山怪「夏詩の旅人新章7」
日本の山には、古から“何か”がいると、まこと囁かれている。
それが何なのか?、誰にも説明が出来ない。
だが、確かにそこには、その“何か”がいるのだ。
それは有機体なのか?、それとも幻なのか…?
現代のテクノロジーを持ってしてでも、それらを解明する事が出来ない、その“何か”…。
人はそれを、“山怪”と呼んだ…。
2012年7月
東京新宿にある音楽イベント会社、“Unseen Light”のオフィス内。
「社長!」
岬不二子の部下である和田が言う。
「なあに和田くん…?」
不二子が言った。
「これ…、見て下さいよ!」
そう言うと和田は、手にした雑誌を開いて不二子に見せた。
その雑誌は、「楽しい登山」という雑誌であった。
「“今、空前の登山ブームが訪れる!”…?、何これ?、和田くん…」
雑誌の頁を見た不二子が、和田に言う。
「社長!、ここ!、ここ!…」
和田は、開けた頁のある部分を差して、不二子に言う。
その部分を見る不二子。
そこには、「登山でストレス発散! 悩み解消! 明日につながるストレス・フリーな毎日を!」と書かれていた。
「これが何…?」と不二子。
「だからぁ…、社長は、あの事件以来、元気ないじゃないですかぁッ!?」
そう和田が言った“あの事件”とは、6年前に起きた、鎌倉国立大学で起きたテロ事件の事であった。
不二子は事件当日に、その現場に居合わせていた。
その時、一緒にいたシンガーソングライターは、テロリストから友人を救出に行き、そこで犯人の銃弾に倒れてしまうのだった。
彼はその後、病院へ緊急搬送され手術を受けるも、2度とギターが弾けない身体になる事を医師に告げられてしまう。
数日後、彼の見舞いに病院へ訪れた不二子は、シンガーソングライターが行方不明になる事を知る。
あなたは一体、どこへ消えてしまったの…ッ!?
以来、不二子は、彼の行方を自分なりに探してはみるが、手掛かりはまったく掴めないままであった。
不二子は、行方不明の彼の事を考えれば考えるほど、胸の内が苦しくなった。
そして事件から6年経った今でも、どこか不二子の心は空虚なままとなっていたのである。
「私が元気ない…?」
不二子が和田に言う。
「ええ…」と和田。
「そんな事ないわよ」
「いいえ!、そんな事あります!」
和田が断言するように不二子へ言う。
もしかしたら和田は、自分があのシンガーソングライターを、ずっと想い続けている事を気づかれているのでは…ッ!?
不二子はさり気なく、和田にカマを掛けてみる事にした。
「なんでそんな風に思うの…?」
不二子が聞く。
「5年前に、イケメン刑事さんとしたお見合いが、失敗したからですよ!」
和田の的外れなヨミに、ズルッとバランスを崩す不二子。
「あ…、あれは、私からお断りしたのよぉッ!」
ちょっとカチンと来た不二子が、和田に言う。
「いいです…、いいです…。分かりますよ社長…」
「あれ以来、社長は何回もお見合いをしてますけど、ことごとく失敗してますからね…」
不二子を手で制止ながら、和田は「うん、うん…」と頷きながら言った。
「ちょっとぉッ!、あれも全部、私から断ったのッ!」
「親が無理やり、私にお見合いをセッティングして来てるだけなんだってばッ!」
不二子がムキになって弁明する。
その不二子を和田は、「本当ですかぁ~?」という目つきで見つめる。
「あなたねぇ…、まるで私が誰にも相手にされない、行き遅れオンナみたいに言わないでよ!」
「じゃあ何で元気ないんですかッ!?」
「元気あるもんッ!」
プイっと、顔をそむけて言う不二子。
「何、カワイコぶって言ってるんですかぁ!?」
本当はその後に、「42歳にもなってッ!」と言いたかった和田であったが、そこまで言うと怒った不二子に、首を絞められそうだったので、その先は黙っている事にした。
「あなた私が、どれだけモテるか知らないくせにぃ~~…」
和田を指差しながら、意地悪い笑顔で言う不二子。
「へぇ…、そうなんですかぁ…?」
興味なさそうに和田が言う。
「IT系社長でしょう…?、お医者様でしょう…?、それから売れっ子クリエイターでしょう…?」
指折り数えながら、不二子がムキになって言い続ける。
「社長…」
冷めた表情の和田が言う。
「えッ!?」
何よ!という感じで、和田に振り向く不二子。
「やめましょう…。虚しいだけです…」
そう和田に言われた不二子は、悔しそうな顔で和田を見つめると、「わ~~~んッ!酷いわぁ~~ッ!」と泣き出すのであった。
「ほらやっぱり!、ストレス溜まりまくりじゃないですかぁッ!」
そんな不二子に追い打ちをかける和田が、勝ち誇った様に言う。
「お前…、次のボーナス全額カットだからなぁ…」
涙目をこすり不二子が睨みながらそう言うと、「うへッ!」と和田が驚いた。
「そんなの、あんまりですよッ!、公私混同じゃないですかぁッ!」
「うるさぁ~いッッ!、倍返しだッ!」
どこかで聞いた様なセリフを、不二子は言うのであった。
「え?…、奥多摩に日帰り登山…?」
高ぶっていた気持ちから、落ち着きを取り戻した不二子が、和田の説明を聞いてからそう言った。
「僕、ちょっと登山に興味あるんですよ…」
「社長!、ストレス発散できますよ!、だから一緒に行きましょうよ!」
和田が笑顔で不二子に言った。
「私、登山なんて行った事ないわ…」
「僕だってそうですよ!」
「危険なんじゃないの…?」
「大丈夫ですよ!、ほら、これ見て下さい!」
和田はそう言うと、自分のスマホ画面から、あるHPを見せるのであった。
「これは…?」
画面を見ながら言う不二子。
「登山のインストラクターです!」と和田。
「インストラクター…?」
「はい…、このHPのツアー会社が、登山のナビゲーションをしてくれるんです。だからド素人の僕らでも安心というワケです!」
「でも私、トレッキングウェアとか持ってないわ…」
「そんなの最近は、ユニシロやワークメンで、安く買えますよ!」
「やる気満々ね?、和田くん…」
「はい!…、それからですね~…、社長、これ見て下さい…」
和田がHPのサービス内容が書いてある部分を指差す。
「へぇ~…?、食事付きなんだぁ…!?」と驚く不二子。
「そうなんです!、つまり、面倒な事なく、気軽に手ぶらで登山が体験できるんですよッ!」
声を弾ませて、和田が言う。
「至れり尽くせりなのね…?」
不二子はそう言うと、そのツアー会社の名前を見てみる。
社名は、“8の字無限大!”と、書いてあった。
(8の字無限大…?、変な名前の会社ね…)
その会社のロゴマークは、「8」の部分が、メガネを縦に傾けたイラストになっていた。
「どうです?、社長…?」
和田が不二子に言う。
「分かったわ…、その奥多摩の登山ツアーに、私も一緒に行ってみましょう…」
こうして不二子は、和田と一緒に登山へ行く事を承諾するのであった。
1週間後、登山当日となった。
東京、奥多摩駅前
「あっ、社長~!、おはようございま~す!」
先に到着していた和田が、駅改札口から出て来た不二子を見つけ、そう言った。
「あ!、おはよう和田くん!」
和田の方へ向かいながら、不二子も言った。
「あらら…?、社長~、なかなか山ガールっぽい、良いコーデじゃないですかぁ?」
不二子のファッションを、上から下まで眺めた和田が笑顔で言う。
「そんな…、ガールだなんて…。私なんか、もうガールなんて呼ばれる齢じゃないわよ…」
和田の言葉に、不二子が少し照れた様に言う。
「いやぁ~、山ガールなんて言っても、大体みんなそんな年齢ですよ!」
そう言った和田に、「ん?」と耳を傾ける不二子。
「後姿見て、若い女だと期待して山道で追い越すと、振り返って見た山ガールは、みんなおばさんばっかて話ですよぉ!、ヘタしたらおばあさんの時だってあるらしいですからねぇ!」
和田が笑顔で不二子に言う。
「あんたそれ、私にフォローするつもりで言ってるんだとしたら、とんだ勘違いだからね…ッ!」
