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勇者として召喚されたなんて知らなかったから異世界で農家になりました  作者: ほげえ(鼻ほじ)
異世界生活 -発展編-
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2


リズのトレーニング室やアーノルドの薬草研究室、クリフとセリナの新居の建築を進め、家具を買う前に企業しようと護衛にクリフを連れて魔族の街へ向かった。


まず、いつもキノコを買い取ってくれる店主のもとへ行き、起業の手続きはどの建物で行えばいいか聞いた。


「ああ、それならセントラル街の時計台の建物ですよ。ついに起業ですか」


「ええまぁ。セントラル街ってどう向かったらいいんでしょう」


「ここが商業街とも呼ばれる3番街なので、地下通路に入って看板見れば迷わずつくでしょう。地下通路の入り口はこの店から大通りへ出て、左へまっすぐ行けば見つかります。起業手続きが終わったら、ぜひうちにお立ち寄りください」


「ありがとうございます。今日も買い取ってもらいたい乾燥キノコがあるので、立ち寄らせてもらいます」


「お待ちしております」


店主はニコニコ愛想よくヨシュアを見送ったあと、通信機を取り出し役人に連絡をとった。


「薬屋のグリンガムです。たった今はぐれ魔族の子が店に来まして、ええ、セントラルの役所に向かってます。はい。はい。それでは」


通信を終えた後、店主は深くため息をついた。


まだ少年だというのに親から口減らしに殺されかけ、なんとか生活できるようになっても稼ぐようになれば役人に追われるなんて可哀そうに。無事に元気な姿で帰りによってくれればいいのだが。


政府からの命令でヨシュアが来たら連絡するよう言われていた店主はヨシュアの身を案じるのであった。


一方何も知らないヨシュアは、セントラルへ向かう地下街で思わぬ人物と遭遇する。


「ヨシュア様、お久しぶりです」


いつもお世話になっている奴隷商人であった。

スーツ姿ではなく、シャツにジャケットと多少カジュアルになっている。


「ああ、いつもお世話になってます」


「滅相もございません。こちらこそ、大変よくしていただいております」


「お店のときと服装が違うからか、雰囲気が違いますね」


「たまたま役所へ手続きがございまして。そうだ、ヨシュア様にぜひご相談したいことがございますので、当店へお寄りいただけませんか」


「いや、今日は僕も役所に行かないといけなくて」


役所の手続きにどれだけ時間がかかるかわからないし、しばらく奴隷を買うつもりもない。


「役所で何か手続きなどございましたら、ぜひ役所へ向かわれる前にお立ち寄りいただきたいお話がございまして。内容の都合上、当店がよろしいかと存じます。ご足労おかけいたしますが参りましょう」


有無を言わさぬ奴隷商。今まで強引な接客など受けたことがなく、若干困惑しながらも勢いに流されてついていくことにした。もちろん、この奴隷商との遭遇も偶然ではないことなど、ヨシュアに知る由もない。


いつもの薄暗い店舗へ入り、商談室のソファーへかける。奴隷解放となったクリフも同じソファーに座っている。

店の奥からスーツに着替え、いつもの姿になった奴隷商が資料を持って反対側の席へ腰かけた。


「お待たせいたしました」


「いえいえ、おかまいなく」


「お急ぎの中急にお越しいただき申し訳ございません。実は先日ヨシュア様がお話されておりました魔力結晶のない奴隷なのですが、たまたま一人ご要望に近い子の話が耳に入りまして。まだ仕入れるかどうか検討中という段階で話を止めております。そのため、本人は今日この場ではお会いできませんが、資料でしたらご覧いただけますのでこちらをご確認ください」



渡された資料を見る。魔族言語で書かれているため、クリフは読めない様子だ。


資料には女の子の全身が写った写真と、顔のアップの写真が貼られている。

華奢な体に胸のあたりまで伸びた赤と黒の二色が混じった髪、大きな金色の瞳、透き通るような白い肌、頭の耳の上には骨で出来たような乳白色の角がついていた。まるで羊の角のような形をしており、それだけ浮いて見える。


