クリフの大冒険 後編
貴族街から乗り合い馬車に乗り、教会へ向かう。
確かに教会は治療院としての役割を担うことが多いが、休養のために教会に滞在するということは聞いたことがなかった。どういう流れで教会に行くことへなったのか多少疑念はあるが、専属使用人のアンナに会える可能性があるなら向かうしかない。
王都は広く、乗り合い馬車を乗り継いでも教えてもらった教会につく頃には夕方になっていた。
教会の隣のパン屋はもう店じまいの準備に取り掛かり、教会に入るとステンドグラスから差し込む夕日が人のいない教会の侘しさをかもしだしていた。
「誰かいませんか」
教会の奥の扉へ声をかける。神父やシスターがいるかもしれない。
そもそも教会で休養している人間がいるなら、だれかいるはずなのに。
奥からも返事はなく、無人の教会について何か知らないか隣のパン屋へ聞きに行くことにした。
「すみません、お伺いしたいことがありまして」
店番している年配の女性に声をかけると、店の奥でパン生地をこねているアンナの姿が視界に入る。
「はい、なにか?」
「あのー、奥のアンナさんに用事がありまして、ちょっとお話させていただくことは可能でしょうか、わたくしクリフと申します」
「アンナね、ちょっと待ってて。アンナー、ちょっと表出てもらえるかしら」
「はーい」
白くなった手を洗い、表に出てくるアンナはクリフの顔を見て固まった。
「・・・どうして」
「お久しぶりです、アンナさん」
「クリフ様っ!!なんでここに!?てっきりもう、戦争でっ・・・!!」
混乱した様子のアンナは、クリフに詰め寄る。
「ご心配おかけしました。戦争で魔族に捕まり、奴隷となっていたのですが運よくいい主人に恵まれまして、人間界へ帰ってくるチャンスを与えてもらえたのです」
「あと、あと一か月早ければお嬢様は出ていかなくて済んだのに・・・」
悔しそうに顔を歪めて、今にも泣きそうだ。
「セリナが行方不明になっていると聞いて、アンナさんならなにか知らないかと思い伺ったのですが」
「私も探しているの。お嬢様は身の回りの物だけで持って出て行かれたから、お金が足りなくてそう遠くまで行けないはずだと思って、教会を回ったり住み込みで働けそうな場所を回ったり、この王都のどこかにお嬢様がいるんじゃないかと探し回ってみたんだけど...」
そのあとは口にしなくてもわかる。
「・・・そうですか、使用人の中に手引きした者がいるという話を聞きましたが、心当たりはありますか?」
「手引きしたんだろうって私が一番疑われました。旦那様からお前だろうって灰皿を投げつけられて、怒鳴り散らされて、でも私じゃないんです。私なら、お嬢様と一緒に逃げています。お嬢様を一人になんてしないわ。お嬢様が失踪した日、使用人の中で一緒にいなくなった人はいなかった。誰が逃がす手伝いをしたのか見当もつきません」
「わかりました。すみません、急に訪ねてしまって。屋敷で倒れて教会で休養を取っていると聞いていたのですが、お元気そうでよかった」
「私が倒れて?私は旦那様からお嬢様を手引きしたと疑われて解雇されたので、実家のパン屋に戻ってきただけですが、どなたに聞かれたのですか?」
首をかしげる様子のアンナ。
「屋敷の使用人の男性です、あいにく名前は聞き忘れてしまったのですが」
「変ねぇ、あれだけクビだ!って怒鳴り散らされて追い出されてるのに、使用人たちのあいだで間違った内容で伝わるかしら。今なんて見切りをつけて辞職する子も多くて、先代の使用人頭に頼んでまた来てもらっている状態だっていうのに」
噂が誤って伝わることは多々あるが、納得しかねる様子のアンナ。
アンナと別れ、また今度顔を出すことを約束して店を出た。
門番のもとへ着いた頃にはすっかり夜になってしまったが、朝の門番がクリフを見つけて小さな袋を渡してくる。
「これが以前言っていたお土産です、今日会えてよかった。またご飯でもご一緒しましょう」
愛想よく話し、短い会話でさっと離れる。出入りする人間の情報を流すことに慣れているのだろう。
宿に帰り袋の中を確認するが入っていたのは該当なしと刻まれた金属プレート。
やはりセリナは王都から出て行っていないようだ。
夕飯を食べにギルドの酒場へ向かう。
酒を飲みながら冒険者たちの声に耳を傾けていた。
「クエスト失敗なんて冒険者やってく自信なくしたわ」「薬草の採取してたらマンドラゴラ引いて死ぬかと思った」「たまには女の子がいる店で飲みたいよなぁ」「看板娘が可愛けりゃいいじゃんか」「昨日の飲み屋ぼったくりだったね」「溶岩焼きかぁ、このメニューチャレンジしない?」「ワインデキャンタでもってこーい!」「デザート何にする?」「アンナって子が男慣れしてなくて可愛いんだよ」「あの定食屋のデカ盛りがさぁ」「アンナって先月から住み込みで働いてるって子?」
先月、住込み、アンナ、いくつか気になる単語が聞こえたテーブルに耳を傾けた。
「そー!栗色のショートカットで強気な顔してるんだけど、あんま男慣れしてないみたいでさ、可愛いねって声掛けたら別にってすぐそっぽむくの」
髪型や色は信用ならないが、強気な顔というのはセリナの特徴と被る。
「へー、恋人いるか聞いた?」
「聞いた聞いた、戦争行って帰ってこないんだって。魔族に捕まったらしいけど、帰ってくるわけないよなぁ」
「難しいな・・・。魔族に捕まって帰った人なんて聞かないもんな」
