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アンドリューさんに案内され、裏路地に入りネオン街から外れた暗い通りを進んでいく。
突き当たりに大きな門の店が一件あった。
大きな門をくぐり、店に入るとモノクルをつけた細身の中年男性。白髪混じりのグレーの髪がかなり老けた印象である。
「いらっしゃいませ。本日はどのような商品をお探しですか?」
「人族の奴隷はいるか?」
アンドリューが店員に対応する。
「ええ、人族でしたらすぐにご用意出来るものが数人おります。ご希望の年齢、性別、使用用途をお聞かせ願えますでしょうか」
「ヨシュアさん!どんな人族をお探しですか?」
「年齢性別は問わないけど、護衛として戦える人か、家政婦として家事、特に料理が出来る人がいいかな」
同じ人間の奴隷というのに抵抗はあるが、手に入ればこれからの生活が助かる。
お金がいくらかかるのか不安だが、買えなければまたキノコを売りに来よう。
「かしこまりました。少々こちらにかけてお待ち下さい」
ふかふかのソファーに座る。空飛ぶ椅子もこんな椅子になれば乗り心地最高なのになぁと考えながら待った。
「お待たせいたしました、候補を3名連れて参りました」
鎖で繋がれた人を見るとやはり奴隷なのだなと実感する。
「まず一人目は剣士の男、年齢は32歳。戦場の第一線で剣を振るっていたので護衛として適任でしょう」
剣士にしては少し筋肉のつきが悪いが、ずっと奴隷として生活していれば仕方ないだろう。
筋肉質な大人の男がいれば威圧にもなるため護衛として雇うなら1番いい。難点は年上すぎること。ヨシュアのような15歳の子供に買われたとなってはプライドが邪魔するのではないだろうか。
「次、二人目は魔法剣士の女です。年齢は23。弓を使って後衛としても働けます。女ではありますが、魔法と剣が使えるとなれば護衛としてもお役にたてるでしょう。また、こちらから家事を教え込んではおりませんが、女性ということもあり一般的なレベルは期待できるかと存じます」
栗色のショートカットに見事な胸筋の女性である。
おっぱいではない。彼女の持つそれは、まごうことなき胸筋であった。
この胸筋の持ち主が家事をするイメージはしづらいが、魔法剣士というのは良い。空飛ぶ椅子では接近戦ができないため、魔法での攻撃が出来るのはありがたい。ヨシュアが空飛ぶ椅子の操作にだけ集中できる。
「最後に三人目、治癒魔法師の男です。年は14歳。戦場についていき治癒魔法で戦士を回復させる役割ですが、残念ながら治癒魔法は魔族とは相性が悪く買い手がつかず値下げしているお買い得品ですよ。治癒魔法師は戦では後方支援を担っており、主に食事の用意や服の修繕、洗濯といった家事を担当するため家政夫としてオススメでございます」
いかにも奴隷といったボロボロの少年。頬は痩せこけ、少し臭う。同じ男で年が近いのは嬉しい。
「二人目と三人目は金額はどれくらいになるんでしょうか」
奴隷商人は資料を見て答えた。
「えー、二人目の魔法剣士は購入450万ルク、レンタル半年で30万ルクでございます。三人目の治癒魔法師は購入200万ルク、レンタル半年で15万ルクでございます」
「レンタル?」
「ええ、契約の性質上奴隷の返品は受け付けられませんから。購入したはいいけれど気にいらないとなっては困りますよね。そのため当店ではレンタル制度を導入しております。まずレンタルして気に入ればそのまま購入。購入となった場合レンタル料金は引いた金額をお支払いいただきます。レンタル期間は1ヶ月、3ヶ月、半年、1年とございますが、多くのかたは半年レンタルされます。ただし、レンタルの場合奴隷を痛めつける行為や性交は契約上致しかねますことをご了承下さい」
二人を半年レンタルしても45万ルク。前回と今回のキノコ代で支払える金額だった。
性交なんてするつもりもない。奴隷で童貞卒業なんて人として終わっている気がする。それに初めては愛する女性がいいと思う純情なオトメン心。
