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勇者として召喚されたなんて知らなかったから異世界で農家になりました  作者: ほげえ(鼻ほじ)
異世界生活 -開拓編-
16/41

クリフの大冒険 前編



あの座談会から数日後、帰るルートを探すためクリフが人間界へ旅立つ日。

ヨシュアから渡された白金に飛竜の魔石を組み合わせたロッドと、王宮魔導師のときに作製した使い慣れたロッド、アイリスから聖女様の加護が付与されたドラゴンの革の鎧を身につけたクリフは、転移魔方陣の上に立っていた。


背負っているリュックにはヨシュアが拡張の魔法で容量を増やし、ツヴァイが用意してくれた保存食がたっぷり入っている。念のためにと1ヶ月は遭難しても大丈夫なほどだ。


そしてヨシュアがリズと一緒に街で買ってきたキャンプ用の寝袋やテント、ランプなどの野宿セットや、HP・MP回復の薬、水筒にはたっぷり泉の水が入っている。


資金に困らないようにと、金を小粒にして換金しやすい状態で巾着袋に入れてくれている。完全装備でクリフは旅立つ日を迎えた。


転移魔方陣の上で魔方陣に魔力を注ぐと、魔方陣は青白く光りクリフの体を包む。そして次の瞬間、クリフは無事に石壁の部屋へと転移した。


部屋全体が湿っており、ところどころに苔が生えている。描かれた転移魔方陣のサイズそのままの狭い部屋は上へ続く階段が用意されている。階段を上ると壁に梯子が用意されていて、真上には床下収納の扉のような、上へ開けるようになっている扉がある。扉を少しだけ開けると薄暗く、埃が舞い込む。


あたりを見渡すと廃屋のようだ。歩けば足跡が残りそうなくらい埃の積もった床には、長年放置されていた様子がうかがえる。部屋へ入るとドアが閉めきられているため薄暗いが、壁の隙間から光が射し込んでいた。

小屋は猟師が使うようなロープや錆びたナイフなどが置かれている。


用心深く外へ出ると、森の中だった。転移魔方陣が無くなっては困るので小屋に結界をはって森の中を探索する。


森を歩き回っていると何度か魔物に遭遇する。初めはどこにでもよくいるゴブリンだった。次に出会ったのは角ウサギ、そのつぎは青色のスライム。クリフはこの森に心当たりがあった。


ここは王都のそばの霧の森ではないかと、そして今いる場所は王国が絶滅危惧種を護るために保護区に制定している立ち入り禁止区域ではないかと疑った。現れる魔物が霧の森と同じだった。地域によって生態系は異なるため、まったく同じ魔物が現れる別の森とは少し考えにくい。


森の中に設置された柵を乗り越え、立てかけられた看板を確認するとそこにはやはり「これより立ち入り禁止区域-イスカリオテ王国環境支部局-」と記載されていた。


森を抜け、王都の門を目指す。貴族や王様が出入りするときしか開かない門の隣にある、行商や旅人用の門へと並んだ。このまま王都へ逃げるわけではない、ただクリフは婚約者が今も待ってくれているか、それだけ確認したら帰ろうと思っていた。門番には王宮魔導師の試験を受けに来たと告げ、お金の代わりに小粒の金を渡し入国した。


門をくぐればそこはずっと住んでいた王都である。

1日も野宿することなくあっさり王都へついたことに拍子抜けしながら、王都の乗り合い馬車に乗り貴族地区を目指す。貴族地区と言っても門番にお金を払えば入れるのは知っていた。

婚約者、セリナの家へこっそり会いに行くときによく利用した手だ。門番に金を握らせ、セリナの住む屋敷へと向かう。


セリナはどうしているだろうか。

俺が捕虜として捕まったことを知り、悲しませてしまっただろう。


セリナの姿を一目見たい。

屋敷の前で待つわけにもいかないため、こっそり庭に侵入してセリナの部屋に忍び込むときによく隠れていた垣根を使う。出入りする姿だけでも見れないかと、ずっと隠れていると休憩中の使用人達が煙草を吸いに来たようだ。

