4
皆にメルを雇うことを報告し、給与の相場がわからず給料がこうなったという説明と、皆も今後月給制にするか聞いてみる。
「私は奴隷のままだから必要ない。欲しいものはすべて用意してもらえているからな。それにお金の管理は苦手だ」
リズは給料をあっさり放棄した。
「給料としてもらっても、正直金の使い道がない。たまに買い物へ行って、好きに買うようもらっている金額で事足りてるしな」
アーノルドの言葉にみんな頷く。
「人間界のお金で渡して、いつか帰る時まで貯めこんどくのは?」
「今のところ帰るつもりはない。ここで薬草研究するほうがいい」
「俺も帰りたくないからいらないよ」
当然だと言わんばかりのツヴァイ。ここを気に入ってもらえてなによりだよ。
クリフ夫婦も駆け落ちのため王国に帰るのは遠慮したいと言うし、アイリスもまだ帰りたくないというのでみんなのお給料の話はなぁなぁになってしまった。
「そうそう、新しい小屋を建て終わったら魔族の女の子に来てもらおうと思ってるから、今のうち変装して人間界へ遊びに行く?魔族の子に魔方陣バレたら困るからしばらく使えなくなるかもしれないし」
「ああ、いいね。アイリス、お出かけ用の服貸してもらってもいい?」
ツヴァイがナチュラルに女装する気である。
なんでアイリスがお出かけ用の服を持っていることを知ってるんですかねぇ。
ヨシュアはそんなお出かけ用の恰好なんて見た記憶がないなと首を傾げる。
「はい!ピンクと淡い紫のワンピースどっちにします?」
「紫にしよっかな、落ち着いたデザインで可愛かったし。アイリスは髪色が目立つよね、帽子あるかな」
「髪色なら毛染めに使える草を用意しておいた。目と同じ赤色にでも染めれば目立たなくなるだろう」
いつの間にそんな草の用意をしていたんだろう。
「さすがアーノルド!ちなみに染められる髪色ってどれくらいある?」
「赤、青、茶色、黄色、緑くらいだな。配合すれば水色やピンク色なんかも出来る」
「俺ピンクに染めたいな。アイリスは髪色どうする?瞳と同じ赤色?それとも俺とおそろいにする?」
「おそろいにします!」
なんだかだんだんツヴァイとアイリスの姿がお忍びデートにはしゃぐカップルを見ている気分になってきた。セリナさんも身元がバレないよう髪色を変えたいと言い、皆わいわいどんな変装をするか話している。ヨシュアは変装する必要がないので村長として皆のお小遣いを用意するために何を売ろうかと思案するのであった。
三日後、髪を染め変装した皆と朝からお出かけすることとなる。
売りやすいよう宝石の原石を小さくしたものや金の粒、延べ棒を何枚か用意して、転移先は危険がないそうなのでクリフとリズは最低限の防具を身に着けてもらい貴族の若い子たちとその護衛を装っている。
アーノルドはいつも目元が隠れるほどの前髪の長さなので、今日はあえてオールバックにしていた。お風呂上りによくオールバック姿を見るが、なかなか凶悪な目つきをしていて極道さんかなという顔立ちをしている。顔に古傷があれば完璧だ。普段は周りの人を怖がらせないために前髪で隠しているとのことだった。今日は女性(男の娘含む)が多いので、怖い顔のお兄さんがいたほうが絡まれにくいだろうという配慮もある。
クリフから順番に転移した後、胸にハート形の胸毛を持つウサギやスライムなどと遭遇しながら王都へ向かう。金の粒を門番へ渡し、あっさりと人間界の王都へ入れてしまった。
「拍子抜けだなぁ」
この世界に転移してからもう2年近い月日が経っている。
転移したばかりの頃はひとりぼっちで、人間の住む町が恋しくて、魔界にいると知った時は人間界へ行けずに人と関わることもなくひとりぼっちで死んでいくのかもしれないなんて思っていたのに、いざ人間界へ来てみるとこんなにもあっさり王都に入れるものなのか。
