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空飛ぶ椅子が完成してから、訓練中失敗しても良いように低空飛行の状態で水の弾丸を飛ばす練習をした。
水で練習しているのは、失敗しても木の水やりになるからだ。
意識しなくてもプロペラを回転させ、空を飛べるようになってからは水の弾丸も撃ちやすくなった。
ちなみに前進、後退も空飛ぶ椅子を前に傾けるか後ろに傾けて移動できるよう風でコントロールしている。
空飛ぶヨシュアを見たノルンは私も乗りたいと駄々をこね、マリーさんは楽しそうですねぇといいつつノルンは自分で飛べるでしょうと窘めていた。
魔族の街についてマリーさんに聞いてみた。
「魔族の街ってどんな所なんですか?」
「普通の街ですよ、魔族の方達が暮らす家があって、お店屋さんもいくつかあるみたいですね。魔物を家畜として飼っている魔族もいるそうです。人の姿になったときに着てる服は魔族の街で夫に買ってきてもらいました」
マリーさんの旦那さんは会ったことない。いつも着ているリネンのようなワンピースは魔族の街で買ったということなら、文明はあるようだ。
「服を買うときのお金はどうしたんですか?」
「魔族の通貨は持っていないので、私の羽を素材屋さんで売ったと聞きました。私は虹鳥という種族なんですが、特に雌の羽は装飾品に人気の素材らしいです。ヨシュアさんは、キノコを売りに行けばいいお金になると思いますよ。聖域のキノコは薬として価値が高いそうですから。魔族の方は欲しくても採りに来れませんし」
鳥である旦那さんがお店で物を売れるなら日本みたいに身分証がなくても大丈夫だろう。
お金の問題は何とかなりそうだ。
「魔族ってここに入ってこれないんですね。急に僕が行ったら不審に思われないでしょうか」
「それは大丈夫です。魔族は特に魔力の強い人間ですから。見た目で怪しまれることはまずないでしょうね。私もヨシュアさんのことをはぐれ魔族の方だと思ってましたから」
たしかに以前マリーさんからはぐれ魔族と言われた覚えがあった。
魔族は魔力の高い人間という事実に、角や羽のある青白い肌の人の姿をしたモンスターを想像していたヨシュアは驚く。
「てっきり魔族って、角とか生えているのかと思ってました」
「角が生えている方もいるようですよ。多すぎる魔力を体内に抑えられないから、結晶化して外見に表れるそうです。それが角の形に結晶化していることもあれば、額に宝石が埋め込まれたような結晶化もあるそうです。人によるそうですけど、あまり詳しくはわからなくてごめんなさいね」
そういうことなのか。
高すぎる魔力が結晶化して外見に表れている人間が魔族というらしい。ということは、結晶化が表れていない人間が人族になるのだろう。
そして危険な生き物はこの聖域に入れない。結晶化するほどの強すぎる魔力が危険とみなされ、魔族はこの聖域に入れないのだろう。
「充分詳しく教えてもらいました。助かります」
「もし魔族の街へ行くなら、うちの夫に案内頼みましょうか?」
「………え?」
まさかの提案である。
子育てのためにマリーさんは世界樹のそばでノルンを産んだが、旦那さんは聖域に入れないと聞いたことがあった。本来はマリーさんも入れないが、産卵期と子供がある程度成長するまで期間限定で入れるらしい。
「うちの夫なら買い物したこともありますから街の様子がわかりますし、それにノルンを助けてくれたお礼をしたいと言ってましたから、案内を頼んだら喜ぶと思いますよ」
「マリーさんによくお魚もらって充分よくしてもらってますよ。でも、案内頼めるならお願いしてもいいですか」
「わかりました。じゃあ3日後に毒沼の上空で待ち合わせということでどうかしら」
「よろしくお願いします」
急に決まった魔族の街へのお買い物の日程が決まった。
翌日と翌々日は開拓を中止し、キノコ狩りに明け暮れた。
薬になると言っていたので見るからに毒々しくて避けていたキノコも収穫していく。
触るだけで手がピリピリする赤いキノコや、男性の猛ったナニのようなキノコ、赤色に黄色の斑点のどうみても劇物だと思われる自己主張の激しいキノコなども収穫した。
三日後、用意しておいた木の籠にキノコを入れ、空飛ぶ椅子に収納して毒沼へと飛び立った。
聖域の効果でモンスターには一切会わず、モンスターが現れる毒沼の上空では光輝く虹色の神々しい鳥がぐるぐる旋回して飛んでいる。初めて会った鳥の姿のマリーさんに後光がさしたらきっとこんな感じだろう。どうやら旦那さんのようだ。
こちらに気付いて、キェェェェェェーと高らかに鳴いたあとゆっくり飛んで行く。そのあとを大人しくついていった。
たまに鳥形のモンスターを見かけるが、旦那さんを避けるように方向を変えるため襲われることもなくしばらく飛んでいると、農村のような集落が見えてきた。
