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魔族の観光地でご当地メニューを提供するお店で昼食をとった。
蜂蜜と紅茶がこの街の名産とは知らなかった。蜂蜜は街の地上部分の草原で花の蜜を集めて作られ、樹海のようだと思っていた森は実は茶畑らしい。
蜂蜜レモーネという女子力が上がりそうなドリンクを人数分と、各々気になった料理を頼んだが、観光向けのお店のわりにボリュームもしっかりあって美味しかった。
まさか豚を紅茶で煮込んだ料理がこんなに美味しいとは。ツヴァイに報告しなければならない。
昼食を食べ終えたあと、ギルドへ向かい身分証を受け取りに行く。
案内係に名前を言い、ギルドカードを受け取りに来たことを伝えると「お待ちしておりました」と別室へ案内される。
「支部長をお呼びいたしますので少々お待ちください」
室内はトロフィーや盾が飾られており、革張りのソファーや大理石のような床に鮮やかな鳥の模様が描かれた絨毯、どうやら応接室のようだ。ふかふかのソファーに腰をかけ、なにかしただろうかとビビっている。
「お待たせいたしました、ヨシュア様でお間違いないでしょうか」
「あ...はい」
部屋に入室した支部長は張り付いた笑顔の怖い男性だった。
怖く感じるのは、窓口で荒れていた男性を容易く氷で拘束した様子を見たからかもしれない。
「まず、こちらがギルドカードです。魔力を流していただくと、属性や魔力量、スキル、残高が確認出来ますのでご確認ください。残高はクエストの報酬額になりますので、今はゼロと表示されます。また、のぞき見防止機能がついておりますので隣からは見えません」
手からそっと魔力を流してみる。すると表示された内容に驚愕した。
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名前 :ヨシュア
年齢 :17
属性 :全属性
魔力 :EX
スキル:『英雄』『言語理解』『幸運』
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スキルの『言語理解』は身に覚えがある。
『幸運』も異世界に来て不自由することなく生活できているのだから幸運だろうと思う。
『英雄』とはなんだろうか。
そして魔力EXとはなんですか。
「内容にお間違いないでしょうか」
「いや、名前と年齢以外今知ったので...」
間違ってるかどうか判断はつかないけれど、これ本当に僕の測定結果なの?と疑っている。
「さようでございましたか、非常に勿体ない。ここまでの逸材、しかるべき教育を受けていれば魔王を目指せるかもしれませんのに」
「逸材と言われても、実感がわきませんね。魔力や属性を今知ったのですが、魔力EXというのはなんなのでしょう」
隣でメルが息をのむ音がした。
「魔力量は体調などでも左右されやすいため、明確な数値は測れません。そのため、ランク分けして大体これぐらいの魔力量があると目安として記録させていただいているのですが、通常E~Sまでとなっております。
測定の上限を超えてしまい測定出来なかった魔力量をEXとしております。保持者は今のところ魔王と本当に一握りの英雄と言ってもいい冒険者くらいです。ドラゴン殺しで有名なギルティさんや海の覇者と呼ばれるモーゼさんが有名ですね」
「・・・。ほかの人のデータと間違えてませんか?」
「測定器の故障の可能性も含めて何度も確認させていただきましたが、間違いございません。そのギルドカードには測定に使った血液を垂らして魔力の情報を記録させ、所有者が魔力を流せば情報が見えるように細工しております。
血液中の魔力と流れ込む魔力が一致していないとカード情報は開示されません。魔力を流し、情報が見えたということはヨシュア様のデータで間違いないということになります。このカードは個人情報、クエストの報酬残高も記載されておりますから、安全にご利用いただくために万全を期しております」
「スキルのことも聞いていいですか?」
「ええ、もちろん。ただ当ギルドではスキルの説明はご本人様にのみおこなっておりますので、同席者のお二人には一度席を外していただいてもよろしいでしょうか」
「わかりました。ごめん、二人は一旦出てもらえる?」
メルは少し不安そうな顔をしていたが、部屋の外へ案内され部屋から出て行った。
出て行ったのを確認して、支部長は説明を始めた。
「ヨシュア様のスキルは3つ。魔族ではスキルが複数あることは珍しくないですが、3つすべてが希少性が高い特殊スキルであることは非常に珍しいことです」
