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「魔族の女の子を奴隷じゃなくて、住み込みの従業員として雇おうと思っているんだけど、皆いいかな」
寝る前のお茶を飲みながら、リビングにいた皆に伝えた。
「魔族?ここ入れないんじゃないの?」
キッチンのシンクを掃除していたツヴァイが振り向く。
「病気で魔力結晶の力を失った、人間と変わらない女の子なんだって。起業の手続きが僕一人だと不安だから、前から魔力結晶を持たない魔族の人がいればなーって思ってたんだ。そしたらちょうど見つかってさ、魔王に仕える家系の子だから人間の公用語も意志疎通程度なら問題ないから、皆と会話出来ないってわけじゃないみたいだよ」
「誰に紹介してもらったの?」
「奴隷商の人。前に魔力結晶のない魔族の奴隷はいませんか?って聞いたら、このままだと治療費の支払いのために奴隷落ちする予定になってる子がいるから従業員としてどうですかって」
「それは、怪しすぎやしないか」
クリフが顔をしかめて言う。
ツヴァイも大きく頷いていた。
「俺も怪しいと思う。よりによって起業の手続きする当日に、奴隷商がわざわざ従業員として魔族を斡旋するなんて出来すぎてるよ。奴隷落ち予定の人なら、なんで奴隷じゃなくて従業員としてくるの?」
「まだ奴隷落ちしてないのに、わざわざ奴隷の焼印されるの可哀想じゃん」
「奴隷ならその焼印で秘密を守れるけど、従業員だとその人次第になるね。この聖域に住込みってことはこの大農園になってる光景は隠せないし、帰省すれば親の魔族にバラされる可能性があって、しかも魔王に仕える家庭の子ってことは、場合によっては魔王に伝わるかもしれないよ?」
ツヴァイに指摘されてさすがに不味いと理解したヨシュアの背中に冷や汗がつたう。
「魔界の世界樹の聖域を勝手に大農園にしてるって魔王にバレたら殺されるかな」
「魔族にとってここがどんな場所なのかわからないからなんともいえないけど、もし反感買って殺しに来てもずっと聖域に引きこもっとけば大丈夫じゃない?そうなったら俺は人間界に逃げるけど」
「僕も人間界に逃げる」
「やめてよ、魔王が人間界に来るかもしれないじゃんか」
「大丈夫、逃避行生活頑張ろうな!でもその魔族の女の子も可哀想なんだよね。まだ15歳なのにずっと闘病してて、やっと病気は治ったけど魔力結晶の力を失ったから魔界じゃ長生き出来ないなんて」
「……普通の人間じゃ生きることさえ出来ない、過酷な環境が魔界だからね」
深刻な表情で呟く。
「進軍前に毒の耐性をあげる訓練はキツかったな」
遠い目をするリズ。リズにもキツいことなんてあったのか。
「毒や麻痺の訓練のために毒薬作りの技術ばかり上がった」
毒物提供していた様子のアーノルドは、忌々しげに言う。
それぞれ魔界の環境には思うところがあったようだ。
「人間と魔族が和解してたらその子も人間界で暮らせるのにね。人間と魔族なんて、魔力結晶があるかどうかしか違わないのに。残りの少ない寿命を奴隷として過ごすよりは、従業員としてここで住んだほうがいいと思うけどなぁ。住んでる間は延命出来るし」
「………うーん。正直言って反対だけど、ヨシュア君のその優しさで助けてもらってるからなぁ」
「そうですね、同じ歳の女の子として少し同情してしまいます。闘病生活で苦しいことばかりで、やっと治ってもこのまま環境に蝕まれて命を落とすなんて……。少しでも力になってあげたいですね」
アイリスが女の子の人生を哀れみ、同い年ということもあり胸を痛める。
魔族の女の子を迎えることを全員が心から歓迎しているわけではないが、概ね合意ということで面接でよほどのことがない限りは雇うことで話はまとまった。
条件として安全のためにもヨシュアが人間であることは隠すよう言われた。
起業するために魔族の常識に詳しい人材は確かに欲しいが、奴隷ではなく従業員としてとなると秘密が守れるかわからないため隠すことにしたのだ。
魔界に人間達が住み着いていることがバレたら、魔族にどう思われるかわからない。せっかく暮らしやすい環境になったのに、街への出入りが出来なくなる可能性もある。
