54 光差す道へ②
「オリヴィア!」
「楽しんでいるみたいね」
オリヴィアはいつもの穏やかなアルカイックスマイルを浮かべてこっちに近寄って来た。
「えぇ! オリヴィアもお祭楽しんでいる?」
「えぇ、とっても。――その髪飾りは?」と、オリヴィアは私とグレースを交互に見た。
「あぁ、これね。セルゲイがプレゼントしてくれたのよ。グレースがずっとお揃いにしたいって言ってて」
「そう……。二人ともとっても似合うわ。まるで姉妹みたい」
「本当っ!?」と、グレースが嬉しそうに大声を上げた。
「ありがとう」私は苦笑いをする。「――ところで、オリヴィアは一人なの? 子爵令息は?」
「彼とは今の時間は別行動なの。……だからリナと回ろうと思って。さ、行きましょう?」
オリヴィアは私の手を取って有無を言わせずにすたすたと歩き始めた。
「えっ!? ちょ、ちょっと……」
「ちょと待ちなさいよ!」
グレースが私の反対側の腕を強く握りながら引っ張った。
「……なに?」とオリヴィア。
それはたった一言だけど氷のような冷たい語気で、普段の彼女とはかけ離れている姿に私は背筋が寒くなった。
なんだか、いつものオリヴィアじゃない感じ。
グレースは怯まずに、
「リナはこれからあたしとハートの噴水を見に行くのよ! 勝手に連れて行かないで!」
「それだったらわたしがリナを連れて行くわ」
「はあぁぁぁっ!?」
「グレース、セルゲイ!」剣呑な雰囲気の二人を引き裂くように、私は大声で彼らの名前を呼んだ。「悪いけど、私はしばらくオリヴィアと回るわ。そうね……一時間後にここで落ち合うってことでいいかしら?」
「そんな――」
「分かったよ、リナ」私の意図を察したのか、セルゲイは今にもオリヴィアに掴みかかろうとするグレースを制止して「しばらく二人で楽しんできてくれ」
「ありがとう。じゃあ、またね。さ、オリヴィア、行きましょう?」
今度は私からオリヴィアの手を取って一緒に歩き出した。彼女はニコリと微笑む。でも、そこには彼女らしい陽だまりのようなほっとする温かさはなかった。
私は隣を歩くオリヴィアをちらりと見やった。どう見ても様子がおかしい。
彼女とは最近ゆっくり話ができなかったから、その間になにか不穏なことでも起きたのかしら。私になにかできることがあればいいんだけど……。
◆◆◆
「なんで止めたのっ!?」
リナとオリヴィアを呆然自失と見送ったあと、グレースは正気になってセルゲイに食ってかかった。
「今日はあたしがリナと一緒に回る約束をしていたのにっ!」
セルゲイは軽くため息をついて、
「あのなぁ、グレース。君は最近リナを独り占めしすぎなんだよ」
「はぁ?」
グレースは顔をしかめた。それの、なにが悪いのかしら?
「いいか、リナは入学以来ずっとオリヴィアと行動をともにしていたんだ。それを君が無意識にしろ阻害して、ここ数日の二人は少し軋みが生じていた。ちょっとは自覚しろ」
「だって……あたしはリナの大親友なのよ! 常に一緒にいてもいいじゃない!」
「じゃあ、オリヴィアは? 彼女は入学してからずっと意地の悪い令嬢たちから嫌がらせを受けていたリナを隣で守っていたんだぞ。君がリナを平民だと侮辱したときも、彼女はその平民と率先して親しくしていた。リナのもう一人の大親友であるオリヴィアにも、リナと一緒にいる権利がある」
「そ、それは……」
グレースは口ごもった。取り返しのつかない過去の愚行が、自身の胸をチクチクと突き刺す。
「ちょっとは他人の気持ちも考えろ。君の悪い癖だ。ま、今回ははっきり言わないリナも悪いけどな」
「…………」
「これはリナとオリヴィアが向き合ういい機会なんだ。一時間くらい我慢しろ」
「分かったわ……」
グレースは悄然と頷いた。
たしかにあの日以来、頭の中はリナのことでいっぱいになって周りが見えていなかった。恩人であるエカチェリーナ様に奇跡的にお目にかかれて舞い上がっていたわ。言われてみればジェシカとデイジーからも「リナにまとわり付きすぎ」って苦言を呈されていた。
……オリヴィアには悪いことをしたのかも。
そうね……もう少し、周囲を俯瞰できるようにならなければいけないわ。きっとエカチェリーナ様の侍女になるのに必要な能力なはず。エカチェリーナ様が王太子妃になったら、あたしが侍女頭になるんだから!
