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「お帰りなさいませ、メルお嬢様」
魔王城では次々屈強な男達がメルに挨拶する。
さすが魔王城に勤める方々なだけあって、誰一人としてヨシュアへ失礼な視線を向けない。
メルの隣にはヨシュアがいて当然のように振る舞う。
もちろん、今日はメルが結婚相手を連れて挨拶に来るから失礼のないようにしろと魔王直々に朝礼のとき通達されているのが理由だ。
「メルお嬢様、本日魔王様とは謁見の間にてお会いされますか?」
透き通る紫色をした、ドラキュラのような牙を持つ魔族の男性が声をかける。
「今日はあくまでもプライベートな挨拶だから、謁見の間を用意する必要はありません。お茶会のときに使用する部屋で充分です」
「承知致しました。銀竜の間でしたらすぐにご利用いただけます」
「ではそちらを。お茶にはヨシュア様が持ってきてくれた物を使ってください」
「あっ、こちらになります」
紙袋に入れた手土産を渡す。
「ありがとうございます。お茶菓子はお茶に合うものをこちらでご用意させていただきます」
恭しく手土産を受け取り、下がる。
一流の執事だろうか。魔王の側近かもしれない。
「彼、次期魔王の最有力候補なんです。今は父のもとで魔王の仕事について学んでます」
いわばインターンシップのようなものだ。魔王の座へ一度就けば、余程のことがない限り死ぬまで降りることは許されない。魔王の候補は必ず一度魔王とは何か、仕事を学び、自分に出来るか考える期間を設けるのだという。
「魔王って実力主義で決まるって聞いたけど、勝手に決まるわけじゃないんだね」
「ええ、実力のある者の中から適性のある者が選ばれますが、最終的には本人の意思です。魔力量など遺伝的要因が強く、どうしても魔王の血縁者が次期魔王となりますけどね。彼は私の従兄弟でもあるんです」
魔力量が遺伝なら、実はうちの両親はとんでもない魔力を持っていたりするのだろうか。
魔力が使えない世界では、この上ない宝の持ち腐れだ。
ヨシュアはそんなことを考えながら、案内された銀竜の間で魔王を待つ。
「ダメだ、ものすごく緊張してきた」
「ふふっ。頑張ってください、ヨシュア君」
いや、本当に怖い。
魔王だもの。僕が勇者ってだけで殺されそうだ。メルの話だと実際に一度殺されかけてる。
魔王は今とても結婚に前向きに考えていると聞いている。嫁姑関係も恐ろしいと聞くけれど、これほど恐ろしい婿舅関係があるだろうか、いや、ない。断言できる。
ノック音のあと、扉が開いた。
ビビりすぎておしっこ漏れるかと思った。
ちょっぴり漏れたかもしれない。
慌てて席を立つ。
「ああ、どうぞ座ってください」
現れたのはダンディなおじ様。立ち上がったヨシュアを見て座るよう促す。
オールバックにまとめられた黒髪、褐色の肌、額から伸びるエメラルドのように透き通った緑色の二本の太く大きな角はまるで鬼のようだ。無駄な肉が無く、筋肉質な逞しい体。
この人魔王だったかな?鬼だったかな?
そんな第一印象を抱く外見であった。
「父上、ヨシュア様をお連れ致しました」
メルが魔王へヨシュアを紹介しようとする。
「普段の話し方でいい。これは家族だけの問題だ」
「わかりました、お父様。さっそくご紹介しますね、こちらヨシュア君。私の将来の夫となる方です」
「お初にお目にかかります。ヨシュアと申します」
額がテーブルにつきそうなほど深々とお辞儀をする。
「ご丁寧にありがとうございます。メルの父、ヨハネです」
鬼のような見た目で恐ろしく腰が低い。
名乗り終わったところで先程の牙を持つドラキュラ風魔族が部屋へ入る。
「失礼致します。お茶をお持ち致しました。こちらヨシュア様から戴きましたハーブティーに、シフォンケーキでございます」
柑橘系のブレンドのハーブティーと、シフォンケーキに生クリームを添えたお皿が並ぶ。
「ヨシュアさんはその若さで実業家だと伺ってますが、このハーブティーはヨシュアさんのところの商品ですか」
「はい、そうです」
声が裏返りそうだ。
「いい香りだ」
「あっ、ありがとうございます!」
「お父様、ハーブティーにはリラックス効果やリフレッシュする効果などがございます。今回ヨシュア君はお父様がお仕事で休む暇もないだろうからと、息抜きするときに少しでも気分転換出来るようにと清涼感のあるものやこの柑橘の香りがするハーブティーを選んでくれました」
メル!ナイスアシストだ!
