表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夏詩の旅人

山怪「夏詩の旅人新章7」

作者: Tanaka-KOZO

 日本の山には、古から“何か”がいると、まこと囁かれている。


それが何なのか?、誰にも説明が出来ない。

だが、確かにそこには、その“何か”がいるのだ。


それは有機体なのか?、それとも幻なのか…?

現代のテクノロジーを持ってしてでも、それらを解明する事が出来ない、その“何か”…。


人はそれを、“山怪”と呼んだ…。





 2012年7月

東京新宿にある音楽イベント会社、“Unseen Light”のオフィス内。 


「社長!」

岬不二子の部下である和田が言う。


「なあに和田くん…?」

不二子が言った。


「これ…、見て下さいよ!」


そう言うと和田は、手にした雑誌を開いて不二子に見せた。

その雑誌は、「楽しい登山」という雑誌であった。


「“今、空前の登山ブームが訪れる!”…?、何これ?、和田くん…」

雑誌の頁を見た不二子が、和田に言う。


「社長!、ここ!、ここ!…」

和田は、開けた頁のある部分を差して、不二子に言う。


その部分を見る不二子。


そこには、「登山でストレス発散! 悩み解消! 明日につながるストレス・フリーな毎日を!」と書かれていた。


「これが何…?」と不二子。


「だからぁ…、社長は、あの事件以来、元気ないじゃないですかぁッ!?」


そう和田が言った“あの事件”とは、6年前に起きた、鎌倉国立大学で起きたテロ事件の事であった。


不二子は事件当日に、その現場に居合わせていた。


その時、一緒にいたシンガーソングライターは、テロリストから友人を救出に行き、そこで犯人の銃弾に倒れてしまうのだった。

彼はその後、病院へ緊急搬送され手術を受けるも、2度とギターが弾けない身体になる事を医師に告げられてしまう。


数日後、彼の見舞いに病院へ訪れた不二子は、シンガーソングライターが行方不明になる事を知る。


あなたは一体、どこへ消えてしまったの…ッ!?


以来、不二子は、彼の行方を自分なりに探してはみるが、手掛かりはまったく掴めないままであった。


不二子は、行方不明の彼の事を考えれば考えるほど、胸の内が苦しくなった。

そして事件から6年経った今でも、どこか不二子の心は空虚なままとなっていたのである。



「私が元気ない…?」

不二子が和田に言う。


「ええ…」と和田。


「そんな事ないわよ」


「いいえ!、そんな事あります!」

和田が断言するように不二子へ言う。


もしかしたら和田は、自分があのシンガーソングライターを、ずっと想い続けている事を気づかれているのでは…ッ!?


不二子はさり気なく、和田にカマを掛けてみる事にした。


「なんでそんな風に思うの…?」

不二子が聞く。


「5年前に、イケメン刑事さんとしたお見合いが、失敗したからですよ!」

和田の的外れなヨミに、ズルッとバランスを崩す不二子。


「あ…、あれは、私からお断りしたのよぉッ!」

ちょっとカチンと来た不二子が、和田に言う。


「いいです…、いいです…。分かりますよ社長…」

「あれ以来、社長は何回もお見合いをしてますけど、ことごとく失敗してますからね…」


不二子を手で制止ながら、和田は「うん、うん…」と頷きながら言った。


「ちょっとぉッ!、あれも全部、私から断ったのッ!」

「親が無理やり、私にお見合いをセッティングして来てるだけなんだってばッ!」


不二子がムキになって弁明する。

その不二子を和田は、「本当ですかぁ~?」という目つきで見つめる。


「あなたねぇ…、まるで私が誰にも相手にされない、行き遅れオンナみたいに言わないでよ!」


「じゃあ何で元気ないんですかッ!?」


「元気あるもんッ!」

プイっと、顔をそむけて言う不二子。


「何、カワイコぶって言ってるんですかぁ!?」

本当はその後に、「42歳にもなってッ!」と言いたかった和田であったが、そこまで言うと怒った不二子に、首を絞められそうだったので、その先は黙っている事にした。


「あなた私が、どれだけモテるか知らないくせにぃ~~…」

和田を指差しながら、意地悪い笑顔で言う不二子。


「へぇ…、そうなんですかぁ…?」

興味なさそうに和田が言う。


「IT系社長でしょう…?、お医者様でしょう…?、それから売れっ子クリエイターでしょう…?」

指折り数えながら、不二子がムキになって言い続ける。


「社長…」

冷めた表情の和田が言う。


「えッ!?」

何よ!という感じで、和田に振り向く不二子。


「やめましょう…。虚しいだけです…」


そう和田に言われた不二子は、悔しそうな顔で和田を見つめると、「わ~~~んッ!酷いわぁ~~ッ!」と泣き出すのであった。


「ほらやっぱり!、ストレス溜まりまくりじゃないですかぁッ!」

そんな不二子に追い打ちをかける和田が、勝ち誇った様に言う。


「お前…、次のボーナス全額カットだからなぁ…」

涙目をこすり不二子が睨みながらそう言うと、「うへッ!」と和田が驚いた。


「そんなの、あんまりですよッ!、公私混同じゃないですかぁッ!」


「うるさぁ~いッッ!、倍返しだッ!」

どこかで聞いた様なセリフを、不二子は言うのであった。





「え?…、奥多摩に日帰り登山…?」

高ぶっていた気持ちから、落ち着きを取り戻した不二子が、和田の説明を聞いてからそう言った。


「僕、ちょっと登山に興味あるんですよ…」

「社長!、ストレス発散できますよ!、だから一緒に行きましょうよ!」


和田が笑顔で不二子に言った。


「私、登山なんて行った事ないわ…」


「僕だってそうですよ!」


「危険なんじゃないの…?」


「大丈夫ですよ!、ほら、これ見て下さい!」

和田はそう言うと、自分のスマホ画面から、あるHPを見せるのであった。


「これは…?」

画面を見ながら言う不二子。


「登山のインストラクターです!」と和田。


「インストラクター…?」


「はい…、このHPのツアー会社が、登山のナビゲーションをしてくれるんです。だからド素人の僕らでも安心というワケです!」


「でも私、トレッキングウェアとか持ってないわ…」


「そんなの最近は、ユニシロやワークメンで、安く買えますよ!」


「やる気満々ね?、和田くん…」


「はい!…、それからですね~…、社長、これ見て下さい…」

和田がHPのサービス内容が書いてある部分を指差す。


「へぇ~…?、食事付きなんだぁ…!?」と驚く不二子。


「そうなんです!、つまり、面倒な事なく、気軽に手ぶらで登山が体験できるんですよッ!」

声を弾ませて、和田が言う。


「至れり尽くせりなのね…?」


不二子はそう言うと、そのツアー会社の名前を見てみる。

社名は、“8の字無限大!”と、書いてあった。


(8の字無限大…?、変な名前の会社ね…)


その会社のロゴマークは、「8」の部分が、メガネを縦に傾けたイラストになっていた。


「どうです?、社長…?」

和田が不二子に言う。


「分かったわ…、その奥多摩の登山ツアーに、私も一緒に行ってみましょう…」


こうして不二子は、和田と一緒に登山へ行く事を承諾するのであった。



 1週間後、登山当日となった。


東京、奥多摩駅前


「あっ、社長~!、おはようございま~す!」

先に到着していた和田が、駅改札口から出て来た不二子を見つけ、そう言った。


「あ!、おはよう和田くん!」

和田の方へ向かいながら、不二子も言った。


「あらら…?、社長~、なかなか山ガールっぽい、良いコーデじゃないですかぁ?」

不二子のファッションを、上から下まで眺めた和田が笑顔で言う。


「そんな…、ガールだなんて…。私なんか、もうガールなんて呼ばれる齢じゃないわよ…」

和田の言葉に、不二子が少し照れた様に言う。


「いやぁ~、山ガールなんて言っても、大体みんなそんな年齢ですよ!」


そう言った和田に、「ん?」と耳を傾ける不二子。


「後姿見て、若い女だと期待して山道で追い越すと、振り返って見た山ガールは、みんなおばさんばっかて話ですよぉ!、ヘタしたらおばあさんの時だってあるらしいですからねぇ!」

