36 侯爵令嬢のお茶会①
フローレンス・フォード侯爵令嬢の住まう屋敷は王城からも近く、まるで第二の城のような歴史を感じる佇まいだった。
フォード家の初代当主はリーズ王国の建国時に王の右腕として活躍していたらしい。なので、現在でも王家にとって重要な家門の一つだ。
私たちは到着すると屋敷の庭に通された。今日はガーデンパーティー形式らしい。天気も快晴で、とても気持ちの良い陽気だ。
広々とした庭は細部まで丁寧に手入れされていて、1ミリの狂いもなく切り揃えられた低木が庭を囲うようにシンメトリーに植えられて、その技術力に思わずため息が出るほどだった。
会場には既に多くの令息と令嬢が来ていて、とても賑わっていた。
新雪のような真っ白で精緻な模様を彫刻された円形テーブルと椅子が規則正しく配置されて、光沢のあるシルクのテーブルクロスの上には女の子の宝石箱に入っていそうな可愛らしい姿の甘いお菓子や軽食が並べられていた。茶器や食器も晩餐会でも通用しそうな一級品で、侯爵家の力の入れようがまざまざと伝わってくる。
「王太子殿下」
フローレンス様がこちらへ向かって来て、気品溢れるカーテシーをした。平民の私は彼の後ろで深く頭を下げる。
「やぁ、フローレンス嬢。今日はお招きありがとう」
「こちらこそ、来てくださってありがとうございます」
「…………」
アメリア様はとても緊張した様子で身体がしゃちこばっていた。息をするのも忘れているように、彼女だけ時間が止まっている。
「アメリア様、ご挨拶」慌てて私は背後から耳打ちをする。「練習通りやれば大丈夫ですよ。頑張って」
「ごっ……」
彼女の背中をそっと押すと、やっと声が出た。
「ご機嫌よう、フローレンス侯爵令嬢。本日はお招きありがとうございます」と言って、可愛らしくカーテシーをする。
「アメリア様、ご機嫌よう。本日はようこそいらっしゃいました」
アメリア様はきちんと挨拶ができたことに満足したのか、少し緊張が解けたみたいだ。こんなに大勢の人が来場している会は初めてらしいので実はちょっと心配だったけど、杞憂に終わりそうね。
「あら? 後ろの方は……?」
そのとき、フローレンス様が不思議そうに私のほうを見た。私は再び頭を垂れる。
「君も知っての通りのリナ嬢だよ。彼女は従妹の家庭教師をしていて、今日は付添人として来てもらったんだ」
「まぁっ、そうなのね。さすが特待生ね」
「恐れ入ります、フローレンス様」
「では、わたくしはホストとしての仕事がありますので、一旦失礼いたしますね。殿下、宜しければまたお話しましょう」と、フローレンス様は優雅に去って行った。
「ねぇ、リナ。わたしの挨拶はどうだった? ちゃんとできてた?」
さっきまでガチガチに緊張していたアメリア様が興奮気味に尋ねてきた。
「素晴らしかったです。カーテシーも綺麗でしたよ」
「そう? ま、わたしは公爵令嬢だからね。できて当然だわ」と、彼女は今度はおすまし顔で答える。私とフレデリック様は顔を見合わせてくすりと笑った。
「リナ嬢、今日はアミィをよろしく頼むね。もしマナー違反をしそうになったら遠慮なく咎めて大丈夫だから」
「かしこまりました、殿下」
今日は私は背後の壁となってアメリア様を見守るわ。
「わたしはマナー違反なんてしないわよ!」
「今日はお行儀良くできるかな? ――さ、どこから回ろうか?」
そのときだった。
「王太子殿下、御機嫌よう」
「本日はまさかいらっしゃるとは思いませんでしたわ」
「やはり、フローレンス様は特別だからかしら」
「殿下、あちらにお茶を用意しておりますので」
「王太子殿下ぁ~」
フレデリック様の周囲に引き寄せられるように令嬢たちがわらわらと集まって来た。そしてあっという間に彼が見えなくなる。
やっぱり、王太子となると令嬢たちに人気なのね。特にフレデリック様は人当たりが良いし、話し掛けたくなるのかもしれないわね。……あまり面白くないけど。
「…………」
「…………」
私とアメリア様はちょっとの間、令嬢たちがいなくなるのを待っていたが、
「リナ、行きましょう」
彼女たちが離れる気配が全くないのでしびれを切らしたアメリア様がすたすたと向こう側へと歩き始めた。
「えっ……ちょ、ちょっと! どこへ行かれるのですか?」
私は慌てて彼女を追いかける。
「セルゲイのところよ」
小さなお姫様はたくさんのお兄さんお姉さんたちの中を掻き分けて、愛しの公爵令息を一人で探しに行ったのだった。