メルという女の子だった。

年齢は15歳とヨシュアの一つ年下である。


「長らく病に苦しみ魔力結晶の輝きが失われてしまった魔族の女の子です。もともとはその角が魔力結晶であり、大変すばらしい魔力の持ち主だったのですが運命とは残酷なものですね。

もう魔族としては生きていけず、空気の綺麗なところなら生きていけるでしょうが魔界ではそれも難しい。ご家庭で養うにも治療費の支払いで限界が近づいており、働くとしてもいつ寿命が尽きるかわからない子を雇う店はなく、奴隷になっても買い手がつくかどうか…。

そこで奴隷商の私に話が回ってまいりまして、ちょうどヨシュア様が魔力結晶のない奴隷がいないかとおっしゃられておりましたので少々強引になりましたがお話させていただきました」



あまりにも可哀そうな境遇である。

病に勝っても魔界という環境のせいで生きていけない。

治療費もあって働くしかない。

働く場所がなく、奴隷落ちしても売れるかわからない。


「空気が綺麗な環境なら、生きていけるんですか?」


「もし、人間界で暮らせるのなら生きていけるでしょうね。人間に見つからず一生隠れて暮らすことになりますが、老衰するまで生きることは可能でしょう」


人間界なら暮らせるということならヨシュアたちの住む聖域なら可能かもしれない。


「人間の奴隷ばかりなのですが、言葉は大丈夫でしょうか」


「もともと生まれはよく、魔王へ仕える家庭の子ですからね。人族との交渉ごともありますから、公用語も教育されております。闘病生活が長かったため、会話に不自由しないレベルかと聞かれると怪しいですが、意思疎通なら問題ないでしょう」


魔界の外交官の子供といったあたりだろうか。


「そんなお嬢さんが奴隷に・・・」


「いえ、まだ奴隷にはなっておりませんよ。これまで闘病する娘さんを支えてきたご両親の気持ちもございますし、なによりヨシュア様は奴隷をレンタルされても購入の際は奴隷開放を望まれるかたですから。

メルお嬢様が信用できなければ一旦奴隷としてレンタルし、しばらく手元に置かれて様子見することをお勧めいたしますが、ご両親の意向といたしましても住込みの従業員として雇われるのはいかがでしょうか」


「奴隷商なのに、従業員の斡旋までしてるんですか?」


ずっと闘病していた娘を奴隷にしたくない、娘を愛するご両親の気持ちは理解できる。

ただ、奴隷を販売している店なのだから、ただの従業員の斡旋では利益にならない。なぜ奴隷商がわざわざ従業員の斡旋をしているのか疑問だった。


「通常行っておりません。というよりも、この特殊な事例はヨシュア様が初めてです。いくら上からの頼みと申されましても私共の力には限りがあります。しかしながら、短期間で今まで何人もの奴隷を購入される財力、レンタルされた奴隷がほぼ全員解放で購入できるほど奴隷から慕われておりますヨシュア様のお人柄、魔力結晶を持たない人材をお探しということから、メルお嬢様をご紹介するのにぴったりだと思いまして、特別にお話させていただいております」



なるほど。この子はお偉いさんのご令嬢であり、販売できず利益にならなくてもお偉いさんに恩を売れるといったところだろうか。

ヨシュアとしても痛々しい奴隷紋を女の子につけたくはないし、奴隷として購入するより従業員として雇う方が初期投資はかなり安くなると思われるので都合がいい。



「わかりました。起業するにあたって経営を支えてくれる魔族の従業員が欲しかったところです。この子を従業員として雇うことを検討します。その場合、給与や待遇の面でいろいろと本人とご相談したいのですが、直接会える日はありますか?」