空飛ぶ椅子は二人乗りサイズだが、少しキツくはなるが頑張れば3人でも座れる。
「では、二人を半年レンタルお願いします」
「かしこまりました。レンタル契約になりますので、お客様自身にも奴隷を傷つけられないよう血による魔法契約させていただきますがご了承下さい。」
初めて見る言語だがなぜか内容が理解できる不思議な契約書を渡され、これに血を落とすだけだと説明を受ける。だが渡されたナイフで切って血を出すのは痛そうで、切るのを躊躇っていると、ナイフが苦手ならこちらでと別の道具を差し出された。
「本来は麻酔を打つ道具ですが、こちらで血を採らせていただいてよろしいですか?」
どう見ても注射器です。よく存じ上げております。
「お願いします」
「かしこまりました」
採血されたあと、契約書を腕に乗せた状態で血を垂らすと契約書が溶け、腕にタトゥーのような鎖の紋章が描かれる。じんわりと温かく不思議と痛くない。これでレンタル契約が出来たという。
奴隷の体の焼き印にも注射器から血を垂らし、所有者の登録は終了した。
契約者のタトゥーは奴隷を傷つけると同じ痛みが起き、半年以内に返しに来ないと紋章から血が滲み、最終的には血が止まらなくなる呪いのようなものらしい。ちなみに性交しようとすると息子が再起不能になる程の激痛が走るから絶対にやめておくように釘を刺された。
奴隷の焼き印は契約者を傷つけようとするだけで痛み、命令に反すると痛み、逃げようとすると痛む。ひたすら痛みを与えるものである。
購入となると焼き印の種類を選んで押し直すという。
焼き印を押される奴隷の人がただただ不憫である。
こうして二人の奴隷を手に入れ、二人の着替えや必要なものを買い揃えなさいとそれぞれに5万ルクずつ渡し自由に選ばせたあとログハウスへと帰った。
無事に聖域に入れた奴隷達を家に案内した。
泉の水をコップに入れて二人に渡す。
無駄に広い100坪の土地の平屋建てログハウス。1R風呂無し、トイレは森という残念すぎる物件である。
女性が住むことだし、リフォームしなければならない。せめてトイレは室内に必要である。風呂は技術的な問題で諦めてもらおう。
「まず自己紹介から初めます。契約者のヨシュア、15歳です。人間ですが気付いたら魔界にいました」
ヨシュアが人間だということに驚いた様子の二人。
「今ははぐれ魔族のふりをして生きてます。農作物を作ったり、森を開拓したり自給自足生活をしてます。自分で建てた家なので、何かと不便な生活となりますがご了承下さい。では、魔法剣士さんから」
「魔法剣士のリズです。火と雷の魔法が使えます。得意な武器は剣と弓。剣をメインで使っています。奴隷商人は一般レベルの家事は期待できると言っていましたがまったく出来ません。料理は材料すべてを炭にすることしか出来ません。洗濯は生地を傷めてしまうので二度とするなと先輩に言われる程です。ご期待に添えず申し訳ない」
いえ、想像通りですとはとても言えない。
「ありがとうございます。リズさんには護衛としてお力になっていただきたいので家事が出来なくても大丈夫です。適材適所でいきましょう。では次に治癒魔法師さん」
「治癒魔法師のツヴァイです。魔法は聖属性しか使えません。回復も中級程度しか出来ません。戦えないので武器も使えません。教会の孤児院で働いていたので家事なら得意です。料理、洗濯、掃除一通りできます。得意料理はパエリアです。パンも焼けます。お菓子はマフィンやクッキーといった簡単なものなら作れます。干し肉など保存が効くものもよく作ってました。産まれる性別を間違えてるとよく言われます。男らしくないですが、よろしくお願いします」
どこのシスターさんかな?と聞きたくなる高スペック家政夫である。
パエリアがもとの世界と同じ料理なら、お米があるということだ。これは、稲作の用意もしなければならない。これから忙しくなるぞ。頼むから同じ名前の別料理でないことを祈る。