和田が笑顔で不二子に言う。


「あんたそれ、私にフォローするつもりで言ってるんだとしたら、とんだ勘違いだからね…ッ!」


不二子が和田を睨んでそう言うと、和田は「うへッ!」と、後ずさりした。



「あの~、すいません!、今日ご予約の和田様でしょうか…?」

その時、不二子の背後から男性の声。


「はい…、そうですけど…?」

不二子が、声の主の男性に振り返る。


「あれっ!?」と驚く、その男性。


「なッ…、中出(ナカデ)氏じゃないのぉッ!?、何で…ッ?、何であなたが、ここにいるのよぉッ!?」

相手男性の顔を見た、不二子の方も驚いた。




「実は私、青梅市に住んでるんですが、地元の“耳かき膝まくら”で、ちょっとトラブルを起こしてしまい、今は奥多摩町に身を潜めておるのです…」

中出氏が不二子に説明する。




「何よ…?、耳かき膝まくらって?」

不二子が中出氏に聞く。


「日々戦っている、サラリーマンたちの心を癒してくれる、リフレクソロジーです!」

中出氏が言う。


「リフレクソロジ~!?、どうせまた変なお店なんでしょッ?」

軽蔑の眼差しで不二子が言う。


「違いますよぉ~!」

手を振って、弁解する中出氏。


「あの~…、社長…、お知合いだったんですかぁ…?」

インストラクターの男性を、既に知っていた不二子に和田がそう聞いた。


「まッ…、まぁ…、あんまり知り合いにはなりたくなかったんだけど、一応、知り合いね…」

不二子が和田に、たどたどしく言う。


「ねぇッ!、今日の登山のインストラクターって、あなたなのぉッ!?」

それから続けて、不二子は中田氏にあらためて確認した。


「はい…」と澄まし顔の中出氏が言った。


「登山って、真面目にやらないと危険なんでしょッ!?、失礼だけど、あなたなんかで大丈夫なのッ?」


「大丈夫ですよ…。私は最近まで、とある山で働いておりましたし…」と中出氏が言う。


「どこの山で働いてたんですかぁ?」

和田が聞いた。


「青山です…」と、澄まし顔の中出氏。

不二子がズルッと崩れる。




「メチャメチャ、都会じゃないですかぁッ!?」と和田。


「紳士服の販売をしておりました…」(中出氏)




「青山って、そっちかいッ!?」

驚愕した不二子が、すかさずツッコんだ。


「安心して下さい…。実はですね…、今日は私の他に、もう1人、山岳警備員を同行させていますので…」

中出氏が不安な表情をしている不二子にそう言った。


「警備員って…、まさか…!?」(不二子)


「いやぁ~!、どうも!、どうも!」

その時、笑顔のハリーが、「ガハハハハ…」と笑いながら現れた。


(でたぁ~~~ッ!)

予想通りの人物の登場に、不二子はそう思うのであった…。





川乗橋バス停


ブロロロロ~…。


奥多摩駅からバスで移動して来た4人がバス停を降りると、今乗って来たバスが走り去って行った。


「それでは、今日は川乗山という、標高1,365mの山に登ってみたいと思います!」

中出氏が不二子たちにそう言った。


「登山口は、ここから20分ほど歩いた場所にある、細倉橋の横にあります」

「それまでは、この林道を歩いて行きますので…」

中出氏が説明をする。


「では!、しゅっぱぁあ~つッ!」

ハリーが元気な声で叫んだ。


広い林道を縦一列に歩き出す4人。

先頭は中出氏、続いて和田、不二子、最後尾はハリーとなって4人は歩く。


(ホントに大丈夫なのかしら…?、この人たちで…)

不二子は不安を抱きつつ、舗装された林道を無言で歩くのであった…。




「あの…、中出さんは、なぜ山に登るんですかぁ…?」

しばらく進むと、和田が先頭を歩く中出氏に、そう質問をした。


「そこに山があるからです…」

中出氏が振り返り、ニヤッとした表情で和田にそう言った。


「へぇ…」

和田が感心した様に言う。


「ある山男の言葉です…」

感心してる和田に中出氏は、そう付け足す様に言った。


「ねぇ…、あなたって、どうしていつも、イヤラシイ事ばっか考えてるの…?」

今度は不二子が中出氏に聞いた。


「そこに女がいるからです…」

不二子に向いて、中出氏がニヤッとして言う。


「ある間男の言葉です…」

中出氏は付け足す様に言った。


「へぇ…」と和田。


「違うだろぉッ!」

感心してる和田に、そう怒鳴る不二子であった。





細倉橋登山口


「さぁ、登山口に到着しました!、ここからは、いよいよ山道に入りますので、足元に気を付けながらに進みましょう!」

中出氏が登山口の手前で止まると、みんなにそう言った。


こうして不二子らは、先導する中出氏に続いて、登山口から登り始めるのだった。



 そして登り始めて、しばらくしてから、ハリーが笑顔で急に言い出した。


「みなさん!、ここから先は歌でも歌いながら、楽しく行きましょうかぁ~!?」


「良いですね~!」

中出氏がハリーの提案に同調した。


そして、ダークダックスの「山男の歌」を楽しそうに歌いだす、中出氏とハリー。


「娘さん、よ~く聞ぃ~けよ…♪」


「間男にゃあ惚れるなぁよぉ~♪」


「ホレるかぁッ!」

2人が歌う変な替え歌に、不二子は山を登りながらツッコみを入れるのであった。





「あれぇ…、おかしいなぁ…?」

先頭を歩く中出氏が言った。


「どうしたの?」

中出氏に近づいて不二子が不安そうに聞く。


「いや…、地図通りに進んでるはずなんですけど、頂上への分岐が見当たらないんですよ…」と中出氏。


「迷ったのぉ~ッ!?」

驚いて不二子が叫ぶ。


「はい…、その様です…。GPSを使っても、ナゼかダメなんです。まるでどこかに、引き寄せられているみたいな感じです…」

申し訳なさそうに言う中出氏。


「どッ!、ど~すんのよッ!?、こんな山奥で…ッ!」


「迷う道じゃないんですけどねぇ…?」


「山は日没が早いんでしょッ?、早く降りなきゃ大変な事になるわッ!」


「帰り道も分かりません…」と中出氏。


「あ~~ッ!、もうッ!、何やってんのよぉ~ッ!」

恐れていた事態が起きた事で、不二子はイライラし出すのであった。


「まぁまぁ…不二子さん。こんな時は慌てても仕方ありません…」

「きっとお腹が空いたからイライラしてしまうんですよ…」


ハリーが不二子をなだめながら言う。


「じゃあ、ここで一旦、食事休憩でも取って、それから対策を考えましょうかぁ?」

中出氏がみんなに言った。


「賛成~♪」

中出氏の言葉に和田が言った。


「じゃあハリーさん…、みなさんの食料を出して下さい…」と中出氏。


「え?…、何であっしが…?」とハリー。


「だって、食料運搬の担当は、ハリーさんじゃないですか?」


「そうですけど、食材の調達は中出氏ですよね…?、中出氏があっしに食料を渡して来ないから、あっしはてっきり中出氏が、みなさんの弁当とかを持って来てるもんだと思ってましたけど…」