実はこの垣根は屋敷の庭の隅っこになる。綺麗な庭園があるため、屋敷側からはよく見えない。使用人が隠れて煙草を吸ったり、主人であるセリナの父親の悪口を言いたくなったときによく使われる場所だった。


「はー、疲れた疲れた」


「ほんとに。セリナお嬢様が出ていってから旦那様はずっと当たり散らして……。一昨日に紅茶をティーポットごと投げつけられた新人の子は田舎へ帰るそうよ」


「私も帰るとこがあれば辞めるわ、こんな屋敷」


「旦那様の煙草をくすねて一服することだけが唯一のストレス解消ね。しかしまぁよく気づかないこと」


「どうせ旦那様はお酒に溺れてんだから、くすねたってバレないわよ。大事なお酒をくすねたらバレそうだけど」


「アハハハハ!違いないわ!今はお酒しか大事なものないもの!」


「出ていかれてお酒に溺れるほどお嬢様が大事ならお嬢様の意思を尊重してあげればよかったのに。セリナお嬢様は愛する婚約者様を待ちたいって言ってたのに、婚期を気にして無理矢理新しい婚約者なんて用意したらそりゃ出ていくわ」


「あれは可哀想だったわね、泣きながら旦那様に怒鳴り付けて……。次の日には出て行ってたから驚いたわ」


「こっそり出て行くの手伝った使用人がいるらしいじゃない。お嬢様いま元気にやってるかしらねぇ」


使用人達の雑談でセリナの近況を知り、心臓が止まったかと思った。

強情なところがあるセリナだが、家を出ただと!?


気が強い子だが貴族として暮らしていた子が今どんな生活をしているというのか、ヨシュアへ報告しに帰ることは後回しにして愛するセリナを探しに行くことにした。


まずは冒険者ギルドに行き金を換金したあと、人捜し依頼のボードを確認する。セリナの捜索依頼も出されていた。ただし、本当に依頼する気があるのかと思うほど相場より安い価格でだ。


クリフはそのままギルドへ併設されている酒場へ向かった。街の情報収集なら酒場が1番だ。

クリフはカウンターに座り店主にビールを頼んだあと、世間話を始める。


「最近はしみったれた依頼が多くていけねぇな。やってけねーよ」


わざと荒っぽい口調で話すことでクリフは身元がバレないよう気を使う。


「どっこも不況だな。ほれ、ビールとミックスナッツ」


「おお、ありがと。オッサンとこもやっぱ大変?」


「そうだな。兄ちゃんがしっかり飲んでくれたら助かるよ」


「ハハッ任せろ」


ビールをぐっと飲み干す。


「おかわり、あと串焼き適当に」


「はいよ。先にビールな」


ビールを渡して厨房に引っ込んだ店主、クリフは酒場の会話に耳をかたむける。


「討伐クエストが」「新しい武器買ったんだ!」「俺もう冒険者辞めて田舎へ」「ジルの酒場に可愛いウェイターが」「あの人ももう落ち目だな」「ドラゴン退治って憧れるよな」「あの採取クエスト二度と受けねぇ」「ダンって素敵よねー」「獣人は臭くて」「ここの肉もうちょっといい肉使って欲しいよな」


集中して言葉を拾う。


「兄ちゃん、串焼き盛合せだ。お目当ての情報は手に入りそうか?」


牛と豚、鶏、つくね、野菜の5本盛り合わせがテーブルに置かれた。


「……難しいな。おっちゃん、貴族の噂知らない?」


「貴族の話な、ザホーク家か?ヴィクトール家か?」


「どっちも違うな。ビブリオ家だ」


「ああ、先月娘に出ていかれたとこか。このままならお家取り潰しだろうって落ち目のとこな」


「そこだ。何でもいい、情報知らないか?」


「あの依頼受ける気か?やめとけ、ただでさえ安いのに受けて挨拶行ったら捜索にかかる費用すら後払いしようとして誰も受けねぇ」


「じゃあ誰も捜してないのか」


「家出娘とはいえ自分の意思で出ていってるのは明白だからな。憲兵も動かねぇし、依頼も誰も受けてねぇ」


「そうか。ありがとよ」


席を立ちお金を支払う。

セリナが家を出たのは先月ということがわかっただけでも充分だ。1ヶ月程ならまだそんな遠くには行けない。もしかしたらこの街にいるかもしれない。家のお金を盗って出ていくような子ではない。下働きとして住み込みで働いている可能性のほうが高いだろう。クリフは酒場を出て、安い宿屋に宿泊する。セリナは今どこにいるのか、眠れない夜を過ごした。


