1 炎の道を行く(if・セルゲイ編)
【注意】
※リナとセルゲイのハッピーエンドです
※本編とは整合性がとれない場面もあります
セルゲイからの思いがけない告白から数日、私は彼とどう向き合っていいのか分からずに、なるべく関わらないようにしていた。
普通に話をしようとしても、あの日のことがにわかに頭を過ぎって言葉に詰まってしまう。彼の顔が視界に入ると、なんとも言えないむずむずした気持ちになって顔が上気する。おまけに心臓までバクバクと鳴って、私は落ち着かない日々を送っていた。
一方、セルゲイのほうは変わらずこれまでのように接してくれるんだけど、私があまりに挙動不審なものだから彼も話しかけるのを躊躇しているようで、私たちの関係はすっかりぎくしゃくしてしまっていた。
「ねぇ、セルゲイとなにかあったの?」
そんなとき、出し抜けにオリヴィアから単刀直入に尋ねられた。
「えっ!? ……っと、その……えっと、あの……」と、私は目を泳がせながらしどろもどろに答える。
オリヴィアはくすりと笑って、
「もしかして、セルゲイから愛の告白でもされた?」
見事に言い当てた。
「えぇっ!? えっと、その……うん…………」
私は顔を真っ赤にさせて、小さく頷いた。
「やっぱり。ここ数日のリナの彼への態度は明らかにおかしかったものね」
「えぇっ!? わ、分かる?」
「バレバレよ」と、彼女はくすくすと笑った。
「私……セルゲイからいきなり好きだって言われて、どう答えたらいいか分からなくて……。それで、つい彼のことを意識しちゃって、そうしたら今度は上手く話せなくて……」
「リナは返事はどう答えるつもりなの?」
「分からない……。セルゲイは仲のいい友達で……。そ、それに、私は他に好きな人が…………」
「それって王太子殿下?」
「なっ……!?」私は目を見開いて仰け反った。「なんで……分かるの!?」
「バレバレよ」と、彼女はため息をついた。「まぁ、王太子殿下に憧れるのも分かるわ。だって凄く格好いいし成績も優秀だし、それにこの国の王子様だなんて……きっと誰もが一度は殿下に夢中になるわね」
「いや……そういうことじゃなくて…………」
私は逡巡してふつりと口を噤んだ。果たしてあのことを言っていいものか、物凄く迷った。
セルゲイとグレースはたまたま私の秘密を知ったけれど、アレクセイさんからは口が裂けても喋るなってきつく言われているし……。
が…………、
ここは本当のことを打ち明けたほうがいいだろう。そうしないと、私の悩みの根本的なことをオリヴィアには理解できない。
それに、なにより彼女は一番信頼できる私の大親友なのだ。ちゃんと本当のことを話したほうがいいと思う。
……いいわよね?
でも、あとでセルゲイに「なんで喋ったんだ!」って怒られるかしら?
いえ……きっとオリヴィアだから大丈夫なはず。
私は勇気を奮い立たせて、オリヴィアの瞳をまっすぐに見つめながらトンと彼女の両肩を叩いた。
「オリヴィア……大事な話があるの」
◆◆◆
「本当にリナがエカチェリーナ様なのね……」
オリヴィアは驚嘆した様子で、ほぅとため息を漏らした。
私は彼女を寄宿舎の自室に呼び込んで、アレクサンドル皇家に代々伝わるブルーダイヤモンドの首飾りと、グレースが手にしたままで辛うじて燃えなかったフレデリック様からの手紙を見せて、これまでの経緯を説明をしたのだ。
彼女は最初は唖然として硬直していたが、なんとか正気を取り戻して今はセルゲイの相談の続きをしていたところだ。
「そうなの。その……今まで黙っていてごめんなさい」
「そんな、謝ることはないわ。たしかにこれは……誰にも言えないわね。打ち明けてくれてありがとう。――それで……リナはどうするつもりなの?」
「アレクセイさんからはフレデリック様には絶対に言うなって言われていて……」と、私は眉を曇らす。
「そうね……今の連邦国の情勢だと仮に皇女様が生きていたって露顕したら、間違いなく内戦に突入するわね。そうしたら大陸中が混乱するのは必至だし……それに、最悪はリナが殺されてしまうかもしれない」
「そうなの。旧帝国民の命を守るためにも、私の秘密は墓場まで持って行ったほうがいいと思ってる。だから……フレデリック様のことは忘れないといけないし、その覚悟も固まってはいるのだけど……。じゃあ王子様が駄目なら今度は公爵令息なのかって、なんだか自分が軽薄な人間に思えてしまって…………」
昔のグレースたちが私のことを男たらしだとか罵倒していたけど、あながち間違いではないのかもしれない。
私はなんて自分勝手な人間なのだろうか……。
「ねぇ、リナはセルゲイのことをどう思っているの?」
「えぇえっ!?」
思わず声が上擦った。突然そんなことを聞かれても、どう答えたらいいのか……。
「よく考えてみて」
「せっ……」私は絞り出すように声を出す。「セルゲイは私のことをたくさん助けてくれて、彼のおかげで今は平穏な暮らしができているから感謝してもしきれないわ。だから大切な友達なの」
「それだけ?」と、オリヴィアは首を傾げた。
「えっ?」
「リナはもっと自分の心に素直になったほうがいいと思うわ」
「ど、どういうこと……?」
「リナはセルゲイの前では自然体でいつも楽しそうに笑っているように見えるわ。それに二人はいつも一緒にいるし。それって、リナにとってセルゲイは特別な存在なんじゃないの?」
「それは…………」
私は押し黙った。みるみる顔が熱くなるのを感じる。
セルゲイはいつも自分の側にいて、それが日常の一部で……自分にとって当たり前になっていたから、そんなこと考えてもみなかったわ。
私にとって、彼は特別な存在?
いえいえ。
私は首をぶんぶんと左右に振る。
たしかに秘密を共有していることもあって、セルゲイの存在は大きいのかもしれない。……だけど、私は平民で彼は大貴族。感情だけでどうこうできる相手ではない。
「で、でも! セルゲイが貴族籍を抜けると彼が不幸になるわ!」
「それはリナが勝手にそう思い込んでるだけだわ。不幸かどうかはセルゲイ自身が決めることよ」
「だって、普通に考えたら――」
「リナ、今日は言い訳ばかりね。らしくないわ。……ま、事情が事情だし、あなたが臆病になるのも分かるけどね。でも、このままセルゲイから逃げ続けるのは良くないと思う。彼に対しても誠実じゃないわ。だから、ちゃんと自分の心と向き合って」
私はオリヴィアを見送って、仕事先の定食屋へととぼとぼと歩き始めた。
彼女の言葉が頭を反芻する。
フレデリック様とセルゲイ……私の中で今はどちらの存在が大きいのだろうか。
これまではずっとフレデリック様のことを想っていて、いつも彼のことを考えていたけれど、リーズに来て多くの人たちと出会って……いつのまにかその中心にはセルゲイがいて――……。
「きゃっ」
すっかり考えごとをして前を見ていなかった私は道端の小石に躓いた。
そのまま転びそうになるが、
「おっと。大丈夫か?」
「セルゲイ!?」
地面に倒れるすんでのところでセルゲイの腕に支えられて、そしてそのままひょいと持ち上げられた。