中出氏に対し、ハリーはそう言うのであった…。



「何~~~~~ッ!?、食料も忘れたのぉおおおお~~~ッ!?」


そうキレた不二子に、ハリーと中出氏は「はい…」とうなだれた。


「どうすんのッ?、どうすんのッ?、どうすんのよぉ~ッ!?」

不二子が泣きそうな顔で、中出氏に叫ぶ。


「分かりました…。では、オーバーイーツに電話して、ピザでも持って来てもらいましょう!」

そう言った中出氏の言葉に、ズルッと崩れる不二子。


「あんた何考えてんのよぉッ!?、こんな山の中にオーバーイーツが来るわけないじゃないのッ!」


「でも、オーバーイーツは、どこでも来てくれるのがウリですよ…」


「大体ねぇ…、スマホの電波も届かない山の中だってのに、どうやってオーバーイーツを呼ぶつもりなのよ!」


「私の携帯は、衛星電話だから大丈夫です!」

そう言うと中出氏は、中指でメガネのフレームをくいっと押し上げた。


「はんッ!好きにしなさい!、衛星電話で呼び出したところで、オーバーイーツがこんなとこ来るわけないんだから…ッ」


不二子はそう言うと、中出氏に対してプイッと背中を向けて、その場から離れるのであった。

中出氏の方は、その後ろで「もしもし…」と電話を掛けている。


(まてよ…!?、そうよッ!、その衛星電話で助けを呼べば良いんじゃないッ!?)

冷静になった不二子が、助かる方法を思いつくのであった。


「来ましたぁッ!、オーバーイーツッ!」

その時、中出氏が不二子にそう叫んだ。


「ええッ!?」


オーバーイーツの、あまりにも早い注文対応に、驚く不二子。

中出氏の方へ振り返ると、その上空には、ヘリコプターが旋回していた。




バラララララララララララ……。


「お~い!、お~い!、ここだぁ~!」

ハリーや和田が、オーバーイーツのロゴマークが入ったヘリに向かって、大きく手を振っている。


しかし木が生い茂る山の中、ヘリは着陸する事が出来ない様だった。

すると今度はヘリの中から、1機のドローンが飛び出して来た。


ヘリから出て来たドローンは、UFOキャッチャーゲームのクレーンみたいなアームで、ピザの箱を抱えながら、すぐ頭上まで下りて来た。


ポトン…。


クレーンを外して、ピザの箱を上空5m程の高さから落とすドローン。

それを和田が上手くキャッチした。


「あれ…?」と和田。


「どうしました!?」

ハリーが和田に聞く。


「なんかスゴク軽いんですけど…、この箱…?」

和田はそう言うと、ピザの箱をハリーに渡す。


「ホントだ…。開けてみましょう…」

ハリーはそう言うと、箱を開けた。


「ああッ!」

箱を開けたハリーが叫ぶ。


箱の中身は、梅干が1個入っているだけであった。


「なんだこりゃ…?」

続いて、一緒に同封されていた手紙を見るハリー。



 申し訳ございません。

ご注文いただいたピザだけの料金では、燃料代だけで、大幅な赤字となってしまいます。


今回は特別大サービスとして、赤字覚悟で梅干1個をサービスさせていただきました。


今後とも、オーバーイーツをどうか宜しくお願い申し上げます。



手紙には、そう書いてあった。



「わぁあああ~ッ!、なんすかぁ~ッ!、梅干1個だけで、どうしろっていうんですよぉ~ッ!?」

ガックリしたハリーが天を仰ぎながら言った。


「バカバカバカ…ッ!、そうじゃないでしょッ!」

不二子がハリーの方へ、慌てて駆け寄って来た。


「早く、ヘリを呼び止めるのよッ!、助けて貰うのよぉッ!」


「もう行ってしまいました…」と、ヘリを指差すハリー。


バラララララララララララ……。


飛び去るヘリコプター。


「ああッ!、もおッ!、中出氏ッ!、その衛星電話でもう一度、オーバーイーツを…、いやッ…、レスキューに連絡するのよッ!」

不二子は中出氏にテキパキと指示を出す。


「分かりましたぁ!」

中出氏が返事した。


(これでやっと助かる…。あ~良かった…)

不二子はそう思うと、ホッと胸をなで下ろすのだった。


「ああッ…!」と中出氏。


「今度は、なんなのよぉッ!?」

中出氏に振り返った不二子が言う。


「さっきオーバーイーツに注文した電話で、衛星電話の充電が終わってしまいましたぁッ!」と中出氏。


「うわぁ~んッ!、もお勘弁ならねぇッ!、てめえだけは生かしちゃおけねぇーッ!」

泣きながら中出氏に飛び掛かろうとする不二子を、ハリーと和田が、「まぁ、まぁ…」と、取り押さえながら言うのであった。





はぁはぁはぁ…。


「一体、いつまで歩かせる気なのよぉ~ッ!」


汗だくの不二子が、中出氏に言う。

日没となった山の中は、完全に真っ暗闇と化していた。


「これ以上、この暗闇の中を進むのは危険ですね…」

中出氏がみんなに言う。


「じゃあどうするのよッ!」と不二子が中出氏に言った。


「ここで野宿するしかありません…」と中出氏。


「ええッ!、嫌よ私は、こんなところで泊るなんてッ!」

不二子が中出氏に怒って言う。


「テントとかあるんですよね…?」

和田が中出氏に確認する。


「そんなのありません…」

中出氏が澄まし顔で言う。


「何でですかぁッ!?」

和田が驚いて叫んだ。


「だって日帰り登山ツアーなのに、テントなんか持って来ないでしょう…?」


「当然!」という顔をして、中出氏が和田に言った。


「中出氏…、ここで野宿は危険でやすよ…。川乗山は2年に1度くらいの割合で、登山者が熊に襲われているとこですよ…」

ハリーが中出氏に言う。


「ああ…、どうしましょ…?、どうしましょ…?、最悪だわ、ホント…」

不二子が頭をかかえながら、ブルブル震えながら言う。


「あれッ!?…、あの明かりは何でやすかぁッ?」

その時、ハリーが突然叫ぶ。


「ホントだ…。なんかペンションみたいな建物ですね…?」と和田。


「こんな、標高が1500m近くある山奥に、ペンションなんかあるワケないでしょうがぁッ!」

不二子が和田にそう怒鳴る。


「でもホントに、そんな感じですよぉ!」

和田が明かりの見える方向を指差しながら言う。


「ちょっと行ってみますか?」

中出氏がみんなにそう言った。


4人は、その明かりの見える方向へと歩き出すのであった。




「1時間ッ、はっぴゃくえんッ!…、1時間ッ…!、800円…ッ!!」


明かりが灯す建物から、元気のよい女性の声で、料金システムを繰り返す音声テープが流ている。


「なんですか、ありゃあ…?」


ハリーが見つめるその建物の看板には、「ペンション リンリンハウス」と書かれていた。

リンリンハウスは、漆黒の闇の中にある建物にしては、不自然にネオンがギラギラと輝いている。


「ちょっと中を見てきます…。みなさんは、ここで待ってて下さい…」

中出氏は、みんなにそう言うと、建物の中へと入って行った。



 それから3分くらい経った後、中出氏がその建物のドアを開けて出てくるのが、少し離れた場所にいる3人には確認できた。

待っているみんなに、両手で大きく「〇」とポーズを作る、笑顔の中出氏。


中出氏は「〇」を作った後、みんなの元へ駆け寄って来ると、微笑みながらこう言った。


「大丈夫です…。素泊まり4名OKですッ!、撮影と取材もOKですッ!」


「旅番組じゃねぇッつーのッ!」


不二子は、中出氏の言葉にキレるのだった。



「いらっしゃいませ…」

ペンションに入った4人に、妖艶な笑みを浮かべながら、そう声を掛ける若い女性。


髪が長いその女性は、胸元が大きく開いたドレスを着ていた。

推定Hカップはあろうかと思われる、大きなバストの持ち主であった。


「どッ…、どうぞ、よろしくお願いしますッ!」


そう言ったハリーと中出氏は、その女性の顔など見もせずに、その大きな胸を喰いいる様に見つめる。

2人の眼球は、今にも顔から飛び出しそうな感じだ。



「初めまして…、わたしく、このリンリンハウスでオーナーをしております。怨霊寺(オンリョウジ)と申します…」

不敵な笑みを浮かべながら、その女性は自己紹介をした。


「ハァッ…、ハァリィーですッ!!」

「中出氏でぇすッ!」


2人は、「ハァハァ…」と息を荒げて興奮しながら、相変わらず女性の胸だけを直視し続けながら言った。


「ご案内しますわ…。こちらへどうぞ…」

ふふふ…と、笑みを浮かべながら女性はそう言うと、みんなを部屋へと案内するのであった。


女性について行く4人。

長い螺旋階段を上がる。


リンリンハウスは、ペンションと言っても、とてもそんな雰囲気の建物ではなかった。

薄暗く、古い洋館の様な佇まいをした内装であった。


「ここですわ…」


女性が不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、案内してくれたのは、2階の突き当りにある部屋であった。

