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また数か月が経過し農業やキノコ畑、薬草園での収穫が少しずつおこなえるようになると、今まで買い取ってくれていた薬屋からいっそ会社を起こしてはどうかと提案された。
「え?起業ですか?いやいや僕には無理ですよ」
「そうは言ってもここまで稼いでたら役人から目をつけられるでしょう。いっそ起業してきっちり国に税金納めたほうが今後のためにもいいと思いますけどねぇ」
「税金?」
薬屋とヨシュアの間に気まずい沈黙が流れた。
「………ヨシュアさんはぐれ魔族でしたね。一般的には魔界で生活する者には税金の支払い義務があるのですよ」
魔界は本当に国の制度がしっかりしている。
税金なんて16歳の少年ヨシュア君が制度を理解しているはずもないのである。
「それは捨て子で聖域暮らしの貧弱なはぐれ魔族にも適用されますか?」
「本来のはぐれ魔族の方によくある貧困な暮らしなら生活保障制度があるので手続きすれば納税免除されますが、ここまで稼いでたら適用されるでしょうねぇ」
「逃げたらどうなりますか?」
「脱税の場合は財産の差押え……は聖域だと難しいので可能性としては街への立ち入り禁止などですかね」
それは困る。
かといって株式会社ヨシュアを立ち上げるとしても16歳の少年には荷が重い。
いっそのことヨシュアが会長になり経営自体はツヴァイにしてもらいたいくらいである。
きっとツヴァイなら報酬を少なめに虚偽の記載などして税金を誤魔化したりしないだろう。
しかしツヴァイも15歳の人族の少年だ。魔界の会社経営なんて引き受けない可能性が高い。そもそも魔族のレシピ本読むのも苦労していたのだし、書類書いたり読んだり出来るようになるには相当勉強しなければならない。
そうだ、会計が出来そうな人を雇えばいいのではないだろうか。
魔族の常識に詳しい人がいいが人族の奴隷にはまず無理であり、かといって魔族や獣人は聖域に入れない可能性が高い。だがこれだけ文明が発達していれば、税理士の役割の仕事をしている人もいるだろう。
「………会社の立ち上げってどうやったらいいんでしょうか」
「役所で申請手続きして、毎年税金納めますって血の契約をするだけですよ」
丸投げは無理そうだ。
「やはり手続きがネックですね……。わかりました、考えてみます」
「はい。起業したらぜひうちと定期的な取引の契約をしてくださいね」
念のためそのまま奴隷商へ向かい、魔族でまったく魔力のない奴隷はいないかと聞いてみた。
「魔力結晶が存在しない者はごく稀に産まれますが、よほど環境がよくないと早死にします。貴族の家庭にでも産まれ、蝶よ花よと育てられないかぎり成人することも難しいでしょう。口べらしに貧困状態の方が売ろうとすることはあるのですが、買い手がつきにくいので入荷しておりません。ご要望とあれば機会があった際に仕入れておきますよ」
「いや、仕入れてもらっても必ず購入するとは限らないのでやめておきます。それにしても、魔力結晶がないと早死にするんですね」
「ええ、魔力結晶がないこと自体非常に珍しいのでご存じない方も多いのですが、結晶があることで我々の身体は強化されております。それゆえ幻覚の森や毒沼などが存在する過酷な自然環境にも対応できますが、結晶がないとなると自然環境に対応できません。ずっと家の中で過ごしていれば生きていられるかもしれませんが、成人した例を聞いたことがないのです。大人になる前に不慮の事故で亡くなられるか、自然環境に適応できず衰弱して亡くなられるかのどちらかとなります」
「へー、うちにいる奴隷の人族は結晶もないのにそんな環境でよく働いてくれてますね」
「奴隷となったのは人族とはいえ魔界を侵略しに来た軍人ですからね。人間にしては魔力が高いので小さな結晶の欠片を持つ魔族と同程度の身体になっています。さすがに奴隷として売ったあと早死にしたとなってはお客様に申し訳無いですからね、基礎能力は調べてから販売しておりますのでご安心ください」
やはり皆エリートなだけある。ひと安心して奴隷商をあとにした。
ヨシュアが帰ったあと、素材屋と薬屋、奴隷商の店主は国から渡された用紙に報告書を記入した。
この魔族の街で定期的に聖域特産のキノコが入荷されていること、極めて遭遇が難しい虹鳥の羽が入荷されていることなど、通常考えにくいことがおこり政府が調査に乗り出したのだ。
まず薬屋と素材屋に調査が入り、持ち込んでいるのがヨシュアであることはあっさりバレている。ヨシュアがよく出入りしている奴隷商も調べはついていた。
顧客の個人情報であるが、政府から開示請求があれば正直に伝えるしかない。