もう街の薬屋や奴隷商にバレていることはそのままにして、ヨシュアは魔力結晶を持たないはぐれ魔族であり、聖域で人間の元奴隷と暮らしているという設定でいこうという話になった。
また、ヨシュア以外は奴隷のためセリナにだけ奴隷紋がないのも問題だ。奴隷紋がなければ奴隷ではない人間が魔界にいるとすぐ気付くだろう。
はぐれ魔族のふりをしようにも、はぐれとはいえ魔族にもかかわらず魔族の言葉が喋れない。誤魔化しようがないのだ。
そのため急遽奴隷ではなくなったリズ以外の住人には治癒魔法で痕を消すことになった。
ツヴァイいわく、奴隷紋にもう効力がないのでただの火傷の痕として治癒出来るのではないかと試してみたら消えたそうだ。
奴隷紋は気にしていたが消せるなんて思っていなかったアイリスは大喜びしていた。
念のためリズにも治癒を試してみたが奴隷のままのリズは奴隷紋の効力が働いているので弾き返される。
奴隷解放となった全員が焼印の痕を消したので、もしお風呂で遭遇して奴隷紋がないことを聞かれても、奴隷じゃなくなったから見た目が悪いので治癒したと言えば済む。
あとは住むところだが、女の子の採用が決まったら専用の小屋を建てることになった
何色が好きか、無垢材のナチュラルな家やレンガ風の家など好みはあるかなど聞いてから建てようと考えている。
一人で小屋暮らしは寂しいかもしれないが、皆も戦争で殺し合いしていた種族の子と1つ屋根の下で暮らすのは難しい。そしてヨシュア自身がいつボロを出すかわからないから部屋が分かれていても同じ家で一緒に暮らすのは無理だと判断した。
女の子も家で言葉の通じにくい人間達と暮らして気を使うより、1人で使える専用の場所が合ったほうが寛げるだろう。
約束の日、ヨシュアは護衛にクリフを連れて奴隷商の店へと向かった。
「ヨシュア様、お待ちしておりました」
着いたのは約束の5分前ほどだったが、奴隷商は店の前で待っていた。
「わざわざお待ちいただいてすみません」
「お約束のあるときはいつもこうしてお出迎えさせて頂いておりますので、お気になさらないでください。中へどうぞ」
いつもの商談する部屋とは別の応接室へ案内される。
「お相手の方はすでに別室でお待ちしていただいております。まだお時間はございますが、すぐ呼ばれますか?」
どうやら女の子はもう来ていたようだ。
「お願いします」
「かしこまりました」
数分もしないうちに、奴隷商は女の子を連れて部屋に入る。
「ヨシュア様、お待たせいたしました。ご紹介いたします。こちらが魔力結晶の力を失った魔族、メル・ベルーナです」
「メルと申します。本日はお時間を頂きありごとうございます」
微笑をうかべ、立ったまま深々とお辞儀をする。
「いえいえ、今日はよろしくお願いします。どうぞ座ってください」
向かい合って座るが、直視できない。
実物が写真以上に美少女だったからである。
なんとお美しい。
赤毛の混じったロングヘアはキューティクルで艶々しており神々しい。頭の魔力を失った骨のような角でさえ象牙の装飾品に思える。周囲を圧倒するほどの美しさだった。
アイリスが守ってあげたくなる女の子なら、この子は背中を預けて一緒に戦いへ立ち向かっていけるような強さを感じる女の子だ。闘病していたと聞くが、そんなか弱さは一切感じさせない。
「僕はヨシュアと言います。ファミリーネームはないのでヨシュアだけ。メルさんにお願いしたいことは僕の会社を起業することから始まって、その後も事務作業を基本になると思うんですけど、うちは農園なので手が空いてるときに農業や住んでる皆の洗濯や食事の用意なんかの家事もお願いするかもしれません」
「はい。存じております。ヨシュア様は若くして農園を立ち上げ、会社の設立にともない役所との手続きや税金など会計業務の事務員をお探しだと伺っております。農業は初めてなのでどれほどお役にたてるかわかりませんが、家事も住込みになりますのでさせていただきます」
受け答えがしっかりしていて本当に年下と話しているのだろうかと疑いたくなる。
「住込みの件だけど、うちは場所が特殊だから人間の奴隷を買って従業員になってもらってます。人族と魔族は戦争していてあまり関係はよろしくないけど、人間と一緒に働くことになっても大丈夫ですか?」