いわば面接である。病弱ゆえにわがままな性格であったり、給与面で折り合いがつかなかったりすれば雇えない。


「少々確認して参ります」


奴隷商は店の奥へと引っ込んだが、数分と経たないうちに戻ってきた。


「早ければ三日後、それ以降でしたらヨシュア様のご指定の日時に合わせますとのことです。」


「では三日後の午後一時に、こちらのお店でよろしいでしょうか」


「承知いたしました。そのようにお伝えさせていただきます。本日はお時間をいただきありがとうございました」


深々と頭を下げる奴隷商。

心なしか、喜色な声をしている気がした。


奴隷商を後にして、役所の手続きは新しい従業員の子と会ってからにしようと思い、いいことがあったのかテンション高めの薬屋でキノコを売ったあとはツヴァイに頼まれていた食料品のみ購入して帰宅する。



*************



翌日の魔王城では、奴隷商からの報告書を魔王が直々に目を通し、確認していた。

ヨシュアと名乗る少年は奴隷ではなく従業員としての雇用を望んでいることに、娘に奴隷の焼印を押さずにすんだとほっと胸をなでおろす。



「メル、早ければ2日後には潜入出来そうだな」


「はい。そのようですね」


「病に伏し、やっと回復した娘を送り込むのは気が引けるが、頼めるものがいないのだ。わかってくれ」


「・・・わかっております」


娘を案じながらも、勇者の可能性があるものを始末するためにはこの方法しかない。

親として、魔王として、苦渋の決断であった。


魔王は奴隷商や薬屋、素材屋からの報告はすべて目を通していた。報告書から読み取った限り、ヨシュアは好感の持てる人物であった。


彼に購入されたほとんどの奴隷は敵意・逃亡履歴一切なしの解放奴隷として購入されることから、奴隷にどれだけ慕われているのかよくわかる。

人手が欲しくて奴隷を購入するのに、わざわざ自由の身になれる解放契約を結ぶものもいない。制度として存在するだけで実際に活用されない契約だった。

人によっては甘い考えだと言われるが、まだ奴隷というものに納得できない少年らしい正義感が残っているのかもしれない。


奴隷商も粗末に扱われボロボロになって返品された商品など多く見てきている。ヨシュアは奴隷を大切にしてくれる、いい取引相手だと評価していた。


薬屋は今まで何度もあっているが多額の金銭を受け取っても驕ることない人柄と、最初は何も知らない状態で屈強な男性に付き添ってもらっていたのに、いつの間にかキノコやハーブについても学んでおり、そのまますぐ薬に加工できる状態にまで乾燥などの処理をしてから持ち込んで来たり、特定の薬を作るのに必要なキノコとハーブを組み合わせて持ち込んだりと薬に関する知識をどんどん身につけていく向上心のある少年だと褒めちぎっている。


報告書には起業するために魔族の従業員を探しているということだった。起業するということは、きちんと納税する考えがあるということだ。

さらには一度会い、雇用条件などのすりあわせを行いたいという。今後のトラブル回避のためにも、前もってどんな人材か確かめ、労働内容や給与について確認することは重要だ。


あれだけ若い身にも関わらず、しっかりした考えを持つヨシュアに好感を持っていた。


勇者でなければいいのだが。


そう期待するほどであった。

たとえ勇者だとしてもたった一人で右も左もわからないこの世界へやって来て、まだ1、2年でこれだけの経済力を持つほどの有能な人材だ。起業し魔界へ定住するというのであればこちらで取り込めないだろうか。


そもそも勇者は魔王を滅ぼしにやってくる存在だからこそ早めに手を打ったのである。

戦争も人間側が進軍してくるから防衛しているだけに過ぎない。魔王は戦争でも、なるべく若い者は捕虜として捕らえるよう指示している平和主義者である。

魔界では長く生きられない娘のためにも人間界と魔界の隔たりをなくし、平和な世界になることを祈っていた。


もし魔族が人間界でも住めるようになれば、娘も生きていける。魔王も親である。我が子の住みやすい世界を望んでいるのだった。


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