翌日、朝早くからクリフは王都の門へ向かった。門はいくつもあるが、身分証の提示がなくても門番の審査を受けて金を払えば使用できる門はこの一か所だけだ。もしセリナが王都を出ようとすれば、ここの門しか利用できないだろう。

行商へ向かう業者に交じって列に並び、順番を待つ。


「次の者、前へ」


「はい。おや?お久しぶりです、いやぁ以前はお世話になりました」


門番に愛想よく握手を求める。

手に金を握らせ、他の者に聞こえないよう顔を近づけ小声で聞いた。


「一か月以内にビブリオ家のお嬢様はここを通ったか」


「…お世話だなんてとんでもない!そうだ、いいお土産があったんです。ちょっと勤務中なので取りに行けないんですが、夕方ならお渡し出来ます。お戻りはいつ頃ですか?」


「わざわざありがとうございます。すぐ戻りますよ…っといけない、忘れ物だ。ちょっと取りに帰るので、また来ますね」


「わかりました、お待ちしてます」


金を握らせ、門を通った記録を調べてもらう。

ここは唯一身分証のいらない門だ。表向きは旅の途中で身ぐるみはがされた人間を門前払いするわけにもいかず救済措置のために設置した門だが、火遊びしている貴族お忍び旅行や、薄暗い取引のある商人が使用する門でもある。


誰でも通れる門であるが故、門番は門を通った人間の記録をすべて残している。

身分を偽っている可能性の人間でもここを通る条件さえ満たしていれば、末端の兵士が通さないわけにはいかない。何かあったときに仕事は問題なくやったが、気になる者がいたと報告できるように備えて記録しているのだ。


先ほどの門番は夕方までには調べられると言っていた。

夕方までに少しでもセリナの情報を探そう。クリフは今日も乗り合い馬車に乗って貴族街へ向かう。


セリナの専属使用人、アンナがまだ屋敷で働いているかわからないが、会って話がしたい。セリナの屋敷へと侵入する。昔セリナと会うことに協力してくれた使用人や庭師、見知った顔がいればと思い屋敷の様子を窺うが、使用人を見かけることがない。落ち目ということもあり使用人が次々に辞めていったのだろう、人がいない屋敷とはこんなにも不気味なのか。


庭の隅にサボりにやってきたと思われる使用人の男は知らない顔だったが、とにかく情報が欲しいクリフは、なりふり構っていられなかった。背後から使用人の口を塞ぐ。


「騒ぐな。危害を加えるつもりはない」


拘束された男は恐怖から身を縮め、声を出さずにコクコクと頷いた。


「ありがとう、この屋敷のことで聞きたいことがある。セリナお嬢様のことだ。アンナをここに呼べるか?」


口を塞がれたままの男は首を横に振る。


「どこへ行けばアンナと話せるか知っているか?」


男はコクコクと頷いた。


「口から手を離す。騒がずに教えてくれ」


男を拘束したまま、口を塞いでいた手を離す。


「……貴方はクリフ様であっておりますでしょうか?アンナはお嬢様が出て行かれてから必死に町中探し回り、心労から倒れ休養しております」


顔を知らない男から名前を言われ驚く。


「セリナお嬢様からクリフ様のお話は伺っておりました。見た目の特徴も、若く見える方なので美容に気が抜けないというお話も。アンナは街のパン屋の隣にあるロドス教会で休養をしております。多分このままこの屋敷仕えは辞めることになるでしょう」


「ありがとう」


「とんでもないことでございます。セリナお嬢様の幸せを心から祈っております」


クリフは必要な情報だけ手に入れ、すぐにその場を後にする。名前くらい聞けばよかったと、少し後悔した。



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後編は1時間後に予約投稿となります

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