34 付添人
「付添人、ですか……」
「そうなの! 大きなお茶会は初めてだからリナも付いてきて!」と、アメリア様はわたしの腕をぎゅっと掴んだ。
私は彼女の期待のこもったキラキラした瞳を拒絶するように、苦衷の思いで首を横に振る。
「さすがに付添人は平民には務まりませんよ。ですので、すみませんが……」
「それは気にしないで大丈夫よ! お父様がリナがわたしの付添人になることを保証するって一筆書いてくれるって言っているから。もしなにか言われたらそれを見せれば問題ないわ」
「ですが……」
私は戸惑って、眉を曇らせた。
公爵令嬢が参加するお茶会――それも大規模なものとはそれなりに格の高い会だ。そこに平民の私がのこのこと無遠慮に付いて行くのはシェフィールド公爵家の評判をも落とす行為ではないのだろうか。
「リナ嬢、もし不安だったら僕も連名で署名するよ。それに、叔父上は君が平民だとか気にしていないと思うよ。言い方は悪いけど、シェフィールド家はそんな些末なことで貶められるような家門じゃないから」と、フレデリック様は不安げな表情の私を安心させるようにふっと優しく笑ってみせた。
「…………」
彼の笑顔に心が揺らぐ。
「それにアミィがこれまでにたくさんの家庭教師から逃げられているのは周知の事実だから、平民の君が来ても周りも納得するよ。もう平民にしか相手にされないんだな、って」と、フレデリック様は今度は可笑しそうにくつくつと笑った。
「もうつ! お兄様!」と、小さなお姫様は従兄をきっと睨み付ける。
「ははは、ごめんごめん」
「わたしはリナに出会って心を入れ替えたのよ! 今は素敵なレディになったの!」
「そうだったね。偉いね、アミィは」
「バカにしないで!」
二人のやり取りに思わずくすくすと笑ってしまった。
「そうですね、アメリア様はどんどん素敵になっていますからね」
「そうなの! わたしは素晴らしいレディになるの! だから、リナ! お願いっ!!」
アメリア様が小動物のようなうるうるとした丸い瞳で私を見上げる。うっ、そんな可愛らしい目で見られたら……。
「僕からも頼むよ、リナ嬢」と、フレデリック様も頭を下げた。
「そんな! 頭を上げてください!」
私はあたふたして両手をぶんぶんと振った。一国の王太子が平民に頭を垂れるなんて、絶対に駄目!
すると、アメリア様まで彼に倣ってペコリとお辞儀をしてくる。私は一気に血の気が引いた。
「分かりました! 分かりましたから! だから頭を下げないで~~~っ!!」
もうっ、外から護衛が険しい顔で私を見ているじゃない! 止めて~っ!
「本当かい?」と、フレデリック様はパッと笑顔になった。
「本当?」アメリア様も満面の笑顔を見せる。
「本当です。だから、お二人とも平民に軽々しく頭を下げないでください。もっとご自身の立場というものを自覚なさって?」
「そんな、お願いするのに身分なんて関係ないよ」
「そうよ!」
「あるのです! 良いですか、上に立つ者がけじめをつけないということは下に悪影響を及ぼします。少しくらいなら……などという甘い考えが規律――身位の高いお二人の場合は国でしょうか。国そのものを乱す呼び水となるのです。民を愛することは素晴らしい。ですが、線引きは大事ですわ。あなた方はリーズ国を背負っているのですから、言動には細心の注意を払うべきです。よろしくて?」
「「…………」」
フレデリック様もアメリア様も唖然として私を見た。
私ははっと我に返る。
しまった……! 平民がなに偉そうに王族を説教しているのかしら。けじめがないのは私のほうだわ。これは不味い……。
「もっ、申し訳ありませんでした!!」私は床に付きそうなくらい深々と頭を下げた。「出過ぎた真似をしてしまいました!」
背筋が凍る。これは……下手すればギロチン送りものだわ。あぁっ、護衛の視線が痛い!
「いや……」しばらくして、フレデリック様が口を開いた。「君の言う通りだ。僕たちが調子に乗りすぎた。友人だからってつい甘えてしまったね。済まない」
「わたしもお友達の前だから身分を忘れてしまっちゃってたわ……ごめんなさい」
「ゆっ……友人……」
私は目を丸くした。
王太子と公爵令嬢からそんな風に言われるなんて、恐れ多い。でも、嬉しい……。
「僕たちはもう友人だろ?」と、フレデリック様は首を傾げる。
「そうよ。リナはわたしのお友達よ」
「アミィにとっては先生だろ?」
「違うもん! わたしたちは親友なの!」
「ふふっ、そう思ってくださるなんて光栄です。ありがとうございます」
「いや、こちらこそ。僕たちに間違いを厳しく指摘してくれてありがたい。――その、アミィから聞いたけど君は元貴族だって?」
卒然と激しい頭痛がした。はぁ……そんな設定あったわよね。
「えぇ……まぁ……か、下位貴族でしたけど……」
自分でついた嘘が心を抉る。
「革命で没落したと聞いたが……ご家族は?」
「両親と兄がいましたが、今はもう……」
これは本当だ。
「そうか……。それは辛かったね」
「いいえ、もう大丈夫ですから」
「だが、今の身分だといろいろ大変だろう。現に学園では令嬢たちからの風当たりが強い。もし、家門を証明できるものがあったらリーズ国内の貴族に養子に入ることもできるが、どうだい? よければ僕が推薦するが……」
「いいえ」
私はまっすぐにフレデリック様を見つめて、
「私は平民として生きていくと決めたのです」
帝国滅亡と同時にエカチェリーナは死んだ。
私は平民のリナ。これから、ずっと、最期まで。
「そうか。余計な心配だったね。君の矜持を傷付けたのなら悪かった」と、フレデリック様は肩を竦めた。
「いえ、お気遣い痛み入りますわ。ありがとうございます」
◆◆◆
「ねぇ、フレディお兄様! さっきのリナ、貴族の令嬢っぽかったわね! とってもかっこよかったわ!」
帰りの馬車でアメリアが興奮しながら言った。
「そうだね。彼女はしっかりした令嬢の教育を受けていたんだろうね」
「やっぱり帝国は偉大だわ! 下位貴族でも凛としてて素敵なのね!」
「…………」
フレデリックは口を閉ざした。
下位貴族……?
いや、あの口ぶりは完全に上に立つ者の物言いだった。いくら帝国でも……いや、巨大な帝国だからこそ上下の区別はしっかりと付けるはずだ。子爵令嬢や男爵令嬢からあんな言葉は、あり得ない。
「お兄様?」
アメリアがきょとんとして首を傾げた。
「あぁ、ごめんごめん。考えごとをしていたよ」
「もうっ、お兄様ったら」
「ごめんね」と、彼は可愛い従妹の頭を撫でた。
シェフィールド公爵の話によると、彼女はアメリアと初対面の際は臆することなく堂々と公爵令嬢と渡り合ったらしい。そして今では従妹は彼女のことを大いに慕っている。何人もの家庭教師を辞めさせた問題児のあの子が。
果たして、下位貴族の令嬢にそんな真似ができるのだろうか。
彼女は本当に下位貴族なのか……?
フレデリックはなんだか胸に引っ掛かるものを感じたのだった。