その部屋の番号は「666」となっていた。


(不気味ねぇ…、オーメンじゃないの…)

部屋番号を見た不二子は、怪訝そうな表情でそう思うのであった。



「良かったですね!?、取り合えず野宿しないで済んで…?」

部屋に入った和田が、ホッとした様に不二子に言う。


「なんか変よ、このペンション…!」

不二子が嫌な顔をして言った。


「変…?」とハリー。


「だってそうじゃない?、こんな場所に営業してるのも変だし…、この建物も、なんか不気味じゃないのッ!」


「そうですかぁ…?」


不二子の言葉に、そう言うハリー。


「私、怖いわ…!、あのオンリョウジって女性(ひと)も、どことなく不気味で、普通じゃないもの!」


「不二子さん、いつもの笑顔が消えていますね…?、わかりました…、じゃあこれでもご覧になって、いつもの笑顔に戻って下さいよ!」

ハリーはそう言うと、ケツポケットからスマホを取り出して、不二子の方へ画面を見せるのであった。


「これは…?」と不二子。


「この映像は、私が3年前に香港で行ったライブ映像です…」


「えッ!、あなた香港でライブをやってるのッ!?」


「ライブと言っても、お笑いライブですけどね…」


「お笑いライブ…?、あなたって本当の職業は何をやってる人なの…?」


不二子がそう聞くと、ハリーはニヤッと微笑むだけで、何も語らずに画面を見せるのであった。



テンツクテンツク…、ツクツク、テンテン…。


画面から演芸が開始されるリズムが流れ出す。

広東語で、ハリーの名がコールされる。


浴衣姿で扇子を手にしたハリーが笑顔で、舞台の袖から登場した。


「ニイハォ…、ニイハォ…」と言いながら、ハリーが登場する。


ライブ会場は、結構広そうなホールの様に見える。

ハリーは、「ガハハハハ…」と笑いながら、舞台中央に設置してある高座に座った。


それから間もなく、扇子を手にしたハリーが、突然しゃべり出した。


「フランス人が大好きな魚って…、何だろねぇッ…!?」


「サバ…ッ!?(※Ca va )」


意味が分からない香港の観客。

会場が静まり返った。


「ガッ…、ハハハハ…」

ウケなくて、冷や汗のハリー。


会場からヒソヒソと話声が聞こえる。

どうやら観客同士で、ハリーのギャグの意味を教えあっている様だった。


哈~ッ哈哈哈哈…ッ!!


30秒程遅れて、やっと意味を理解した観客が、間を置いて大爆笑する。

会場は口笛が吹き荒れ、拍手喝采となった。


「どうも…、どうも…」

何とか笑いを取れたハリーが、ホッとした様な表情をしている。


(スネークマンショーかい…!?)

映像を見ている不二子がそう思った。


画面では落ち着きを取り戻したハリーが、次のギャグをかます。


「せんだみつおって、実は沖縄生まれなんだってねぇ~?、へぇ~ッ!、沖縄のどこ出身ッ!?」


「那覇ッ!、那覇ッ!、那覇ッ!…」(※ナハッ!、ナハッ!、ナハッ!)


またもやシ~ンと静まり返る会場。


「ガッ…、ハハハハ…」

またもやウケなくて、冷や汗のハリー。


会場からまたヒソヒソと話声が聞こえる。

先程と同様に、観客同士で、ハリーのギャグの意味を教えあっている様だ。


哈~ッ哈哈哈哈…ッ!!


すると突然、意味が分かった観客たちが、間を置いて大爆笑した。

会場は口笛が吹き荒れ、また拍手喝采となった。


「もう…ホント大変なんすからぁ…もぉ…」


2度目の笑いを取る事にも成功したハリーが、あたふたしながら言っている。

そしてノッテきたハリーが、更にしゃべり出した。


「巨乳のお嬢さんのぉ…ッ、お父さんがぁ…、朝…、会社に行く時間になっても、まだ起きて来ないもんでぇ…」

「そんでそのお嬢さんのお母さんがぁ…、『アンタ、お父さん起こしに行って来なさいよ!』って言うもんだからぁ…」


「しょうがないんで巨乳の娘さんがぁ、お父さんを起こしに行ったら…、これがホントの『朝だ!父!(※浅田ちち)』…。う~~~~~~~……」




やはりシ~ンと静まり返る会場。


ガッ…、ハハハハ…と、気まずそうに笑うハリー。


会場からまたヒソヒソと話声が聞こえる。


「何か言ってますけどぉ…、そこんとこ、大事なんで…」

ハリーが独り言を言って、オロオロする。


哈~ッ哈哈哈哈…ッ!!


意味が分かった観客が、また間を置いて大爆笑し出した。


「いや~、いやいや…、ニイハォ!、ニイハォ…」

観客たちの歓声に、手を振って応えるハリー。



「どうもありがとう…、もういいわ…」

ため息をつきながら言う不二子。


「えっ…?、もう良いんでやすかい?」

ハリーが不二子に聞く。


「あなたの映像見てたら、目まいと頭痛がして来て、返って具合悪くなったわよ…」


「そうでやすか…」


「私…、ちょっとシャワー浴びてくるわね…」


「あ!、ちょっと待って下さい社長ッ!」


シャワーに向かおうとする不二子を呼び止める和田。


「なあに和田くん…?」


「僕、トイレ行きたいんで、先に行かせて下さいよぉッ」

部屋の浴室は、トイレと一緒のユニット式だったのだ。


「ええ!そうなのぉ?、早く済ませてね」


「無理です…、コウンなんで…!」

和田が笑いながら言う。


「コウンって…ッ!、『大』の方ってことぉッ!?」


「はい…、僕のは臭いですよぉ~…」

意地悪くニタニタした表情の和田。


「いやよ!、そんな臭いのが残ったとこでシャワー浴びるなんてッ!」

「あなた1Fの共同トイレでやって来なさいよッ!」


「いいじゃないですかぁ~…」


「ダメッ!」


「うへっ!」


不二子にきつく言われた和田が縮こまった。


「分かりましたよぉ…」


和田が渋々そう言うと、不二子はシャワールームへと歩いて行った。

そして和田の方は部屋を出て行き、1Fのトイレへと向かった。



「ハリーさん…、これ良いじゃないですかぁ…!」

不二子と和田のやり取りを尻目に、中出氏が先程のハリーのYoutube映像の事を笑顔で言い出した。


「そうでやんしょ…?」

つまらなそうにしていた不二子が理解できないハリーが、中出氏に言った。


「ハリーさん!、これをもう少し改良して、“8の字無限大!”のYoutubeチャンネルを立ち上げませんか!?」


「えっ?、あっしと中出氏とで、ですかい…?」


「はい…、もっと我々の得意分野で攻めるんですよッ!」


「得意分野…?」


「差し当たっては、“AV批評”なんかはどうでしょう…?、そんなの誰もやってないから、当たると思いますよ…」


「AV批評ですかぁ~?…」


「それこそYoutubeで当たったら、1週間で広告費が、数千万入って来ますよハリーさんッ!」


「えッ!、数千万ッ!?…、やりましょうッ!、やりましょうッ!」


これで、今度こそインリンの写真集が大人買いできる!、そして「耳かき膝まくら」に千回通える!と思ったハリーは、ニタニタしながら快諾するのであった。



 その頃、和田はペンション1Fの洋式トイレに腰をかけていた。


「う~~~~んんッ…、固ぁ…、切痔になりそぉ…」

和田は苦戦を強いられていた。


「おッ!…、来た来た来たぁッ!」

しばらくすると和田が、そう言い出した。


「キヒヒヒヒ……」


その時、突然変な笑い声が聞えた。

何だッ!?、何だッ!?と、左右キョロキョロする和田。


「キヒヒヒヒ……」


その笑い声が上から聞こえている事に和田は気づくッ!