不二子が和田を睨んでそう言うと、和田は「うへッ!」と、後ずさりした。
「あの~、すいません!、今日ご予約の和田様でしょうか…?」
その時、不二子の背後から男性の声。
「はい…、そうですけど…?」
不二子が、声の主の男性に振り返る。
「あれっ!?」と驚く、その男性。
「なッ…、中出氏じゃないのぉッ!?、何で…ッ?、何であなたが、ここにいるのよぉッ!?」
相手男性の顔を見た、不二子の方も驚いた。
「実は私、青梅市に住んでるんですが、地元の“耳かき膝まくら”で、ちょっとトラブルを起こしてしまい、今は奥多摩町に身を潜めておるのです…」
中出氏が不二子に説明する。
「何よ…?、耳かき膝まくらって?」
不二子が中出氏に聞く。
「日々戦っている、サラリーマンたちの心を癒してくれる、リフレクソロジーです!」
中出氏が言う。
「リフレクソロジ~!?、どうせまた変なお店なんでしょッ?」
軽蔑の眼差しで不二子が言う。
「違いますよぉ~!」
手を振って、弁解する中出氏。
「あの~…、社長…、お知合いだったんですかぁ…?」
インストラクターの男性を、既に知っていた不二子に和田がそう聞いた。
「まッ…、まぁ…、あんまり知り合いにはなりたくなかったんだけど、一応、知り合いね…」
不二子が和田に、たどたどしく言う。
「ねぇッ!、今日の登山のインストラクターって、あなたなのぉッ!?」
それから続けて、不二子は中田氏にあらためて確認した。
「はい…」と澄まし顔の中出氏が言った。
「登山って、真面目にやらないと危険なんでしょッ!?、失礼だけど、あなたなんかで大丈夫なのッ?」
「大丈夫ですよ…。私は最近まで、とある山で働いておりましたし…」と中出氏が言う。
「どこの山で働いてたんですかぁ?」
和田が聞いた。
「青山です…」と、澄まし顔の中出氏。
不二子がズルッと崩れる。
「メチャメチャ、都会じゃないですかぁッ!?」と和田。
「紳士服の販売をしておりました…」(中出氏)
「青山って、そっちかいッ!?」
驚愕した不二子が、すかさずツッコんだ。
「安心して下さい…。実はですね…、今日は私の他に、もう1人、山岳警備員を同行させていますので…」
中出氏が不安な表情をしている不二子にそう言った。
「警備員って…、まさか…!?」(不二子)
「いやぁ~!、どうも!、どうも!」
その時、笑顔のハリーが、「ガハハハハ…」と笑いながら現れた。
(でたぁ~~~ッ!)
予想通りの人物の登場に、不二子はそう思うのであった…。
川乗橋バス停
ブロロロロ~…。
奥多摩駅からバスで移動して来た4人がバス停を降りると、今乗って来たバスが走り去って行った。
「それでは、今日は川乗山という、標高1,365mの山に登ってみたいと思います!」
中出氏が不二子たちにそう言った。
「登山口は、ここから20分ほど歩いた場所にある、細倉橋の横にあります」
「それまでは、この林道を歩いて行きますので…」
中出氏が説明をする。
「では!、しゅっぱぁあ~つッ!」
ハリーが元気な声で叫んだ。
広い林道を縦一列に歩き出す4人。
先頭は中出氏、続いて和田、不二子、最後尾はハリーとなって4人は歩く。
(ホントに大丈夫なのかしら…?、この人たちで…)
不二子は不安を抱きつつ、舗装された林道を無言で歩くのであった…。
「あの…、中出さんは、なぜ山に登るんですかぁ…?」
しばらく進むと、和田が先頭を歩く中出氏に、そう質問をした。
「そこに山があるからです…」
中出氏が振り返り、ニヤッとした表情で和田にそう言った。
「へぇ…」
和田が感心した様に言う。
「ある山男の言葉です…」
感心してる和田に中出氏は、そう付け足す様に言った。
「ねぇ…、あなたって、どうしていつも、イヤラシイ事ばっか考えてるの…?」
今度は不二子が中出氏に聞いた。
「そこに女がいるからです…」
不二子に向いて、中出氏がニヤッとして言う。
「ある間男の言葉です…」
中出氏は付け足す様に言った。
「へぇ…」と和田。
「違うだろぉッ!」
感心してる和田に、そう怒鳴る不二子であった。
細倉橋登山口
「さぁ、登山口に到着しました!、ここからは、いよいよ山道に入りますので、足元に気を付けながらに進みましょう!」
中出氏が登山口の手前で止まると、みんなにそう言った。
こうして不二子らは、先導する中出氏に続いて、登山口から登り始めるのだった。
そして登り始めて、しばらくしてから、ハリーが笑顔で急に言い出した。
「みなさん!、ここから先は歌でも歌いながら、楽しく行きましょうかぁ~!?」
「良いですね~!」
中出氏がハリーの提案に同調した。
そして、ダークダックスの「山男の歌」を楽しそうに歌いだす、中出氏とハリー。
「娘さん、よ~く聞ぃ~けよ…♪」
「間男にゃあ惚れるなぁよぉ~♪」
「ホレるかぁッ!」
2人が歌う変な替え歌に、不二子は山を登りながらツッコみを入れるのであった。
「あれぇ…、おかしいなぁ…?」
先頭を歩く中出氏が言った。
「どうしたの?」
中出氏に近づいて不二子が不安そうに聞く。
「いや…、地図通りに進んでるはずなんですけど、頂上への分岐が見当たらないんですよ…」と中出氏。
「迷ったのぉ~ッ!?」
驚いて不二子が叫ぶ。
「はい…、その様です…。GPSを使っても、ナゼかダメなんです。まるでどこかに、引き寄せられているみたいな感じです…」
申し訳なさそうに言う中出氏。
「どッ!、ど~すんのよッ!?、こんな山奥で…ッ!」
「迷う道じゃないんですけどねぇ…?」
「山は日没が早いんでしょッ?、早く降りなきゃ大変な事になるわッ!」
「帰り道も分かりません…」と中出氏。
「あ~~ッ!、もうッ!、何やってんのよぉ~ッ!」
恐れていた事態が起きた事で、不二子はイライラし出すのであった。
「まぁまぁ…不二子さん。こんな時は慌てても仕方ありません…」
「きっとお腹が空いたからイライラしてしまうんですよ…」
ハリーが不二子をなだめながら言う。
「じゃあ、ここで一旦、食事休憩でも取って、それから対策を考えましょうかぁ?」
中出氏がみんなに言った。
「賛成~♪」
中出氏の言葉に和田が言った。
「じゃあハリーさん…、みなさんの食料を出して下さい…」と中出氏。
「え?…、何であっしが…?」とハリー。
「だって、食料運搬の担当は、ハリーさんじゃないですか?」
「そうですけど、食材の調達は中出氏ですよね…?、中出氏があっしに食料を渡して来ないから、あっしはてっきり中出氏が、みなさんの弁当とかを持って来てるもんだと思ってましたけど…」
中出氏に対し、ハリーはそう言うのであった…。
「何~~~~~ッ!?、食料も忘れたのぉおおおお~~~ッ!?」
そうキレた不二子に、ハリーと中出氏は「はい…」とうなだれた。
「どうすんのッ?、どうすんのッ?、どうすんのよぉ~ッ!?」
不二子が泣きそうな顔で、中出氏に叫ぶ。
「分かりました…。では、オーバーイーツに電話して、ピザでも持って来てもらいましょう!」
そう言った中出氏の言葉に、ズルッと崩れる不二子。
「あんた何考えてんのよぉッ!?、こんな山の中にオーバーイーツが来るわけないじゃないのッ!」
「でも、オーバーイーツは、どこでも来てくれるのがウリですよ…」
「大体ねぇ…、スマホの電波も届かない山の中だってのに、どうやってオーバーイーツを呼ぶつもりなのよ!」
「私の携帯は、衛星電話だから大丈夫です!」
そう言うと中出氏は、中指でメガネのフレームをくいっと押し上げた。
「はんッ!好きにしなさい!、衛星電話で呼び出したところで、オーバーイーツがこんなとこ来るわけないんだから…ッ」
不二子はそう言うと、中出氏に対してプイッと背中を向けて、その場から離れるのであった。
中出氏の方は、その後ろで「もしもし…」と電話を掛けている。
(まてよ…!?、そうよッ!、その衛星電話で助けを呼べば良いんじゃないッ!?)
