陽性の判定とショートメール波状攻撃。
PCR検査の判定に数日かかると言われたので、上司にはその旨を伝え、私の仕事を他の同僚に割り振ってもらった。
在宅勤務用にリモート環境が整っていて、会社の自分のパソコンに接続することはできる。紙媒体の書類で処理しなければならない案件のみ、月初のタスクをリストにして上司に送っておいた。
有給休暇にしたにもかかわらず、リモートで粛々と仕事をしてしまう。メールが届けば返信をしてしまう。我ながら社畜根性甚だしい。
日曜日をピークに熱は下がっていて、検査翌日の3月2日(月)にはほぼ平熱に戻っていた。かわりに咳が頻繁になる。いくら平熱でも、咳が出ていたら周囲に嫌がられるだろうなと思った。
自宅に籠もって二日間を過ごし、もう今日は連絡来ないなと諦めた月曜日の夕方、クリニックから電話がかかってきた。
「陽性判定が出ました。今後、療養期間などについては保健所から連絡がきます。それを待ってください。追加で薬が必要な場合は、ご自宅まで送りますのでお電話を」
八:二くらいの割合で陰性だろうと思っていた私は、そうですかハイ、としか答えられなかった。
慌てて会社に電話をかける。上司も同僚もびっくりしていたが「まあ仕方ないね」という反応だった。年明けから社内で陽性者が増えてきたこともあり、いろんな意味で慣れてきている。同フロアでは今のところ私以外に症状が出た人間はいないとのことで、とりあえずホッとした。
感染経路は――心当たりがなかった。
普段はオフィスの内勤で、家と会社を往復する生活。夫以外との外食は自粛していた。それでも、通勤や日々の買い物など常識的な日常生活を続ける以上、感染リスクはどこにでもあったと思う。驚きはしたものの「もっとステイホームを心がけるべきだった!」というような後悔はなかった。
症状が快復していたこともあって、私はわりと冷静だった。
保健所からの連絡は遅くなりそうだと予測して、今後の取り扱いを自分で調べ始めた。厚生労働省と自治体、それぞれのサイトで療養者向けの注意事項を確認する。
療養期間は、症状が発症した日の翌日起算で十日間。
私の場合は2月26日発症として(25日から喉に違和感があったが検査の際に26日に発熱と記載したので)、3月8日までになりそうだ。かつ、症状が軽快して七十二時間が経過していなければならない。
つまり、少なくとも3月6日には熱が引いて咳も治まっていないと駄目なわけだな、ふんふん。
その間は家から出られない。長い休暇の始まりだった。
保健所からの連絡を待つ私の元に、先に届いたのは厚生労働省からのメールだった。
陽性通知の翌日3月2日(火)昼、厚生労働省より自宅療養者向け情報のURLが貼られたショートメールがやって来た。保健所に登録された陽性者情報が共有されたらしい。
サイトを見てみたが、昨日すでに調べた内容と同じだった。個別の療養期間に関する指示は、記載されていない。
続けて、接触確認アプリ「COCOA」に登録してくれという案内。
あーはいはい、COCOAねー。ちょっと乾いた笑いが出た。
いろいろと不具合の多いアプリである。私は今に至るまで利用していなかった。
でもせっかくだから協力するか。入れてやンよ。国家権力め――そう思ってインストールし、さっそく陽性登録をしようとするも、保健所から送られてくる番号が必要らしい。それまだ来てないじゃん。
仕方がないので放置していたら、続けて催促のメールが届いた。リンクの有効期限が二十四時間だから早く登録しろと。いやだからまだ登録できないんだって。
しかるに、同内容のメールが届く。繰り返し繰り返し――ほぼ三十分ごとに。いや、だーかーらー。
添付されたURLからサイトを熟読すると、一定期間アプリの利用がないと陽性登録はできない、でも自動で何度か催促メールが届いちゃうけどゴメンね、みたいなことが書かれていて脱力した。
そういうとこだぞ!
実のところまあ、本気で腹を立てたわけではない。役所ごとに処理スピードが違うから、タイミングがずれるのは致し方ないと理解はできる。
保健所からの連絡を待っている最中に間が悪いわと、ただただ苦笑するしかなかった。
その日の夜、ようやく待っていたメールが来る。ただ、発信元は保健所ではなく、県の感染症対策室。超多忙な保健所の業務を代行しているらしい。
療養中の注意事項、健康相談の受付先、食品宅配の案内などが記載されていたが、肝心の療養期間については、この後、宿泊・自宅療養者支援センターからの通知するとのことだった。
いちばん知りたい情報に対してこの焦らしプレイ。なかなか引っ張ってくれるじゃないか。
かといって、陽性者対応でてんてこ舞いに違いない当該部署に電凸をするのも気が引け、私は大人しく待つことにした。
宿泊・自宅療養者支援センターからメールが来たのは、結局、さらに翌日3月3日(水)の午前中だった。
療養期間はやはり3月8日までとのこと。それから、新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム「HER-SYS」に登録し、毎日の健康状態報告を行ってほしいと。あと、後日パルスオキシメーターを送ると。
保健師さんたちが陽性者の自宅一軒一軒に電話をし、病状を聞き取るという大変な状況は、すでに脱しているみたいだ。もちろんスマホを持っていない人や独居の高齢者に対しては人力で対応しているのかもしれないが、軽症者の管理はずいぶん効率化されている。
すぐにシステムに登録して、その日の体温と身体症状を送信した。入力を促すメールが毎日届き、送信が滞ると支援センターから安否確認の連絡が入るらしい。なるほど。
3月4日(木)にはパルスオキシメーターが郵送されてきて、血中酸素飽和度が計れるようになった。貸与品ではあるが、マイ・パルスオキシメーター、ちょっと嬉しい。
こちらの数値もHER-SYSに入力する。療養期間を通じて数値は98から100の間で、問題はなかった。
最初の連絡こそ少し遅れ気味ではあったが、こうして無事に公的機関へのチャネルが繋がった。
メールやシステム上のみでのやり取りに不安や不便を感じる人がいるかもしれない。しかし、スマホが使える軽症者には十分な対応だった。
幸いにも病状の急変がなかったので、仮にそうなった時のフォローについては何とも言えないのだが、限られた人的リソースは中等症以上の患者やITに疎い高齢者層に使えばいいと思う。
私にとっては、ちょうどよい距離感・放置感だった。