すぐに天井を見上げる和田ッ!


すると和田の頭上には、髪が逆立ち、般若の様に口が裂けている女の化け物の覗き込んでいる姿が、見えたのだったッ!


「うわぁーッ!、うわぁーッ!、うわぁーッ!」


号泣しながら絶叫する和田。

だがコウンが切れかかっている為、身動きが取れない!


「キヒヒヒヒ……」

逃げられない和田を、更に笑いながら追い詰める女の化け物。


「うわぁーッ!、うわぁーッ!、うわぁーッ!」


和田の絶叫はペンション中に響き渡った。

そして和田は、コウンが切れぬまま気絶した。


「何だッ?、何だッ?、どうしたぁッ!?」


和田の凄まじい悲鳴を聞いたハリーと中出氏が、トイレに駆け込んできた!


「あっ!」


そう言ったハリーの見つめる先には、開かれたトイレのドアから、和田がケツ丸出し状態で、うつ伏せに倒れている姿が見えたのであった。

和田のケツには、まだコウンがぶら下がったままだった。


「和田さんッ!、しっかりして下さいッ!、何があったんですかぁッ!?」

ハリーが、和田を抱きかかえながら叫ぶ。


はっ!っと、目を覚ます和田。


「ゆゆゆ…、幽霊が出ましたぁ…」

和田が震えながらハリーに言う。


「幽霊…?」


「ははは…、はいッ!」


「和田さん…、寝ぼけてたんじゃありゃあせんかぁ?」


「本当ですッ!、本当に幽霊が出たんですッ!」


「何もいませんよぉ…」

和田が指を差したトイレの中を、覗き込んでいる中出氏が言う。


「和田さん…、幽霊が出るよりも、うんこの方が先に出ないとマズイんじゃないんですかねぇ…」

ハリーが和田へ怪訝そうな表情で言う。


「早く、お尻を拭いて来て下さい…」


ハリーにそう言われた和田は、「はい…」と言って、しずしずと洋式トイレに入って行く。


「まったく人騒がせだなぁ…」

そう言って、ハリーと中出氏はトイレから出て行くのであった。


(おかしいッ!…、あれは絶対に幽霊だったはずだ…ッ!)


和田はそう思いながら、トイレットペーパーをカラカラと回すのであった。


「キヒヒヒヒ……」


その時、また上から笑い声が…。

和田は覚悟を決めて上を見上げた。


そこには先程の女の化け物が、さっきと同じ様に顔を出して笑っていた。


「ギャアァァァァァァァーーーーーーーーーーーーッ!」

号泣する和田が、また失神した。


「何だッ?、何だッ?、どうしたぁッ!?」

再びトイレに引き返して来た、ハリーと中出氏。


「ああッ!」


ハリーがそう言って見たものは、便座に座ってフルチンで気絶している和田の姿であった。


「何ッ!?、どうしたのぉッ!?」

シャワーを浴び終えた不二子も、和田の悲鳴を聞いて、急いでトイレに駆け込んで来た。


「キャッ…!」


和田の、下半身あられもない姿を見てしまった不二子が、赤面しながら声を上げた!


「和田さんッ!、しっかりして下さいッ!」

ハリーがそう言って和田を起こす。


気絶していた和田が、またハッと目を覚ます。

そして目を覚ました和田は不二子を見つけると、「社長ッ!、幽霊が出ましたぁッ!、幽霊がぁッ!」と言いながら不二子の方へ走り寄って来た。


「キャ~~~ッ!、こっち来ないでぇ~~~ッ!」

両手で顔を押さえた不二子が逃げながら叫ぶ。


「和田さんッ!、ズボン!、ズボンッ!」


ハリーが、フルチンの和田を注意する。

ハッと気が付いた和田は、赤面顔で急いでズボンを上げた。



「このペンションは、絶対おかしいですよぉッ!」


ベルトをカチャカチャと絞めながら、和田が不二子に言う。

不二子は手で顔を押さえながら、横を向いて和田の話を聞いていた。


「もおッ我慢できませんッ!、ちょっとオーナーのとこ行って聞いてきますからぁッ!」


感情が高ぶっている和田は、そう言うとトイレを足早に出て行った。

後ろで不二子が、「あっ!、和田くん!」と言う。


「ちょっと和田くんってば…、落ち着きなさいよッ!」

ズカズカと進んで行く和田に、後ろからついて来る不二子がそう言っている。


「あッ!、オーナーッ!」

1Fの長い廊下の先に、オンリョウジが、背を向いて立っている姿を和田が見つけた。


「オーナーッ!、あなた何か隠してませんかぁッ!?」

オンリョウジの後姿に近づいた和田が、声を荒げて言う。


「どうしたのですか…?」

オンリョウジは、振り返ることなく、静かな口調で和田に尋ねる。


「トッ…、トイレに変な化け物が出たんですよぉッ!」

自分でもおかしな質問をしていると思いつつも、和田はためらう事なくオンリョウジにそう言った。


「化け物…?」

オンリョウジは振り返らずに、前を見つめながらポツリと言う。


「はいッ!化け物ですッ!、僕はこの目でハッキリと見ましたッ!」


和田が興奮しながら言っている後ろでは、不二子が、「ちょっと、ちょっと和田くん…」と、困り顔で言う。

ハリーと中出氏は、その状況を黙って見ていた。


「ふふふ…、あなたが見たっていうのは…」

突然、オンリョウジがそう言うと、首だけを少しだけ振り返る。


「これの事かぁ~ッ!?」


グルッと首だけを180度回転させて振り返ったオンリョウジ!

彼女の顔は、口が頬まで裂けていた!、そして髪の毛がバサバサと上に逆立ったッ!


「うわぁーーーーッ!、うわぁーーーーーッ!、うわぁーーーーーーッ!!」

その恐ろしい姿を見た全員が、号泣して叫び出す!


「南無阿弥陀仏…ッ!、南無阿弥陀仏…ッ!」

和田が慌てて手を合わせ拝みだすと、隣にいたハリーも目を瞑って、合わせた手を上下小刻みに動かしながら素早く拝み出すッ!


「ショーコォーッ!、ショーコォーッ!、ショコショコショーコォーーッ!」(ハリー)


「なんでやねんッ!」(ハリーにツッコむ不二子)


その隣の中出氏も拝みだすッ!


「エロエロアザラク…ッ!、エロエロアザラク…ッ!」(※古賀新一原作マンガ:エコエコアザラク)


「おおいッ!」(中出氏に、素早くツッコむ不二子!)


