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セリナさんへ美容品などヨシュア村の特産品を作るために協力して欲しいと頼むと、やっと力になれそうな仕事が出来て嬉しいと二つ返事で引き受けてくれた。
せっかくなのでヨシュア村の商品開発担当になってもらった。
落ち目とはいえ貴族として生活していた彼女は、美容品や地方の特産・名産品の知識が豊富だ。それを生かして商品開発してもらうことにした。
結局ヨシュア村の商品開発はほぼセリナさんに任せることになったので、ヨシュアはまたもや手持無沙汰になりつつある。
部下に仕事を任せ、自分は楽するタイプの上司である。部下が恐ろしく育つがヘイトを稼ぎやすいタイプの上司である。
まずは豊富にあるハーブや果実を使ったハーブティーや美容品の商品開発をしてもらった。
ハーブティーはツヴァイブレンドがあるが、休憩するときや寝る前のリラックスタイムに飲むため、皆が飲みやすいようクセを抑え、飲むとほっとするような味のハーブティーにブレンドしてくれている。
セリナさんいわく商品として売るなら飲みやすいのも大切だが、せっかく聖域育ちのハーブを使用するのだから効能別に分けたほうがいいとのこと。
気分転換にミント、寝る前はカモミール、疲れたときはオレンジ、年齢が気になる方にはカレンデュラと、効能ごとにメインで使うハーブや果物を変えて試作していた。
ヨシュアは作業にノータッチだったため、試作していたということしか知らない。言い出しっぺのくせに残念な村長だ。
美容品は蜂蜜を使ったパックや、トリートメント、肌の角質を取り除きすべすべにしてくれるスクラブという謎の石鹸もどきを試作していた。スクラブはヨシュアの目にはツブツブ入りの石鹸にしか見えておらず、石鹸もどきと不名誉な名称で呼ばれることとなる。
ヨシュアが関わったのは果物の種をスクラブにするから細かくする道具が欲しいと言われすり鉢とすりこ木、石臼を作成したのと、大量の蜂蜜を仕入れに行ったくらいだ。
商品化するとなるとパッケージやデザイン、ブランドロゴのようなヨシュア村の商品であるとわかりやすいなにかが必要であり、それらを考えるのに頭を悩ませていた。
ギルドで判明したヨシュア自身の能力は宝の持ち腐れ状態であり、使いこなせていないためそんなにすごい能力だと自覚していないのだ。
それでも何かと頼りにしている村の相談役ことツヴァイ君には話したほうがいいだろうと、夜ダイニングでロゴデザインの落書きをしながら朝食の仕込みをしているツヴァイに話しかけた。
「ツヴァイ、仕込み大変?」
「全然。あとはサラダ用のドレッシング作るだけだよ。レモンペッパー切らしてるから作っておかないと、アーノルドのお気に入りだからね」
皆の食の好みを把握している。さすが皆の嫁ツヴァイ。
「この前ギルド行ったときに自分のスキルとか魔力量とか測ったんだけど、スキル3つっておかしい?」
「うん。人間だと複数スキル自体珍しいけど、3つもあるのは勇者か聖女くらいかな」
勇者と聖女くらいということは、聖女のアイリスは3つ持っているのだろうか。
「へー。でも幸運とか言語理解とか地味なスキルだったよ」
「もう一つは?」
「笑わない?」
じとっとした疑いの目でツヴァイを見る。
「人のスキルを笑わないよ。失礼にも程があるでしょ。俺のことなんだと思ってるんだ」
心外だと言わんばかりにご立腹である。人のスキルのことを笑うのは、人の容姿を笑うくらい失礼なことなのかもしれない。
「・・・英雄」
ツヴァイが固まった。
時を止めた覚えはないが、ツヴァイはドレッシングを混ぜる手を止めこちらを見ている。
「もしもーし。ツーヴァイくーん。」
