38 侯爵令嬢のお茶会③
「あちらに行きましょうか」
そのテーブルにはアメリア様と同年代の貴族の子女たちが5、6人集まってお茶とお菓子を頬張りながら、楽しそうにわいわいとお喋りをしていた。
卒然と、アメリア様の足が止まる。
「アメリア様?」
彼女は梃子でも動かないとばかりにその場に踏ん張って、押しても引いても駄目だった。
「どうしたのですか? 行きましょう?」と私が言っても、彼女はふるふると首を横に振るだけだ。
「だって、なんて話しかければいいか分かんないもん……」
アメリア様はすっかり怖気付いていた。屋敷では威勢がいいのに、意外に内弁慶な子なのよね。
「大丈夫ですよ。ご機嫌ようって挨拶をして、アメリア・シェフィールドですって言うだけですから。あとはお友達のお名前を聞けばいいんです。それで知っている家門だったら、そこから話を広げればいいのですよ」
「で、でもぉ……」
「じゃあ、俺と一緒に行こうか」
「「セルゲイ!」」
振り返ると、芸術品のような美形の公爵令息がすぐ側まで来ていた。アメリア様はウサギのように俊敏な動きで彼にピュッと抱きつく。
「来ていたのなら声をかけてくれればいいのに、水臭いな。人混みを掻き分けて追いかけて来たんだぞ」
「だってセルゲイはずっと令嬢たちに囲まれていたじゃない。あんなの誰だって輪の中に入れないわよ」
セルゲイは苦笑いをして、
「ああいうときは助けてくれよ……」
「平民の私には土台無理な話ね」
「セルゲイ」
そのとき、アメリア様が彼の上着をクイクイっと引っ張った。
「おっ、悪い悪い。さぁ、行こうか」
「うん。あっちにお菓子を食べに行く」
私とセルゲイは顔を見合わせて、
「よし、こっちのテーブルの子たちに話しかけに行こう」
「そうね。さ、アメリア様、行きましょう」
二人で無理矢理に小さなお姫様をテーブルまで連れて行く。彼女はムッと口を尖らせてはいたが、セルゲイのことは素直に従うようで渋々近くのテーブルまで進んで行った。
小さな貴族の子供たちが私たちに気付く。皆、静まり返って興味津々にこちらを見ていた。
「やぁ、皆。今日はこの子と仲良くして欲しいんだ」と、セルゲイが言うと、小さな令嬢たちはポッと頬を赤く染めた。セルゲイの威力は相変わらず凄まじいわね。
にわかに注目されて、アメリア様は身体がピンとしゃちこばった。
「アメリア様、頑張って! 公爵令嬢の凛とした姿を見せ付けるのです」と、私は背後から小声で囁いた。
アメリア様は頬を上気させながら、
「ご……ご機嫌よう」
ちゃんと挨拶できた。私はほっと胸を撫で下ろす。ここまで来ればきっとあとはなんとかなるでしょう。
「わたしはアメリア・シェフィールドよ」と、彼女が名乗ると令嬢たちは嬉しそうに自己紹介し合った。そして、弾けるようにどんどん話題が広がって、話に花が咲く。アメリア様もとっても楽しそうだ。年上もいいけど、やはり同年代の友人というものは大事よね。今日を機に彼女の交流が広がるといいけど……。
私がほんわかした気持ちになったときだった。
「コイツ、すっげぇ悪いヤツなんだぜぇ! 何人も家庭教師を辞めさせたって父上が言ってたぞ!」
出し抜けに隣に座っていた小さな令息が物知り顔で言ってきた。途端にアメリア様の眉がつり上がる。
「なんですって……?」
「皆言ってるぞ、シェフィールド公爵令嬢は我儘だって」
アメリア様はドンとテーブルを叩いて、
「違うわよ! わたしは生まれ変わったの。もう我儘なんかじゃないわ!」
「嘘つけ! 我儘令嬢!」
「黙りなさい! この白豚が!」
「しっ、白豚だとぉっ!?」
色白の令息は顔を真っ赤にさせながら叫んだ。
「そうよ。あなたは他人のことをとやかく言う暇があったら痩せなさい! あまりにも見苦しいわ。それに肥満は健康に悪いのよ。死にたくなければ食べるのを我慢して運動をしなさい!」
「な、ん、だ、とぉぉぉ~~~っっ!!」
「こらこらこら」
「二人とも止めて!」
一触即発の小さな貴族二人を私たちは慌てて止めに入った。二人とも子猫みたいにきぃきぃ怒っている。
「あなた、噂を信じる前に自分の目で確かめて! 彼女が皆とお話していて、そんなに我儘に見えた? アメリア様は人の身体のことを悪く言うのは駄目よ」
「「だって!!」」
二人は同時に大声を上げた。一瞬のうちに、場の空気が悪くなる。令嬢たちは怯えてしまって、今にも泣きそうだ。彼女たちをセルゲイが慰めているが、すっかり萎縮してしまっているようだ。
なんとか新しい空気に入れ替えなきゃ……そうだ!
「皆、見て!」
私は氷魔法で目の前に小さな氷のお城を作った。
「わぁぁっ!」
「すっごーい!」
「綺麗!」
さっきまで涙目だった子供たちの顔が日が照ったようにパッと明るくなる。
「アメリア様、先日できるようになった魔法でお城に明かりを灯してくださいな」
「あれね! 分かったわ!」
アメリア様は呪文を唱えながら手を氷の白に翳す。すると、ボワッと柔らかい光が流れ出して城をオーロラのように七色に染めた。
「わぁっ!!」と、子供たちから歓声が上がる。令息も「すっげぇ~~~!!」と興奮しながらそれに見入っていた。
「アメリア様は魔法の操作がちょっと苦手だったけど、努力してここまでできるようになったんですよ。我儘令嬢だったらこんなこと不可能ですから」
「あ……」
令息は黙り込んだ。
「……白豚なんて言って悪かったわね」とアメリア様がツンとしながらも謝った。
「オレも……ごめんな」
私は安堵した。二人が仲直りをして一安心だ。とりあえず公爵閣下に頼まれた任務は完遂できたかしら。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん。もっと魔法見せて」
「私も見たい!」
「分かったわ」
「リナは魔法学園の特待生なのよ? あなたたち、しっかり見て勉強しなさい」と、なぜかアメリア様が自分のことのように得意気に言った。
「特待生ってもう何十年もずっといなかったんでしょう? すごい!」
「お母様が学園に通っているときよりも、もっと前に一人いただけって聞いてるわ!」
「すっげぇ~~~っ!!」
私は彼女たちが満足するまで魔法を披露した。ちなみにセルゲイも魔法をせがまれたが、彼は炎の魔法の使い手なので危ないからと辞退したのだった。
◆◆◆
「なんなの、あれ……」
リナたちのいる騒がしいテーブルを冷めた目で令嬢たちが見ていた。
「付添人のくせに出しゃばり過ぎじゃない?」
「っていうか、平民なのになんで公爵令嬢の付添人なんてやっているの?」
「娼婦みたいなことでもやったんじゃない?」
彼女たちの平民への憎悪はなにかに掻き立てられるかのように、どんどん膨らんでいる。太陽が隠れて影もおぼろげに曇ってきた。
「やっぱり平民がここにいるのは気分が悪いわ」
「そうだわ、追い出しましょう」
「身分の違いというものを分からせてあげないといけないわ」
「そうね、そうしましょう」
「平民に恥をかかせてやりましょう」
「私にいい考えがあるわ……」と、名もなき令嬢が不気味に笑う。
黒い影が彼女たちを包んだ。




