59 光差す道へ⑦
※ちょっとだけバトル描写あり
「僕のリーナになにをしている……!」
扉の前にはフレデリック様が立っていた。彼は氷のような冷酷な目つきで侯爵令嬢を見下ろす。その声音には激しい怒気が孕んでいた。
「フレデリック様!」
ぽとり、とさっきとは違う喜悦の涙が流れる。
彼が来てくれた。それだけで胸がいっぱいになって、涙にむせいだ。
フレデリック様は私のもとに駆け寄って跪いてから優しく起こしてくれる。
「リーナ、大丈夫? 痛かったね」と、回復魔法をかけてくれた。
淡い光が私を包み込んで、侯爵令嬢に傷付けられた傷がみるみる癒える。同時に、棘の刺さった心も温かさで膨らんで彼の優しさで満たされた気がした。
私は涙を拭いて、改めて彼と向き合う。彼の藍色の瞳が夜空のように微かに光っていた。
「リーナ……遅くなってごめん。やっと君を見つけた」
「フレデリック様……やっと……やっとお会いできましたね」
「あぁ」フレデリック様は私を強く抱き寄せた。「会いたかった」
またもや涙が頬を濡らす。
「私も……どんなにこの日を待ち望んでいたことか……」
私たちは見つめ合う。
フレデリック様の端正な顔がゆっくりと私に近付いいてくる。
私も、自然と瞳を閉じた。
そのとき、
「危ない!」
突如、フレデリック様が私を抱きしめながら地面に転がった。同時に、バリバリと耳をつんざくような高音を鳴らしながら黒い稲妻が私たちの上を過ぎった。土煙が舞い上がる。暗い砂塵の中にゆらゆらと人影が見えた。
「フレデリック殿下……」
侯爵令嬢の鈴を転がすような声が響いた。静かな足音がする。埃まみれの霧が晴れて、だんだんと彼女の姿が見えて、
「っ……!」
彼女の様子を認めてぞくりと鳥肌が立った。口角は上がっているけど糸で無理矢理吊り上げたみたいに酷く不格好で、赤紫の宝石のような蠱惑的な瞳は墨を垂らしたように濁っていた。まるで生気が感じられない古い人形のような異様な雰囲気だった。
「殿下、迎えに来てくださったのですね。嬉しい! さぁ、婚約式に参りましょう」と、彼女は歪んだ笑顔をフレデリック様に向ける。
「……その魔法、闇属性だな」と、彼は彼女を睨め付けた。
「えぇ、そうですわよ。素敵な魔法でしょう?」と、彼女はくすくすと笑う。
「闇魔法の持ち主は国に報告義務がある。お前もリーズの貴族なら知っているはずだ」
「あら? そうでしたっけ?」侯爵令嬢は惚けた顔で首を傾げる。「すっかり失念していましたわ」
「舐めているのか……?」
フレデリック様の顔が一層険しくなった。
「そんな、怖い顔をなさらないで。わたくしたちはこれから夫婦になるのですし」
「ディアン・ルーが守護神のリーズの王族が闇魔法の持ち主と婚姻するわけないだろう」
「因縁のある光魔法と闇魔法の使い手が添い遂げるなんて素敵ではありませんか。まさしくリーズ王国の歴史を塗り替える美挙ですわ。わたくしたちで新たなリーズ国の物語を作るのです」
「はっ、反吐が出るな。第一、僕の婚約者はリーナだ。お前はお呼びでない」
「まぁっ、またそんな勝手次第なことをおっしゃって。国王陛下からも王太子としての自覚を持ちなさいと、言われてますでしょう? いけませんよ、殿下」
「……父上への差金も、お前の仕業か」
「あら、ばれちゃいました?」侯爵令嬢はくすりと笑って「国王陛下は政の腕はたしかですが、魔力は全然ですね。簡単に落ちましたわ」
「お前は自分でなにを言っているのか分かっているのか? 国王に暗示を掛けるなんて重罪だぞ」