王都へ入ってすぐの乗り合い馬車が並ぶ広場で二手に分かれた。ヨシュアとクリフは宝石と金の延べ棒を換金しに貴族街の商業区へ。アーノルド、セリナ、アイリス、ツヴァイ、リズはギルドで金の粒を換金するため街の商業区へと向かった。
貴金属は貴族街のほうが宝石商が多く、貴族の子供が親に内緒でお小遣いを手に入れるため宝石などを換金することがあるそうで、ヨシュアが売りに行っても怪しまれることなく換金できた。
ギルドの方でも買い取り窓口なら一般人でも利用でき、小さな金程度なら問題なく換金できる。
お昼に観光区の乗り合い馬車広場で待ち合わせのため、午前中は自由行動だった。
「よし!せっかく宝石商が多い地域にいるんだし、クリフとセリナの結婚指輪探しに行こうか」
懐は金の延べ棒を売ったのでホクホクである。
「結婚指輪って何?」
「僕の故郷では結婚するときに結婚指輪をお互いにはめるんだけど、そういう文化ない?」
「ああ、それなら婚約のときに自分の瞳の色の宝石をはめ込んだ宝飾品を贈りあうよ。セリナがいつもつけてるネックレスは俺が贈ったものなんだ」
結納みたいなものだろうか。
「結婚するときは何もないの?」
「婚約のときに贈りあったものをずっと身に着けるからね。結婚の時は披露宴を開くぐらいで特に贈りあうことはないかな。透明以外の宝石がついた宝飾品を身に着けていれば、婚約者がいるか既婚者だってことの証明になるから」
「へー...って、クリフ身に着けてないよね、宝飾品」
今までクリフがアクセサリーを身に着けているところを見たことがない。
「ピアスだったんだけど、魔族に捕まったときに身に着けていたものはすべて取り上げられてしまってね」
「あちゃー。じゃあお互いの瞳の色の宝飾品買いなおそっか。延べ棒思ったより高く買い取ってもらえたし」
金の価格が魔界の相場より高めの買い取り額だったのだ。
「いや、さすがに宝飾品は高いよ。それに金の延べ棒もアーノルドの薬草研究の道具を揃えるための予算だ」
「村長から村人への結婚祝いにアクセサリーもらうのと、宝飾品の原材料になる原石と金の塊もらうのと、現金もらうのとどれがいい?」
クリフは思わずブフッと吹き出す。
「その中ならアクセサリーがいいな。原材料もらっても作れないし、現金はとんでもない金額くれそうだから」
「宝飾品なんだからお金は多いに越したことはないでしょ。ほら、買いに行くよ」
「わかった。ありがたくいただくよ」
「レッツゴー!」
宝石商を何店か回り、クリフにはセリナの瞳の色の宝石のみのシンプルなピアス、セリナにはクリフの瞳の色の宝石が散りばめられた植物モチーフのイヤーカフを選んだ。
金額を気にして遠慮しているのではと心配になったが、もともとセリナにもらったものが王宮魔導士という仕事柄あまり華美なものは好ましくなくシンプルなデザインのものだったそうで、初めてもらった物と同じようなものがいいということでクリフの物はシンプルなものになった。
宝飾品を買ったあとは商業街の乗り合い馬車乗り場へ向かい、ツヴァイ達と合流する。
換金した後は皆で買い物をしていたようで、アーノルドの手には大量の本と煙草。オールバックで煙草を吸う姿はどう見てもヤクザです。リズは大量のダンベルと謎の棒と謎の真ん中に穴の開いた漬物石のような重たい石。ウェイトトレーニング用と言っていた。
ツヴァイとアイリス、セリナは本や雑貨、焼き菓子の型や紅茶など可愛らしい買い物をしていた。
買い物の荷物をヨシュアの収納魔法で四次元へしまったあとは飲食店へ向かう。
皆の食の好みがバラバラなので、ファミリーレストランのような大衆向けのお店だ。人間界の食事は元の世界に近いようで、ハンバーグやオムライス、ピザによく似た料理があった。ご飯もあったが、炊いた白米ではなくピラフやリゾットのように味のついた料理ばかりだった。日本人なら白米一択である。早急に稲を植えなければ。シーフードピラフを頼み、久しぶりの米を味わった。
