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人間界、イスカリオテ王国では近頃おかしな噂が流れている。
最初はある冒険者だった。
「依頼の帰りにオークから後頭部を殴られて、もうだめかと思ったら変な男に助けられたんだ」
冒険者いわく、その男はまるでヴァンパイアのような牙を持つ人間だったと。
切れ長の瞳に華奢な体、どこの貴族のご令息だろうと思わせる品のある姿、整った顔にアメジストのような美しい牙は怪しく輝いていたという。
ある商会の業者は言った。
「フォレストウルフの群れに追いかけられたときは、もうここで死ぬんだと思ったが、噂の紫の牙の人がフォレストウルフを引きつけてくれて助かったんだ」
紫の牙の人、それは助けを求める人の元へ現れるヒーローとして広まっていた。
なぜそんな牙があるのか、まるで魔族のようだ。
本物の魔族を見たことはないが、噂は王国中に広まっていく。
ある日依頼にてこずっていた冒険者は、どこからか現れた紫の牙の人と共闘してドラゴンゾンビを倒した。
「ありがとう。あんたが噂の紫の牙の人なんだな。なんのお礼も出来ないけど、せめて魔石は持って行ってくれ」
地面に倒れこんだまま、紫の牙の人に声をかけた。
「いや、いい。魔族の私より、人間の君の方が必要な物だろう」
「えっ・・・?魔族?」
「回復薬も手持ちがない、薬草を置いておく。帰りは気をつけて」
ふっと笑って去っていった。
その日、ドラゴンゾンビ討伐から無事に帰還した冒険者の話は一夜にして広まった。
紫の牙の人は、魔族だ。
なぜ人間界に魔族がいるのか。
ついに人間界を侵略に来たのではないか。
ならばなぜ魔族が人間を助けてくれるのか。
魔界を追い出された魔族なのではないか。
分かり合える魔族もいるのではないか。
様々な憶測が飛び交う。
魔族とは何か、国民が考え始める。
王国が兵をあげて、調査に乗り出す。国内に侵入した魔族を始末せよと命令が下される。
しかし、世論は認めない。
助けてくれた恩人に何をするつもりだ!
魔族だからと殺すなんておかしいだろう!
私たち人間と同じ姿をしているのに、ただ牙があるだけなのに。
人間に危害を加えていないのに、なぜ始末しようとしているのか。
紫の牙の人は、兵士に狙われながらも人間を助け続ける。王国はギルドに魔族の討伐依頼を出すが、紫の牙の人に助けられた冒険者が多く、誰も受けようとしなかった。
王国が手を焼いていると、紫の牙の人に加えて羊の角のような丸まった角を持つ女の子が目撃されるようになる。
女の子はどこから侵入したのか、街中に現れる不思議な女の子だった。
ある日は孤児院に宝石を届け、またある日はガラの悪い男に絡まれる女の子を助けた。
よく孤児院に現れては、宝石を寄付していく女の子。女の子のピンチに現れる女の子。
きっと羊の角の女の子も魔族なんだろう。
紫の牙の人のこともあり、羊の角の女の子も国民に受け入れられた。
人間界の国民に、魔族を受け入れる風潮が生まれた。
魔族を手放しで信用できるわけではないが、いい魔族もいるのだという認識が生まれたのだ。
その頃からフードを被った人間が街頭演説を始めるようになった。
「今の国政に疑問はありませんか?なんの罪もなく、我々を助けてくれた人間を始末せよという命令に納得がいくでしょうか。魔族とは結晶があるだけで、同じ人間ではないですか?」
所詮宗教演説だと、道行く人は気にも留めない。
「なぜ魔界に進軍するのでしょうか、聖女アイリスが徴兵されたことはご存じでしょうか」
何人か足を止める。
「聖女アイリスは、勇者を召喚したにも関わらず、用済みと見なされ徴兵されました。まだ幼さの残った少女に戦争へ参加せよという命令は、死刑宣告以外の何だというのでしょうか」
「聖女ったって、偽物だろうが」
極道のように凄みのある男性からヤジが飛ぶ。
「なぜ偽物だと?聖女にあったことがございますか?」
「いやないけどよ。勇者が召喚できなかったって聞いたぞ」
「スキルはいつでも成功するものではないでしょう。その日のコンディションによっては失敗する日だってある。特殊なスキルを持ち、聖女だと言われ10歳の時に両親や育った村から無理矢理引き離され、13歳の若さで国全体から勇者を召喚しろと重圧をかけられ、うまくスキルを使えなかったから死刑にする。そんな横暴が認められますか?」
ヤジはもう飛ばない。
「まだ幼い子に強制し、失敗すれば死刑の国なんて、いつか滅びるでしょう」
兵士が現れたことでフードを深く被った男は街頭演説を中断して逃げていく。
フードの男は街中で度々街頭演説をする。
なんの危害も加えてこない魔族をなぜ始末せよと命令するのか。
なぜ進軍しているのか。なぜ転移魔方陣を破壊したのか。今の魔王による被害は一切ないのに、なぜ勇者を召喚したのか。
聖女は勇者を召喚したのに、なぜ現れなかったのか。そもそも聖女のスキルとはどんなものだったか。
国民の税金の使い道は開示するべきではないか。
王族が使用するのではなく、国民に還元するべきではないか。
学校を増やし、個人の能力を上げることで国が豊かになるのではないか。
今のように貴族が治癒魔法士を優先的に利用できるのではなく、庶民にも医療を身近にするべきではないか。
国民の納める税で王族や貴族は暮らしているのに、国民が貧困にあえいでも手を貸さないのは何故だ。
国民の生活を保障する義務があるのではないか。
演説の内容は次第に政治批判へと発展していく。
最初は得体の知れない男の演説を遠巻きに見ていたが、演説を聞くうちに国民たちも次第にそんな国になってほしいという願いから、王国の制度に声を上げるようになっていった。
王国の改革を望む風潮になっていった。
紫のバラの人じゃないよ
紫の牙の人だよ