薬屋の店主は荒稼ぎしてる少年が税金の件で政府に目をつけられたのだと思った。
起業したらどうかというのは、はぐれ魔族として暮らして苦労しているまだ若いヨシュアを心配してのことである。
そして薬屋、素材屋、奴隷商の報告書からヨシュアが毒沼に捨てられた魔族であり、はぐれ魔族として聖域で暮らしてキノコの栽培に成功していることや人間の奴隷を複数所持していること、現在結晶を持たない魔族を入手できたらと思っていることが確認された。
魔族が暮らせないはずの聖域で暮らす貧弱なはぐれ魔族でありながら、魔族でも手こずるドラゴンの素材や、ドラゴンの生息地で採取される鉱石を塊で入手しているイレギュラーの存在に、この報告書は魔王のもとへ渡ることとなる。
この報告を見た魔王は1つの可能性に思い当たる。
自分が召喚を邪魔した勇者ではないかと。
魔力結晶を持たない身でありながらドラゴンを倒しうる存在なんて、そういない。
毒沼に召喚されればそのうち死ぬだろうと確認しなかった自分の爪の甘さを悔やみ、ヨシュアが勇者か確かめるためにスパイを送り込むことにした。ちょうどヨシュアの求めている結晶を持たない魔族がいるのだ。
「メル、お前に確かめてもらいたいことがある。聖域へ侵入しこのはぐれ魔族が本当に魔族なのか、それとも勇者なのか偵察してきてくれ。もし勇者なら、何としてでも私のもとへ連れてこい」
「はい、父上」
重い病にかかり一命はとりとめたものの結晶の力を使い果たしてしまった、魔王の娘メル。
魔王はヨシュアのもとへ己の娘をスパイとして送り込む準備を始めたのだった。
リズの半年レンタルがおわり、購入しようとするとまた逃げようとした履歴が残っていることがわかったため半年レンタル延長したところで、他の奴隷はあと半年レンタル期間は残っているが購入出来るか聞くとクリフとアーノルド、アイリスは奴隷解放で購入出来るということなので現金一括購入した。
魔族の奴隷を購入しても人族の皆とは言葉が通じずコミュニケーションが取れない可能性のほうが高いので、起業化する手続きは魔族の言語で書かれたハウツー本をもとに自分で試し、出来なければ人を雇って手伝ってもらおうと思い直していた。
魔王が自分の娘を送り込むために教育中なんて知るよしもないので仕方がないことである。
聖域暮らしも安定し、現在ヨシュアの村は農作物がつねに実っている畑に薬草園、ハーブ園、キノコ畑、家畜小屋の設備があり安定して自給自足生活が送れるようになっていた。
家畜は凛々しい鶏のような見た目のわりにオレンジの黄身の美味しい卵を産んでくれるモッコ鶏が5羽と特濃ミルクを出してくれる乳牛のチチヤ牛が2頭。
チチヤ牛は群れで子育てをする品種らしく、メスは大人になると出産しなくてもいつでもミルクを出せるようになるというのでこの品種にした。
生活が軌道にのった頃、マリーさんとノルンが二人そろってヨシュアの家へとやって来た。
マリーさんとノルン、アンドリューさんは魔族語を話すため、ヨシュア以外の皆とは挨拶する程度しか交流はなかったが、ノルンがもう立派な美少女に育っていること、二人そろって家を訪れたことから考えられることは1つ。
「ヨシュアさん、ノルンが巣立つことになりました。」
ついにこの時がきてしまった。
「そうですか、寂しくなります」
「まぁ、ありがとうございます。いつの間にかこの聖域をこんなに暮らしやすい環境にしていただき魔物たちは感謝してますよ」
「自分で暮らしやすいように開拓しただけですから」
「おかげで陽当たりがよくなって過ごしやすいと好評なんです」
「それはよかった」
「ノルンは旅立ちますし、私もアンドリューのもとへ帰りますが、よければうちへいらしてくださいね」
「はい、ぜひ」
「また子供を授かったら私が挨拶に来ますね、それでは」
「ヨシュア!またね!」
にひーっと元気に笑うノルン。美少女が台無しである。
「ああ、またな」
大きく手をふり、そのまま飛び降りたと思うと鳥の姿になり飛び立っていった。
大量の虹色の羽を落としながら飛んでいったため、プレゼントとしてありがたく回収する。
ノルンやマリーさんとの出会いがなければ、近くに街があったことも奴隷だった皆と出会うこともなく、死にたくないという理由だけでここで世捨て人のような生活を続けていたことだろう。
この異世界生活で初めての協力者の旅立ちに喪失感を覚えながら、お魚定期便が無くなったから今後どうやって手に入れようかなぁと考えるドライなヨシュアであった。
そして自由の身になった皆を集めて相談会を開催した。
