ビジネスホテル
当時の私は、ブラック企業に勤めていました。
働き始めた当初から、週の内で自宅へ帰るのは3日程度。
会社で寝泊まりするのが、普通の会社だったんです。
そんな生活ですから、家に帰っても何もする気力が起きません。
唯一ベットで眠れる事に、幸せを感じていたんですよね。
今思えば何故、そんな環境で働き続けられたのか?
きっと周囲も同じだったので、麻痺していたんでしょうね。
同じ様な生活が数年も過ぎると、仕事もそれなりに任される様になりました。
不思議な事に仕事を覚えれば覚える程、仕事量も増えて行くんですよね。
きっと騙されていたんだと思います。私は単純な性格なんで。
そんな私にある仕事を任せたいと、上司から話がありました。
急な依頼で先輩社員が空いていない。
直ぐにでも先方に伺わないといけない案件でした。
他府県での仕事なのですが、安心して任せられるのはお前だと言われ承諾したんです。
仕事の内容的に、日帰りが出来る様な仕事ではない。
そこでネットから、ビジネスホテルを予約する事にしました。
出来るだけ仕事場の近くを選びたかったのですが、周辺に空きが見つかりませんでした。
着替えは会社に常備していたので、本来ならばこのまま出発したい。
そこで駅周辺のネットカフェを検索すると、1件だけありました。
このままビジネスホテルを探しても、見つかるかは分からない。
私の迷いは消えました。とにかく出発して、最悪ネットカフェで寝ようと。
時刻はお昼を過ぎたばかり。電車を使えば先方の就業時間内に到着出来るはずです。
素早くロッカーから私物を取り出し、着替えを詰め込み会社を出ました。
◇◇◇
駅まで走り列車の出発に滑り込んだ時、これで大丈夫だと思いました。
特に遅延も無く、無事に先方の就業時間内に到着。
待っていた先方の会社にも、喜んで頂きました。
何故出発を急いだのか? これには理由があります。
私達の仕事は出来るだけ、業務時間外が良いのです。
簡単に言えば、守秘義務が生ずる仕事なんですよ。
先方もそれは分かっているので、打ち合わせだけ済ませて順次退社されました。
本来であればこのまま朝まで仕事をしたい。ですがそれは出来ないんです。
依頼を頂いた会社は、持ちビルではありません。
なので入っているビルの規則に従う必要があるんです。
ビルの規則では夜23時以降は閉鎖して、セキュリティが掛かるとの事。
現在の時刻が夕方の17時。後6時間しかありません。
その時間内では終わらせる事が出来ない為、今日はキリの良い所までと決めました。
カツ、カツ、カツ。
静まり返ったビルに足音が響きます。
パソコン画面を見ていた私は、その音で時計を見ました。
時刻は22時50分。
「今日はここまでだな。残りは明日にしよう」
ビルを出る準備をしながら、念の為携帯でネットを開きました。
ビジネスホテルの空きを確認する為です。
この時間なら、当日キャンセルもあるかも知れないと思ったんですよね。
「お? ここ空いてる! 駄目元で調べてみるもんだな」
なんと近場のビジネスホテルに空室があったんです。
警備の人に挨拶を済ませた後、ビルを出て直ぐに空室のあったホテルへ電話。
無事に予約が出来ました。これでベッドで寝れます。
そのホテルは今いる場所から徒歩で10分程の場所。
私は夜食をコンビニで買い、予約したホテルへ向かいました。
◇◇◇
「いらっしゃいませ。ご宿泊のお客様ですか?」
「先程電話を入れた者で、○○と申します」
「○○様ですね。お待ちしておりました。お部屋は502号室でございます」
チェックインを済ませ、エレべ-タ-で5階へ向かう。
少し古いが清潔そうなホテルだった。
時間が遅いせいか、人の気配は感じない。
ここで何故だか、少し嫌な感じがしたんですよね。
エレベーターが5階に到着。扉が開くと直ぐに自動販売機があった。
「ん? ここのホテルはテレビカ-ドが売ってるんだな」
飲み物の自販機の隣にテレビカ-ドの販売機を見つけたんです。
小さなビジネスホテルでは売ってますよね。
私は少し悩んだが、万が一トラブルで帰れない時を考え購入した。
このフロアは真ん中に通路があり、両側に部屋が並んでいる。
見た所向かって左側が、末尾奇数の部屋になっている。
私の部屋は502号室なので、通路右側の部屋だ。
「えっと。502号室は一番奥になるのか」
通路のドン付きの壁側に、私の部屋はあった。向かいの部屋が501号室。
正直ここでも少し怖かった。部屋に向かう通路が嫌に薄暗かったのだ。
そんな通路を一番奥まで歩くなんて、今日はついてない。
恐る恐る廊下を歩き、部屋の前に到着。
早く部屋に入ろうとキーを差し込み、ドアを開けました。
そして部屋に入った瞬間、フワッっと私に向って風が吹いたんですよ。
どう説明して良いのか分からないのですが、この部屋は嫌な感じを受けました。
しかしそうは言っても、今更部屋の変更など出来ません。
今の風はきっと窓が開いているんだ。空気の入れ替えして、閉め忘れてるんだ。
私は自分にそう言い聞かせて、部屋へ入り電気を付けました。
「なんだ。やっぱり窓が開いてるだけじゃ無いか」
考えていた通り、部屋の窓が開いていました。
ホッとして窓を閉め、ベッドに腰掛けます。
改めて部屋を見てみましたが、掃除も行き届いていて綺麗。
勝手に不安に思っていたので、少し恥ずかしい気持ちになりました。
その後手早くシャワ-を浴び、コンビニで買った夜食を食ベ早めに就寝。
少しお酒を飲んだので、眠りも早かったのです。
⁈ どれぐらい眠った頃だろうか? 何かを感じました。
何だろう? 音? ギシギシと言う音が頭に響いてくるんです。
そして目を開けた瞬間......