更に別の呪文をハリーが…。


「エロエロエッサイム…ッ!、エロエロエッサイム…ッ!」(※沢田研二主演映画:魔界転生)


「もお、ええわッ!」(※いいかげんにせぇと怒鳴る不二子)


「ありがとうございましたぁ~♪」(笑顔のハリーと中出氏が、横並びになって言う)


「おまえら漫才してる場合じゃねぇだろぉ……ッ!」

涙目の不二子が、ブルブルと怒り震えながら言った。


「ホホホホホ…。そんな呪文など幽霊には効かないわ…」

オンリョウジが不敵な笑みを浮かべながら静かに言う…。


「おッ…、お前は何者なんだッ!?」

和田がビビリながらオンリョウジに問う。


「私…?、だから私は見ての通り、幽霊よ…」

恐ろしい形相のオンリョウジが、和田に言った。


「私たちをどうするつもりッ!?」

不二子が言う。


「お前たちには死んでもらうわ…」


不二子が尋ねると、オンリョウジは笑いながらそう言った。

そして、オンリョウジの後ろに光の輪が出来ると、それはどんどん大きく広がり出した。


「これはこの世とあの世をつなぐ結界よ…。ここへお前らを引きずり込んで、二度とこの世に戻れなくしてあげるわ…」

オンリョウジはそう言うと、「ホホホホホ……」と、高笑いをした。


「さぁ…、こっちへ来なさい…」

オンリョウジが前に一歩進む。


「ゴメンだわッ!」

後ずさりしながら言う不二子。


「私のオッパイ触らせてあげるわよ…」(笑うオンリョウジ)


「何ですとぉッ!?」(喰いつくハリー)


「お前バカかぁッ!」(不二子がヒステリックにハリーへ怒鳴る)


「冗談ですよ不二子さん…。どうやらここで、私の本当の力を見せる時が来たようでやすね…」(不敵な笑みのハリー)


「えッ!?、どういう事?」(不二子)


「今まで隠していましたが、実は、私は若かりし頃、サンボの達人のロシア人レスラーという触れ込みで、ヨーロッパを転戦した、Jrヘビー級のプロレスラーだったのです…」


「本当なのそれ!?」と驚く不二子。


「はい…」とハリーが頷く。


「すごいじゃないですかぁハリーさんッ!、ヨーロッパ転戦なんて、まるで佐山サトルや前田日明と一緒じゃないですかぁッ!」

和田が声を躍らせてハリーに言う。


「そういう事でやす…」(ニヤッと笑みを浮かべるハリー)


「じゃあリングネームも、前田日明の“クィック・キック・リー”みたいな、カッコイイ名前で試合してたんですねッ!?」(和田)


「彼はチャイニーズ系という触れ込みで試合に出ていましたが、私はロシア系だったので、ちょっと違います…」(ハリー)


「どうしてあなたは、ロシア系でデビューしたのッ!?」(不二子)


「仕方ありません…、リングネームがロシア人ぽい関係です…」(ハリー)


「どんなリングネームだったんですかぁッ!?」

和田が羨望の眼差しでハリーに聞いた。


「チチシボリ・オシリスキーです…」(ハリー)


「……。」(口を開けてコメントできない和田)


(それって…、自分の欲望をただリングネームにしただけよね…?)

冷や汗を流す不二子は思った。


「ちなみに、日本へ凱旋帰国してからのリングネームは、“馬並辰巳”です」(ハリー)


「聞いとらんわッッ!!」(不二子)


「くだらない話はもう終わったの…?」

ご丁寧に幽霊は待っていてくれていたのだった。


「失礼いたしやした…。それでは参ります…」

ハリーはそう言うと、イキナリ幽霊に向かって走り出した!


「チョリソォオオオオ~~~ッ!!」




鮮やかなフォームで、ドロップキックを幽霊に放つハリーッ!


スカッ…。


「あれッ?」


幽霊をすり抜けるドロップキック状態のハリー。


ドカンッ!


「ギャッ!」

ハリーが勢い余って、顔から壁に激突した。


「ハリーッ!」

心配そうに叫ぶ不二子。


「痛たたたた…」(鼻を押さえるハリー)


「ホホホホホ…、幽霊にドロップキックは効かないわ…」

オンリョウジが言う。


「うぬぅ…、見事なディフェンスだ…。まるで、“リングにかけろ”の、志那虎一城の様なディフェンスだ!」(ハリー)




「幽霊だから、すり抜けただけなんじゃないんですかぁ?」と和田がハリーに言う。


「フフフ…、そっちが、“リングにかけろ”で来るなら、私もやらせてもらいましょう…」

「このスーパースタア、ハリー・イマイが放つ、究極のスーパー・ブロー…」


「その名も…ッ!」(振りかぶるハリー!)


グワッ!


ハリーがオンリョウジに向かって、拳を振り上げた!


「ギャラクティカ……ッ!」

「マグナムゥッ…!」




バッゴォ~~~~~ンンッ!


ハリーが繰り出した拳から、ものすごい風圧が飛び出した!


スカッ…。


だが、その風圧も幽霊のオンリョウジをすり抜けてしまった!


「わぁッッ!」


ギャラクティカ・マグナムの風圧が、不二子たちの方に向かって来たッ!

慌てて床に伏せる2人。


バキャッ!


ボワッ!!


壁にぶち当たった風圧で、天井が吹っ飛んだ!


バキバキバキ…。(そして崩れる建物)


「うわぁッ!」

「キャア~ッ!」

(ガレキが落ちる中、頭を抱えながら叫ぶ和田と不二子)


「なんとッ!、ギャラクティカ・マグナムも通じんとは…ッ!」

仁王立ちのハリーが、オンリョウジに言う。


「ホホホホホ…、幽霊にギャラクティカ・マグナムは効かないわ…」とオンリョウジ。

オンリョウジの後ろでは、床に伏せている不二子が、「アンタどこ狙ってんのよぉッ!」とハリーに怒鳴っている。


「ならば最終兵器…ッ!」

ハリーはそう言うと、オンリョウジの元へと駆け出したッ!


「ハリー百裂拳ッ!」


「はぁーッ!……、チョッチョッチョッチョッチョッチョッ……!!」




ハリーの両手の人差し指が、激しくオンリョウジのバストを突っつくッ!


「チョッチョッチョッチョッチョッチョッ……!!」


手が何本にも見える速さで、ハリーはオンリョウジのバストをひたすら突っつき続ける!

しかしオンリョウジは、巨乳を突っつかれながら高笑いをして言う。


「ホホホホホ…、幽霊に、おっぱいツンツンは効かないわ…」


「なんて恐ろしいやつだぁッ!」

バッと後ずさりしながら、ハリーが言う。


「満足しましたかぁ…?」

後ろにいた和田が、おっぱいツンツンを思う存分堪能したハリーに言った。


「アンタあんな技で、幽霊が倒せるとホンキで思ってんのッ!?、バカァッ!!」

涙目の不二子がハリーに怒鳴る。


「みなさん…、私に任せて下さい…」


「中出氏ッ!?」


その時、スッと幽霊の前に歩み出た中出氏に、みんなが言う。


「次の相手は、あなたなの…?」


不敵な笑みを浮かべたオンリョウジが中出氏に言う。

中出氏は、幽霊をニヤッと見つめた。


「まったく…、人間は往生際が悪いわねぇ…」

「私は妖術が使えるのよ…」


オンリョウジはそう言うと、掌を上に向けた。

すると彼女の手から、煙がシュシュシュシュシュッと勢いよく立ち込める。


「そらぁッ!」

オンリョウジはそう叫ぶと、掌を不二子たち目がけて突き出した。


シャーーーーーーーッ!


オンリョウジの手から出た煙が、捻じれながら1本の棒状になって向かって来る!


「わあッ!」

間一髪でそれを避けるみんな。


バキャッ!


