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ここはヨシュア村。
年中温暖な気候で暮らしやすく、自然豊かな土地だ。
ところが近頃、暖かく幸せな雰囲気が満ち足りている。まるで春がきたかのように。
いや、春が来たのだ。このヨシュア村に。
このヨシュア村の村長、ヨシュア本人のもとに・・・!!
ヨシュアとメルの交際はまるでおままごとのようにそれは清らかで、穢れのない清らかな中学生カップルのようだった。
今時の中学生ならもう何人かは穢れている頃合いだが、ヨシュアはまだ手を繋ぐのも手汗が気になってタイミングを見計らってしまう純情レベルである。
清らかな交際を続け、メルからついに言われてしまった。
「いつ父とお会いして下さいますか?」
ゼク◯ィを手渡されたかのようなど真ん中直球ストレート。きっと速度は100マイル(160/km)。
さりげなく部屋にゼ◯シィを置いて匂わせるなんてレベルではない。いつ結婚してくれるの?と彼女に言われているのも同然だ。
良いところのお嬢さんであれば、告白=婚約=結婚という方程式になるということを理解していなかったため、結婚には及び腰のヨシュアであるが、メルとデートを重ねる度にこのままメルと結婚して幸せに暮らしていきたいと思うのも確かだ。
ここはもう、腹をくくるのが漢だろう!
「というわけで、夜中にひっそり男性諸君に集まっていただきました!今夜の議題は『ヨシュア、結婚するってよ ~親への挨拶、結婚するということ~』でございます。先輩方、ぜひご教授下さい!」
ヨシュア村の男性陣一人一人にこっそり声をかけて集まってもらった。
妻帯者クリフはもちろん、アイリスが近頃毎日幸せそうに過ごしている原因と思われるツヴァイ、経験豊富そうなアーノルドの3人だ。
「実はメルと付き合ってたんだけど、メルは良いところのお嬢さんのため付き合う=婚約、そして結婚という家庭の方でして、今度お父様に挨拶に伺うこととなりまして、先輩方にお嬢さんをいただきたいときのご挨拶の礼儀作法を教えてもらいたいんです。はい」
「おー!ついに結婚間近にまでなったんだ!おめでとうヨシュア君」
ニコニコ顔のツヴァイが言う。
「おめでとう」
クリフもお祝いの言葉を口にする。
「結婚か、おめでとう。メルといい仲なのはわかってた」
と、アーノルド。どうやらクリフとアーノルドはヨシュアから報告しなくても気づいていたようで、特に驚きもしなかった。
「ありがとう、皆。さっそくだけど、クリフは結婚の挨拶のときってどうだったの?」
クリフはお祝いを言うときのにこやかな表情から一転、眉をしかめる。
「正直、俺の場合は門前払いだったよ。セリナとの結婚を認めてもらうために王宮に仕える魔道士になった。セリナの親に、貴族の娘と釣り合いのとれる男だと思わせる必要があったんだ」
「フムフム。相手の親に認められる男になる、と」
「ヨシュア君なら魔族の実業家としていけるんじゃないか?」
「いやー、駆け出しだからねぇ。それに魔王の部下であるメルのお父様のほうがはるかに稼いでるよ。アーノルドは何か経験ない?」
「俺の住んでたとこ、親同士が結婚相手を決めることもあるからな。特に礼儀もなにもない。釣り合いがとれることだな。それに、価値観違うと、暮らしてるときに苦労する。食べ物や趣味にかけるお金とかな」
「確かに・・・」
今はツヴァイがご飯を作ってくれていて、魔族の町のレストランで食事もしたが、やはり人間の料理と魔族のご飯は違う。毎日食べるとなるとどちらをベースにするかという問題がある。
「魔族と人間って時点で珍しい組み合わせだよね」
「珍しいどころか、ヨシュアが世界初じゃないか?なぁ」
アーノルドがクリフの方を見ながら言う。
「ああ、そうだと思うよ。人間界と魔界は隔絶してるからね」
「ええー。障害大きそうだな。ツヴァイは?最近アイリス毎日笑顔満開だけど、結婚のこととか考えてる?」
「ああ、こないだプロポーズしたからね」
ツヴァイはなんでもないことを言うかのようにすましている。
ツヴァイ以外の3人は驚きの表情を浮かべていた。ちなみに風呂上がりのまま話し合いに来てくれたアーノルドが驚いた顔が凄んでる極道にしか見えなかったのは内緒だ。
「ぷぷぷプロポーズ!?」
動揺を隠せないヨシュア。
「そうか、それであんなに幸せそうなのか」
納得する大人組。
「聖女様と結婚って、かなり反対多そうだけど、どうするの?」
「簡単だよ。反対意見なんて誰にも言わせない権力を俺が手に入れればいい」
わー、僕よりハードモードなのに、その漲る自信はどこから湧くの?主人公なの?ツヴァイが主人公なの?
「おお、よく言った。そうだな、反対されてもねじ伏せろ、ヨシュア」
「うん。それがいいよ、ヨシュア君。メルさんのお父さんに反対されても、それでも結婚するって気概を見せるんだ」
結論、礼儀よりお父様に認められる漢になること。
反対されてもねじ伏せること。
そんな漢らしさがあれば、そもそも挨拶に行くときの心配なんてしていない。
「お父様に挨拶行くの緊張するなぁ。ていうかツヴァイかっこよすぎ」
「俺と結婚するってなったら、アイリスにも苦労かけるからね。アイリスにこういう大変なことがあるよって話した上で、2人で覚悟決めて、生きていくって決めたんだ。俺が弱音吐くわけにはいかないよ。ヨシュア君も結婚するなら、隠し事は無くしたほうがいいよ。はぐれ魔族の設定のままでしょ?」
痛いところを突かれてしまった。
そうなのだ。まだヨシュアはメルに人間であることを明かしていない。
「そうだよね、結婚する前に人間ですって伝えなきゃ」
「うん。隠しきれる事じゃない。魔王にバレたら
、ここもどうなるかわからないよ」
メルと結婚するとなれば、メルの親から芋づる式に魔王へ伝わるだろう。結婚を認めてもらうどころか、この聖域で暮らせなくなる可能性もある。
「そう、だね。皆ごめん。もしかしたら、ここに暮らせなくなるかもしれない」
「もともとヨシュア君が開拓したんだ。気にする必要はないよ」
「いざとなれば研究ノート抱えて人間界へ逃げる」
「挨拶行くときは事前に教えてね。荷物まとめとくから」
ヨシュアに自分達の心配をさせまいとする気遣いか、それともシビアなだけなのか。
自分の結婚が、皆を巻き込んでしまうことに負い目を感じる。このときヨシュアには、自分の結婚がまさか人間界と魔界に革命を起こすことになるとは、知るよしもなかった。




