02
――都月歩は死んだ――
今頃訃報が流れているだろう。
やりかけの仕事を途中で投げ出して逃げたと思われていたら最悪だ。逃げてなんかいないのに!
誰かそんなことをする人ではないと言ってくれ……
オレはふつうの一般家庭に生まれた。父母オレの三人暮らし。ペットも猫とかハムスターといろいろ飼っていた。子供の頃は戦隊もののヒーローに憧れ、小学校の低学年まで将来はヒーローになるつもりでいた。昔から正義感はそこそこあったと思う。だが、だからといって世界を変えたいとか大きな野望があるわけではなく、ふつうに市民の安全を護るような仕事がしたいだけだった。だから派出所勤務の仕事にもやり甲斐を感じていたし、そのまま引退するまでその仕事を全うするつもりでいた。それでよかったのかもしれない。
だが見付けてしまった。別の楽しいことを。
それがいつのまにか人生の生き甲斐になっていた。こんなことになってしまっても、その気持ちは変わらない。
オレはあの業界の仕事が好きだ。
好きだ……
好きだ……
大好きだ――――――――――――!!
誰かが創作したものを役者である自分が声や身体を使って魂を吹き込み、文字の中の世界を現実の世界に具現化する。一つの作品に大勢の人間が関わり作り上げていく、その共同作業が好きだ。思うように表現できなくて嫌になることはあったが、嫌いになったりはしていない。まだまだもっと演じてみたい役はたくさんある。まだまだやり足りない。
自分の可能性をもっと追究したかったオレは、来た仕事は何でも断らずに受けてきた。ドラマや映画で普段の自分とまったく異なる人格の役柄を演じることは楽しくもあり、脱皮できれば次の段階に進める気がした。
ある時、雑誌のインタビューでこんなことを訊かれたことがある。
「理想の女性は?」
その質問にオレは、子供の頃憧れていた幼稚園の先生の話をした。
「初めて好きになったのがその先生で、似た要素を持っている女性を見るとついつい気になってしまいます。彼女は僕の中で永遠に理想の女性ですね」
先生は手先が器用な人で、色紙や紙テープを使った工作も、オルガンの弾き語りも上手だった。大きなつり目が猫みたいでかわいくて、誰かが「これ先生」と言って顔が猫で身体が人間の絵を描いてみんなで大笑いしたのを覚えている。小柄で甲高い声も印象的で、誰かがいたずらをして本人は真剣に叱ってるのに、怒った顔さえもかわいくて……
あの頃のオレは純粋だった。純粋に先生のことが好きで、先生に会えるだけで幸せだった。すべてがいい思い出だ。
先生はオレのことなんかもう忘れてるだろうな。教え子がまさか芸能人になってるなんて思わないだろうし、テレビで見ても気付かないだろう。
初恋の人と再会する番組にでも出演していたら、挨拶しに行きたかったな。
「あの時の」って。そしたら先生どんな反応しただろう。
見たかった……
過去に戻れるなら今からでも会いに行きたい。
戻れるなら――
オレはいつに戻りたいんだろう?
気が付いたら過去ばかり振り返っている。オレはもう未来に進めない。だからなのか。
いくつか残してきた仕事がある。それが心残りだった。連ドラ、単発ドラマ、舞台、その他にも細かい仕事が多々。舞台は歌とダンスありのミュージカルで、ミュージカルに初挑戦するはずだったオレは、舞台で歌とダンスを披露することをすごく楽しみにしていた。
ドラマの単発のほうは、既にクランクアップ済みで動画配信サービスで先行配信もしているが、今後地上波で公開されるかはまだわからない。番宣の予定も入っていた。連ドラのほうは途中までしか撮影していない。主役の自分がいなくなってしまったので、おそらくお蔵入りだろう。
撮影の時期が重なっていてきつかったが、どちらもオレは精一杯演じた。オレには最悪な内容だったが……
なんで最後の作品があれだったんだ。
オレの役者人生って、一体なんだったんだろう…