ともだちスムージー
頭に痛みが走り目を覚ました。暗闇で目が慣れるのに少し時間がかかった。体を起こすが腕を後ろで拘束されていて床に手を付けない。仕方なく壁を見つけてもたれかかった。
私は何をしてたっけ・・・確か縁と・・・
休日、部屋で課題をしていた私は縁に近所の公園に呼び出された。休日の公園は家族連れが多く家族サービスをするサラリーマンらしき姿がちらほら見えた。
正直、縁の呼び出しには乗り気ではなかった。過去にも何度かあった事だが、大抵自慢事なのだ。ある時はブランド物を見せびらかし、ある時は顔のいい年上の彼氏を連れてきた。当然、高校のクラスメイトには相手にされていない。だが幼馴染という事もあって腐れ縁と思い半ば諦めていた。
待ち合わせの時間も分を過ぎたころ縁は現れた。
「愁ー!お待たせー!」
「大丈夫30分しか待ってない」
「そっか、ごめんね。じゃあ行こっか」
「今日はどこに行くの?」
「今日は二人でカラオケ行きたいなって」
珍しい提案に愁は眼を丸くした。
「なんで急に?」
「たまには女同士カラオケでも行って相談とかしあいたいなって」
「え、ああ、分かった。行こっか」
そう言いながら二人は手を繋いで公園を出た。
カラオケで互いに一通り歌うと縁は口を開いた。
「実はさ、この間紹介した彼氏と別れたんだよね」
「へぇなんで?」
「なんだかよくわからない事言ってた」
「不思議なこともあるもんだね」
この間あった時はお互いにアツアツって感じだったのに。
「だからねちょっと最近さびしっくてさ。愁と遊んでリフレッシュしたかったの」
愁は縁の自尊心を見くびっていた。ただの目立ちたがりな女子高生ではなく女としての意地も持ち合わせていたのだ。だから学校でも幼馴染の愁にすら気づけないくらい自然と気丈に振舞っていたのだ。
そんな彼女を見ている自分含めクラスの誰も彼女の本質に気づいてないと分かり少しもったいない気もした。芯はとても強く魅力的な女性なのに。
しんみりとした空気の中、部屋に付いた電話が鳴った。
「はい」
『お時間10分前です。延長なさいますか?』
「大丈夫です」
『かしこまりました』
そう言うと受話器を壁にかけて縁に伝えた。
「じゃあそろそろで出よっか」
愁は縁と会計を済ませて店を出た。
すっかり日も暮れた通りを歩きながら縁は言った。
「どうする?今日はこのままお開きにする?」
「まぁ良い時間だしそうしようか」
そう言って二人は別れた。
縁は帰るにはちょっと不完全燃焼な気がし、カフェに入った。レジでコーヒーを注文し、窓に面したカウンター席に着いた。
湯気の出るコーヒーを恐る恐る啜った。温かいものを飲み、思わずため息が出た。
一人でしばらくぼーっとしていた。手の中にあるコーヒーカップは程よく冷めていた。そんな中、背後から声をかけられた。
「もしかして・・・縁さん・・・?」
振り向くとそこには別れた彼が居た。
「参月・・・」
「君に会いたくて君の家に行ったんだけど居なかったから・・・それで偶然カフェに立ち寄ったら君が居て・・・」
「もう、別れたでしょ。放っておいて」
精一杯の強がりっだった。
「はい、すみません。僕の都合で変なこと言っちゃって」
参月はコーヒーを手にカフェを出て行った。
しばらくしてから縁も店を出た。店の前にずっと停まっていたのが参月の車だと気づかず。
その晩、縁が帰宅することは無かった。
数時間後、愁の家に一本の電話がかかってきた。縁の母親だ。
『愁ちゃん?!縁は何処へ行ったか知らない?あの子、昨晩帰って無いし電話にも出なくて・・・愁ちゃんと遊ぶって言ってたから』
「縁が帰ってないの?昨日、黄舌町のカラオケで別れたきりだから分からないけど」
『黄舌町?分かった。警察にも聞いてみる。愁ちゃんにも何か連絡があったら教えて頂戴」
「わかった。おばさん、力になれなくてごめんなさい」
『ううん、どこで遊んでたかだけでも教えてくれてありがとう』
愁は受話器を置いた。昨日あの後いったい何があったのか見当もつかない。