冷静になった不二子が、助かる方法を思いつくのであった。
「来ましたぁッ!、オーバーイーツッ!」
その時、中出氏が不二子にそう叫んだ。
「ええッ!?」
オーバーイーツの、あまりにも早い注文対応に、驚く不二子。
中出氏の方へ振り返ると、その上空には、ヘリコプターが旋回していた。
バラララララララララララ……。
「お~い!、お~い!、ここだぁ~!」
ハリーや和田が、オーバーイーツのロゴマークが入ったヘリに向かって、大きく手を振っている。
しかし木が生い茂る山の中、ヘリは着陸する事が出来ない様だった。
すると今度はヘリの中から、1機のドローンが飛び出して来た。
ヘリから出て来たドローンは、UFOキャッチャーゲームのクレーンみたいなアームで、ピザの箱を抱えながら、すぐ頭上まで下りて来た。
ポトン…。
クレーンを外して、ピザの箱を上空5m程の高さから落とすドローン。
それを和田が上手くキャッチした。
「あれ…?」と和田。
「どうしました!?」
ハリーが和田に聞く。
「なんかスゴク軽いんですけど…、この箱…?」
和田はそう言うと、ピザの箱をハリーに渡す。
「ホントだ…。開けてみましょう…」
ハリーはそう言うと、箱を開けた。
「ああッ!」
箱を開けたハリーが叫ぶ。
箱の中身は、梅干が1個入っているだけであった。
「なんだこりゃ…?」
続いて、一緒に同封されていた手紙を見るハリー。
申し訳ございません。
ご注文いただいたピザだけの料金では、燃料代だけで、大幅な赤字となってしまいます。
今回は特別大サービスとして、赤字覚悟で梅干1個をサービスさせていただきました。
今後とも、オーバーイーツをどうか宜しくお願い申し上げます。
手紙には、そう書いてあった。
「わぁあああ~ッ!、なんすかぁ~ッ!、梅干1個だけで、どうしろっていうんですよぉ~ッ!?」
ガックリしたハリーが天を仰ぎながら言った。
「バカバカバカ…ッ!、そうじゃないでしょッ!」
不二子がハリーの方へ、慌てて駆け寄って来た。
「早く、ヘリを呼び止めるのよッ!、助けて貰うのよぉッ!」
「もう行ってしまいました…」と、ヘリを指差すハリー。
バラララララララララララ……。
飛び去るヘリコプター。
「ああッ!、もおッ!、中出氏ッ!、その衛星電話でもう一度、オーバーイーツを…、いやッ…、レスキューに連絡するのよッ!」
不二子は中出氏にテキパキと指示を出す。
「分かりましたぁ!」
中出氏が返事した。
(これでやっと助かる…。あ~良かった…)
不二子はそう思うと、ホッと胸をなで下ろすのだった。
「ああッ…!」と中出氏。
「今度は、なんなのよぉッ!?」
中出氏に振り返った不二子が言う。
「さっきオーバーイーツに注文した電話で、衛星電話の充電が終わってしまいましたぁッ!」と中出氏。
「うわぁ~んッ!、もお勘弁ならねぇッ!、てめえだけは生かしちゃおけねぇーッ!」
泣きながら中出氏に飛び掛かろうとする不二子を、ハリーと和田が、「まぁ、まぁ…」と、取り押さえながら言うのであった。
はぁはぁはぁ…。
「一体、いつまで歩かせる気なのよぉ~ッ!」
汗だくの不二子が、中出氏に言う。
日没となった山の中は、完全に真っ暗闇と化していた。
「これ以上、この暗闇の中を進むのは危険ですね…」
中出氏がみんなに言う。
「じゃあどうするのよッ!」と不二子が中出氏に言った。
「ここで野宿するしかありません…」と中出氏。
「ええッ!、嫌よ私は、こんなところで泊るなんてッ!」
不二子が中出氏に怒って言う。
「テントとかあるんですよね…?」
和田が中出氏に確認する。
「そんなのありません…」
中出氏が澄まし顔で言う。
「何でですかぁッ!?」
和田が驚いて叫んだ。
「だって日帰り登山ツアーなのに、テントなんか持って来ないでしょう…?」
「当然!」という顔をして、中出氏が和田に言った。
「中出氏…、ここで野宿は危険でやすよ…。川乗山は2年に1度くらいの割合で、登山者が熊に襲われているとこですよ…」
ハリーが中出氏に言う。
「ああ…、どうしましょ…?、どうしましょ…?、最悪だわ、ホント…」
不二子が頭をかかえながら、ブルブル震えながら言う。
「あれッ!?…、あの明かりは何でやすかぁッ?」
その時、ハリーが突然叫ぶ。
「ホントだ…。なんかペンションみたいな建物ですね…?」と和田。
「こんな、標高が1500m近くある山奥に、ペンションなんかあるワケないでしょうがぁッ!」
不二子が和田にそう怒鳴る。
「でもホントに、そんな感じですよぉ!」
和田が明かりの見える方向を指差しながら言う。
「ちょっと行ってみますか?」
中出氏がみんなにそう言った。
4人は、その明かりの見える方向へと歩き出すのであった。
「1時間ッ、はっぴゃくえんッ!…、1時間ッ…!、800円…ッ!!」
明かりが灯す建物から、元気のよい女性の声で、料金システムを繰り返す音声テープが流ている。
「なんですか、ありゃあ…?」
ハリーが見つめるその建物の看板には、「ペンション リンリンハウス」と書かれていた。
リンリンハウスは、漆黒の闇の中にある建物にしては、不自然にネオンがギラギラと輝いている。
「ちょっと中を見てきます…。みなさんは、ここで待ってて下さい…」
中出氏は、みんなにそう言うと、建物の中へと入って行った。
それから3分くらい経った後、中出氏がその建物のドアを開けて出てくるのが、少し離れた場所にいる3人には確認できた。
待っているみんなに、両手で大きく「〇」とポーズを作る、笑顔の中出氏。
中出氏は「〇」を作った後、みんなの元へ駆け寄って来ると、微笑みながらこう言った。
「大丈夫です…。素泊まり4名OKですッ!、撮影と取材もOKですッ!」
「旅番組じゃねぇッつーのッ!」
不二子は、中出氏の言葉にキレるのだった。
「いらっしゃいませ…」
ペンションに入った4人に、妖艶な笑みを浮かべながら、そう声を掛ける若い女性。
髪が長いその女性は、胸元が大きく開いたドレスを着ていた。
推定Hカップはあろうかと思われる、大きなバストの持ち主であった。
「どッ…、どうぞ、よろしくお願いしますッ!」
そう言ったハリーと中出氏は、その女性の顔など見もせずに、その大きな胸を喰いいる様に見つめる。
2人の眼球は、今にも顔から飛び出しそうな感じだ。
「初めまして…、わたしく、このリンリンハウスでオーナーをしております。怨霊寺と申します…」
不敵な笑みを浮かべながら、その女性は自己紹介をした。
「ハァッ…、ハァリィーですッ!!」
「中出氏でぇすッ!」
2人は、「ハァハァ…」と息を荒げて興奮しながら、相変わらず女性の胸だけを直視し続けながら言った。
「ご案内しますわ…。こちらへどうぞ…」
ふふふ…と、笑みを浮かべながら女性はそう言うと、みんなを部屋へと案内するのであった。
女性について行く4人。
長い螺旋階段を上がる。
リンリンハウスは、ペンションと言っても、とてもそんな雰囲気の建物ではなかった。
薄暗く、古い洋館の様な佇まいをした内装であった。
「ここですわ…」
女性が不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、案内してくれたのは、2階の突き当りにある部屋であった。