その煙は、壁にぶち当たると建物を破壊した。


ガラガラガラ……。


ひぇえええええ……。(怯える不二子たち)


「どう…?、少しは驚いた…?」

笑いながら中出氏に言うオンリョウジ。


「煙なら僕だって…」


中出氏はそう言ってニヤッと笑うと、上着ポケットに素早く手を突っ込んだ。

そして中出氏は幽霊の前で中腰のポーズになると、自分の人差し指と親指を、幽霊の目の前で素早く動かした!


すると、中出氏が着けたり離したりする指の先から、白い煙が立ち込め始めるではないかッ!


「うぉッ!?」(仰け反る幽霊)


「きっ…、きさま人間の分際で、妖術を操れるのかぁッ!?」

明らかに動揺したオンリョウジが、中出氏に言う。


これくらい、駄菓子屋で30円払えば、誰だって出来ますよ…」

中出氏はそう言うと、ニヤッと笑った。


(あれ、“ようかいけむり”じゃね…?)

その光景を見ていた不二子は、そう思うのだった。




「みなさん…」

みんなに振り返った中出氏が、しゃべり出す。


「実は私は、中東で行われる寝技世界一を決める大会で、優勝した事があるんですよ…」

中出氏が静かな口調で言う。


「中東で行われる寝技世界一を決める大会って…ッ!、あの菊谷栄が日本人で初めて優勝した事で知られる、あの大会ですかぁッ!?」

ハリーが驚いて中出氏に聞く。


「違います…。ハリーさんの言ってる大会は、“アブダビコンバット”の事でしょ…?」(中出氏)


「違うんですかぁッ!?」(ハリー)


「私が優勝したのは、“マダレスコンバット”ですよ…」(中出氏)


「何ですかそりゃぁッ?」(ハリー)


「“マダレスコンバット”とは、“夜の寝技”の世界一を決める大会です…」(中出氏)


「夜の寝技ぁ~ッ!?」(ハリー)


「はい…、マダレスとは…、MUD(泥)・レスリング…。つまり日本で言うところの、“ドロレス”の事です…」(中出氏がニヤッとして言う)


「そんな素晴らしい大会が、中東では行われてるんですかぁ~ッ!?」(ハリー)


「ねぇねぇ和田くん…、ドロレスってなあに…?」

不二子が和田に聞く。


「えっ?、社長、ドロレス知らないんですかぁ?」


「ええ…」


「ドロレスってのは、ビアガーデンの余興の1つですよ…」


「ビアガーデンの…?」


「そうです…。大き目の子供用プールに、ぬかるんだ泥を入れて、そこにビキニの若い女性が2人入って、取っ組み合いを始めるんですよぉ!」


「えっ?、何の為に…?」


「ぬかるんだ泥の中で戦えば、上手く行けば若い女性の、オッパイポロリが拝めるというワケです」


「何それッ?、いやらしいわね和田くんッ!」


「何ですかぁ~ッ!、社長が聞いたから答えたんじゃないですかぁッ!?」


「でも私は今までそんな余興、ビアガーデンで観た事なんてないわ!」

不二子がそう言うと…。


「あれも女性の社会進出に伴う、弊害の1つでやすよ…」

2人のやり取りを聞いていたハリーが、ポツリと言った。


「弊害…?」と不二子。


「そうです…。ドロレスは昭和から平成の初期までは存在してたんでやす…」(ハリー)


「……。」(不二子)


「ですが、女性がどんどん社会進出をして来たその時代の流れによって、ああいった大人の男の歓楽街が、段々と淘汰されてしまったというワケでやす」


「今のおしゃれなビアガーデンは、女性客に媚びへつらう偽物です。あんなものは、本来のビアガーデンではありやせん…」

「今のビアガーデンは、まるで牙を抜かれた闘犬のようなものでやす…」


ハリーは寂しそうにそう言うと、あの頃の時代を懐かしむ様に、遠くを見つめるのであった。


「ほぇ~…」

そうなんだぁ~?と、不二子はハリーの話を思うのであった。




「ふふふ…、あなたって変わってるわねぇ…?」

オンリョウジが中出氏に笑いながら言った。


「変わってる…?」

中出氏が言う。


「だってそうじゃない?、夜の寝技って事は、あなた幽霊の私と寝たいって事なんでしょ?」


「はい…。だって面白そうじゃないですか?」


「面白い…!?、あなたは死ぬのが怖くないのッ?、幽霊と寝たら、生気を抜き取られてあなたは死ぬのよ!」


「構いませんよ…。私の人生、バーリトゥード(何でもあり)ですから…」


「何ッ…!?」(驚くオンリョウジ)


「僕が死んだら僕も幽霊になる…。そうしたらお互いの関係は、フィフティー・フィフティーになりますよね?」


「どういう意味だッ!?」


「幽霊となった僕から、あなたは永遠に逃げられなくなる…。僕の夜の寝技を、あなたは永遠に受け続ける事になる…」


「ううッ…!」

中出氏の言葉に驚き、後ずさりする幽霊。


「きさまッ!、きさまは一体、私に何をするつもりだッ!?」

幽霊が中出氏に問う。


「そうですねぇ…。まずは、超電磁ヨーヨーというグッズを使って、あなたを痛みつける事にしましょう…」(澄まし顔の中出氏)


(グッズで痛みつけるッ…!?、何故だッ…!?、何故そんな事をする必要があるッ…!?)と考える幽霊。


「痛みつけたら、次は何をするつもりだぁッ!?」

幽霊のオンリョウジが中出氏に聞く。


「ふふふ…、痛みつけた後は、超電磁竜巻という技で、あなたを磔にして動けなくさせます…」(ニヤッと笑う中出氏)


(痛みつけたら磔…ッ!?、そうかッ…!、えっ…SMかぁッ!?)

オンリョウジは、中出氏のプレイスタイルに合点がいく。


「は…ッ、磔にしたらどうする気だぁッ!?」と、ドキドキしながら聞くオンリョウジ。


「仕上げは、超電磁スピンという技で、高速回転した僕が、あなたの身体を貫きますッ!」

そう言うと中出氏は、中指でメガネのフレームをくぃっと押し上げた。


「ひぇええええええええ……ッ!!、なんてイヤラシイッ!!」

中出氏の説明に、悲鳴を上げながら後ずさりする幽霊。




(それって、全部、コンバトラーVの技じゃね…?)

中出氏の説明を聞いていた不二子が、昔のアニメを思い出し、そう思うのであった。


「では…」

そう言って、幽霊に一歩近づく中出氏。


「くッ…、来るなぁッ…!」

後ずさりするオンリョウジ。


「さぁッ!」

そう言って中出氏が幽霊に近づくと、オンリョウジは「来るなぁ~ッ!」と叫び、結界トンネルの中へと逃げ込んだ!


「あッ!、ユウちゃんッ!?」


手を差し伸べてオンリョウジを見る中出氏。

中出氏も幽霊を追って、結界の中へ走り出した!


「ユウちゃん…?」

何で?と、不二子。


「ユウレイだからじゃないですかぁ…?」

隣の和田が不二子に言う。


「さぁみなさんッ!、今のうちですッ!、早くここから逃げましょうッ!」

ハリーが突然、2人に叫んで言う。


「えっ…!、でもまだ、中出氏が…」

結界トンネルに入って行った中出氏を心配する不二子。


「中出氏の事なら大丈夫です!、さぁ!、早く逃げましょうッ!」(ハリー)


「え?、え?、なんで?、なんで大丈夫なの…?」と不二子が思う。


バキバキバキ…。


その時、結界のトンネルが収縮し出した!

トンネルの周りの建物が崩れ、ブラックホールの様に、穴の中へと吸い込まれ出したッ!


「さぁ!、急いで下さいッ!、早くッ!」(慌てて叫ぶハリー)


ズズズズズ…、バキバキバキ…。


崩れた建物が、結界のトンネルの中へと、どんどん吸い込まれて行く。


「わぁあああああ~~~ッ!」

不二子と和田は叫びながら、建物の出口へと走り出した!