そんな中、一本の電話がかかってきた。画面に表示された「縁」の文字を見て愁はすぐに出た。
「もしもし、縁?今アンタどこに居んの?」
『縁さんならお休み中ですよ』
「アンタ誰だ」
『私は縁さんの知人です。良ければ会われますか?』
「どこにいるんだ?」
『白耳町の4丁目にある廃ビルまで来てください』
「分かった」
『では、お待ちしております』
愁はメモを残し、家を出た。
白耳町のはずれにある廃ビルは錆びた鉄柵の向こう側にたたずんでいた。近くの家の塀に足をかけて愁は敷地内に入った。
建物に入り、気を失うまではそれほど時間はかからなかった。背後でバチリという音が鳴ったのが最後の記憶だった。
頭が痛い・・・気絶させられた時に頭でも打ったのだろう。
目が暗闇に慣れてくるにつれて周囲の状況が見えてきた。縁もすぐ近くで拘束されていたようだ。目の前でうめき声をあげていた。
「縁、大丈夫?」
どう見ても大丈夫では無いが縁を落ち着かせるために声をかけた。
「愁?なんでここに・・?」
「アンタを拉致ったヤツに私も拉致られたんだと思う」
「え、半ば私のせいじゃん・・・こんなの謝っても償えないよ」
「私がやりたくてやったんだ気にすんな」
「愁・・・」
縁は涙を零した。プライドの高い彼女が人前で涙を流すなんてよっぽど心細かったのだろう。
愁は縁に寄り添った。そうすれば自分の中の心細さも紛れると思ったからだ。
「お目覚めかな」
突然暗闇から声が聞こえた。
「アンタ誰?」
「ここに君を呼び出した者だよ」
「参月・・・」
「縁の元カレか」
「せっかく濁したのに台無しじゃないか・・・」
そう言いながら参月は薄暗い部屋を歩き、電灯を点けた。
窓が無いことから想像はついていたが小汚い地下室だった。簡単な机と椅子だけが置かれていた。
「ごきげんよう」
「私らに喋りかけんならそのダッさいシャツ脱いでからにしな」
「このポロシャツはお気に入りなんだけどね。縞模様が可愛いだろう?」
「それがダセェって言ったんだがセンス大丈夫か?」
「まぁまぁ僕は君と言い争いたいわけじゃないんだ」
そう言いながら愁を蹴り飛ばした。
「ガハァッ」
「愁!」
「君はあくまでオードブル。僕のメインディッシュは縁なんだ」
「ふざっけんな・・・」
頭部からの血も無視し息も絶え絶えに愁は参月を睨んだ。
「君がメインディッシュになりたいのかい?」
「ちげぇよハゲ・・・縁に手ェ出そうとしてんじゃねぇよ・・・縁は今な必死に生きてんだよ。アンタに捨てられて自信を失っても気丈に振舞って・・・自分を持って一瞬一瞬を必死になァ!」
昨日の縁の顔を思い出した愁の目は参月を捉え、業火のように燃えていた。
「へぇ・・・」
禍々しい笑みを零しながら参月は地下室を出て行った。
睨んでいた愁は気が抜け、その場に倒れた。
「愁!大丈夫?」
縁は這いながら愁に近寄り安否を確認した。気を失っていた。
「私を守るために・・・」
縁は子を守るヤギのように愁に寄り添った。
しばらくすると大きめの箱を持って参月は帰ってきた。
「思ったより面白いものが見えそうだからつい奮発してしまったよ」
参月が箱からとりだしたのは業務用ミキサーだった。それを机の上に置いた。
「さて、これから下ごしらえだ」
そう言うと縁を担ぎ上げた。
「キャッ!ちょっと!何すんのよ!」
縁の叫び声を聞いて愁は目を覚ました。
「テメェ!何してんだァ!」
「お、ちょうどいい。君には起きてもらいたかったんだ」
机の上に縁を置き言った。
「これから君には僕に対する憎悪を孕んでもらう」
「いちいち言い方が気色悪いんだよ。テメェなんざ10回殺したって殺し足りないくらい憎いわクソが!」
「そうかそれは期待できる。が、今の君は彼女を守るために僕を憎んでいる。それでは不純だ。もっと純粋に憎んでほしい」
そう言うと参月はポケットからハサミを取り出し、縁の髪を切りだした。
「キャァァァァァァl!」
必死の抵抗で終始悲鳴をあげながら散切り頭になっていく縁。