集落のそばの木々に旦那さんは降り、ヨシュアは少し開けた場所に降り立った。空飛ぶ椅子は木々の間に隠してキノコの籠を持って集落へ向かう。
街と聞いていたがずいぶんイメージと違うようだ。
これは目当ての物は難しいだろうとガックリ肩を落とした。
集落へ向かっていると、筋肉隆々の艶々した男性がいた。
素晴らしい大胸筋である。職業はボディビルダーですと言われたら納得しそうだ。
マリーさんやノルンと同じ色鮮やかな髪に輝きが追加されている。
「やぁヨシュアさん初めまして、妻と娘がお世話になってます!アンドリューです!」
ノルンの元気な話し方は父親譲りのようだった。
「初めまして、ヨシュアです。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく!妻からキノコを売って買い物をする予定と聞いてますが合ってますか?」
「はい、そうです。まず素材屋さんに案内してもらえますか?」
「ふむ。キノコなら素材屋よりも薬屋のほうが高く売れるでしょうから、薬屋に変更してもいいでしょうか?」
そうか、薬として価値が高いから薬屋に売った方がいいのか。やはり案内を頼んで良かった。
「お任せします」
こうしてアンドリューさんに案内されるまま農村へ入った。
柵も無く、建物で家畜らしい生き物の鳴き声がたまにするがのどかな風景が広がっている。所々レンガ作りのような、頑丈そうな建物がある。住居だろうか。
アンドリューさんは頑丈そうな建物の1つの扉を開けた。
そこが薬屋かと思って入ってみると、下へ続く螺旋階段があった。
「この街は地下街ですから、こうやって階段を降りないと街へ入れないんですよ」
まさか農村の地下に街があるとは思わなかった。
本当に案内を頼んで良かったと心から思いながら、螺旋階段を下っていった。
螺旋階段を降り、扉を開くとそこには光輝くネオン街が広がっていた。どう見ても新宿歌舞伎町である。日本かと見間違えるほどの繁華街だ。
「すごいな……」
「驚いたでしょう!ここは魔王城が近く、度々勇者に襲撃されたり、戦いに巻き込まれて壊滅されたりするので見つからないよう地下に街を作ってるんですよ!」
あ、そういう理由なんだ。
確かに地上から見た感じはほのぼのとした農村であった。
「薬屋はこちらです!」
どういう仕組みかわからないが、蛍光色に光輝くキノコマークの看板がトレードマークの薬屋さん。
さっそく店に入り、店主にキノコを売りに来たと伝える。
「キノコか、ありがたい。査定いたしますので籠をこっちに渡してもらえますか?」
右目が鼈甲の義眼のような中年男性が愛想よく対応してくれる。
義眼のような見た目だが、あれが彼の結晶化した魔力なのだろう。
結晶化した魔力の部分以外、姿も肌の色も本当に人間と同じだった。言葉も通じる。鳥に言葉が通じてる時点で言葉は特に心配していなかったが、安心した。
「お願いします」
籠の中のキノコを見た店員は目がこぼれ落ちるのではないかと思うほど大きく見開いた。
「お、お客さんこのキノコをどこで手に入れたのですか……?」
正直に答えていいものか、返事に躊躇っているとアンドリューが代わりに答えてくれた。
「そのキノコの生息地は聖域に決まってるだろう」
「しかし、我々魔族は聖域に入れません。お客さん、いったい……」
最後までは口にしないが、いったい何者だと不審に思っている店員。
「俺は用心棒だ。このはぐれ魔族に子供が世話になったんでな。この人、気付いたら毒沼に捨てられてたってことで察してやってくれないか」
店員は息を飲んだ。
こちらを見る視線は憐れみの色になり、すぐに査定しますといって店の奥へ行った。
奥から持ってきた分厚い本をめくりながら、キノコと同じ絵の書かれたページを確認する。
「火炎茸15,000ルク、猛り茸30,000ルク、斑薫檀茸50,000ルク………」
ブツブツと呟きながらメモし、計算していく。
どうやらルクというのがこの国の通貨の単位のようだ。
「お待たせしました、合計431,500ルクでございます」
多分高いのだろうが物価がわからないため特にリアクションせずお金を受け取った。
100,000ルクは薄く四角い金板。
10,000ルクは薄く丸い金板。
1,000ルクは薄く四角い銀板。
500ルクは銀のコインだった。
お金を受け取り、籠に入れていると店員さんがこれだけのお金が丸見えになるのはいけないと袋をくれた。
本来は薬を入れる巾着のようだ。
お礼を伝えありがたく巾着にお金を入れる。
「聖域のキノコなんて幻のキノコを仕入れさせていただきありがとうございます。ぜひ、またご利用ください」
丁寧な店員さんに見送られ、店を出た。
気になるのは物凄く可哀想な子を見る目で見られたことである。理由はあとでアンドリューに聞こう。