「はぁ…、はぁ…、たっ…、助かったぁ…」

前屈みになって肩で息をする不二子。


「社長ッ!、あれを見て下さいッ!」


そう言った和田の方へと振り返る不二子。

和田が指差す方向には、結界トンネルがどんどん小さくなっていく様が見えた。


シュウシュウと音を立てながら、収縮していく結界。


やがてその穴は塞がった。

吸い込まれたリンリンハウスも、跡形もなく消えた。

そして夜の山に静寂が戻る。


「みなさん、助かって良かったですねぇ!」

笑顔のハリーが言う。


「で…、でも、中出氏が…」

不二子がそう言うと、どこからともなく中出氏の声が…。


「お~い!」

そこには笑顔の中出氏が、塞がった結界とは全然違う方向から、こちらに向かって走って来る姿が見えた。




「えッ?、えッ?、どおいう事!?」

驚いてる不二子の前を通過した中出氏が、和田とハリーの元へ走り寄った。


「中出さんッ!、無事だったんですねッ!?」

笑顔の和田が言う。


「このヤロウ~!中出氏!、心配させやがってぇッ!」

ハリーが中出氏の腕を、バンバン叩きながら言っている。


ははははは…。(笑い合う3人)




(モロボシダンかい…?)

中出氏の現れ方が、まるでウルトラセブンのエンディングシーンの様に見えた不二子が思った。


「ところで幽霊の方は、どうなっちゃったんですかぁ!?」

和田が中出氏に聞く。


「私がイカせたら、逝っちゃいました…」

中出氏がニヤッとして言う。


ダァ~ハハハハハ……!(大笑いするハリーと和田)


「そうですかぁ?、イッちゃったら、逝っちゃいましたかぁ~ッ?」

大声でそう言うハリー。


(ほんっとに…ッ、なんて下品な人たちなのかしらッ!)

不二子は、下品な笑い声をあげている3人を、黙って睨みつけていた。


「それにしてもハリーさん、リンかけの剣崎順のギャラクティカ・マグナムを放てるなんて、スゴイじゃないですかぁッ!」

中出氏がハリーに言う。


「いやぁ…、マンガの通りに試してみたら出来ました…」

頭をかきながら、ハリーが照れ臭そうに言う。


「高嶺竜児のブーメラン・スクエアも出来るんじゃないですかぁ?」(中出氏)


「やってみましょう…、中出氏、腹に力を入れて下さい…」

そう言うとハリーは、中出氏のボディを確認する様に、自分の拳を数回押し当てた。


「行きますよぉッ!」

「ブーメラン…ッ」


「スクエアッ!!」


そう言って繰り出したハリーの拳が、中出氏のボディに当たった!


カッッ!!




「わぁッ!」

中出氏がそう言うと、彼の身体がプロペラの様にグルッと回転した!


ブワッ!


わぁああああああああ………ッ!!




中出氏は、まるで竹トンボの様に、回転しながら空中高く舞い上がる!


バキッ…、ガサガサガサ……ッ


暗闇に舞い上がった中出氏のシルエットが、山の木のてっぺんにぶつかった!


わぁああああああああ……ッ!!


中出氏は折れた枝と共に、谷底へと落下して行く。


「ちょっとッ!ちょっとッ!、ハリーッ!、これは山岳死亡事故よぉッ!」

悪ふざけが過ぎるハリーに、不二子が蒼ざめた表情で詰め寄った。


「中出氏の事なら心配ありませんよ…」

ハリーは人差し指を立て、ニヤッとしながら不二子に言う。


「お~い…!」




その時、またもや全然違う方角から中出氏の声。

ガクッと、その場に崩れ落ちる不二子。


「中出さんッ!」

こちらに走って来る中出氏に、嬉しそうな表情で言う和田。


「このヤロウ~!中出氏!、心配させやがってぇッ!」

2人の側まで戻って来た中出氏の腕を、ハリーがバンバン叩きながら言っている。


ははははは…。(笑い合う3人)


「あっ…あたしには…、ハリーがフルハシ隊員にしか見えないわ…ッ!」


ガックリと崩れ、立ち上がれないでいる不二子が、四つん這いになりながら言った。

フルハシ隊員とは、若き日の毒蝮三太夫が演じた、ウルトラ警備隊の1人である。




「さぁ~て、これからどうしゃしょうかぁ…?」

ハリーがみんなに聞く。


「こんな暗闇じゃ、やっぱ野宿ですかねぇ…」と中出氏。


「いッ…、イヤよ私は、こんなとこで野宿するなんてッ!」

不二子が慌てて言う。


「あれッ!?…、あの明かりは何でやすかぁッ?」

その時、ハリーが突然叫ぶ。


「ホントだ…。なんかペンションみたいな建物ですね…?」と和田。


「ちょっと、ちょっと、ちょっとぉ~…!、こんなとこにペンションなんかあるワケないでしょうッ!」

不二子がビビリながら和田に怒鳴る。


「でもホントに、そんな感じですよぉ!」

和田が明かりの見える方向を指差しながら言う。


「ちょっと行ってみますか?」

中出氏がみんなにそう言った。


「またぁ…?」

不二子が嫌な顔をして言う。


4人は、その明かりの見える方向へと歩き出すのであった。


段々と近づいて行くと、明かりが灯す建物から、元気のよい女性の声で、どこかで聞いた様な、料金システムを繰り返す音声テープが聴こえて来た。




「1時間ッ、はっぴゃくえんッ!…、1時間ッ…!、800円…ッ!!」


「なんですか、あれは…?」

ハリーが見つめるその建物の看板には、「ペンション リンリンハウス 2号店」と書かれていた。


「系列店でやすかねぇ?」とハリー。


「入ってみますか?」と、澄まし顔の中出氏が言う。


「冗~~談じゃないわよッ!、あたしは絶対イヤッ!」(不二子)


「じゃあ不二子さんだけ、この暗闇の中、1人で残ってて下さい」(ハリー)


「ええッ!」(不二子)


「私たちは、あのペンションに泊まりますから…」(中出氏)


「わぁ~~~~~ッ!、酷いわぁ~~~~ッ!、なんでそんな事いうのよぉ~~ッ!」(泣く不二子)


「だったら一緒に入りましょうよ!」(笑顔の中出氏)


「イヤーッ!、それもイヤーッ!、どっちもイヤァーーーーッ!」(号泣する不二子)


「大丈夫ですって…」と中出氏。


「アナタおかしいわよ絶対ッ!、普通じゃないわッ!、なんでッ…、なんでアナタは平気なのよッ!?」

涙目の不二子が、怒り顔で中出氏に聞く。


「私の人生…、バーリトゥード(何でもアリ)ですから…」

中出氏はそう言うと、中指でメガネのフレームを、くいっと押し上げた。


「……ッ!!」(絶句する不二子)


「じゃあ入りますかぁ~!?」

ハリーが明るく元気に言う。


「あああああーーーーッ!、イヤーッ!、絶対イヤーーーッ!」(グズる不二子)


「社長泣かないで下さいよ…」

困り顔の和田が不二子に言う。


「イヤァーッ!、イヤァーッ!、ゼッタイ!、イヤァ~~~~~~ッ!」


漆黒の暗闇の中、夏の夜の川乗山では、不二子の叫び声がいつまでも続く。

遠くでは、高所に生息する1羽の鵺鳥(ヌエドリ)も、不二子の泣き声に合わせる様、そっと静かに鳴き続けるのであった。



 日本の山には、古から“何か”がいると、まこと囁かれている。


それが何なのか?、誰にも説明が出来ない。

だが、確かにそこには、その“何か”がいるのだ。


それは有機体なのか?、それとも幻なのか…?

現代のテクノロジーを持ってしてでも、それらを解明する事が出来ない、その“何か”…。


人はそれを、“山怪”と呼んだ…。


fin.

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