「それでは皆さん、お互い敬語はやめましょう。これから一緒に生活するので堅苦しいと生活しにくいです。さっそく生活について相談したいことがあるんだけど、ご覧の通りこの家は部屋がない。というわけで、個人部屋作ろうと思うんだけど、意見が聞きたいんだ」
契約者のヨシュアから敬語を止めなければ話しにくいだろうと口調をくずした。
友達に話すような話し方は久しぶりである。
「私は前にも奴隷としてレンタルされたことはあるが、性別問わず奴隷はみんな雑魚寝だったから気にならない。だが部屋が与えられるなら、大きい窓があるとありがたいな。ここの森は美しい」
なるほど、却下。
技術的に無理だ。ガラスなんてどうやって作れというんだ。
「俺は個人部屋なんて今まで経験ないからどんな部屋でも嬉しい」
ツヴァイの一人称が俺であることに驚いた。
私とか僕のイメージだった。
「わかった、窓はガラスが手に入り次第検討するよ。あと、二人ともコップの水飲んでみて、体力回復するから」
ヨシュアに促されてやっとコップに口をつけた。
二人は驚いた様子でこちらを見る。
「この水は……いったい…」
リズがコップを手にしたまま呟くように言った。
「世界樹の泉の水なんだ。回復効果がある」
「世界樹……絵本で読んだけど、空想の物だと思ってた……」
「飲み水はこの水だから、足りなくなったら泉から汲んで飲んでね」
なんて贅沢な……。そんな呟きが聞こえた。
「今日はもう雑魚寝してもらうしかないから、あの干し草の山で寝てね。トイレはスライム買ったからすぐ作るよ。出来るまでは申し訳ないけど森で。お風呂はないから泉の水で体を拭くぐらいしか出来ない」
トイレや風呂の説明をするとリズの顔が曇った。
「これだけ自然豊かなんだ。温泉は作れないだろうか」
温泉か、考えたこともなかった。しかし立派な胸筋のリズも女性、お風呂は必要なものになるのだろう。
「温泉がどこに湧くかわかれば、掘ることは出来ると思うよ」
「わかった。すぐに地脈を探ろう」
どうやらリズは温泉の湧く場所がわかるようだ。
温泉が出来るとなれば、半年以上水浴びで済ませているヨシュアとしても喜ばしいことである。
「じゃあ今日は二人は休んでて。奴隷商のところでどんな生活してたか知らないけど、泉の水で回復したといってもツヴァイは頬が痩けてて本調子じゃないだろうしね。僕はトイレ作るから」
ツヴァイは申し訳なさそうに頷く。
「いや、私は温泉の地脈探しをするよ。少し外を散歩するくらいなら問題ないだろう?」
「まぁ、それくらいなら。聖域だから強い魔物はいないけど、森の生き物は絶対に狩猟しないでね」
「わかった」
リズはログハウスから出て地脈を探しに出掛けた。
丸腰の自分でも歩き回っているのだから、護衛として契約した彼女なら大丈夫だろう。
逃げ出そうにも周りには樹海が広がり、樹海を抜けたところで岩山と毒沼である。万全の用意がなければ不可能だ。
ツヴァイは干し草の塊で横になっている。
泉の水で回復しているはずなのだが、奴隷商でどんな扱いを受けていたのか、すぐに深い眠りについた。
なるべく音をたてないよう、1度外に出てトイレの壁となる木材の用意とスライムが入る木箱を用意する。
スライムが壁を伝って箱から出ないか心配だったが、ある程度深さのある大きめの木箱を用意して瓶から移したところ、逃げ出す気配はない。
木箱の上には座る椅子を用意した。木製洋式トイレの完成である。お尻を拭く用の柔らかい葉っぱもまとめて置いておく。
トイレの壁は風魔法で溝を作りそこに凸面を作った木材を差し込み組み立てていった。
街で買った蝶番があるため、ドアを作るためのスペースは確保してある。
今日はもう暗くなってきたので、ドア作りは明日にして帰って来たリズとツヴァイと3人で木の実や果物で簡単な夕食をとったあと干し草の塊に潜り込んで雑魚寝した。
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