46 燃える思い出
「嫌ぁぁぁぁぁぁっ!!」
私は叫びながら、ぼうぼうと燃え盛る紅蓮の炎の中に飛び込んだ。
「リナっ!」
すんでのところでセルゲイがぐいと引っ張って私を制止をする。
「離して! 私の手紙がっ!」
「危ないだろ! 大火傷するぞ!」
「でもっ!!」
瞳から堰を切ったように涙が溢れ出した。それは滝のように流れて視界を塞いで、炎と手紙の区別がつかなくなる。……いえ、これは手紙が燃えて炎の中に消えていっているんだわ。
私の手紙――フレデリック様からいただいた数々の言葉が目の前で消えていく。
「あんたが泣き喚く姿なんて初めて見たわ。愉快ねぇ」と、グレースは次々に手紙の束を火炎の中に放り込んでいった。
「やめてぇぇぇぇぇっ!!」
私は金切り声を上げて大音声で叫ぶ。
すぐにでも火の中に入ってフレデリック様の手紙を取り戻したい。でも、セルゲイの頑丈な肉体はいくら力を込めても振り払えなかった。
「あはは! いい気味だわ!」
グレースの手は止まらない。手紙の束はどんどん燃えてなくなっていく。
私たちの思い出も灰になっていく。
フレデリック様が……消えていく。
「やめろ、グレース! こんなことをやっても、君が後悔するだけだ!」
「はぁ? あたしが後悔? なにを馬鹿なことを言っているの? 平民はこれを機に自身の言動を省みることね」
「……っく…………ひっく…………フレ……デリック様……………………」
私は蚊の鳴くような声で彼の名前を呼ぶ。
でも、返事が来るはずがない。
火の勢いが強くなった。
辺りもだんだんと暗くなって、影が濃くなった。
ふいにグレースが持つ手紙の束の麻の紐がほどける。手紙は風に吹かれた花弁のようにふわりと広がって宙を舞った。私は思わず手を伸ばすが、それらは地面に落ちる前に炎の壁の中に儚く溶けた。
「あら?」
ひらひらと一枚の便箋がグレースの足元に舞い降りる。彼女はおもむろにそれを拾った。
「グレース! 返して!!」
「嫌よ。――そうだわ、話の種に平民の愛の囁きでも読んでみましょうか。きっと滑稽だわぁっ!」
「やめてっ!!」
「やめろっ、グレース!」
グレースは冷たい笑いを浮かべながら二つ折りの便箋を開いた。
「ええっと……親愛なるエカチェリーナ様 いかがお過ごしでしょうか? リーズはまもなく夏になります。僕は今年も小さなお姫様と避暑地へ向かう予定です。帝国人のあなたがこちらに来たら真夏の暑さに驚いてしまうかもしれませんね。だからリーナ専用の別荘を建てようかと考えているのですが、真面目なあなたのことだから税金の無駄遣いだって怒るでしょうか――」
グレースはかっと目を見開いて炎越しに私と手紙を交互に見た。そしてまた手紙に戻って食い入るように見つめる。
「――早く君に会いたい フレデリック・リーズ…………!?」
グレースはその場に凍り付いた。
そして、彼女の濁った瞳に再び光が輝いた。
「その手を離しなさいっ! セルゲイ・ミハイロヴィチ・ストロガノフっ!!」
それと同時に私が叫ぶ。
セルゲイは一瞬だけ力を緩めた。その隙に私は彼の腕からするりと抜け出して炎に向かって手を伸ばす。
「殿下!!」
「エカチェリーナ様っ!! 駄目えぇぇぇぇっ!!」
グレースのほうが早く炎の中に突っ込んだ。そして半分灰になった手紙を半狂乱で掻き集める。
「グレース! まずは魔法を止めろ!」
「で、でもっ! エカチェリーナ様のお手紙がっ!!」
「いいから! 早くっ!」
グレースは慌てて呪文を詠唱して炎を消した。
あとに残ったのは、灰になった手紙と黒焦げて煤だらけの顔のグレースだけだった。彼女は真っ青な顔をしてガタガタと打ち震えていた。
私はよろよろと半歩前へ出て跪く。グレースもその場にへたり込んで、綺麗な顔をしわくちゃにさせながら号泣していた。
真っ黒になった手紙にそっと手を触れる。
それらは簡単に砕けて、煙のように消えた。
「は、はは……」
乾いた笑いが出た。
全部……全部なくなった。フレデリック様の手紙が。私たちの思い出が。
もう、二人を繋ぐものはなにもない。
唯一の拠り所が消えて、私は本当にただの平民になってしまったような気がした。