「でも健気に恋人待ち続けるなんて、いい女だよアンナちゅあん」
クリフは無言で男たちのテーブルへ向かった。
「なあ、盗み聞きして悪ぃ。その酒場の名前を教えてくれないか」
男たちは急に話しかけられて驚いてる。
「教えるのは構わねーけど、お兄さん、なんで?」
アンナが可愛いと話していた男はまだ酒も回っておらず素面だった。
「それ、俺の親友の恋人かもしれねーんだ。実家で待ち続けることに反対されて、先月家出しててさ。心配で探してたんだわ」
「お?もしかして親友の恋人に惚れてた感じ?いいねぇ、若いねぇ」
話の聞き役だった男は赤ら顔で、ニヤニヤとこちらをからかうように笑う。
「・・・そんなんじゃねぇよ」
クリフの様子から本気でアンナを探していると思ったのか、素面の男はすぐ教えてくれた。
「アンナちゃんは『グリフォンの羽根』って酒場にいるよ。でもやめとけ、死んだ人には勝てねーよ」
「うるせぇ。情報料だ。とっとけ」
銀貨一枚をテーブルに置いて席を立つ。そのまま会計を済まして『グリフォンの羽根』へ向かった。しかし、あいにくの定休日だったため宿でもう一泊した。
翌日、朝からセリナの屋敷へと向かい昨日の使用人を待ち伏せする。
いつも決まった時間に休憩をとるのか、昨日と同じくらいの時刻になって庭の隅へとやって来た。
「おや、クリフ様。アンナには会えましたか?」
物陰から現れたクリフのことが分かっていたかのよう、驚く様子もなく声をかける。
「ええ。教会ではなく隣のパン屋で働いてました」
「おやそうでしたか。それで、何か情報は掴めましたか?」
「そうですね。今日は気になっている酒場を伺うつもりです」
「酒場ですか、そこにセリナお嬢様がいらっしゃるのですね」
「どうでしょうね。可能性が高いというだけで、実際いるかどうかはわかりません。ところで、お名前をお聞かせ願えますか?昨日聞きそびれてしまったので」
「これは失礼。屋敷で使用人頭をしております、シュナイザー・コネクトと申します」
恭しく礼をする使用人頭のシュナイザー。
「そうでしたか。・・・セリナの逃亡を手引きしたのはシュナイザーさんですね?」
カマをかけたのではなく、セリナを手引きしたのはシュナイザーだと確信をもって聞いた。
「なぜそう思われたのですか?」
動揺する様子もなく、淡々と日常会話を交わすかのように質問を投げかける。
「まず人手不足で戻ってきたばかりとはいえ、使用人頭ならクビにされて実家に帰ったアンナさんが倒れて休養のために教会にいるなんて勘違いしないでしょう。それにここはセリナと密会するためによく利用していた隠れ場所です。休憩ならこんな庭の奥までくる必要はないし、サボりにしては煙草もなにも持ってません。セリナのために、俺が帰って来ていないか毎日確認に来てくれてたんじゃないですか?俺が帰ったらここへ来て、こっそりセリナに会おうとすると思って」
はぁ、と落胆したようなため息をつくシュナイザー。
「やはり私は隠し事が出来ない人間なんですね。昨日はニアミスの情報をお伝えして申し訳ありませんでした。わざとです」
堂々と謝りながらわざとだと宣言するシュナイザーは、どことなくヨシュアを彷彿とさせる。
「セリナがどこにいるかご存じですか?」
「ええ、ぜひ酒場へ会いに行ってあげてください。昨日のうちにクリフさんらしき男性が屋敷の庭をうろついていたと報告しておりますので、今日も朝からずっとそわそわしておりますよ」
思わず苦笑する。
「どうせなら黙っていてくれればサプライズ出来たのに」
「クリフ様はわかっておりませんね、女性は愛しい方との再会でもとびきり美しい姿で会いたいのですよ。一晩くらい準備する日は必要でしょう。セリナお嬢様の乙女心を考慮した結果でございます」
「それなら俺の男心も理解してくれてもいいじゃないですか」
「何をおっしゃいます。私はお嬢様の幸せを第一に考え行動しておりますからね。お嬢様の味方に決まっているではありませんか」
ふふんと得意げな表情を浮かべるシュナイザー。
「そうそう、念のため伝えておきますが『グリフォンの羽根』ですからね」
「ありがとう、さっそく今晩行ってきます」
「そうしてあげてください。そして屋敷のことは気にせずお嬢様を連れて逃げてください。もうここは没落します。せめてお嬢様だけでも、幸せになっていただきたい。私はそのために屋敷に戻ってきたのです。お嬢様の幸せ、それが私の願いでございます」
「セリナのことは任せてください」
シュナイザーは満足げに笑って、屋敷へと戻っていった。
そしてクリフはその日の晩、『グリフォンの羽根』にセリナを迎えに行き、クリフを見つけてぐしゃぐしゃに泣きだしたセリナを抱きしめた。
翌日セリナを連れてアンナに挨拶した後ヨシュアたちのいる魔界へ帰り、みんなを驚かせたのは言うまでもない。
「ただいま」
世界樹からセリナと共に出たとき、ちょうどヨシュアと会った。
「おかえり!奥さん連れて帰るなら旅立つ前に言ってよ、新居用意出来てないじゃないか。いや、奥さんの好みもあるから用意しなくてよかったのかな?」
当然のようにセリナも受け入れてくれたヨシュア君には感謝しかない。
これからずっとセリナと暮らせる。こんな幸せな日が来るなんて奴隷になったときは思ってもみなかった。
「ヨシュア君、本当にありがとう」
「村長として村人の幸せはお祝いしないとね!あはは!」