ヨシュアが目の前で手を振ると、ツヴァイはハッと意識を取り戻す。
「ねぇヨシュア君、属性検査あった?」
「あったよ」
「全属性持ってた?魔力量EXじゃなかった?」
グイっと身を乗り出すツヴァイ。顔が近いよ。中性的な美少年だったツヴァイも超絶イケメンに成長しつつある。目の前にイケメンのドアップがある平凡メンの精神的ダメージを考慮していただきたい。
「え?なんでわかるの」
驚愕の表情で口をパクパクさせるツヴァイ。超絶イケメンな酸欠金魚である。
「ヨシュア君、スキルのこととか誰かにもう言った?」
「言ってない。魔力量がEXなのはメルにバレたけど」
「絶対メルさんに言っちゃダメ。ていうか、俺以外誰にも言わないで。スキル聞かれたら幸運と言語理解の2つって答えて。魔力EXはバレてるからいいけど、魔法属性も自然属性全部と空間属性って答えるようにして」
力強く言われ圧倒される。
「いいけど、なんで?」
「あのね、アイリスは聖女で勇者を召喚したんだけど初めての召喚は誰も現れなかったんだって。2回目以降は能力は全然ないけど毎回異世界からの人は召喚出来てた。1回目も2回目も、魔法を使った感覚では召喚は出来ていたって言ってた。
そもそも召喚された勇者は、全属性あって魔力もEX、スキルも複数持っていて、能力上昇・・・今は英雄って呼ばれるスキルを持っていることが多い。
もちろん、歴代の勇者全員がそんな武力を持ってるわけじゃないよ。英雄スキルを持ってなくても、圧倒的な知識量で魔王と直接戦わずして降伏させた勇者もいるから。魔王との戦い方は勇者次第なんだ」
一度息をついて眉をひそめて躊躇するツヴァイ。やがて決心したようにヨシュアを真っ直ぐ見据える。
「これは俺の仮定でしかないけど、ヨシュア君は別の世界から召喚された勇者なんじゃないの?
アイリスの能力は勇者の住む世界と繋ぐ門を創り開くスキルだ。王城までの道は魔道士達の魔力に支えられて作られる。もしかしたら魔力が足りなかったり、道に何らかの干渉があったり、王城まで道が出来てなくてたどり着けなかっただけで、本当は召喚に成功してたんじゃないの?」
これはもう誤魔化しようがない。
「黙っててごめん。僕は魔法の存在しない世界から来たんだ。自分が勇者なのかはよくわからないけど、異世界から来たってことは正解だよ」
「そっか・・・、そうなんだ」
「うん」
呆然とするツヴァイ。
「スキルとか属性はツヴァイに言われた通りに誤魔化すことにするよ。もし勇者だとしても、バレて魔王と戦えって言われると困るしね。もとの世界に帰る場所もないし、僕はただこの世界で生きていきたいんだ。それに魔界の人たち、いい人多いからね。王様倒すより仲良くやってくほうがいいな」
「そうだよね、知らない世界に放り出されてるのに魔王と戦おうなんて思わないよ。勇者だからって戦う必要なんてないんだ」
まるで自分に言い聞かせるように言ったあと、ツヴァイはふと気付いたように呟いた。
「・・・そうだ、そうだよ。戦う必要ないよ。魔族と仲良くしたらいいんだよ。和解して友好関係結べばいいんだ」
「ツヴァイ?」
「ヨシュア君。ヨシュア君がもし勇者だったら、戦いじゃなくて和解に向けて人間と魔族の間を取り持つことは頼める?」
「僕に交渉戦なんて出来ると思えないけどなぁ」
「大事なのは和解を望む勇者の存在だ。交渉自体は国同士の思惑があるからしなくて大丈夫」
「それならなんとかなるかな。もし僕が勇者だったら、だけどね」
「ありがとう、少し考える時間をちょうだい。俺も覚悟決めないといけないから」
何をする気なんですかツヴァイさん。
そもそも自分が勇者だと思っていないヨシュアは不安に思いながら、夜は更けていった。