「もちろんですわ。殿下もいずれわたくしが魔法で魅了して差し上げますからご安心くださいませ。大丈夫ですわ、すぐになにも考えられなくなって、わたくしの操り人形になるだけですから。――でも、その前に……」
侯爵令嬢はおもむろに私に目を向けて、
「二人の輝く未来に邪魔な皇女に消えてもらいませんと!」
どうと大地を突き上げるような鈍い音を立てて、黒い魔法の弾が花火のように広がり私に飛んで来た。
「させるか!」
フレデリック様が光の防壁を張って弾き飛ばす。すぐに侯爵令嬢の二度目の攻撃。跳ね返す。崖崩れのようなけたたましい音が辺りに響いて、屋敷が揺れた。
しばらく二人の攻防が続く。膨大な魔力が明滅するように現れては消えて、突風が私たちを襲った。
フレデリック様の息が上がる。短時間で一気に魔力を消費したせいだ。だんだんと力が削られていくのが感じられた。
一方、侯爵令嬢は魔力の底がないかのように平然と魔法を放っていた。いえ……魔力は枯渇するどころかどんどんと増しているような……。
時間がたつごとに、フレデリック様が押されているのが目に見えて分かった。不味い、このままでは侯爵令嬢に押し切られるわ。なんとかしないと……。
「くっ……!」
フレデリック様がついに彼女の魔力に押し負けてよろめいた。
「あら、もう終わりですか? 意外にあっけないですわね。ふふ……浮気者には仕置が必要ですわ」
侯爵令嬢の右手に黒い霧が渦巻いた。
そのとき、床が微かに黒光りするのを私は見逃さなかった。
そうか、まだ床一面の魔法陣は生きている。きっとあれが彼女の力の源なのね。狩り大会のときも奇怪な魔法陣から無限に魔獣が現れていたわ。あれを叩けば……!
私は全身の神経を集中させて、急いで呪文を唱える。そして魔力を侯爵令嬢の魔法陣に注ぎ込むように一筋放った。以前机の上に落書きをされたときに、凍結させて破壊した魔法の応用だ。
すると、黒い魔法陣がひっくり返るように一気に凍り付いて白く染まった。
「なにをっ……!」
私は挑発するようにニッコリと笑顔で侯爵令嬢を見ながら足元の氷を踏んづけた。パリン、とひび割れるような音がしたと思ったら、連鎖してバリバリと鏡が割れるように全てが破壊された。
蜘蛛の糸のように部屋中に立ち込めていた侯爵令嬢の魔力が薄くなったのを感じた。
「フレデリック様!」
私は彼に目配せをする。彼はこくりと短く頷いた。
狩り大会のときを思い出す。フレデリック様と初めて一緒に戦った日。互いの魔力を溶かし合うように呼応させて、初めて彼と心が通った気がした、あの日。
今も、彼の考えていることが魔法を通じて伝わってくる。
次は彼の渾身の一撃が来る。私はそれに自分の魔法を繋ぐのだ。
「この死にぞこないがあぁぁぁぁぁっ!!」
侯爵令嬢は亡者のような恐ろしい形相で、私に向かって来た。私は逃げずに冷静に詠唱を続ける。
「お前の相手は僕だ!」
フレデリック様が巨大な柱のような光魔法を彼女に放った。侯爵令嬢は振り返る。防御。弾かれた。
刹那、私は床から天井まで届くような大きさの氷の鏡を数枚ほど弧を描くように構築した。それらの中心には侯爵令嬢。
弾かれた光魔法は氷の鏡を反射して広がって、中央の侯爵令嬢に飛んで行く。更にフレデリック様が止めを刺すように、もう一発魔法を放った。四方八方から取り囲まれるように魔法が迫ってくる彼女の逃げ場は、もうない。
「きゃあぁぁぁぁぁっ!!」
次の瞬間、視界が真っ白になった。