その部屋の番号は「666」となっていた。
(不気味ねぇ…、オーメンじゃないの…)
部屋番号を見た不二子は、怪訝そうな表情でそう思うのであった。
「良かったですね!?、取り合えず野宿しないで済んで…?」
部屋に入った和田が、ホッとした様に不二子に言う。
「なんか変よ、このペンション…!」
不二子が嫌な顔をして言った。
「変…?」とハリー。
「だってそうじゃない?、こんな場所に営業してるのも変だし…、この建物も、なんか不気味じゃないのッ!」
「そうですかぁ…?」
不二子の言葉に、そう言うハリー。
「私、怖いわ…!、あのオンリョウジって女性も、どことなく不気味で、普通じゃないもの!」
「不二子さん、いつもの笑顔が消えていますね…?、わかりました…、じゃあこれでもご覧になって、いつもの笑顔に戻って下さいよ!」
ハリーはそう言うと、ケツポケットからスマホを取り出して、不二子の方へ画面を見せるのであった。
「これは…?」と不二子。
「この映像は、私が3年前に香港で行ったライブ映像です…」
「えッ!、あなた香港でライブをやってるのッ!?」
「ライブと言っても、お笑いライブですけどね…」
「お笑いライブ…?、あなたって本当の職業は何をやってる人なの…?」
不二子がそう聞くと、ハリーはニヤッと微笑むだけで、何も語らずに画面を見せるのであった。
テンツクテンツク…、ツクツク、テンテン…。
画面から演芸が開始されるリズムが流れ出す。
広東語で、ハリーの名がコールされる。
浴衣姿で扇子を手にしたハリーが笑顔で、舞台の袖から登場した。
「ニイハォ…、ニイハォ…」と言いながら、ハリーが登場する。
ライブ会場は、結構広そうなホールの様に見える。
ハリーは、「ガハハハハ…」と笑いながら、舞台中央に設置してある高座に座った。
それから間もなく、扇子を手にしたハリーが、突然しゃべり出した。
「フランス人が大好きな魚って…、何だろねぇッ…!?」
「サバ…ッ!?(※Ca va )」
意味が分からない香港の観客。
会場が静まり返った。
「ガッ…、ハハハハ…」
ウケなくて、冷や汗のハリー。
会場からヒソヒソと話声が聞こえる。
どうやら観客同士で、ハリーのギャグの意味を教えあっている様だった。
哈~ッ哈哈哈哈…ッ!!
30秒程遅れて、やっと意味を理解した観客が、間を置いて大爆笑する。
会場は口笛が吹き荒れ、拍手喝采となった。
「どうも…、どうも…」
何とか笑いを取れたハリーが、ホッとした様な表情をしている。
(スネークマンショーかい…!?)
映像を見ている不二子がそう思った。
画面では落ち着きを取り戻したハリーが、次のギャグをかます。
「せんだみつおって、実は沖縄生まれなんだってねぇ~?、へぇ~ッ!、沖縄のどこ出身ッ!?」
「那覇ッ!、那覇ッ!、那覇ッ!…」(※ナハッ!、ナハッ!、ナハッ!)
またもやシ~ンと静まり返る会場。
「ガッ…、ハハハハ…」
またもやウケなくて、冷や汗のハリー。
会場からまたヒソヒソと話声が聞こえる。
先程と同様に、観客同士で、ハリーのギャグの意味を教えあっている様だ。
哈~ッ哈哈哈哈…ッ!!
すると突然、意味が分かった観客たちが、間を置いて大爆笑した。
会場は口笛が吹き荒れ、また拍手喝采となった。
「もう…ホント大変なんすからぁ…もぉ…」
2度目の笑いを取る事にも成功したハリーが、あたふたしながら言っている。
そしてノッテきたハリーが、更にしゃべり出した。
「巨乳のお嬢さんのぉ…ッ、お父さんがぁ…、朝…、会社に行く時間になっても、まだ起きて来ないもんでぇ…」
「そんでそのお嬢さんのお母さんがぁ…、『アンタ、お父さん起こしに行って来なさいよ!』って言うもんだからぁ…」
「しょうがないんで巨乳の娘さんがぁ、お父さんを起こしに行ったら…、これがホントの『朝だ!父!(※浅田ちち)』…。う~~~~~~~……」
やはりシ~ンと静まり返る会場。
ガッ…、ハハハハ…と、気まずそうに笑うハリー。
会場からまたヒソヒソと話声が聞こえる。
「何か言ってますけどぉ…、そこんとこ、大事なんで…」
ハリーが独り言を言って、オロオロする。
哈~ッ哈哈哈哈…ッ!!
意味が分かった観客が、また間を置いて大爆笑し出した。
「いや~、いやいや…、ニイハォ!、ニイハォ…」
観客たちの歓声に、手を振って応えるハリー。
「どうもありがとう…、もういいわ…」
ため息をつきながら言う不二子。
「えっ…?、もう良いんでやすかい?」
ハリーが不二子に聞く。
「あなたの映像見てたら、目まいと頭痛がして来て、返って具合悪くなったわよ…」
「そうでやすか…」
「私…、ちょっとシャワー浴びてくるわね…」
「あ!、ちょっと待って下さい社長ッ!」
シャワーに向かおうとする不二子を呼び止める和田。
「なあに和田くん…?」
「僕、トイレ行きたいんで、先に行かせて下さいよぉッ」
部屋の浴室は、トイレと一緒のユニット式だったのだ。
「ええ!そうなのぉ?、早く済ませてね」
「無理です…、コウンなんで…!」
和田が笑いながら言う。
「コウンって…ッ!、『大』の方ってことぉッ!?」
「はい…、僕のは臭いですよぉ~…」
意地悪くニタニタした表情の和田。
「いやよ!、そんな臭いのが残ったとこでシャワー浴びるなんてッ!」
「あなた1Fの共同トイレでやって来なさいよッ!」
「いいじゃないですかぁ~…」
「ダメッ!」
「うへっ!」
不二子にきつく言われた和田が縮こまった。
「分かりましたよぉ…」
和田が渋々そう言うと、不二子はシャワールームへと歩いて行った。
そして和田の方は部屋を出て行き、1Fのトイレへと向かった。
「ハリーさん…、これ良いじゃないですかぁ…!」
不二子と和田のやり取りを尻目に、中出氏が先程のハリーのYoutube映像の事を笑顔で言い出した。
「そうでやんしょ…?」
つまらなそうにしていた不二子が理解できないハリーが、中出氏に言った。
「ハリーさん!、これをもう少し改良して、“8の字無限大!”のYoutubeチャンネルを立ち上げませんか!?」
「えっ?、あっしと中出氏とで、ですかい…?」
「はい…、もっと我々の得意分野で攻めるんですよッ!」
「得意分野…?」
「差し当たっては、“AV批評”なんかはどうでしょう…?、そんなの誰もやってないから、当たると思いますよ…」
「AV批評ですかぁ~?…」
「それこそYoutubeで当たったら、1週間で広告費が、数千万入って来ますよハリーさんッ!」
「えッ!、数千万ッ!?…、やりましょうッ!、やりましょうッ!」
これで、今度こそインリンの写真集が大人買いできる!、そして「耳かき膝まくら」に千回通える!と思ったハリーは、ニタニタしながら快諾するのであった。
その頃、和田はペンション1Fの洋式トイレに腰をかけていた。
「う~~~~んんッ…、固ぁ…、切痔になりそぉ…」
和田は苦戦を強いられていた。
「おッ!…、来た来た来たぁッ!」
しばらくすると和田が、そう言い出した。
「キヒヒヒヒ……」
その時、突然変な笑い声が聞えた。
何だッ!?、何だッ!?と、左右キョロキョロする和田。
「キヒヒヒヒ……」
その笑い声が上から聞こえている事に和田は気づくッ!