――そんなグレースの妄想なんてつゆ知らずのセルゲイは、彼女がやっと理解したものだと満足げに頷いて、
「よし、俺たちもどっかで時間を潰すか。二人でミルキーウェイ・リヴァーでも行く?」
と、からかうようにニヤリと笑ってみせた。
「いっ……行かないわよっ!!」
グレースは顔を真っ赤にして叫ぶ。
◆◆◆
「もうっ、お兄様遅いっ! 何時だと思ってるの!?」
お忍び用のドレスを着てすっかり用意万端のアメリアは、遅れてやって来たフレデリックを認めるなりぶーぶーと文句を垂れた。
「ごめん、ごめん。ちょっと仕事が立て込んでいてね」
フレデリックはポンと従妹の頭を撫でる。すると彼女はみるみるご機嫌になって、従兄に抱きついた。
フレデリックは祭典の当日に王都に到着した。
そして大急ぎでお忍び用の服に着替えて、その足でシェフィールド邸へ向かって叔父である公爵とこれからの行動について話し込んだ。
公爵は可愛い甥っ子を慮ってくれていて、今日のために騎士の手配やその他の事前の根回しまで済ませておいてくれた。また、シェフィールド公爵家は旧帝国の皇女の後ろ盾になると確約もしてくれた。
あとは、エカチェリーナを迎えに行くだけだ。
「ねぇ、お兄様。早くお祭へ行きましょう!」と、なにも知らないアメリアが無邪気に笑う。
「そうだね」と、フレデリックはふっと微笑んで「まずはリーナのところに向かおうか」
「えっ……!?」
アメリアは従兄の想定外の発言に硬直した。
「リーナ……お姉様が見つかったの?」
「あぁ! アミィの魔法の先生だよ! 早く家庭教師に戻って来てもらえるようにお願いしなきゃね」
アメリアはつぶらな瞳を少しの間ぱちくりさせて、
「うそっ!? 本当にっ!? リナがリーナお姉様だったの!?」
「そうだよ。さ、一緒に彼女を迎えに行こうか」
「うんっ!!」
フレデリックとアメリアが公爵家を出たその時だった。
「王太子殿下」
振り返ると、数人の近衛騎士たちが彼らを待ち構えていた。それは国王直属の選りすぐりの騎士たちだった。どの人物も強靭な肉体で、少しも隙のない峻厳な雰囲気を持っていた。
「なんだ」
フレデリックの声色も自然と厳しくなる。
「我々とともに至急王宮までお戻りください。国王陛下がお呼びです」
「父上が?」
「はい。本日、午後よりフォード侯爵令嬢との婚約式を執り行うそうです。ですので、ご準備を」
「なっ……!」フレデリックは目を見張った。「婚約式は来週のはずだぞ!?」
「侯爵家からの提案だそうです。国の象徴である守護神の祭典に婚約を発表したほうが国民も盛り上がるのではないかと」
あの女……と、フレデリックはぎりりと唇を噛んだ。
「参りましょう、殿下」
「私は戻らぬと父上に伝えろ」フレデリックは手を振って拒絶する。「当事者の私が不在の間に事を進めるとは不愉快極まりない。婚約式の日程を変えるつもりはない」
そんな日は永遠に来ないがな、と彼は心の中で嘲笑した。
「王命です、殿下」
「なんだと?」
フレデリックは息を呑んだ。
近衛騎士は矢庭にフレデリックの眼前に書面を突き付けた。そこには王のサインもしっかりと書かれれてあった。紛れもない本物だ。
フレデリックは唖然とする。
父上はそこまでして嫡男と侯爵令嬢と婚約させたいのだろうか。普段は思慮深い父上にしては性急すぎて、首を傾げるばかりだ。
まさか……あの女の毒牙が父上にも……?
「王命は絶対です。たとえ王太子殿下でも拒否をすれば反逆罪にあたります」と、近衛騎士たちは剣の柄に手をかけた。




