12 炎の道を行く
「エカチェリーナ皇女殿下!?」
「エカチェリーナ皇女殿下!!」
「エカチェリーナ皇女殿下??」
「エカチェリーナ皇女殿下……!」
ガタガタと貴人らしからぬ椅子のずれる音と、かつての私の名前――エカチェリーナの名がこだまする。
ストロガノフ家の人々は皆が皆、目を剥いて、してやったりとゲラゲラ腹を抱えるイーゴリ卿、呆れた様子のセルゲイ……とてもカオスだった。
「なにを騒いでいる」
そのとき、背後の扉から重々しい声が聞こえた。
それは皇帝ニコラスと並ぶくらいの威厳のある男だと評されていた……そして父帝自身も彼には一目置いていた――ミハイロ・ミハイロヴィチ・ストロガノフ公爵だった。
一瞬で部屋の雰囲気が引き締まる。私も思わず背筋を正した。
張り詰めた気配を感じながら、私はおもむろに振り返る。
ゆっくりと景色が動く。
そして公爵閣下と目が合った。
「エカチェリーナ様…………!」
彼も息子たちと同様に、言葉を失って凝り固まった。
◆
「父上、俺の結婚相手の平民のリナさんです」
混乱が一先ず収まって、重苦しい空気をセルゲイの平然とした声が突き破った。
「さすがに公爵家と平民だと体裁が悪いから、俺は貴族籍を抜けます。彼女の存在を公にはできませんし」とセルゲイ。
「そんな……平民だなんて」公爵夫人が眉尻を下げて「殿下にそのような不自由な生活をさせられないわ」
「卒業後は俺はリーズの魔法騎士団に入るつもりです、母上。リナに苦労を掛けるような真似は誓っていたしません!」
「お前、皇女殿下に対して愛称で呼び捨てだなんて……不敬にも程があるぞ!」とマルクス卿。
「マルクス公爵令息様、私はもう平民なのです。どうぞお気になさらず」
「殿下! そのようなへりくだった態度は直ちにお止めください! 高貴な血の威厳に傷が付きますぞ!」
「リナはもう平民だって言ってるじゃん、兄上」とセルゲイ。
「エカチェリーナ皇女殿下、だろうがっ!!」
「殿下ぁ~、ローズジャムの紅茶飲みます? 宮廷で出されていたものと同じなんですよ。懐かしいでしょう?」とイーゴリ卿。
「茶器も茶菓子も全て最高級――いえ、国宝級のものにしなさい! ストロガノフ家の威信にかけて、皇女殿下に最大限のおもてなしをするのです!」と、公爵夫人がメイドたちにテキパキと指示をする。
かつてのアレクサンドル帝国の伝統的な甘いお菓子の香りが漂うと、少しだけ安心した。あぁ、本当に祖国に帰って来たのだな……って。
私たちが和気藹々としたムードになっていると、
「待ちなさい」
またもや、ストロガノフ公爵の険しい声が場に響いた。ピタリと、その場の者たちの手が止まる。
公爵閣下は軽くため息をついて、
「まだ話がなにも進んでいない。セルゲイ、一体どのようにしてこのような事態になったのかを、きちんと説明しなさい」
セルゲイが静かに話し出す。リーズでの私との出会いから、今日にいたるまで。
隣で自分のことを話されると、ちょっとだけ照れくさかった。思えばアレクセイさんの家を一人で出てからいろいろあったなぁ……。
「――と、いうわけです、父上」
セルゲイが話し終えると、ストロガノフ一族からわっと拍手が起こった。女性陣なんてハンカチで涙を拭っている。
「それで、皇女殿下はいつ愚弟のことを好きになったんですか?」と、イーゴリ卿がきらきらと瞳を輝かせながら訊いてきた。
「イーゴリ! 無礼だぞ!」とマルクス卿。
「まぁまぁ、兄上。ここは後世に伝えるためにも知っておいたほうがいいでしょう」
「そうねぇ……歴史書にもしっかりと記述をしなければならない事柄よね」と夫人。
「そっ……それは……その…………」
私はたちまち頬を赤く染めた。
そ、そんなこと恥ずかしくて人前で言えるわけないじゃない!
それに、歴史書って……こんなことまで載せないといけないの!? ご先祖様の歴史には、そんなこと描かれてなかったけどっ!?
「兄上、母上も。いい加減にしてください」と、ほんのり顔を赤らめたセルゲイが制止した。
「なんだよ、セルゲイ。お前も聞きたいんじゃないのかぁ~?」とイーゴリ卿。
「そっ……それは……!?」
セルゲイの雪のような頬が一瞬でビーツみたいに真っ赤に染まる。
「やめんか」
またぞろ威厳のある声音が響いた。
「失礼ですが、殿下。地下牢の救出から首都脱出までの話を、貴方様ご自身からも伺ってもよろしいでしょうか?」
「……分かりました」
私は、地下牢の日々、そしてアレクセイさんが救いに来てくれたこと、彼の家でお世話になって平民になるべく修行をして、そしてリーズへ向かう時までを事細かく話す。
ストロガノフ家の方々は……軽薄なイーゴリ卿までも……真剣に耳を傾けてくれた。
すっかり話し終わると、
「直ちにカトコフ副大統領を呼んで来いっ!!」
ストロガノフ公爵閣下の怒号が室内に響いたのだった。