すぐに天井を見上げる和田ッ!
すると和田の頭上には、髪が逆立ち、般若の様に口が裂けている女の化け物の覗き込んでいる姿が、見えたのだったッ!
「うわぁーッ!、うわぁーッ!、うわぁーッ!」
号泣しながら絶叫する和田。
だがコウンが切れかかっている為、身動きが取れない!
「キヒヒヒヒ……」
逃げられない和田を、更に笑いながら追い詰める女の化け物。
「うわぁーッ!、うわぁーッ!、うわぁーッ!」
和田の絶叫はペンション中に響き渡った。
そして和田は、コウンが切れぬまま気絶した。
「何だッ?、何だッ?、どうしたぁッ!?」
和田の凄まじい悲鳴を聞いたハリーと中出氏が、トイレに駆け込んできた!
「あっ!」
そう言ったハリーの見つめる先には、開かれたトイレのドアから、和田がケツ丸出し状態で、うつ伏せに倒れている姿が見えたのであった。
和田のケツには、まだコウンがぶら下がったままだった。
「和田さんッ!、しっかりして下さいッ!、何があったんですかぁッ!?」
ハリーが、和田を抱きかかえながら叫ぶ。
はっ!っと、目を覚ます和田。
「ゆゆゆ…、幽霊が出ましたぁ…」
和田が震えながらハリーに言う。
「幽霊…?」
「ははは…、はいッ!」
「和田さん…、寝ぼけてたんじゃありゃあせんかぁ?」
「本当ですッ!、本当に幽霊が出たんですッ!」
「何もいませんよぉ…」
和田が指を差したトイレの中を、覗き込んでいる中出氏が言う。
「和田さん…、幽霊が出るよりも、うんこの方が先に出ないとマズイんじゃないんですかねぇ…」
ハリーが和田へ怪訝そうな表情で言う。
「早く、お尻を拭いて来て下さい…」
ハリーにそう言われた和田は、「はい…」と言って、しずしずと洋式トイレに入って行く。
「まったく人騒がせだなぁ…」
そう言って、ハリーと中出氏はトイレから出て行くのであった。
(おかしいッ!…、あれは絶対に幽霊だったはずだ…ッ!)
和田はそう思いながら、トイレットペーパーをカラカラと回すのであった。
「キヒヒヒヒ……」
その時、また上から笑い声が…。
和田は覚悟を決めて上を見上げた。
そこには先程の女の化け物が、さっきと同じ様に顔を出して笑っていた。
「ギャアァァァァァァァーーーーーーーーーーーーッ!」
号泣する和田が、また失神した。
「何だッ?、何だッ?、どうしたぁッ!?」
再びトイレに引き返して来た、ハリーと中出氏。
「ああッ!」
ハリーがそう言って見たものは、便座に座ってフルチンで気絶している和田の姿であった。
「何ッ!?、どうしたのぉッ!?」
シャワーを浴び終えた不二子も、和田の悲鳴を聞いて、急いでトイレに駆け込んで来た。
「キャッ…!」
和田の、下半身あられもない姿を見てしまった不二子が、赤面しながら声を上げた!
「和田さんッ!、しっかりして下さいッ!」
ハリーがそう言って和田を起こす。
気絶していた和田が、またハッと目を覚ます。
そして目を覚ました和田は不二子を見つけると、「社長ッ!、幽霊が出ましたぁッ!、幽霊がぁッ!」と言いながら不二子の方へ走り寄って来た。
「キャ~~~ッ!、こっち来ないでぇ~~~ッ!」
両手で顔を押さえた不二子が逃げながら叫ぶ。
「和田さんッ!、ズボン!、ズボンッ!」
ハリーが、フルチンの和田を注意する。
ハッと気が付いた和田は、赤面顔で急いでズボンを上げた。
「このペンションは、絶対おかしいですよぉッ!」
ベルトをカチャカチャと絞めながら、和田が不二子に言う。
不二子は手で顔を押さえながら、横を向いて和田の話を聞いていた。
「もおッ我慢できませんッ!、ちょっとオーナーのとこ行って聞いてきますからぁッ!」
感情が高ぶっている和田は、そう言うとトイレを足早に出て行った。
後ろで不二子が、「あっ!、和田くん!」と言う。
「ちょっと和田くんってば…、落ち着きなさいよッ!」
ズカズカと進んで行く和田に、後ろからついて来る不二子がそう言っている。
「あッ!、オーナーッ!」
1Fの長い廊下の先に、オンリョウジが、背を向いて立っている姿を和田が見つけた。
「オーナーッ!、あなた何か隠してませんかぁッ!?」
オンリョウジの後姿に近づいた和田が、声を荒げて言う。
「どうしたのですか…?」
オンリョウジは、振り返ることなく、静かな口調で和田に尋ねる。
「トッ…、トイレに変な化け物が出たんですよぉッ!」
自分でもおかしな質問をしていると思いつつも、和田はためらう事なくオンリョウジにそう言った。
「化け物…?」
オンリョウジは振り返らずに、前を見つめながらポツリと言う。
「はいッ!化け物ですッ!、僕はこの目でハッキリと見ましたッ!」
和田が興奮しながら言っている後ろでは、不二子が、「ちょっと、ちょっと和田くん…」と、困り顔で言う。
ハリーと中出氏は、その状況を黙って見ていた。
「ふふふ…、あなたが見たっていうのは…」
突然、オンリョウジがそう言うと、首だけを少しだけ振り返る。
「これの事かぁ~ッ!?」
グルッと首だけを180度回転させて振り返ったオンリョウジ!
彼女の顔は、口が頬まで裂けていた!、そして髪の毛がバサバサと上に逆立ったッ!
「うわぁーーーーッ!、うわぁーーーーーッ!、うわぁーーーーーーッ!!」
その恐ろしい姿を見た全員が、号泣して叫び出す!
「南無阿弥陀仏…ッ!、南無阿弥陀仏…ッ!」
和田が慌てて手を合わせ拝みだすと、隣にいたハリーも目を瞑って、合わせた手を上下小刻みに動かしながら素早く拝み出すッ!
「ショーコォーッ!、ショーコォーッ!、ショコショコショーコォーーッ!」(ハリー)
「なんでやねんッ!」(ハリーにツッコむ不二子)
その隣の中出氏も拝みだすッ!
「エロエロアザラク…ッ!、エロエロアザラク…ッ!」(※古賀新一原作マンガ:エコエコアザラク)
「おおいッ!」(中出氏に、素早くツッコむ不二子!)
