25 家庭教師
「私が貴族のご令嬢の家庭教師を、ですか?」
「そうなんだよ。実は、先方が狩り大会での君の活躍に感動したらしくてね。是非、娘に魔法を教えて欲しいとおっしゃっているんだ」
「あの、平民の私でいいんでしょうか……?」
にわかに不安の波が押し寄せてきた。狩り大会に来賓されていたということはきっと高位貴族の方だ。そんな家門の令嬢に身分の低い者が教えるなんて、普通ならあり得ない。
「あぁ、それは特に問題はないよ。君に教えて欲しいのは魔法だから身分は関係ない」
「そうですか。ですが……」
私は躊躇した。貴族の令嬢の家庭教師なんて、きっと定食屋と比べものにならないくらいの収入になるわ。喉から手が出るほどの魅力的な話だ。
でも、よくよく考えてみると、他に人材は潤沢なはずなのに高位貴族がわざわざ平民に依頼するということは……。
「先生、そのご令嬢の家庭教師は過去に何人が辞めたのですか?」と、私が尋ねるとアルフィー先生は笑顔のまま凍り付いた。
「答えてください、先生!」と、私は詰め寄る。
先生は降参とばかりに両手を上げて、
「……ここ一月では3人ほど」
「やっぱり!」
案の定、かなり問題のある令嬢のようだわ。おそらく辞めた家庭教師が多すぎて悪い噂が広まって、もう貴族の中には教師の成り手がいないのだろう。その中には、きっと……。
私は念の為もう一つ先生に訊いてみる。
「ちなみに、先生はどれくらいで辞めたのですか?」
「……一ヶ月持たなかったよ」
意外にあっさりと白状した。
「やっぱり!」
私は訝しげに先生を見た。
これって、私を生贄にするつもりね! たしか先生は子爵だったわ。さすが貴族、汚い!
「頼むよ、リナ君! 君はダンス未経験のオリヴィア君に上手に教えていたじゃないか! きっと今回も上手くやれるよ! 先生は信じてる!」と、先生は必死の形相で両手を合わせた。
私が尻込みしていると、
「先方は最低でも相場の倍は支払うそうだよ?」と、先生はニヤッと黒い笑みを浮かべた。
私は先生の意外な腹黒い一面に驚愕して開いた口が塞がらなかった。やっぱり貴族ってどこかしら食えないところがあるわ。もう、信じられるのはセルゲイとオリヴィアだけ!
「や……やらせていただきます」
しかし、平民は悪魔の囁きに陥落した。
先生は満面の笑みで、
「ありがとう、リナ君! いやぁ~、君が引き受けてくれて本当に良かったよ。では、早速来週から頼むね」
はぁ……もうこれからは先生の爽やかな笑顔も素直に受け取れないわね。
「分かりました。私も新しい仕事を探していましたし、紹介してくださってありがとうございます。――それで、そのご令嬢はどんな方なのですか?」
「あぁ、まぁ会えば分かるよ……」と、先生は苦笑いした。
これは相当に面倒な子なのね。グレースみたいなのだったら嫌だなぁ。
「名前はアメリア嬢。年は10歳で、シェフィールド公爵家の一人娘さ」
その名前を聞いて思わずパッと目を見開いた。
――小さなお姫様だわ!
アメリア・シェフィールド公爵令嬢もフレデリック様の手紙によく登場している人物だった。
シェフィールド公爵は現国王の王弟なので公爵令嬢はフレデリック様の従妹に当たるのよね。彼は公爵令嬢のことを「小さなお姫様」って呼んでいて、実の妹のように可愛がっているって聞いているわ。
手紙には「ちょっと我儘だけど、とっても愛らしい小さなお姫様」って書いていたのだけど、家庭教師を何人も辞めさせる子が、ちょっと……?
嫌な予感がして、背筋が寒くなった。
でも、一度引き受けた仕事は責任を持って最後までやりとげないといけないわね。紹介してくださったアルフィー先生の顔を潰さないためにも、公爵令嬢がどんな子でも負けないで完遂させるわ!