「これは、お気遣いいただきありがとうございます」
「いえ、とんでもないです」
うまく会話のラリーが続かず、話が途切れる。早く言わねば。
「あの、お義父様、今日はお忙しい中貴重なお時間をいただきありがとうございます。僕は、メルさんと結婚させていただきたいと思っています!」
心臓が破れそうなほど激しく脈打つ。
「こちらこそ、ぜひ娘をお願いしたい。しかし、障害があるのは理解されていますか?」
こちらを推し測るようにじっと見つめる。
今こそツヴァイの切り札を切るとき!
僕のターン!ドロー!トラップカード発動!『腹黒の進言』!
このカードは相手が魔王のときのみ有効となるっ!!
「もちろん理解してます。メルさんからすでに聞いているかもしれませんが、僕は魔族ではなく人間です。人間と魔族の結婚は前例がなく、壁となるでしょう。それに加え、僕は人間に召喚された勇者です。本来なら魔王を倒すために召喚された人間が、魔王の娘であるメルさんと結ばれるなんて、現状ではとても無理でしょう」
1枚目のカードは、正直に自分が勇者であることを打ち明けること。相手は勇者ではないかと怪しんでメルに調査させた。自ら伝えることで好感度を上げよう。
「しかし、僕自身人間界への召喚は上手くいかず、ずっと聖域で暮らしていました。魔族の街で買い物をし、多くの魔族の方と接する機会がありました。人間の身ではありますが、僕はこの世界の人間と魔族、どちらに肩入れすることもなく中立の位置にいます。僕個人としては、人間界と魔界を断絶するよりも、和平を結んだほうが世界の発展に繋がるかと思います」
2枚目のカードは、ヨシュアが中立であると伝えること。人間が自分は魔族側にいます!と言ったところで絶対に信用されない。
だが、ヨシュアはこの世界の生まれではない。あくまで第三者の立ち位置であり、人間だが中立であると伝え、さらに魔王と同じく人間と魔族の和平を望んでいると伝えることで、魔王に気に入られよう。
「僕はメルさんとの結婚を望んでます。人間と魔族が和平を結ぶおつもりはございませんか?いちいち進軍されたのを対応していては人件費ももったいない。人間が召喚した勇者である僕が、人間との交渉役を買って出ましょう。和平を結び、勇者と魔王の娘の結婚は、これ以上ないほどの和平の象徴となるでしょう」
トドメに3枚目のカード。人間の勇者であるヨシュアが、和平交渉を行うこと。
ヨシュアにとってはメルと結婚するための障害を取り除くため、魔王にとっては娘が結婚したい相手と結婚出来るだけではなく、定期的に進軍され、それに対処する手間と費用が省けるという政治的な旨味がある。
この3枚のカードを、最初は「現状では結婚は無理でしょう」と否定から入り、「和平を結びませんか」と対応策の提案、最後に「和平を結べば結婚出来るうえに旨味もある」と+αで使用する。
営業担当メル直伝、否定から入り別の角度から提案することでこちらの要求を通す心理テクニックだ!!
「さすがだな」
魔王は一言、そう呟いた。
「メル、障害の解決策まで自ら用意し、私に会いに来た相手と結婚するなとは言えない。無事に和平を結ぶことが出来れば、結婚だ」
魔王はメルとヨシュアの結婚を認めた。
「あっありがとうございます!!」
安堵したのもつかの間、一抹の不安が胸をよぎる。
これって、人間との和平成立しないと結婚できないのでは?




