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豪衛門、ため息をつく  作者: 鴻 大友
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偽物志士と美少年

初めて小説を書きますんで、未熟な部分が多いですが何卒ご容赦ください(^_^;)

「元土佐藩士、河田喜三さんですね。」

旅籠の勝手口から出て用を足そうとしていたところ、不意に本名を呼ばれギクリと振り向くと、元服を済ましたばかりの少年の様な笑顔が、二階の大部屋から漏れる灯に照らされていた。


河田は脱藩浪士で、いわゆる尊王攘夷の志士であった。

しまった、と河田は思った。仲間と酒を飲みながら攘夷論を熱っぽく語っていたところだったが、厠に立つと先客がいたため外の川で用を済まそうとしたがうかつだった、と。


彼等の天敵と言えば、新選組なのだが、羽織袴でなかったら女と勘違いしてしまいそうな顔の華奢で小さい相手は当然志士たちの恐れる誠の隊服を着ている訳でなく、腰の物があるとは言えそれを振るうことができるのかも怪しいほどだった。


河田は「斬ろう」と思った。子供だろうがなんだろうが、こんなところで待ち伏せて、声を掛けてくる奴は招かれざる客に違いない。


多少酔ってはいたが、一刀で斬り伏せる自信はあった。土佐にいた頃に田舎道場とはいえ目録をもらっていた。しかも相手は子供だ。

京でも仲間と一緒に、ではあるが尊王攘夷の名の下に何人か天誅を下している。

初めて人を斬った瞬間は拍子抜けだった。


逃げる相手に闇雲に振るった剣が背中を捉えると、あっさり血飛沫と断末魔を上げて絶命した。なんでも相手は開国論者の学者だったそうだが、「なんだ、こんなもんか。誰じゃ、土佐っぽの田舎剣法だろうとバカにした奴は」襲撃前は歯が鳴りそうなほどに緊張していたくせに、事が済むと強がって仲間におどけてみせた。

「この者、夷狄に神州を売り渡す奸賊なり」

墨で殴りつけた様な字の張り紙を下げた首を河原に晒した光景を見たときに河田の心内をモヤモヤと暗い自信と興奮が支配していった。


そうして、当時京に多くいた大した理想も思想もない浪士崩れと『天誅』を繰り返す内、似た様なもの達が集まっていき、志士とは名ばかりのならず者集団ができ上がっていった。

今日だって本人達は議論をしているつもりだが、単に次の獲物を探しているだけだ。


河田の集団は総じて身分の低い者が多い。

良い着物を着た、難しそうな書物を持った、金を唸るほど持った、だが刀は持たない『偉そうな者』達に自分らの刀で『天誅』を下す事は彼らには痺れる様な快感だった。

「ざまあみろ!偉そうにしやがって」と。

暴力こそが彼らの尊王攘夷だった。


そういった経緯もあって「斬ろう」と考えたのだ。邪魔なもの、怪しいものは斬る。そういう短絡的な思考になっていた。幸い刀は持っている。


「なんだぁ〜おぬしぃ、ひ、人違い…」

と油断させるためにわざと酔っ払っている口調で言いかけたが、相手の言葉に遮られた。

「斬るつもりなんでしょう、僕を」

先ほどは気づかなかったが、見た目のわりに低く、その割には三味線や囃子歌でうるさい路地裏でも良く通る声だった。

そして言葉は丁寧だが、強い口調だった。

「ガキだから、俺でも斬れる。そう思ったんでしょうね」

「…ガキって言うより女かと思ったぜ…」

思わず河田は呟いた。

それを聞いた少年はやれやれと言った表情で河田に歩み寄ってくる。「全く馬鹿ってのは見た目で判断しやがる」とつぶやきながら。足音はしない。河田の間合いでピタリと止まると少年は自分の額に左手の人差し指を当て

「やってみなよ、土佐っぽの田舎剣法で」

あざける様に言った。

「このっ…ブフォッ!ブフッ」

刀を抜いて斬ろうとした瞬間だった。急に息が出来なくなった。咳き込むと喉に猛烈な痛みが走るので河田は悶絶した。

相手が居合い抜きの様な動作で懐に潜り込み、柄で思い切り喉仏を突かれたのだが、すでに相手は刀をしまっているので河田は何をされたのかわからない。あとからあとから血が口内に溢れてくる。


「大声出されると面倒なんでね…。依頼されたのはあんただけだし。ところでな、俺は女と間違われるのが大嫌いなんだ!」

言葉使いに礼儀正しさは消えていた。

息もできずむせる事もできず、地面に四つ這いになった河田は少年を見あげた。灯を背にしているので表情は見えないが2、3分前までただのガキだとみくびっていた相手が急に得体の知らない化け物に思えた。


「…まあいい。あんたが三月ほど前に殺した学者さん、覚えてるか?そうそう、あんたが初めて人を斬ったあの日だ。なんでそんな事知ってんだって顔してるね。それは狸って…、まあいいや。とにかく簡単に説明すると、あの人は高澤篤実って人で、それはそれは出来た人だったんだ。貧乏長屋の子供達を集めて勉強を教えたり、時には食い物まで分けてたってんだから偉いじゃないか。え、自分だって貧乏なくせに…だぜ?」


そこまで話すと右手で刀を抜き、片手でクルリと回し切っ先を下に向けると、地面についた河田の左の掌の中心にズブリと突き刺した。その所作に全く無駄な動きがないので河田は見とれて自分が刺されたと理解するのに数秒の時間を要した

「ンーーーーッ!!!!」

声はまだ出せない。が、喉に力が入ったのだろう。河田はゴボリと血が口内に湧き上がるのを感じた。


「そんなんだから人望が厚いんだ。後ろから斬り殺されて、おまけに首が晒された、だなんて聞いたら怒る人がたくさんいるわけ。で、そういう人から俺に…まぁ厳密に言うと俺じゃないんだけど…依頼が来るのさ。殺ってくれって。」

突き刺した刀を少年が手前に引く様にすると、掌が綺麗に2つに割れ、河田が痛みに震えながら手を持ち上げると血が止めどなく流れた。

それを全く気にする様子もなく、少年は左手で懐から何やら紙を取り出すと言った。

「依頼書にはこうあるぜ…『河田喜三、この者簡単に死なせるべからず。生きながらにして地獄を見せるべし』ってな」

その言葉を聞いたあと、頭に強い衝撃をうけて河田は意識を失った。






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