支部長はヨシュアのスキルを把握しており、それぞれの特性を説明する。
『言語理解』
すべての言語が理解でき、人族・魔族・獣人・エルフといった知能の高い生き物の言語で会話が出来る。読み書きも可能。古代語なども理解できるため学者に多いスキルである。
『幸運』
その名の通り運に恵まれるスキル。一流の冒険者に多いスキルである。
『英雄』
すべてのステータス上昇効果。素手で岩を砕くほどの肉体強化や、たとえ低級魔法でも上級魔法と同等の威力になるなど、もとは『能力上昇』と呼ばれていたが、このスキルを持つものは英雄となることからいつしか『英雄』と呼ばれるようになったスキル。
「人族では英雄スキルをも持つものを勇者と呼ぶようですが、今までの英雄スキル持ちの魔族は魔王を目指したり、エンシェントドラゴンを倒すことを目指したりしていたようですね。滅多に表れないスキルなので、私も本で読んだ程度の知識ですが」
『勇者』という単語に引っかかる。
以前ツヴァイは言っていた。聖女様には救世主を呼ぶ奇跡の力があると。
勇者として異世界に召喚されるなんて、王道ファンタジーではないだろうか。
僕が好きだったのは勇者の召喚に巻き込まれた一般人が、ユニークスキル持ってて実は最強でしたってラノベだけど。
しかし勇者として召喚されていたら王城に現れていただろうし、気づいたら毒沼だった僕は勇者とは違うだろう。ヨシュアは自分でそう納得した。
「このスキルと魔力、そして全属性を扱える能力をお持ちのヨシュア様でしたら間違いなくSランクの一流冒険者になれます。ぜひうちと専属契約していただきたくて、今回お話させていただいております」
応接室へ案内されたのは専属契約のためだったようだ。
しかしその要求には答えられそうにない。なぜならヨシュアは冒険なんて危険なことしたくないのだから。
「起業するために身分証が欲しくて登録しただけで、ギルドの冒険者としてはお役に立ちそうにありませんので辞退させていただきます」
「起業となると資金の用意も大変でしょう。ヨシュア様なら当ギルドのクエストをいくつかこなしていただければいくらでも稼げます。副業としていかがでしょうか。実際に自営業のかたも繁忙期以外はクエストで生活の糧を得ている方も多くいらっしゃいます」
ああいえばこういう。
その後も30分にわたり説得を続けてくるギルド支部長。
そもそもスキルの説明が終わって二人を部屋へ戻さずにヨシュア一人の時に勧誘し、ごり押ししようとしてくるのが不愉快だった。
「もう結構です。帰ります」
席を立ってからも本当にしつこい勧誘を続ける支部長を半ば無視する形で部屋を後にする。
部屋からでると、入り口近くの総合案内のベンチに座っている二人が見えたので小走りで合流してギルドから出て行った。
「お待たせー。かなり待たせちゃってごめんね。どこか休憩する?起業手続きしてさっさと帰る?」
「お疲れさまでした。専属ギルド員への勧誘ですか?」
「よくわかるね。クエストなんて危ないことしたくないから断ったんだけどしつこくてね」
「仕方ないですよ。EXなんて本当に一握りですから。身分証が出来てしまえばこっちのものです。起業手続きの書類はすでに用意しておりますので、あとはヨシュア様が職員の前で署名して血の契約すれば終わりますからそんなに時間はかかりませんよ」
「クリフ疲れてない?」
「ああ。大丈夫だ。早く終わらせてヨシュア君が気に入ってた紅茶煮込みをツヴァイ君に頼めるように紅茶買って帰ろう」
「確かに!あと疲れたからチョコレート買って帰ろ。前買ったアーモンドをカリッとさせてチョコでコーティングしたのが美味しかったんだよね」
一気に元気が戻って、市役所で手続きを終わらせたあと紅茶とチョコと蜂蜜を買って帰った。
蜂蜜はセリナさんが髪のトリートメントに使うらしい。蜂蜜や油分の高いアボカドのような木の実、果物を混ぜて髪の毛にパックするといいそうだ。
ヨシュア農園の果物と、この街の特産の蜂蜜で自然派トリートメントとして商品にしてもいいかもしれない。セリナさんの美容知識をまた今度教えてくださいと頼みに行こう。
起業するからには自分でもなにかやってみたい。現状農作業しかしていないヨシュアだ。アーノルドの薬草園やリズの鉱石発掘のようにお金を稼ぐことにはたいして貢献できていない。名ばかり社長にならないよう、皆に負けないように自分でも色々頑張ってみよう。
今後に胸を膨らませるヨシュアであった。