私の視界には天井から首を吊った男が見えました。
ヒッ⁈ な、何だあれ? 誰なんだ?!
驚いて声を上げようとしたのですが、全く出ません。
それどころか、身体も動かす事すら出来ないのです。
見たくないのですが、目を閉じる事も出来なくなりました。
その男は首がだらんと垂れ下がり、動く気配はありませんでした。
私はとりあえずホッとしましたが、ある事に気づいてしまいました。
なんと男の首が少しづつ動いているんです。
まるで私の事を見ようとしている様に!
見るな! こっちを見るなぁあああ!!
心の中で必死に叫びます。ですが男の首はどんどん上がって来ます。
もう恐怖でどうにかなりそうです。
結局私の願いも空しく、徐々に上がった男の顔がこちらを見ました。
ケケケケケ。気味の悪い笑い声をあげ、こちらを見つめる男。
その目は黒く塗りつぶされていました。
◇◇◇
「はぁはぁ。うわぁぁぁぁぁぁぁ」
大声で叫び、飛び起きた私。部屋には窓から明るい光が差し込んでいました。
「あれ? 夢だったのか?」
恐る恐る天井を見ても、男の姿はありません。
勝手に感じていた恐怖が、ありもしない夢を見せたんだろうか?
お酒は酔う程飲んでいない。
とりあえずベットから起き上がって見ると、凄い汗を掻いていた。
時間は午前8時。まだ先方の会社へ行くには時間がある。
私は熱いシャワ-を浴び、服を着替えた。
気分的にもさっぱりとしたが、このままこの部屋で時間は潰したくない。
そのままチェックアウトし、朝食は喫茶店で済ませる事にした。
そして時間通りに先方へ顔を出し、その日のうちに予定を終わらせた。
きちんと仕事が終わり会社へ連絡を入れたら、そのまま直帰の許可が出る。
しかし帰りの切符を買う際に、あのホテルで買ったテレビカ-ドを見てしまった。
思い出したくないあの出来事が、脳裏に蘇って来る。
そうなるとこのまま1人で自宅に帰る事に恐怖を感じてしまった。
正直恥ずかしいのだが、同僚に話を聞いてもらおうと考えた。
会社ならどんな時間に帰社しても、確実に人が大勢いるはずだからだ。
そして駅で買ったお土産を片手に会社に帰社。
上司に不思議な顔をされたが、業務報告の為だと言うと逆に褒められてしまった。
すみません。半分本当で半分は別の理由です。
「○○さん。お疲れ様です! 直帰じゃ無かったんですか?」
「あはは。どうせなら完了報告しとこうかと思ってさ」
「本当に仕事好きなんですね。俺だったら帰っちゃいますよ」
「ま、まぁパソコンで今回の仕事のまとめだけやるわ」
俺は後輩の言葉に適当に相槌を打ち、デスクのパソコンを立ち上げた。
あれ? なかなか立ち上がらないな。こんなに遅かったっけ?
何時まで経っても立ち上がらないパソコンに、イライラしていたその時だった。
「ヒィッ。な、何で」
私は暗い画面に映る、あの男の姿を見てしまったんだ。
あれは夢じゃ無かったのか? 何で会社のパソコンに?
その男はまだ下を向いたままだ。このまま見続けたらヤバい!
そう思った私はパソコンから目を逸らした。
良かった! 身体は動く。これなら見ないで済むんだ!
私は安心し、誰かにこの話を相談しようと思った。
「なぁ誰か。ちょっと俺の話を」
「先輩! その人知り合い何ですか?」
「え? その人?」
「はい。背中にしがみついてる男の人ですよ」
◇◇◇
この出来事の後、私は会社を退職しました。
後輩に連れられお祓いに行き、今の所あの男は出て来ていません。
泊まったホテルには何があったのか?
正直、調べる事も未だに出来ていないのです。
二度と関わりたくないと言うのが本音なんですよね。
皆様も宿泊する施設で何かを感じてしまったら、気をつける事をお勧めします。
さもないと何かを連れて帰って来てしまうかも知れませんから......。