無表情で髪の毛を引っ張り、縁を傷つけないように器用に切る参月。
喉が枯れんばかりに怒気を剝き出してさけぶ愁。
参月による乱暴な散髪が終わる頃には周囲に縁の髪が散らばっていた。
泣きじゃくる縁の短くなった髪を掴み、頭をミキサーの容器のふちに乗せた。
「愁さんだっけ?よく見ててね」
「やめろォォォォォォォ!」
「え?何何何何何何なぐぁ・・・」
縁の悲鳴は後半聞こえなかった。ミキサーの音にかき消されたのと口が原形を留めててなかったからだ。愁は愁で絶句して声も出なかった。
縁の頭部はミキサーの中でペースト状になり渦を巻いていた。時折、原形を保ったままの歯や目が見て取れた。
ブチブチと音を立てながら首の付け根が千切れ、頭部が丸々ミキサーの中で回った。途中、頭蓋骨が割れて赤黒かった色がわずかに白く濁った。
ドロドロになったのを確認し参月はミキサーを止めた。縁の短くなった髪が容器の内側に引っ付いていた。
液状化した「縁だったものは」既に原形を留めておらず、参月がミキサーから容器を取り外すと波打った。
「縁・・・」
愁は頭のない縁か頭の原形を保ってない縁、どちらを見れば良いか分からなかった。
「どう?縁さんはこんな感じだけど」
「ハハハハハハハハハははははhahahahahahahah」
「あら、こわれちゃったか」
笑い疲れた愁は一言言った。
「・・・壊ス」
「『殺す』でなく『壊す』と、楽しみだ。」
参月は器の中身を愁に頭からかけた。縁の脳髄が愁の頭に垂れ下がり、愁は硬まって動けなくなった。
「ほうら、縁さんのスムージーだ。いや、凍らせていないからシェイクか。どんな気分だい?」
そう言いながら愁の前に鉈を置いた。
「さぁそれで僕を殺したまえ。憎くて憎くてたまらないだう」
愁の前で両手を広げ、無防備をアピールしている。
愁は糸の切れたマリオネットのようなカクカクとした動きで鉈を握った。手に力を入れ、振りかぶり、参月の腹めがけて振り下ろした。鉈は参月の腹部に切っ先から突き刺さった。
「うぐぅ。それが君の殺し方か。それも良いッ!」
参月は口に上る血を無視し叫び、笑った。
「早く今一度切りつけたまえ!」
愁は腹から鉈を抜くと参月の右ひじを打った。切断できなかった肘が靱帯でかろうじくっついているのを確認すると参月の脇腹に足をかけ、引きちぎった。
「使い慣れた器官の神経が千切られ、モノと化す!こんなにも奪われた実感があるものなのかッ!」
参月は痛めつけるほど歓喜をあげた。
左ひじを壊しても、右足を付け根からもいでも、左脚の健を切っても悲鳴をあげなかった。
「はははははは、まるで『だるま』だァ。真っ赤に染まって手も足も出ない。実に生きた心地がする。やはり殺人は素晴らしいッ!人間は他者を奪わねば生きていけないが、現代社会においてその必要はないッ!だがッ!だからこそ不要な『奪う』行為は相手に対する最たる愛情表現なのだッ!しかし、この有様だとこのまま出血死ではないか?それも良いが僕は叩ッ斬られたい。早く頭蓋を割ってくれッ!」
「は?」
今まで無言だった愁がようやく口を開いた。口の周りは縁の脳汁と参月の返り血でべたついていた。
「なんで私がアンタに愛情表現しなきくちゃあいけないんだ?アンタは血だるまで放置する。でも安心しな、死にはしないから。アタシはここに来る前に行き先のメモをウチに残してきた。今頃、捜索はされてなくても警察に母親が垂れこんで捜索願が出されている可能性は十二分にある。そんな中に本人が連絡したらどうなると思う?」
参月の顔が青ざめた。
「私は最悪刑務所、アンタは警察病院だろうね。命が助かるんだよ、どんな気持ち?」
参月は舌を噛み切ろうとした。『だるま』のまま無理やり延命させられるのは耐えきれなかったのだ。しかし、その様子に気づいた愁は鉈の柄で参月の歯と顎を何度も叩き、砕いた。
「アンタには自分の生き死にさえ選ぶ権利は無い」
そう言うと愁は廃墟の地下室を光に向かって出て行った。