「人族と魔族の違いは魔力結晶があるかないかだけですから。国同士がいがみ合っていても、個人としてはなんの恨みもありません。それに私自身魔力結晶から魔力が失われ、人間とかわりませんから」
「わかりました。あとは給与のことだけど、治療費の支払いがあると聞いてます。僕自身他で働いたことがなくて、人を雇うのも初めてなのでいくらくらいが相場なのか見当もつかないんだけど・・・」
言い淀んでいると、室内で待機していた奴隷商が口を開いた。
「ヨシュア様。差し出がましいようですが、新人の事務員の場合基本給18万ルク、職務手当やみなし残業代などを加算して額面20万から22万くらいが相場でございます。メル様の場合、人族の公用語を話せるため能力給があってもいいかもしれません。そして住込みとなりますので、社宅経費として家賃や光熱費、食費として5万ルク程を引いた金額を支給となります」
なるほど、わからん。
みなし残業代ってなんですか。能力給ってなんなんですか。額面ってなんなのですか。
とりあえず基本を高めにして相場くらいになればいいかな。
「では、公用語を話せると言うことで基本給を上げて20万ルク、そこから社宅代3万を引かせてもらいます。ボーナスは年に2回、夏と冬に30万ずつ。あとは働きだしてから能力に応じて昇給ということでいかがでしょうか」
食費はたいしてかからないので、実質家賃のみなので休めに設定した。
「恐れ入ります、ボーナスとはなんでしょうか?」
もしかしたらこの世界ではボーナスの概念がないのかもしれない。
「夏と冬の特別手当かな。たまには長いお休みとって旅行に行ったり、美味しいものを食べに行ったり、ずっと寝込んでたんだし、好きなだけ服買ってお洒落してお出掛けするのもいいと思う。いつも頑張って働いてくれる人へのご褒美みたいなものです。うちの人族の人達にも定期的にお金渡して好きなだけ買い物出来る日があるんです。息抜きも大切だから」
「成果による賞与ではなく、夏と冬に頂けることが決まっている特別手当ですか。夏と冬が楽しみになり、素晴らしい制度ですね」
「給与面はこの金額で大丈夫ですか?」
「はい。むしろ、特別手当までいただくとなると相場よりかなり高くなってしまいますがよろしいのでしょうか」
「そこは大丈夫です。ご両親から離れて特殊な環境の場所へ住込みで来ていただくのでこれくらいはさせてください」
嘘です。ボーナスの存在がないとか知りませんでした。
やっぱりボーナスなしって言えないから適当に誤魔化してます。
ヨシュア自身ボーナスというのは祖父が夏休みと冬休みに「ボーナスでたから奮発してやろう」と多目にお小遣いくれていたことで、働いている社会人には夏と冬にボーナスという存在があるというふんわりした知識がある程度である。
金額も祖父が6月と12月は給料が2回出るようなもんだ言っていたので、給料より多目だろうという憶測である。
もちろんヨシュアにはもとの世界での社会人経験がないため実際に社会人になればボーナスなんて雀の涙程の会社なんていくらでもあることや、むしろボーナスなにそれ美味しいの?って会社が存在することも知らない。
適当に誤魔化す能力が上がっている気がするなぁ。
なんて呑気に考えていた。
「では採用の方向で考えさせていただきます。返事が決まり次第奴隷商さん経由で伝えますね。ちなみに社宅だけど、どんな家がいいとか希望ありますか?」
「ありがとうございます。ご用意していただけるだけで十分です。希望はありません」
「じゃあ好きな色は?」
頬に手を当てて少し考え込む。
「…赤色と、エメラルド色でしょうか。透明感のある緑色が好きですね。失ってしまった魔力結晶が、本来その色なんです」
透明感のある緑色なんて、建築でどう再現すればいいのかね。
ステンドグラス的な何かですか。
「そうですか、わかりました。今日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。良いお返事を期待して待ってます」
柔らかく微笑む美少女。
そのまま肖像画として飾られてもおかしくない美しさだった。
面接が終わり、メルは奴隷商と共に退室する。
ドキドキしてしまったのは初めての面接で緊張したか、もしくは女性に免疫がないせいだろう。
あー緊張した。




