11 炎の道を行く
祖国への道中はあっという間だった。
さすが名門貴族の馬車だ。貴重な移動魔法で一っ飛び。私が一月以上かかった旅路を僅か一週間程度で目的地まで到着してしまった。
リーズへ旅立つときの、安馬車のとてつもなく悪い乗り心地を再び体験しなくて済んで、私は安堵した。あれは馬車が激しく揺れてお尻が痛いし、酔って気持ち悪くなるし最悪だったわ……。
つくづく、皇女時代の私って恵まれていたんだなぁ……ってあの頃の生活に感謝したわよ。
でも、欲を言えば、景色を楽しめなかったのはちょっと残念だったかも。
あの時は、生まれて初めて祖国から脱出して、広大な自然と、王侯貴族以外に出会う人々――新しい世界に不安もあったけど、これまでにないくらいに胸が躍っていたから……。
「殿下、もうすぐ首都が見えますよ」
車中でうとうとしていた私にイーゴリ卿がそっと声をかけた。
目を開けると、彼がカーテンを開けてくれる。車内に光が差し込んで来た。
私は、おそるおそる窓辺に視線を移す。緊張で身体がきゅっと強張った。
地下牢から救出された私は、その後はずっとアレクセイさんの自宅に匿われていた。
その間、帝都――いいえ、もう首都なのね……の様子を見ることは一度たりともなかった。急遽リーズへ向かうことになった時も、正体が見つからないように深くフードを被っていて、ゆっくりと見ることもなかったから。
国の在り方が変わって、帝都から首都に変わって、帝国民も連邦国民に変わって、国はどうなったのだろうかとずっと不安だったのだ。
私たちの国民たちは手を離れて、新しい道を歩んでいる。彼らの生活はがらりと変わっただろうか。彼らの歩む人生は? 価値観は? 幸せになっている?
そして……アレクサンドル家に対して、怨みを抱いているのだろうか…………。
思わず、開かれたカーテンの端をぎゅっと掴んだ。指先が冷たくなるのを感じる。怖い。
国民たちから顔を知られているわけではないのに、彼らが私の姿をみとめたら途端に憎悪の自然を向けられそうで……とてつもない恐怖を覚えたのだ。
「大丈夫だよ、リナ」
ふと、隣からセルゲイの声が聞こえた。彼の大きな手が私の冷えた指先を優しく包み込む。
すると、沈んでいた感情が一気に解放された気分になった。
「そ、そうね……」
私は彼の声にふわりと押されて、意を決して窓の外を見た。
「っ…………!!」
思わず息を呑む。それは、太陽の光よりも眩しかった。
私の目の前には、生き生きとした国民たちの姿があったのだ。
活気立った屋台の並びに、充実しすぎなくらいの品物の山、街を歩いている人々は楽しそうで、革命なんてまるで起きなかったみたいに、彼らは明るい日常を送っていた。
「っつ……っぅ…………」
ほろりと涙が流れる。ずっと不安だったのだ。私たち皇族のせいで、帝国民たちを混乱の渦に陥れてしまったって。
「殿下が負い目を感じることは何一つありません。我々国民は意外と強いですよ。帝国はなくなりましたが、アレクサンドルの民族が滅びたわけではありませんから」と、イーゴリ卿がにこりと笑う。
「そっ……そう、ですね…………」
私は震える肩をセルゲイに預けた。じんわりと暖かさが伝わってきて心地いい。
その間も、馬車の外からがやがやと大勢の声が聞こえて来る。
良かった。皇室は滅んだけど、国民は滅んでいなくて、本当に良かった。
◆
私たちを乗せた場所は、ゆっくりと首都を進んで、ついにストロガノフ邸に到着した。
門をくぐると、にわかに緊張感が襲って来る。背中がぴりぴりと痺れた。
これから、平民の私が公爵家の方々とお会いすることになるのか……。きっと愛する息子を奪った憎い平民……なのよね。うぅっ、気まずいかも。
「あー、エカチェリーナ殿下の姿を見たら皆驚くだろうなぁ~」
イーゴリ卿がくつくつと笑った。
「はっ? 兄上、事前に知らせなかったのか!?」と、セルゲイは目を丸くする。
「こういうのはサプライズの方が面白いだろう?」
「いや……さすがに駄目だろ。畏れ多くも皇女殿下だぞ」
「あの堅物の父上や兄上が驚く姿、楽しみだなぁ~」
「怒られても知らねぇぞ、俺」
「ふふっ」
二人の兄弟のやり取りについ顔が綻んでしまう。そういえば、イーゴリ卿は三兄弟の中で一番ユーモア溢れる方だったわ。お陰で少しは緊張が解けたかしら。
「あ、そうだ、殿下。面会までフードを被っていていただけますか? きっと、その方がインパクトがあって良いですよ」
「兄上!」
「ふふっ、分かりましたわ、イーゴリ卿」
「リナも悪い冗談に乗らなくていいから」
「さぁ、玄関に着きました! 殿下、どうぞどうぞ」
イーゴリ卿が私の手を取ろうとすると、
「俺の婚約者なんで」
セルゲイがさっと兄の手をはたいて、私の手を握った。
「セルゲイとその平民の恋人を連れて来ました~!」
イーゴリ卿が明るい声音で言いながら応接間に入る。
そこにはストロガノフ家の面々が待ち受けていた。公爵夫人、嫡男とその妻、その息子と娘、次男――イーゴリ卿の婚約者も座っている。
全員の視線が槍のように私に降り注いだ。品定めをするような沈黙が痛い……。
私は深くフードを被っているので、詳らかな表情まで分からないが、彼らの好奇心や緊張する空気が肌を伝った。
またぞろ不安な気持ちが私を覆う。や、やっぱり、私は場違いじゃないかしら……。超名門のストロガノフ家と家門なしの平民じゃ、ね……。
「セルゲイ、こちらのお嬢さんがあなたの恋人なの?」
とても長く感じた沈黙のあと、公爵夫人がやっと口火を切った。柔らかい声音に敵意は含まれていないようで、私は安堵する。
「なぜ、フードを被っているんだ? 彼女は公爵家に挨拶に来たという意味を知っているのか?」と、今度は長男のマルクス卿が刺々しい声を上げた。
夫人とは打って変わって厳しい声音に思わず縮こまる。彼は昔からお堅い雰囲気でちょっと苦手だったのよね……はぁ、相変わらずだわ。
「まぁまぁまぁ! お楽しみは最後にとっておいたほうがいいじゃないか!」と、呑気なイーゴリ卿。
「父上が来る前に早く取るんだ。無礼だぞ」と、怖いマルクス卿。
「えぇ~?」と、イーゴリ卿がわざとらしく渋ると、マルクス卿が卒然と椅子から立ち上がって、ツカツカと私たちのほうへやって来た。
そして、
――バッ! と、勢いよくフードを剥ぐ。
すると、
「エ…………エカチェリーナ皇女殿下……………………」
弟と同じようにピタリと固まったのだった。