午後からはアーノルドの研究道具を購入したり、リズの筋トレ用品を購入したり、クリフ夫婦の新居の家具を購入したり、稲の苗はなかったが精米された米を売っていたので大量に米を買い、あとは必要なものを買いそろえてから人間界を観光して回った。
観光しながら屋台でクレープのようなお菓子や、バルバラバードという謎の生き物の焼き鳥を食べ歩きする。
こうして街を歩いてみると街を歩く人の中に耳の長いエルフっぽい人や獣耳の生えた獣人も歩いていて、異世界に来たんだと実感するけれど、元の世界と似通った部分もあり、魔族の街とも大差はない。
本当に戦争なんて起きているのかと思ってしまうほど、街の中の雰囲気は悪くなく悲壮感も漂っていない。人間も魔族もたいした違いはないのに、なぜ戦争が起きているのか。ヨシュアには人間と魔族はただ産まれた国が違うだけとしか思えなかった。
魔力結晶があるかないかという点もあるが、元の世界でも産まれた国の地域によって肌の色が違ったり、顔立ちに特徴があったりする。その程度の違いだ。
祖父母すら戦後生まれであり、戦争とは無縁の現代の日本からやってきたヨシュアには戦争が起こることも、国同士対立していがみ合うことも理解出来ないことだった。
「本当に戦争してる国とは思えないな」
ぽつりとこぼす。
「戦争って言っても、王宮勤めの人やギルドで雇った傭兵なんかが定期的に魔界に進軍して返り討ちにあってる状態だからね。一般の市民にはそんなに影響ないよ」
ツヴァイがこの国の戦争について簡単な説明をしてくれる。
「そっか、皆王宮で働いてたもんね。でもツヴァイって働いてたの孤児院じゃなかった?」
「治癒魔法はちょっと特殊な属性だし、人手足りなくて駆り出された感じかな。それに孤児院も形式上は国の保護のもとで運営してるから、働いてる人が国の職員と言われてもまぁ間違いではないよ」
「ふーん。ツヴァイって若いのに働いて、軍にも駆り出されて波乱万丈な人生だね」
「気づいたら毒沼に転移してたのに生き延びて聖域開拓してたヨシュア君に言われたくない。ていうか毒沼からどうやって助かったの」
「謎のモンスターが聖域に運んでくれた」
あのプテラノドンもどきは命の恩人...恩獣?恩鳥?だ。
「いやおかしいから。聖域に入れるレベルのモンスターがあの毒沼に行けないから」
「・・・・・そうなの?」
「近づいただけで毒沼のガスで死ぬだろうね」
あの毒沼、近づいただけで生き物が死ぬようなガス出てたの?
「虹の鳥のマリーさんみたいに特殊なパターンだったのかな。運んでくれたときしか会ってないからなぁ」
「モンスターが捕まえた獲物を食べるわけでもなく、ただ運ぶなんて普通に考えてあり得ない。そもそも魔族なら運んだって聖域に入れないし、なんで魔族か人間かもわからないヨシュア君を運んだんだろうね」
「たまに生まれる魔力結晶を持たない魔族を口減らしするために毒沼に捨てられることがあるって聞いたことがある」
「魔力結晶持たないから捨てられた魔族なんだと理解したうえで、助けようとわざわざ聖域に運んだなら相当知能のあるモンスターだね。それ幻覚じゃないの?」
疑われている。恩鳥さんの存在が疑われている。
「もしかしてあの毒沼って幻覚作用もあるの?」
「ヨシュア君とセリナさん以外は幻覚や毒の耐性訓練受けてるから幻覚作用があっても軽いものなら効かないからわかんないや。毒は相当強かったけどね。あの毒沼に浸かったら訓練受けてる軍人でも半日も持たずに死ぬと思う」
「生きててよかった」
「ほんとにね」
今は生きていることに感謝して、食べ歩きを満喫してから聖域のヨシュア村へ帰るのであった。