更に別の呪文をハリーが…。
「エロエロエッサイム…ッ!、エロエロエッサイム…ッ!」(※沢田研二主演映画:魔界転生)
「もお、ええわッ!」(※いいかげんにせぇと怒鳴る不二子)
「ありがとうございましたぁ~♪」(笑顔のハリーと中出氏が、横並びになって言う)
「おまえら漫才してる場合じゃねぇだろぉ……ッ!」
涙目の不二子が、ブルブルと怒り震えながら言った。
「ホホホホホ…。そんな呪文など幽霊には効かないわ…」
オンリョウジが不敵な笑みを浮かべながら静かに言う…。
「おッ…、お前は何者なんだッ!?」
和田がビビリながらオンリョウジに問う。
「私…?、だから私は見ての通り、幽霊よ…」
恐ろしい形相のオンリョウジが、和田に言った。
「私たちをどうするつもりッ!?」
不二子が言う。
「お前たちには死んでもらうわ…」
不二子が尋ねると、オンリョウジは笑いながらそう言った。
そして、オンリョウジの後ろに光の輪が出来ると、それはどんどん大きく広がり出した。
「これはこの世とあの世をつなぐ結界よ…。ここへお前らを引きずり込んで、二度とこの世に戻れなくしてあげるわ…」
オンリョウジはそう言うと、「ホホホホホ……」と、高笑いをした。
「さぁ…、こっちへ来なさい…」
オンリョウジが前に一歩進む。
「ゴメンだわッ!」
後ずさりしながら言う不二子。
「私のオッパイ触らせてあげるわよ…」(笑うオンリョウジ)
「何ですとぉッ!?」(喰いつくハリー)
「お前バカかぁッ!」(不二子がヒステリックにハリーへ怒鳴る)
「冗談ですよ不二子さん…。どうやらここで、私の本当の力を見せる時が来たようでやすね…」(不敵な笑みのハリー)
「えッ!?、どういう事?」(不二子)
「今まで隠していましたが、実は、私は若かりし頃、サンボの達人のロシア人レスラーという触れ込みで、ヨーロッパを転戦した、Jrヘビー級のプロレスラーだったのです…」
「本当なのそれ!?」と驚く不二子。
「はい…」とハリーが頷く。
「すごいじゃないですかぁハリーさんッ!、ヨーロッパ転戦なんて、まるで佐山サトルや前田日明と一緒じゃないですかぁッ!」
和田が声を躍らせてハリーに言う。
「そういう事でやす…」(ニヤッと笑みを浮かべるハリー)
「じゃあリングネームも、前田日明の“クィック・キック・リー”みたいな、カッコイイ名前で試合してたんですねッ!?」(和田)
「彼はチャイニーズ系という触れ込みで試合に出ていましたが、私はロシア系だったので、ちょっと違います…」(ハリー)
「どうしてあなたは、ロシア系でデビューしたのッ!?」(不二子)
「仕方ありません…、リングネームがロシア人ぽい関係です…」(ハリー)
「どんなリングネームだったんですかぁッ!?」
和田が羨望の眼差しでハリーに聞いた。
「チチシボリ・オシリスキーです…」(ハリー)
「……。」(口を開けてコメントできない和田)
(それって…、自分の欲望をただリングネームにしただけよね…?)
冷や汗を流す不二子は思った。
「ちなみに、日本へ凱旋帰国してからのリングネームは、“馬並辰巳”です」(ハリー)
「聞いとらんわッッ!!」(不二子)
「くだらない話はもう終わったの…?」
ご丁寧に幽霊は待っていてくれていたのだった。
「失礼いたしやした…。それでは参ります…」
ハリーはそう言うと、イキナリ幽霊に向かって走り出した!
「チョリソォオオオオ~~~ッ!!」
鮮やかなフォームで、ドロップキックを幽霊に放つハリーッ!
スカッ…。
「あれッ?」
幽霊をすり抜けるドロップキック状態のハリー。
ドカンッ!
「ギャッ!」
ハリーが勢い余って、顔から壁に激突した。
「ハリーッ!」
心配そうに叫ぶ不二子。
「痛たたたた…」(鼻を押さえるハリー)
「ホホホホホ…、幽霊にドロップキックは効かないわ…」
オンリョウジが言う。
「うぬぅ…、見事なディフェンスだ…。まるで、“リングにかけろ”の、志那虎一城の様なディフェンスだ!」(ハリー)
「幽霊だから、すり抜けただけなんじゃないんですかぁ?」と和田がハリーに言う。
「フフフ…、そっちが、“リングにかけろ”で来るなら、私もやらせてもらいましょう…」
「このスーパースタア、ハリー・イマイが放つ、究極のスーパー・ブロー…」
「その名も…ッ!」(振りかぶるハリー!)
グワッ!
ハリーがオンリョウジに向かって、拳を振り上げた!
「ギャラクティカ……ッ!」
「マグナムゥッ…!」
バッゴォ~~~~~ンンッ!
ハリーが繰り出した拳から、ものすごい風圧が飛び出した!
スカッ…。
だが、その風圧も幽霊のオンリョウジをすり抜けてしまった!
「わぁッッ!」
ギャラクティカ・マグナムの風圧が、不二子たちの方に向かって来たッ!
慌てて床に伏せる2人。
バキャッ!
ボワッ!!
壁にぶち当たった風圧で、天井が吹っ飛んだ!
バキバキバキ…。(そして崩れる建物)
「うわぁッ!」
「キャア~ッ!」
(ガレキが落ちる中、頭を抱えながら叫ぶ和田と不二子)
「なんとッ!、ギャラクティカ・マグナムも通じんとは…ッ!」
仁王立ちのハリーが、オンリョウジに言う。
「ホホホホホ…、幽霊にギャラクティカ・マグナムは効かないわ…」とオンリョウジ。
オンリョウジの後ろでは、床に伏せている不二子が、「アンタどこ狙ってんのよぉッ!」とハリーに怒鳴っている。
「ならば最終兵器…ッ!」
ハリーはそう言うと、オンリョウジの元へと駆け出したッ!
「ハリー百裂拳ッ!」
「はぁーッ!……、チョッチョッチョッチョッチョッチョッ……!!」
ハリーの両手の人差し指が、激しくオンリョウジのバストを突っつくッ!
「チョッチョッチョッチョッチョッチョッ……!!」
手が何本にも見える速さで、ハリーはオンリョウジのバストをひたすら突っつき続ける!
しかしオンリョウジは、巨乳を突っつかれながら高笑いをして言う。
「ホホホホホ…、幽霊に、おっぱいツンツンは効かないわ…」
「なんて恐ろしいやつだぁッ!」
バッと後ずさりしながら、ハリーが言う。
「満足しましたかぁ…?」
後ろにいた和田が、おっぱいツンツンを思う存分堪能したハリーに言った。
「アンタあんな技で、幽霊が倒せるとホンキで思ってんのッ!?、バカァッ!!」
涙目の不二子がハリーに怒鳴る。
「みなさん…、私に任せて下さい…」
「中出氏ッ!?」
その時、スッと幽霊の前に歩み出た中出氏に、みんなが言う。
「次の相手は、あなたなの…?」
不敵な笑みを浮かべたオンリョウジが中出氏に言う。
中出氏は、幽霊をニヤッと見つめた。
「まったく…、人間は往生際が悪いわねぇ…」
「私は妖術が使えるのよ…」
オンリョウジはそう言うと、掌を上に向けた。
すると彼女の手から、煙がシュシュシュシュシュッと勢いよく立ち込める。
「そらぁッ!」
オンリョウジはそう叫ぶと、掌を不二子たち目がけて突き出した。
シャーーーーーーーッ!
オンリョウジの手から出た煙が、捻じれながら1本の棒状になって向かって来る!
「わあッ!」
間一髪でそれを避けるみんな。
バキャッ!
