51 本当の友達
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グレースがリナに四六時中べったりとくっついている様子を遠目で眺めて、オリヴィアは少し胸が痛んだ。
二人はどうしてあんなに突然に仲良くなったのかしら?
グレースは入学以来、蛇蝎のごとくリナのことを嫌っていた。リナへの数々の嫌がらせの首謀者は彼女といっていいくらいの、それは酷い仕打ちをしていた。
それが、たった一日で仲良くなっちゃうものなの?
和解するどころか、リナのことを凄く慕っているのはなぜ?
リナが特別な子なのは知っている。
平民なのに魔法も勉強も常にトップで、透き通った綺麗な顔をしていて、誰よりも優しくて、そして数多くの理不尽な嫌がらせにも負けない誰よりも強い女の子。
オリヴィアはそんなリナのことが大好きだし、リナが自分と特に親しくしてくれることが嬉しかった。
でも……、
最近のリナはグレースと常に一緒。
わたしは、蚊帳の外。
本当は今度のお祭もリナと二人で回りたかった。リーズ王国に来て初めてのお祭を体験する彼女にいろいろ見せてあげたかった。
でも、その役目もグレースに取られてしまった。
いけないと思っても、もやもやと嫉妬心が起きてしまう。なんだかこのままリナがどこか遠くへ行ってしまいそうで、胸が波立った。
「ちょっと寂しいな」
「えっ」
振り返ると、セルゲイが苦笑いでリナたちの様子を見ていた。
「俺もここのところ学園で全然リナと話せてないんだよ」と、彼は肩をすくめる。「グレースのやつ、極端だからなぁ。全く、面倒くさい女だよな」
「……セルゲイは別の意味でリナと気まずくて話せないんでしょう?」
「なっ……!?」
セルゲイは目を見開いて、硬直した。
オリヴィアはくすりと笑って、
「ついにリナに愛の告白をしたの?」
「な、なんで分かった!?」
セルゲイの彫刻のように整った顔がみるみる上気した。これほど狼狽する彼も珍しい。
「ここ数日の二人の様子を見ていれば分かるわ」
「リ……リナは俺のことを君になにか言っていたか?」と、セルゲイはおそるおそる訊く。
「……特になにも言っていないわよ」と、オリヴィアは微かに眉を曇らせた。
「そうか……。しかしさすがリナの親友だ、よく見ているな」
セルゲイがなんの気なしに発した「親友」という言葉にオリヴィアの胸はチクリとした。
「しんっ……」と、言いかけたところで彼女は口を噤む。
「どうした?」
「セルゲイがリナのことを好きなのはバレバレなのよ!」
オリヴィアは暗い感情を打ち消すように、努めて明るく言ってみせた。
「えっ!? そうなのか!?」
にわかにセルゲイの顔が引きつる。
「むしろ、なんで気付かれないと思っていたの?」
「マジかよ……」
セルゲイは落胆しながらそろそろと去って行った。
その様子を眺めながら、オリヴィアはくすくすと笑った。
セルゲイがリナに好意を寄せているのは一目瞭然だ。それを気付かれていないと思っていたなんて、なんて鈍感なのだろう。気付いていないのは同じく鈍いリナ本人だけだ。
その二人が少しぎくしゃくしているのはすぐに分かった。ついにセルゲイがリナに想いを伝えたのだろう、ということも。
でも、リナはそのことをわたしには全く相談をしてこなかった。
わたしは子爵令息との仲のことを彼女にいつも相談しているのに、彼女はわたしにはセルゲイとのことを一言も話してくれなかった。
なんで、言ってくれないんだろう。
悩んでいるのなら喜んで相談に乗るのに。
ひょっとして……グレースは二人に起きたことを知っているの?
