7 炎の道を行く
「もーっ! 二人してどこに行っていたのよ!」
「ごめんなさい。あの人混みはちょっと……ねぇ?」
「そうよ! リナとセルゲイが抱き合ってたなんて、あたしたち見ていないわ!」
「しっ、グレース!」
「あっ!」
「ぐっ……!」
私はビクリと身体を強張らせる。
やっぱりわざとね、この二人は。もうっ、本当にお節介なんだから。最近やたらと私とセルゲイを二人きりにさせようとするのよね。油断できないわ。
「…………」
セルゲイのほうをチラリと見やると、彼は何事もなかったかのようにグレースと軽口を叩き合っていた。
ちょっとだけ寂しい気持ちになる。さっきは抱き合う形になっちゃって、すっごく恥ずかしかったのに……意識しているのって私だけなのかしら……。
彼には私の気持ちはまだ言えていない。なんとなく機会を逃してしまって、私たちは未だ「友達」のままだ。
フレデリック様の手紙を処分したこともグレースから聞いているはずなのに、それについて私には一言も言及してこない。
モヤモヤしている胸の奥がチクリと痛んだ。
「リナ、行きましょう?」
「えっ」
はっと我に返ると、オリヴィアが私の袖をぐいぐいと引っ張っていた。
「もう~! 聞いていなかったの? きっとミルキーウェイ・リヴァーも混雑するだろうから屋台を見ながら早めに向かおうって」
「あ、ごめんごめん。考え事をしてたわ」
「もうーっ!」
オリヴィアは出し抜けに私の耳元にそっと近付いて、
「今日こそはちゃんとリナの気持ちを伝えるのよ?」
「えっ……?」
彼女はにっこりと笑っただけで先に歩き始めた。
私は急激に顔が熱くなった。
気持ち!? 今日!? 夜には帰るからあと数時間しかないじゃない!
ま、まだ心の準備が……。
オリヴィアったら、なにを突然言ってるのよ……!
「うわぁ~、もう人だかりが出来てる!」
「こんなに大勢の人がいたんじゃ全然ロマンチックじゃないかもね」
「ねぇ、ここにいるカップル全員が揃って蝋燭越しにキスするの? なにかの宗教なの? バカなの?」
「グレースもいつかその中に入れるといいな」
「あたしは敢えて恋人を作らない主義なのよ! 貴族令嬢は忙しいの! あたしは伯爵令嬢ですからね!」
「はいはい」
ミルキーウェイ・リヴァーに着いた頃はまだ少し明るかったけど、人はそれなりに集まっていた。
私たちは他愛もない話をしながら、ぶらぶら歩く。
そのうちに、辺りはだんだんと暗くなってきた。
仄かに明かりが灯り出す。群衆からわぁっと歓声が上がる。私たちも輝く川の様子に目を奪われた。キラキラと流れるように明滅するする川沿いは、まるで星空の中に入ったようだった。
景色はすっごくロマンチックなんだけど……。
「人、多過ぎ」と、私は思わず呟く。
「そうね」と、オリヴィアが頷いた。
「ねぇ、本当にここのカップルが一斉にキスするの? やっぱり宗教よ、宗教。こわっ!」とグレース。
「そんなこと言って、グレースは恋人ができたら絶対にここに来るわね。断言するわ」
「わたしもそう思う」
「はあぁ? あたしはこんな馬鹿げた行為なんてしないわよ!」
「「絶対にするわ」」
「しないって!」
「……さて、そろそろ行くか」
出し抜けにセルゲイが私の腕を掴んだ。
「えっ!?」
私は突然のことに驚いて目を白黒させる。
「セルゲイ、どうしたの?」と、オリヴィアが尋ねる。
彼はニカッと笑って、
「VIP席、予約しといた」
「うわぁ……! 素敵っ!」
そこは、ミルキーウェイ・リヴァーが一望できる高台に建っているドーム型のテントで、中はゆったりとしたソファーと広々としたテーブルが置かれていた。テーブルの上にはお酒や食べ物が所狭しと並べられている。
「こんな場所があったなんて……凄いわね」
「あぁ、生徒会のメンバーが教えてくれたんだ。ミルキーウェイ・リヴァーは混雑するからVIP席を取ったほうがいいって」
「へぇ~、高位貴族の情報網ってやつね。こんな素敵な場所を……。ありがとう、セルゲイ」
「どういたしまして。まさかあんなに混むとはな。予約しておいて良かったよ」
「そうね……って、オリヴィアとグレースは?」
気が付くと、二人の姿はどこにもなかった。もしかして、また逃げたの!?
「あぁ~、なんか周辺を探検するって」
「探検んんっ?」
あの子たち……わざとね。私たちを二人きりにさせ……二人きり!?
ドキリと心臓が鳴った。鼓動がどんどん早くなる。こ、こんな場所で二人きりって……。
「リナ、座って」
セルゲイはもうソファーに腰掛けて、私を手招きする。
「う、うん……」と、そろそろと彼のもとへ向かった。
「わっ!」
ソファーはふっかふかで私は沈むように着席した。背もたれもゆったりしていて、これじゃあまるでベッドね……ベッド!?
みるみる顔が上気して熱くなっていくのが分かった。
……いえいえいえ、なにを考えているのよ、私は。と、とりあえず心を落ち着かせるためになにか食べよう。人が多過ぎて屋台も満足に回れなかったからね。あら、美味しそうな苺のケーキ。あ、テリーヌもあるわ。
「リナ、これを」
「えっ?」
セルゲイは私に向けて手を伸ばす。彼の掌の上には硝子細工の髪飾りがちょこんと乗っていた。カメリアの形をしていて、薄い硝子の花びらが静かに煌めいていた。
「あっ、これは……!」
お祭の露店で売っていたものだ。アレクサンドル連邦の氷菓子みたいで、とっても綺麗で欲しかったのよね。
セルゲイは微かに笑って、
「プレゼント」
「いいの? ありがとう!」と、私は顔を綻ばせた。
「あぁ。リナが物欲しそうにずっと見つめていたからな」
「うっ……。よく分かったわね。買おうか迷ったけど、今日の予算をオーバーしそうだったから諦めたの」
「副大統領から貰った小遣いがあるだろ」
「駄目駄目。あれは旧帝国民の税金だから。いずれは国庫に返却するつもりなの」
「真面目だねぇ。――着けてやるよ。後ろ向いて」
「う、うん……」
私はくるりと振り返る。セルゲイの手が髪に伸びる。軽く頭に触れて、またもや胸が早鐘を打った。
そのときだった。
「リーナ!」
息を切らせたフレデリック様が、私たちの前に現れたのだ。