その煙は、壁にぶち当たると建物を破壊した。
ガラガラガラ……。
ひぇえええええ……。(怯える不二子たち)
「どう…?、少しは驚いた…?」
笑いながら中出氏に言うオンリョウジ。
「煙なら僕だって…」
中出氏はそう言ってニヤッと笑うと、上着ポケットに素早く手を突っ込んだ。
そして中出氏は幽霊の前で中腰のポーズになると、自分の人差し指と親指を、幽霊の目の前で素早く動かした!
すると、中出氏が着けたり離したりする指の先から、白い煙が立ち込め始めるではないかッ!
「うぉッ!?」(仰け反る幽霊)
「きっ…、きさま人間の分際で、妖術を操れるのかぁッ!?」
明らかに動揺したオンリョウジが、中出氏に言う。
これくらい、駄菓子屋で30円払えば、誰だって出来ますよ…」
中出氏はそう言うと、ニヤッと笑った。
(あれ、“ようかいけむり”じゃね…?)
その光景を見ていた不二子は、そう思うのだった。
「みなさん…」
みんなに振り返った中出氏が、しゃべり出す。
「実は私は、中東で行われる寝技世界一を決める大会で、優勝した事があるんですよ…」
中出氏が静かな口調で言う。
「中東で行われる寝技世界一を決める大会って…ッ!、あの菊谷栄が日本人で初めて優勝した事で知られる、あの大会ですかぁッ!?」
ハリーが驚いて中出氏に聞く。
「違います…。ハリーさんの言ってる大会は、“アブダビコンバット”の事でしょ…?」(中出氏)
「違うんですかぁッ!?」(ハリー)
「私が優勝したのは、“マダレスコンバット”ですよ…」(中出氏)
「何ですかそりゃぁッ?」(ハリー)
「“マダレスコンバット”とは、“夜の寝技”の世界一を決める大会です…」(中出氏)
「夜の寝技ぁ~ッ!?」(ハリー)
「はい…、マダレスとは…、MUD(泥)・レスリング…。つまり日本で言うところの、“ドロレス”の事です…」(中出氏がニヤッとして言う)
「そんな素晴らしい大会が、中東では行われてるんですかぁ~ッ!?」(ハリー)
「ねぇねぇ和田くん…、ドロレスってなあに…?」
不二子が和田に聞く。
「えっ?、社長、ドロレス知らないんですかぁ?」
「ええ…」
「ドロレスってのは、ビアガーデンの余興の1つですよ…」
「ビアガーデンの…?」
「そうです…。大き目の子供用プールに、ぬかるんだ泥を入れて、そこにビキニの若い女性が2人入って、取っ組み合いを始めるんですよぉ!」
「えっ?、何の為に…?」
「ぬかるんだ泥の中で戦えば、上手く行けば若い女性の、オッパイポロリが拝めるというワケです」
「何それッ?、いやらしいわね和田くんッ!」
「何ですかぁ~ッ!、社長が聞いたから答えたんじゃないですかぁッ!?」
「でも私は今までそんな余興、ビアガーデンで観た事なんてないわ!」
不二子がそう言うと…。
「あれも女性の社会進出に伴う、弊害の1つでやすよ…」
2人のやり取りを聞いていたハリーが、ポツリと言った。
「弊害…?」と不二子。
「そうです…。ドロレスは昭和から平成の初期までは存在してたんでやす…」(ハリー)
「……。」(不二子)
「ですが、女性がどんどん社会進出をして来たその時代の流れによって、ああいった大人の男の歓楽街が、段々と淘汰されてしまったというワケでやす」
「今のおしゃれなビアガーデンは、女性客に媚びへつらう偽物です。あんなものは、本来のビアガーデンではありやせん…」
「今のビアガーデンは、まるで牙を抜かれた闘犬のようなものでやす…」
ハリーは寂しそうにそう言うと、あの頃の時代を懐かしむ様に、遠くを見つめるのであった。
「ほぇ~…」
そうなんだぁ~?と、不二子はハリーの話を思うのであった。
「ふふふ…、あなたって変わってるわねぇ…?」
オンリョウジが中出氏に笑いながら言った。
「変わってる…?」
中出氏が言う。
「だってそうじゃない?、夜の寝技って事は、あなた幽霊の私と寝たいって事なんでしょ?」
「はい…。だって面白そうじゃないですか?」
「面白い…!?、あなたは死ぬのが怖くないのッ?、幽霊と寝たら、生気を抜き取られてあなたは死ぬのよ!」
「構いませんよ…。私の人生、バーリトゥード(何でもあり)ですから…」
「何ッ…!?」(驚くオンリョウジ)
「僕が死んだら僕も幽霊になる…。そうしたらお互いの関係は、フィフティー・フィフティーになりますよね?」
「どういう意味だッ!?」
「幽霊となった僕から、あなたは永遠に逃げられなくなる…。僕の夜の寝技を、あなたは永遠に受け続ける事になる…」
「ううッ…!」
中出氏の言葉に驚き、後ずさりする幽霊。
「きさまッ!、きさまは一体、私に何をするつもりだッ!?」
幽霊が中出氏に問う。
「そうですねぇ…。まずは、超電磁ヨーヨーというグッズを使って、あなたを痛みつける事にしましょう…」(澄まし顔の中出氏)
(グッズで痛みつけるッ…!?、何故だッ…!?、何故そんな事をする必要があるッ…!?)と考える幽霊。
「痛みつけたら、次は何をするつもりだぁッ!?」
幽霊のオンリョウジが中出氏に聞く。
「ふふふ…、痛みつけた後は、超電磁竜巻という技で、あなたを磔にして動けなくさせます…」(ニヤッと笑う中出氏)
(痛みつけたら磔…ッ!?、そうかッ…!、えっ…SMかぁッ!?)
オンリョウジは、中出氏のプレイスタイルに合点がいく。
「は…ッ、磔にしたらどうする気だぁッ!?」と、ドキドキしながら聞くオンリョウジ。
「仕上げは、超電磁スピンという技で、高速回転した僕が、あなたの身体を貫きますッ!」
そう言うと中出氏は、中指でメガネのフレームをくぃっと押し上げた。
「ひぇええええええええ……ッ!!、なんてイヤラシイッ!!」
中出氏の説明に、悲鳴を上げながら後ずさりする幽霊。
(それって、全部、コンバトラーVの技じゃね…?)
中出氏の説明を聞いていた不二子が、昔のアニメを思い出し、そう思うのであった。
「では…」
そう言って、幽霊に一歩近づく中出氏。
「くッ…、来るなぁッ…!」
後ずさりするオンリョウジ。
「さぁッ!」
そう言って中出氏が幽霊に近づくと、オンリョウジは「来るなぁ~ッ!」と叫び、結界トンネルの中へと逃げ込んだ!
「あッ!、ユウちゃんッ!?」
手を差し伸べてオンリョウジを見る中出氏。
中出氏も幽霊を追って、結界の中へ走り出した!
「ユウちゃん…?」
何で?と、不二子。
「ユウレイだからじゃないですかぁ…?」
隣の和田が不二子に言う。
「さぁみなさんッ!、今のうちですッ!、早くここから逃げましょうッ!」
ハリーが突然、2人に叫んで言う。
「えっ…!、でもまだ、中出氏が…」
結界トンネルに入って行った中出氏を心配する不二子。
「中出氏の事なら大丈夫です!、さぁ!、早く逃げましょうッ!」(ハリー)
「え?、え?、なんで?、なんで大丈夫なの…?」と不二子が思う。
バキバキバキ…。
その時、結界のトンネルが収縮し出した!
トンネルの周りの建物が崩れ、ブラックホールの様に、穴の中へと吸い込まれ出したッ!
「さぁ!、急いで下さいッ!、早くッ!」(慌てて叫ぶハリー)
ズズズズズ…、バキバキバキ…。
崩れた建物が、結界のトンネルの中へと、どんどん吸い込まれて行く。
「わぁあああああ~~~ッ!」
不二子と和田は叫びながら、建物の出口へと走り出した!
