55 光差す道へ③
私はオリヴィアに手を引かれて、彼女に導かれるままに前へ進む。
さっきから二人とも無言で、二つの足音だけが重々しく会話をしていた。心なしか、お祭の中心部からどんどん離れていっている気がするんだけど……。
「ねぇ、オリヴィア。ハートの噴水は反対方向だと思うんだけど……」
私はしびれを切らしてオリヴィアに問いかけた。
彼女はにっこりと笑って、
「えぇ。こっちでいいのよ」とだけ答えてまた黙り込む。私は一抹の不安を覚えながらも彼女に付いていった。
そして、
「えっと……ここが、噴水……?」
私は目をぱちくりさせた。彼女から連れて来られた場所は、街外れにある古めかしい屋敷だったのだ。
いえ……古いというか廃墟のような様子で、かつては豪奢だったと思わせる建物が長年野ざらしにされて、ところどころ朽ち果てて今にも亡霊が出そうな雰囲気を醸し出していた。
「行きましょう」と、オリヴィアは私の戸惑いなんて気にも留めずに中へと入って行く。
私は慌てて彼女を追い掛けて、
「ちょっと、オリヴィア! 一体どうしちゃったの? なんだか変よ」
オリヴィアはふと足を止めて振り返る。彼女の表情に思わずぞっとした。瞳からは輝きが消えて、まるで血の通っていない人形のように感情が消え去っている。
「変……?」
「そ、そうよ。なんだか、いつもの優しいあなたじゃないわ。なにかあったの……?」と、私は彼女の纏う空気に気圧されながらもおそるおそる尋ねた。
「なにかあった?」彼女は冷笑する。「あなたがわたしをずっと欺いていたんでしょう?」
「えっ……!?」
私は凍り付いた。真冬の小川に浸したように、指先が瞬時に冷たくなる。
私が……欺く? 親友のオリヴィアのことを? そんなの、あり得ないわ!
オリヴィアは再び前を向いてすたすたと歩いて行った。
「ま、待って!」と、私も彼女を追う。
屋敷の中は黄昏のように仄暗くて、覚えずぶるりと背中が寒くなるくらい薄気味悪かった。
オリヴィアは奥の部屋へと向かう。不安を覚えながらも付いて行くと、扉の隙間からぼんやりと明かりが見えた。
中に入ると――、
「あら、意外に早かったのね」
「フローレンス様!?」
そこには、フローレンス・フォード侯爵令嬢が優雅に椅子に腰掛けて悠然と待ち構えていた。
彼女はこれから国の公式行事でも参加するのかと思わせるようなシルクのローブモンタントを着ていて、嬉しそうにニコニコと笑みを浮かべていた。
「ど……どういうことですか?」
私は動揺のあまり二、三歩あとずさった。オリヴィアとフローレンス様……なぜ二人が一緒にいるのか、なぜ私をこの場に呼んだのか……わけが分からない。
フローレンス様はくすりと笑って、
「わたくしはこれから王太子殿下と婚約式があるの。だから、その前にエカチェリーナ様に挨拶をしようと思って」
「なっ……!?」私は目を見張った。「知って、いたの……?」
冷や汗が流れる。そのことをいつ知られたの? セルゲイとグレース以外に口外していないのに……。
それに、これからフレデリック様と婚約式って、どういうこと……?
「知っていた、ですって……?」フローレンス様に代わってオリヴィアが口を開いた。「本当にリナはエカチェリーナ様だったのね。ずっとわたしのことを騙していたんだ……」
「ち、違うわっ!」私は全力で否定をする。「私はオリヴィアを騙すつもりなんてない! ただ、政治的な問題があるので周囲に漏らさないようにって連邦国から言われていただけよ!」
「じゃあっ!」オリヴィアは負けずに大音声で叫ぶ。「じゃあ……なんでグレースは知っていたの!? あんなにリナに意地悪をしていた彼女が秘密を知っていて、入学以来ずっと友達だったわたしには、なんで教えてくれなかったの!?」
「それは……たまたま偶然が重なっただけ――」
「嘘っ! グレースとセルゲイと一緒になって、なにも知らないわたしのことを笑っていたんでしょう!?」
「そんなことないわっ! 私のせいであなたを傷付けたのなら……本当にごめんなさい。でも、あなたのことを馬鹿にしたりするつもりなんてない! お願い……信じて、オリヴィア!!」
「…………」
オリヴィアは俯いたまま黙り込んだ。私もこれ以上なんて言えばいいのか分からずに沈黙する。胸が痛かった。
頭の中は後悔でいっぱいだった。彼女の様子がおかしかったのは自分の責任だったなんて……。私が大切な親友のことを蔑ろにして、しっかり彼女と向き合っていなかったから……。
「あっはっ!」
はっと我に返ると、フローレンス様がおかしそうに声を上げて笑っていた。その姿は普段の優美な淑女の彼女と乖離していて、ぞわぞわと鳥肌が立った。
「おっかしい~。ねぇ皇女様、あなたって本当に惨めで滑稽な人生ね。婚約は解消になって、平民落ちして、そして友情も壊れて……いっそのこと革命で華々しく散っていたほうが幸せだったんじゃない?」
「なんですって……」
怒りで、身体が揺れた。目の前の無礼な侯爵令嬢を思い切り睨め付ける。
「あはっ、怒ってるの? でも平民如きに激昂されても痛くも痒くもないわ。――さ、時間がないわ。そろそろ仕上げといきましょうか。ミルズ男爵令嬢、例のものを出しなさい!」
侯爵令嬢がオリヴィアに視線を向けると、彼女はおもむろにポケットから巾着袋を出した。そしてゆっくりとその中身を取り出す。
「それは……!」
オリヴィアが手にしたものは、アレクサンドル皇家に代々伝わるブルーダイヤモンドの首飾りだった。




