったので)私がやっていた。
今日のお昼は何が食べたい? コーヒーが入ったよ。ちょっと冷えるから膝に毛布かけな――等々、お母さんかよ、というかいがいしさ。
「本当に○○くんは出来た旦那さんだよねえ。世の中には病気で寝込んだ奥さんに『俺の晩飯は?』とか催促する男がいるというのに」
私がしみじみ感心してそう褒めると、
「そんなのはごくごく一部でしょ。普通の男はかわりに家事するし、できなくても惣菜買ってくるとか何とかして奥さん休ませるよ。塔子さんはネットのクズ男エピソードに毒されすぎ」
と呆れられた。そ、そうなのか……。
どちらの認識が正しいかはさておき、おかげで身の回りのことにはまったく困らなかった。
濃厚接触者も不要不急の外出を控えるよう指示されている。しかし、どうしても必要な場合は感染対策を取り人との接触を避けて……と若干曖昧な但し書きがあった。なので、食糧調達のための買い物には出かけてもらうことにした。前週の土曜日に一週間分の食材は買い込んでいたが、やはり二人が自宅で三食摂ると不足が出る。
家族全員が発症して外出できない場合は、食糧の宅配サービスもあるようだ。ただ、希望者が多い時期は希望通り届くかどうか微妙。直接接触しない「置き配」扱いで、ネットスーパーの利用もありだと思う。それから、買い物代行を頼める友人を作っておくことかな……。
さて、このように主夫業を務めてくれた夫氏ではあるが、ずっと家事ばかりをしていたわけではない。仕事に関しては、職場のリモート環境があまりスムーズではなく、メールや電話で問い合わせがあった時のみ対応していた。
空いたほとんどの時間を費やしていたのは、ずばり、ゲームである。
絶妙なタイミングというか何というか、私が発症する前週に某大型ファンタジーRPGが発売となり、夫はそれを予約購入していた。しばらく週末はこれに没頭するぞ! と意気込んでいたところ、濃厚接触者での自宅待機。絶好のゲーム休暇となった。
広大なオープンワールド、高難易度の戦闘システム、際限のないやり込み要素――といくら時間があっても遊び尽くせないゲームみたいだ。攻略本を片手に、先達のプレイ動画なども研究しつつ、修行僧のように取り組んでいた。
前述のように家事は完璧にやってくれるし、他にこれといって家でできる時間潰しもないので、容認せざるを得なかった。だが、会話の内容がファンタジー一色になるのは少々辟易した。何か知らんが、嬉々として進行を報告してくれるのだ。恐るべき中毒性である。
「ELDEN RING」っていうんですけどね。
リモートワークが浸透した昨今、同じ空間で長時間過ごすようになった夫婦がお互いにストレスを抱え、不仲になるという話をよく聞く。特にSNSは、女性側からの怨嗟の声に満ち満ちている。
単なるコミュニケーション不足を感じるものもあれば、そもそも一緒に暮らすべきではなかったよな……と他人事ながら絶望的な気分になる話も。
これから結婚を考えている人は、この相手と十日間自宅待機になったらどうだろう、という視点で想像をしてみるのもいいかもしれない。我が家はお互いに機嫌よく乗り切れたようである。
結局、夫は発症せずに隔離期間を終えた。感染対策が功を奏したのか、それとも無症状陽性者だったのか、不明なままである。
そして今も、エルデの王を目指して、彼は休日ごとにダークファンタジーの世界を放浪している。
次回で最終回となります。