「はぁ…、はぁ…、たっ…、助かったぁ…」
前屈みになって肩で息をする不二子。
「社長ッ!、あれを見て下さいッ!」
そう言った和田の方へと振り返る不二子。
和田が指差す方向には、結界トンネルがどんどん小さくなっていく様が見えた。
シュウシュウと音を立てながら、収縮していく結界。
やがてその穴は塞がった。
吸い込まれたリンリンハウスも、跡形もなく消えた。
そして夜の山に静寂が戻る。
「みなさん、助かって良かったですねぇ!」
笑顔のハリーが言う。
「で…、でも、中出氏が…」
不二子がそう言うと、どこからともなく中出氏の声が…。
「お~い!」
そこには笑顔の中出氏が、塞がった結界とは全然違う方向から、こちらに向かって走って来る姿が見えた。
「えッ?、えッ?、どおいう事!?」
驚いてる不二子の前を通過した中出氏が、和田とハリーの元へ走り寄った。
「中出さんッ!、無事だったんですねッ!?」
笑顔の和田が言う。
「このヤロウ~!中出氏!、心配させやがってぇッ!」
ハリーが中出氏の腕を、バンバン叩きながら言っている。
ははははは…。(笑い合う3人)
(モロボシダンかい…?)
中出氏の現れ方が、まるでウルトラセブンのエンディングシーンの様に見えた不二子が思った。
「ところで幽霊の方は、どうなっちゃったんですかぁ!?」
和田が中出氏に聞く。
「私がイカせたら、逝っちゃいました…」
中出氏がニヤッとして言う。
ダァ~ハハハハハ……!(大笑いするハリーと和田)
「そうですかぁ?、イッちゃったら、逝っちゃいましたかぁ~ッ?」
大声でそう言うハリー。
(ほんっとに…ッ、なんて下品な人たちなのかしらッ!)
不二子は、下品な笑い声をあげている3人を、黙って睨みつけていた。
「それにしてもハリーさん、リンかけの剣崎順のギャラクティカ・マグナムを放てるなんて、スゴイじゃないですかぁッ!」
中出氏がハリーに言う。
「いやぁ…、マンガの通りに試してみたら出来ました…」
頭をかきながら、ハリーが照れ臭そうに言う。
「高嶺竜児のブーメラン・スクエアも出来るんじゃないですかぁ?」(中出氏)
「やってみましょう…、中出氏、腹に力を入れて下さい…」
そう言うとハリーは、中出氏のボディを確認する様に、自分の拳を数回押し当てた。
「行きますよぉッ!」
「ブーメラン…ッ」
「スクエアッ!!」
そう言って繰り出したハリーの拳が、中出氏のボディに当たった!
カッッ!!
「わぁッ!」
中出氏がそう言うと、彼の身体がプロペラの様にグルッと回転した!
ブワッ!
わぁああああああああ………ッ!!
中出氏は、まるで竹トンボの様に、回転しながら空中高く舞い上がる!
バキッ…、ガサガサガサ……ッ
暗闇に舞い上がった中出氏のシルエットが、山の木のてっぺんにぶつかった!
わぁああああああああ……ッ!!
中出氏は折れた枝と共に、谷底へと落下して行く。
「ちょっとッ!ちょっとッ!、ハリーッ!、これは山岳死亡事故よぉッ!」
悪ふざけが過ぎるハリーに、不二子が蒼ざめた表情で詰め寄った。
「中出氏の事なら心配ありませんよ…」
ハリーは人差し指を立て、ニヤッとしながら不二子に言う。
「お~い…!」
その時、またもや全然違う方角から中出氏の声。
ガクッと、その場に崩れ落ちる不二子。
「中出さんッ!」
こちらに走って来る中出氏に、嬉しそうな表情で言う和田。
「このヤロウ~!中出氏!、心配させやがってぇッ!」
2人の側まで戻って来た中出氏の腕を、ハリーがバンバン叩きながら言っている。
ははははは…。(笑い合う3人)
「あっ…あたしには…、ハリーがフルハシ隊員にしか見えないわ…ッ!」
ガックリと崩れ、立ち上がれないでいる不二子が、四つん這いになりながら言った。
フルハシ隊員とは、若き日の毒蝮三太夫が演じた、ウルトラ警備隊の1人である。
「さぁ~て、これからどうしゃしょうかぁ…?」
ハリーがみんなに聞く。
「こんな暗闇じゃ、やっぱ野宿ですかねぇ…」と中出氏。
「いッ…、イヤよ私は、こんなとこで野宿するなんてッ!」
不二子が慌てて言う。
「あれッ!?…、あの明かりは何でやすかぁッ?」
その時、ハリーが突然叫ぶ。
「ホントだ…。なんかペンションみたいな建物ですね…?」と和田。
「ちょっと、ちょっと、ちょっとぉ~…!、こんなとこにペンションなんかあるワケないでしょうッ!」
不二子がビビリながら和田に怒鳴る。
「でもホントに、そんな感じですよぉ!」
和田が明かりの見える方向を指差しながら言う。
「ちょっと行ってみますか?」
中出氏がみんなにそう言った。
「またぁ…?」
不二子が嫌な顔をして言う。
4人は、その明かりの見える方向へと歩き出すのであった。
段々と近づいて行くと、明かりが灯す建物から、元気のよい女性の声で、どこかで聞いた様な、料金システムを繰り返す音声テープが聴こえて来た。
「1時間ッ、はっぴゃくえんッ!…、1時間ッ…!、800円…ッ!!」
「なんですか、あれは…?」
ハリーが見つめるその建物の看板には、「ペンション リンリンハウス 2号店」と書かれていた。
「系列店でやすかねぇ?」とハリー。
「入ってみますか?」と、澄まし顔の中出氏が言う。
「冗~~談じゃないわよッ!、あたしは絶対イヤッ!」(不二子)
「じゃあ不二子さんだけ、この暗闇の中、1人で残ってて下さい」(ハリー)
「ええッ!」(不二子)
「私たちは、あのペンションに泊まりますから…」(中出氏)
「わぁ~~~~~ッ!、酷いわぁ~~~~ッ!、なんでそんな事いうのよぉ~~ッ!」(泣く不二子)
「だったら一緒に入りましょうよ!」(笑顔の中出氏)
「イヤーッ!、それもイヤーッ!、どっちもイヤァーーーーッ!」(号泣する不二子)
「大丈夫ですって…」と中出氏。
「アナタおかしいわよ絶対ッ!、普通じゃないわッ!、なんでッ…、なんでアナタは平気なのよッ!?」
涙目の不二子が、怒り顔で中出氏に聞く。
「私の人生…、バーリトゥード(何でもアリ)ですから…」
中出氏はそう言うと、中指でメガネのフレームを、くいっと押し上げた。
「……ッ!!」(絶句する不二子)
「じゃあ入りますかぁ~!?」
ハリーが明るく元気に言う。
「あああああーーーーッ!、イヤーッ!、絶対イヤーーーッ!」(グズる不二子)
「社長泣かないで下さいよ…」
困り顔の和田が不二子に言う。
「イヤァーッ!、イヤァーッ!、ゼッタイ!、イヤァ~~~~~~ッ!」
漆黒の暗闇の中、夏の夜の川乗山では、不二子の叫び声がいつまでも続く。
遠くでは、高所に生息する1羽の鵺鳥も、不二子の泣き声に合わせる様、そっと静かに鳴き続けるのであった。
日本の山には、古から“何か”がいると、まこと囁かれている。
それが何なのか?、誰にも説明が出来ない。
だが、確かにそこには、その“何か”がいるのだ。
それは有機体なのか?、それとも幻なのか…?
現代のテクノロジーを持ってしてでも、それらを解明する事が出来ない、その“何か”…。
人はそれを、“山怪”と呼んだ…。
fin.