ハーブティーがレモングラスかラベンダーのどちらを主体としたものがいいか選べ、花びらの入ったクッキーや木の実入りマドレーヌ、そのままのドライフルーツが並ぶ女子力の高いアフタヌーンティーセットがツヴァイとアイリスの手で用意された。
「はい、自由の身になった方が増えたので、今後の生活相談会を始めたいと思います」
はーいと間延びした返事が聞こえる。皆リラックスしてくれているようだ。
「まずリズさん。君の今後だけどもう冒険へ行きたい欲からの逃走は我慢できそうにないかな?」
「無理だな」
わかってはいたが即答である。
「よし、じゃあリズはもう購入して、魔界の探索任務という形で冒険に出る?定期的に聖域に帰って来て報告してくれたらいいから。終身雇用契約になるけど」
「そんな方法があるならお願いしたい」
「わかった。あと半年はレンタル期間があるから、それでもダメならもう購入しよう。では次に自由の身になった皆さん」
皆黙ってじっとヨシュアを見ている。
「実は人間界のどこに繋がってるかわからないかわからないけど、転移魔方陣をクリフが見つけたんだ。いままで黙っててごめん。どこに繋がってるか、これからクリフに調査してもらおうと思ってるけど、とにかく帰りたいってことなら止めないから、一言帰るってだけ伝えてからにしてね。今後のこともあるから今の時点で人間界に帰りたいか、ここに残りたいか教えて欲しい。クリフにどこへ繋がってるか調査してもらって安全に帰れるルートを確保してから帰ってもいいし、ここに残るのも大歓迎。まずクリフから」
始めにクリフにしたのは人間界に帰りたいと知っているからだ。誰かが帰りたいと言えば他の皆も言いやすくなるだろうと配慮してのことだった。
「………俺は、ヨシュア君には以前伝えたが婚約者のいる人間界に帰りたい。婚約者にフラれたらここに戻ってきたいけどね」
冗談混じりに話すけれど、クリフは帰ったらもう戻っては来ないだろう。というより婚約者と結ばれてほしいから帰ってこないことを祈る。
「わかった。転移魔方陣がどこに繋がっているのかだけお願い。安全なルートさえ確保できたらもう大丈夫だから、婚約者さんと幸せになってください」
「もちろん。もともと1年レンタルが半年で自由の身になれたからね、それくらい恩返しさせて欲しい」
「ありがとう。では次にツヴァイ」
「俺は前お世話になってた孤児院の皆に無事だよって伝えられたら充分だから、たまに人間界へ里帰りはするけどここで生活したいな」
「よし、僕と添い遂げような」
「断る」
「はい次リズさん。一応人間界へも調査名目で帰れるけどどうする?奴隷契約のままだとたまに来てもらうことにはなるけど」
「私は人間界に戻っても帰る場所がないから、このまま魔界を冒険したい。ヨシュアさんのところを拠点にできれば泉の水で簡単に回復できるし、温泉や住居もあり今後も居候させてもらえると助かる」
「わかった。好きなだけ冒険しておいで、僕も魔界がどんなところか知れるのは助かるからね。じゃあ次、アーノルド」
「………帰ることを、考えてなかった。しばらく考えたい」
「そうなんだ。じゃあ決まったら教えてね。アーノルドは保留ってことで。最後にアイリス」
「私……私は……、本当はすぐ帰らなきゃいけないんです。でも、帰りたくない」
アイリスの瞳にみるみる涙がたまっていく。
ポロポロと大粒の涙が頬へこぼれる。
「今まで黙ってましたが、私は聖女です。本当はすぐに帰ってまた勇者様を召喚しなければ、それが私の使命だから。…………でも、普通の暮らしが、ここでの暮らしが好きで、帰りたくない……です」
使命のために帰らなければならない、けれど帰りたくない自分の気持ちとの葛藤が吐露される。
「アイリス、僕はアイリスが聖女様だって知ってたんだ。でも君の人生だ。君の好きに生きたらいいと思ってる。アーノルドみたいにしばらく保留にして大丈夫だから、ここにずっといてもいいし、使命を果たさないと後悔するならやってからここに戻ってきてもいい。もう少しゆっくり考えてみるといいよ」
泣きじゃくることを我慢して、黙ったままぽろぽろと涙を流し続ける。
アイリスの隣にいたツヴァイがアイリスの背中をさすり、慰めるようにやさしい声色で言った。
「俺は、アイリスに残って欲しいな」
はっと顔を上げたアイリスが、まっすぐツヴァイの目を見て言う。
「私も、私もずっとここにいたいです!」
ツヴァイ、いつのまにアイリスと相思相愛になったの?
それとも天然たらしさんなの?ツヴァイがハーレム築くの?
アイリスさんたら頬を赤らめてますよ?
皆の方向性も大体わかり、アイリスが恋する女の子でここにいたい理由はツヴァイが一番大きいだろうというのは全員に察せられたところで本日の相談会は終了した。
 