――と、考えれば考えるほど、疑心暗鬼になって頭の中を黒い思考が支配していった。
わたしは、本当にリナの親友なのかな……。
◆◆◆
「あら、今日は一人なのね」
オリヴィアがとぼとぼと校舎を歩いていると、前方からフローレンス侯爵令嬢が彼女に声をかけた。
「フローレンス様、ご機嫌よう」
オリヴィアは慌ててカーテシーをする。リナから教えてもらった淑女の礼だ。
リナは平民なのに、なんでも知っている。貴族の礼儀作法もたくさん教えてくれた。帝国時代に本をいっぱい読んで学んだらしい。自分なんか到底敵わない、本当に凄い子だ。
「ご機嫌よう、ミルズ男爵令嬢。あなたがリナさんと一緒にいないなんて、珍しいわね」
「そ……そうかもしれませんね」と、オリヴィアは俯く。
「まぁ、もしかして喧嘩でもしたの? 宜しければわたくしが仲裁に入って差し上げましょうか?」と、フローレンスは語りかけるように優しく囁く。
その言葉を聞いて、オリヴィアはにわかに胸がつまって泣きそうになった。
新興貴族であるミルズ男爵家は財産は潤沢にあるが歴史がなかった。
そのため、昔からの貴族たちに成り上がりだとよく揶揄されていた。一人娘のオリヴィアも例外ではなく、学園でもグレースをはじめとする令嬢たちから小馬鹿にされていた。
そんなとき、フォード侯爵家がミルズ家に手を差し伸べてくれた。
おかげで貴族たちの計略により一時期は経営が危うくなっていた家の事業もまた軌道に乗って、更にフォード家の派閥に入ることによって令嬢たちからの嫌がらせも次第になくなっていった。
フローレンス自身も面倒見が良くて、つい半年ほど前は平民だったオリヴィアのことも気に掛けてくれていた。リーズ貴族のルールやマナーを教えてくれて、令嬢として困ったことがあると気さくに相談に乗ってくれた。だから彼女は密かにフローレンスに憧れていたのだった。
リナとはちょっと違うタイプの素敵な令嬢……オリヴィアにとってフローレンスは「貴族の令嬢」としての目標だった。
「い、いえ……喧嘩というわけでは……ただ…………」
「ただ?」
「彼女は今は他の子とのほうが仲がいいみたいで……」
「それはひょっとしてパッション伯爵令嬢のことかしら?」
「っ………!」
図星を指されたオリヴィアは二の句が継げずに黙り込む。なんだか惨めな気分だった。
「そう……。あのパッション伯爵令嬢が突然の心変わりで平民と親密にしているって噂になってはいたけど、どうやら本当のことみたいね」
「はい……」
フローレンスはにっこりと微笑んでみせて、
「彼女がなぜリナさんのことを突然慕いだしたのか知ってる?」
「ど……どういうことですか……?」
オリヴィアは目を丸くした。ゾクゾクと背中が寒くなる。
「伯爵令嬢の心境の変化には理由があるのよ。彼女は……リナさんからある秘密を教えてもらったみたいなの」
「えっ……?」
オリヴィアは困惑した表情でフローレンスを見た。
リナの秘密? グレースが知った? わたしは、そんなの聞いていない。
頭の中がじわじわと仄暗く染まっていく。
「リ……リナの秘密って……?」
オリヴィアは震えた声で尋ねる。卒然と胸が早鐘を打った。
自分は知らなくて、グレースは知っている、親友の秘密。
知りたいけど、知るのが怖い……。
フローレンスはニヤリと不気味な笑いを浮かべて、オリヴィアの眼前に人形のような顔を近付けた。ちょうど西日が差して、校舎の影で二人を黒く包み込んだ。
「リナさんの本名はエカチェリーナよ。あとは言わなくても分かるわよね……?」
「そんなっ……!?」
オリヴィアはあまりの衝撃に総毛立った。しばらく息をするのも忘れたほどだ。目がチカチカして耳がキンキンと鳴り響いた。
リナが……エカチェリーナ様?
そんな、ありえない!
でもフローレンス様が嘘をつくはずがないし、近頃のグレースの軟化しすぎた態度を見る限りでは、リナがエカチェリーナ様だからこその姿勢なのだと頷ける。
「驚くのも仕方がないわ」と、フローレンスはオリヴィアの頭を優しく撫でた。「でも……リナさんも酷い人ね。一番の親友であるあなたに大事なことを黙っているなんて。本当に薄情な子……」
親友……?
その単語に吐き気がした。
親友なのに、リナの本当の名前さえ知らなかった。
親友なのに、リナはわたしに本当のことを話してくれなかった。
親友なのに、リナにずっと意地悪をしていたグレースより自分は信頼されていなかった。
親友なのに、親友なのに――……、
わたしたちって、本当に友達なの?
茫然自失としているオリヴィアの姿を眺めて、フローレンスはほくそ笑む。
そして、震えるオリヴィアの背後から包み込むように両肩を掴んで、
「可哀想なミルズ男爵令嬢……。リナさんに騙されて裏切られたのね。でも大丈夫よ、あのね……」
フローレンスはオリヴィアにそっと耳打ちをする。
オリヴィアの瞳から光が消えた。




